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邂逅

作者: 在原 功

その校舎に初めて立ち入った日。よく晴れた春の日の朝。何もない平坦な地面の上にすらりと立っていた人影を思い出す。

不意に吹いた風に髪が靡いた。金色の短髪は光を受けて目に刺さるくらいに輝く。その髪を抑えてかきあげた丹精な横顔。

美人だな、と思った。おそらく今まで見た女の中では一番かもしれないくらいには。


✴︎✴︎✴︎


入学者はこちらですと案内された先は広いホールだった。人がたくさんいるせいもあってか、蒸し暑い。着慣れない軍服の襟元を開けたいのを我慢して歩みを進める。


「…ほら、見ろよ。あれが」

「あぁ、主席合格の…」


自分に対するものだと思われる噂が耳に入ってくる。今更気にもしない。予想内だ。

僻まれたって、実力を見せれば黙るしかないだろう。その日まではなんとかこらえようと思っていた。


ホールの壁際にたどり着く。ここの方が気付かれにくい。しばらくはそこにとどまるはずだった。


目の前にやってきた影がよろめかなければ。

髪が長い軍服姿はふらついてそのまま倒れ込んだのだった。おそらく、ここでは珍しい女子生徒。


目の前で倒れるのを見ているわけにはいかなかったのだ。

すんでのところで彼女を支える。

想像より軽くて、柔らかい感触。


金色の長髪に彩られた、青ざめた顔が支えられたところからこちらを見上げる。


「…大丈夫か」


「す、みません、」


「仕方ないな。ここを出るか…」


一人つぶやいて女子生徒の顔を覗き込む。


「歩けるか」


俯く。歩けないと言うのはきっと彼女のプライドが許さないのだろう。


「無理はするな」


言い切る前に横抱きにした。小さい悲鳴があがる。この女子からしても嫌だろうが、他に運びようがなかったのだ。人の多いホールで教官を探すのも無理がある。


「すまん、少しの間だ」


言い捨てて来た道を戻る。俺の噂をしていた群の目線はまた俺を追いかけ始めた。

この女子生徒には悪いが、倒れる場所が悪かったのだ。勘弁してもらおう、と思う。


ざわめく集団は俺を噂しているのだろう。飽きもせず、よくやるものだ。


「ご機嫌とりか、いい子ぶって」

「ま、上に取り入れば主席なんて当たり前だよな」


聞こえた中傷。気にしないつもりだったが。


「それは、俺の事か」


腕に触れる女生徒の体が震える。

普通のやつに助けられてりゃ、巻き込まれなかったのに可哀想なことをした。

せめて誰かに預ければよかった。


「………」


黙り込む同期生に向かいなおる。

反応したからには、俺の意思を曲げはしない。反論もできないような中傷をしたこと、恥じれば良い。


「聞くが、お前は目の前で倒れたやつをそのままにしておくのか?」


近くにいた男に声をかける。


「これ、連れて行ってやってくれ」


メガネの同期生は慌てて俺から女生徒を受け取る。


群衆を見回す。

遠くに、金髪が見えた。

喧嘩を吹っかけている最中なのに、そこに目を止める。暫く目線を止めて気づいた。

今朝、見た人影だ。

あの美しさは目を惹く。

ほんの一瞬だけ、目があった気がした。どうせ自意識過剰だろうが。


ふっと例の同期生に視線を戻す。

気まずそうな表情が、舌打ちでもしそうな不満気な空気を纏っている。


「当たり前のことを責められなきゃならない道理はなんだ?一体俺になんの恨みがある」


「そんなことは、」


「へぇ、それなら嫉妬か?」


「違う!お前なんて父親の威光に頼っていた癖に偉そうに…誰でも思うようになると思ってるんだろうが!」


思わぬ反撃を受けた。体温が下がったみたいだ。


「もう一回、言ってみろ」


見下ろされている。それすら今は腹立たしい。


「…お前の実力なんか誰も認めちゃいねぇ」


