第四話 幼稚
「何をしている!?」
小テストが始まってすぐに、勝谷先生の叱責が飛んだ。何が起こったのかと振り向いてみると、甲村くんが勝谷先生に怒られているのが見えた。
「甲村! 今、机の下に広げたものを見せろ!」
甲村くんは気まずそうに机の下から教科書を取り出す。どうやらカンニングをしていたらしい。全く、何をやっているのだろうか。
そして勝谷先生と甲村くんが数分の間、口論した後、甲村くんは教室の外に出されることになった。
「とにかく、お前は廊下に立っていろ。授業を行っている間、じっくり反省するんだな」
そう言われた甲村くんだったけど、彼は何も反省した様子もなく、何かをブツブツと言いながら教室を出て行った。
「……騒ぎになってしまったな、申し訳ない。皆はこれまでどおり、試験を受けてくれ」
勝谷先生は皆に謝罪した後、教室の見回りを続けた。そのことにより、皆が鉛筆を動かす音が再び聞こえてくる。
……甲村くんはどういうつもりだったのだろう。そもそもなぜこんな小テストでカンニングをする必要があるのだろうか。普通に勉強していれば、少なくとも10点以下になることはない難易度だ。それくらい勝谷先生だって配慮しているはず。
なのに彼はカンニングをした。おそらく普段の彼の態度から考えても、まともに勉強しているとは考えにくい。そして勝谷先生に怒られるのも嫌だったのだろう。だから卑怯な手段を取った。
それを踏まえて、この前の甲村くんの言葉を思い出す。彼は、勝谷先生の手から私を守ると言っていた。勝谷先生を救いようのない悪人のように語り、なぜかその被害を私を受けているかのように考えていた。甲村くんの中では、勝谷先生は悪い先生なんだろう。もしかしたら、今回のカンニングもそれに関係しているのかもしれない。
だけどいくら考えたって、私に甲村くんの真意なんてわかるはずはないので、大人しくテストに集中することにした。
放課後。
小テストは何事もなく終わり、私も全ての問題に答えることができた。この分なら、再テストを受けることはないだろう。
甲村くんも、授業が終わった後に勝谷先生に呼び出されていたけど、すぐに帰ってきた。相変わらず不満そうな顔ではあったけど、自分が悪いのだから、彼に文句を言う資格はない。
そして私は特に用事もなかったので、普通に帰る準備をしていた。
「カザリさん」
だけどそこに、甲村くんが声をかけてきた。
「……どうしたの? 甲村くん」
甲村くんはまだ機嫌が悪そうな顔をしていた。私からしてみれば、どうして自分が悪いのに、まるで被害者であるかのような顔ができるのか不思議だった。
「今日のこと、見てたよね?」
「え?」
「『カチヤ』が、僕を皆の前で見世物にしたことだよ!」
「ひっ!」
急に大声を出すから、こちらもびっくりしてしまう。でも、見世物とはどういうことだろう。
「あ、ご、ごめん。大声出して……」
「う、うん、いいよ……」
「それでね、カザリさん。今日の『カチヤ』の行動を見て、どう思った?」
「え?」
どう思うもなにも、甲村くんがカンニングをしたから怒られたとしか思わない。あの出来事は、それ以上の意味を持たないはずだ。だけど本人にそれを言うのもどうかと思い、私は何も言えなかった。
「僕は思うんだ。これ以上『カチヤ』の思い通りにさせるわけにはいかない。これ以上、僕らがあいつに苦しめられることなんてあってはならないんだ」
「……?」
苦しめられる? 彼を苦しめているのは、彼の勝手な被害妄想だと思う。勝谷先生は何も関係ない。
「だから、カザリさんに協力してほしいんだ」
「え?」
「『カチヤ』をこの学校から追い出すんだ。それに協力してほしい」「……!」
勝谷先生を、追い出す?
なぜそんなことをしなければならないのだろう。そもそも、どうして私がそんなことに協力すると思っているのだろう。
「あのさ、甲村くん……」
「それでね、僕が考えた作戦を言うよ」
異論を挟もうとした私を彼は無視した。私を守りたいんじゃなかったのだろうか。
「いいかい、まず職員室に忍び込んで、『カチヤ』の鞄を見つけるんだ。そしてそこに、カザリさんの財布を入れる」
「……は?」
「それでカザリさんは、財布が無くなったと騒ぎを起こしてほしい。そして僕が上手く『カチヤ』の荷物の中から財布を見つけるように誘導する。そうすれば、『カチヤ』はこの学校にいられなくなる。いや、先生を続けることができなくなる。そうすれば、この学校も平和になるんだ」
「……」
「だからさ、カザリさんの財布を一旦僕に預けてほしいんだ。二人で『カチヤ』を倒すために、僕に協力してくれ」
……なんだろう、これが作戦と呼べるものなんだろうか?
なんていうかもう、呆れるしかない。なんて幼稚で、なんて浅はかなんだろう。
まず、勝谷先生が生徒の