笑いを含んだ台詞を前に、もう止める力は働かなかった。

胸ぐらを掴む。


「その言葉、後悔させてやる。絶対にな」


周りにもはっきり聞こえるように、低い声で告げた。

突き放した彼とともに群衆の一部は俺を睨みつけてくる。

自信はあった。

あれにだけは負けない。いや。他の誰にも、俺の上を歩くことはさせない。


その話がすぐに広まったのは言うまでもないこと。


✴︎✴︎✴︎


部屋は相部屋だと説明されたあと、これから自分達の部屋になる場所へ向かう。周囲が自分を指差して噂する声が不快だ。

さして広くない部屋は、全て二人部屋だった。

さて、どんな奴が同室かと部屋へ踏み入れ、そのまま唖然とする。

朝に見かけた人影。それが真正面に突っ立っていたのだ。

近くで見るとさらに綺麗な顔立ちである。何より

その金髪が。風もないのに光を孕んで、振り返っただけでふわりと広がって。触れたい衝動を抑える。ここで手を伸ばしたら完全に変態扱いされるだろう。早々にそういう二つ名がつくのはごめんだ。


そいつの第一声。


「あ、あの…初めまして」


低い。いや、多分普通よりは高い声だが、「女にしては」低い声。驚いたのが表情に出ないように顔を引き締める。これは、悪いことをした。性別を勘違いされるのが嬉しいはずがない。

「女が男と同室で良いのか」

などと口走る前に気づいてよかった。


「あぁ、よろしく。俺はディオ・アルデカ。そっちは?」


「えっと、俺はイルバ・コートス、です。よろしくお願いします…」


最後の一言。こいつも、そういう類か。


「媚を売られるのは嫌いだ、敬語で話すなら今後話しかけるな」


もはや言い慣れた文句をここでも繰り返す。敬語で話しかけてくるやつは嫌いだった。それだけで自分のことを馬鹿にされたような気分になる。

だから、今回も慌てて敬語を外して、馴れ馴れしくすり寄ってくるのかと思った。


でも、その予想も外れて。


「すみません、」


困ったように笑われても。謝られたことに、言葉を詰まらせる。


「…敬語をやめようとはしないのか。嫌われたもんだな」


少しの皮肉を込めて返す。


「あ……えっと…癖、みたいなものですので……嫌い、とかそういうわけでは…」


「敬語が、癖?同年代なのに?」


「……歳は関係ありませんから。」


そう聞くと、次に浮かんでくるのは好奇心。


「じゃあ、今まで出会った全員と敬語で話してきたのか?」


そんな訳がない。と思いつつも気になってしまって。


「……全員…まあ、物心ついた時はそうだったかもしれないですけど……なんでそんなこと聞くんですか?」


迷惑そうだと思った。こういうことを詮索されるのは、誰にとっても嬉しくはないだろうが。

ほんの少し、反省する。思ったままを口に出してしまうのは昔からの性分であり、またトラブルの種だ。


とは言っても長年の癖はそう簡単には治るはずもない。


「いや、疲れそうだな…と…。まさか家族とも敬語じゃないだろうな」


「……疲れませんよ。ありとあらゆる人間と会話する時に使うので。もちろん家族もですが。」


「…へぇ……一方的にタメで話されて頭にこないのか」


そう、意地の悪い問いを投げかけると、イルバは虚をつかれたようななんとも純粋に瞳を見開く。


「え……」


それから独り言みたいに、


「考えたことなかったです……」


「俺は頭にくるけどな。下級生でもない奴に敬語で喋られるの」


「あ……え、と、ごめんなさい。」


迷ったような困ったような笑顔を向けられた。青い瞳が、綺麗だった。


「謝るな。ただ、自分に媚びてるわけじゃない奴にそういう態度取られるのがムカつくだけだ」


あぁ、こいつは。


媚びるためにこんな言葉を使っているのではないのだ。そう、唐突に思った。ただの…ただの何だろう。それが、自分の盾であり、自らのことを覆い隠す絹であると思い込んでいるかのような。


そう、感じてしまった。


敬語、無しで話して欲しい。できれば、その警戒心も無しで。


はにかみながらイルバは続ける。


「……努力は、します。敬語使わなくて済むように…。でも、その、すごく時間がかかるかもしれなくて、だから、あの…アデルカくんのこと、イライラさせちゃうかもしれないんですけど……」


でも、今のところは、話せるだけで。


「まぁ、急には無理か…仕方ない。俺がお前に合わせようか」


「え、あ、の……大丈夫で、あの…俺、がんばる、から合わせるとかその……俺なんかに合わせなくても、」


「無理しなくてもいい。……よろしくお願いします、コートスくん」


同級生への敬語は、性に合わない。少し間違えば舌を噛みそうだ。


「っ……イル、って呼んでください……。あんまり呼ばれないけど……気に入ってるんです。」


そうして、ふわっと表情を緩める。

光を受けた金と、煌めく青。

ほんの、一瞬だけ息が詰まって、その残り香が絡まるような錯覚。


変な感覚だ、と思った。


「分かりました、それなら俺もディオでいいです」


「っ……ディ、ディオが敬語なのは、ムズムズします……」


そう応えた声に、思わず笑ってしまう。


「俺も疲れる」


つられたように目の前の彼も微笑んだ。


「ふふ、ディオは優しいですね?」


優しい。


そう最後に形容されたのはいつのことだろう。


「どうかな。でも、同室の奴がお前でよかったよ、イル」


「っ………俺も、よかった……と、おも、う。ディオ」


あ、敬語が消えた。

なんだ、ちゃんと普通に話してくれるんだ。


「やっぱ敬語じゃない方が良い。ありがとう」


首を少し傾げる。その仕草が、妙に美しい。


「なんで…お礼、で……じゃなくて、なの?」


「敬語の方が話しやすいのに、変えてくれたからな」


父のこと、関係なく。「俺」と話をしてくれた。


本当のところは、言うべきことでもないし、自分でもうまく言えない気がしたから言わなかったけれど。


「お礼をされるようなこと……じゃない、と思うけど……」


「良いんだよ、俺が言いたかったから」


「あ……そう、なの。ならいいんだけど…。」


それがどれだけ大きなことだったか。彼は、知らないままなんだろう。


「それにしても俺と同室なんて災難だな。俺にとっては良くても」


そう話を持ちかけるとイルは首を傾げて見せる。


「どういうこと…?」


「俺、今朝のホールでやらかしたからな。噂は聞いてるんだろう?そんな奴と同室じゃ、絶対何か言われるに決まってる」


「あぁ、あれ……。全然、大丈夫だよ」


イルは力の抜けた笑い方をした。

そうして呟く。


それに、ディオと同じ部屋じゃなくても俺はどうせ。


「…どうせ、なんだ?」


「…いや、やっぱり、なんでも」


これ以上聞くのは野暮か。いつか、聞けるだろう。そう思って詮索は終わりにする。

この性格だから期待していなかった人間関係も、良い方向へ向かいそうだと勝手に安心する。

イルバか。

これから、長くつきあっていける友人になれたら、と思った。


✴︎✴︎✴︎


学校へ入学してからは好奇の目に晒され続けた。

成績トップで軍へ入り前代未聞の速さで昇進したかの准将の息子。

俺が身につけてきた力を叩きつけてやると、俺の出自について持論を繰り広げた奴らは黙り込んだ。しかし、それでも俺を簡単に認めるわけには行かないようだった。

俺がどんな思いで首席入学を勝ち取ったかも知らないで。妬みのように親の七光りだと繰り返す声は消えなかった。


また、それと同時にイルバへの噂もひどく蔓延していた。女みたいだ、場違いな。彼が「どうせ俺と同じ部屋でなくても…」と言ったのはこのことだったのだろう。確かに俺なんかいなくても噂になる。

それに何より、女の著しく少ない士官学校でありがちなこと。


「あれは上玉だ」


という噂。有り体に言ってしまえば、要するに、彼を抱きたいと。

俺も最初は女と間違えた身だし、そういうことも予期はしていたが。いざ実際にそんな噂を聞くと、彼に同情する気持ちが湧く。

そういう目を長年向けられて来たのだろう。笑って受け流す目の端に諦めのように浮かんでいるのは、苦しくなるくらい滲んだ色だった。


✴︎✴︎✴︎


「准将がいらしている」との噂が俺のところに届くまでさして長くはかからなかった。


また比べられるな、と少し複雑な気分になる。父とは言え一緒に暮らした記憶はない。たまに会って話をして。だが、それだけで良い父親だと思わせるような人だった。


「准将が、お呼びだそうだ」


先輩から告げられ、近くにいた同期生の目を邪魔に思いながらも父親のいるはずの部屋へ向かった。


夕方のこと。訓練も終わっていた。


部屋の扉を叩き、開く。


向こうには自分より大きな姿が椅子に座っていた。


「よぉ、ディオ。元気にしてたか?」


陽気に声を上げて笑う准将、いや、父がそこにいた。

扉を閉めて敬礼する。


「変わりありません、准将閣下」


「相変わらずおかたいね、お前も。父親に会えたんだぞ?もうちょい喜ばないか」


責める口調でありながらもその声には慈愛がこもる。


「…私は、もう軍人です。このような場で貴方のことを父と呼ぶつもりはありません」


父は笑った。よく笑う人だ。


「そうか、お前は昔から真面目で良い子だったよ。…あぁ、そうだ。同室の子とはどうだ、仲良くできてるか」


まるで小さい子供にする質問みたいだ。そう敬遠しながらも答えた。


「はい」


「お前が躊躇なく言うんだから大丈夫そうだな。正直心配だったんだ、友達ができるか」


「そうですか」


「一人でなんでもできるのは良いことだが、誰かいなくちゃならんこともたくさんあるからな。特にこの業界じゃあ、友人がいない奴は良くない。うまくいかない」


久しぶりに見る父の顔は少し老けているように思った。


「友達を大切にしろよ。おとーさんはこれからお前が生きてく上で、お前が生きてることの次にそれが大事だと思う」


最後に父は俺の頭を乱暴に掴むように撫でた。


✴︎✴︎✴︎


「ディオさん!お持ちしましょうか!」


「これは俺の私物だ」


「いえ、しかし!貴方にこんなものを持たせるわけには」


「…いらん」


そういうわけでつきまとう同級生をあしらっていたのだが。だんだん限界を感じてきている。なんせこいつらは何処までもついてくる。

もともと人との会話は得意ではないしましてこんな話の通じないやつとでは。

溜息を吐く。


「もういい加減にしろ。俺はご機嫌取りされるためにここにきた訳じゃない。媚を売りたいなら俺以外に売れ」


「そう言うわけでは」


顔に、よく見たことのある色が浮かんだ。

不満、失望。


無視してやろうかとも思ったが、それはそれで高慢だと罵られるのは目に見えていたから耐えた。噂の材料は今の所、親の七光り、だけで十分間に合っている。そう思っていた。


この際、一つくらい二つ名が増えても仕方ない。

息を吸った時。


「あ、ディオ!ねぇ、前貸してた本返してよ」


微笑むのは金髪の。


「…イル」


「あるって言われても、部屋探しても見つからないんだけど」


借りた本などない。

やっと気づく。芝居か。理解した。


「あぁ、確か俺の荷物の中だ」


「分からないから探してくれない?」


「ああ、分かった」


これで、解放されたな。知らず知らずのうちに息をつく。

道中はお互い無言だった。

部屋へ入ると、イルはくすくす笑いだす。


「…何か面白いことでもあったか?」


「ううん、別に。ディオが困ってるとこ初めて見たから」


「あぁ…本当に助かった。ありがとう」


「お礼言われるほどのことしてないよ俺は」


イルは晴れやかに笑った。


✴︎✴︎✴︎


また、イルが絡まれているのを見てしまった。


部屋に来るように言われていた。曲がり角の向こうからイルバが出てくるのが見えたのだ。

数人の取り巻きに囲まれている。


「イルバ、今度俺の部屋遊びに来いよ」


イルバは軽く笑ったあと


「…いや、でもあんまり時間に余裕なくて」


「そう言うなら仕方ないな、また誘ってやるからこいよ」


「…わかりました、じゃあ俺は、ここで」


一人が手を振ると、イルバは足早に去っていった。

イルバの姿が見えなくなると、彼を取り巻いていた数人は小声で話し始める。


悪口は聞きたくない、と思いながらもつい、会話が耳に入ってしまう。


その内容に、思わず同期生を殴り倒してやりたくなった。彼を性的対象として見られるのは、頭にくる。そういう存在じゃなくて、彼は彼自身なのに、それが苛立ちを募らせた。


✴︎✴︎✴︎


部屋に戻ると電気をつけない部屋でイルが座り込んでいた。

俺が電気をつけるとやっとこちらに気づく。


「あ、ディオ…おかえり」


「どうした、一人で瞑想でもしてるのか」


「そんな訳…ないでしょ、ぼーっとしてただけ」


そうか、と相槌をうってイルの隣に腰掛けた。

二人で耐えるには長すぎる沈黙が流れ、俺が先に口を開いた。


「あんな露骨に誘われてるんだ」


「えっ」


動揺して、空気が揺らぐ。


「今日。見たぞ。大変なんだな」


「…別に、なれてる、し」


その言葉は、聞き捨てならない。


「慣れていいもんじゃないだろ。お前だって嫌じゃないのか」


イルは俯いてから顔をふとあげる。あ、目の色が綺麗だと思った。神秘的な湖みたいな、透き通った色。


「ディオに迷惑はかけないから、安心して。俺だけでちゃんとなんとかできるから」


そう笑われてしまうと俺が出来ることもないわけで。日々、自分の喋りの下手さには自分で呆れているが。

そうか、くらいしか言えなかった。


✴︎✴︎✴︎


イルは部屋に戻ってこなかった。昨日の様子を見れば、今日の不在が平和な理由からでないことは分かる。

部屋に呼び出されたか。行くなと言いたかったがそれで止められるくらいならもう止めてる。

だからと言って「俺のことだから」と言われて引き下がる訳にはいかない。


それなら、踏み込んでやる。迷惑か、自己満足か。それでいい。やりたいように、やってやるよ。


✴︎✴︎✴︎


扉を勢いよく蹴りあけた。


「ディオ!?」


「すまん、」


呆気にとられる同期生を押しのけてイルの前に進む。


「おい、イル。約束破る気か?」


「え?」


「取り敢えず、行くぞ」


手を差し出すが、イルはとらない。

そんなことも予想済みだ。

手首を掴んで無理やり立たせる。困惑した表情が見えた。


「借りるぞ」


「え、何、待ってよ」


声を聞かずに部屋を飛び出す。駆け出す体に風を受ける。

棟が違うぶん、部屋も遠い。自分達の棟まで行こうと思ったが、息が切れたらしいイルに制止された。

足をゆるめ立ち止まる。廊下のど真ん中だったが夜のせいか人は少ない。


「こんなもんで息切れなんて、大丈夫か」


多少のからかいも含める。


「なん、で、」


「なにについてだ?」


「全部、だよ」


「理由がいるのか」


イルは少し黙り込む。


「…まぁ、時と場合による、かな」


理由なんて、一つしかない。


「そうしたかったからだ」


「なんだよ、それ」


イルはふわりと笑った。


✴︎✴︎✴︎


「…ディオ、何考えてるの?」


白い髪にあの頃と同じ透き通った青色の瞳。


「昔のことだ」


イルは変わった。あの美しい金髪は白髪になり、透き通った青の片割れである右目は血を落としたような赤に。それでも、イルは確かにイルだった。


「お前は、昔と変わらないな」


そんなはずないでしょ、と返してくる友人。きっとそう言うと思ってた。

でも、俺にとっては変わらないんだ。


白髪に手を伸ばしながら思う。

このままでいられたら、幸せだろうな、と。

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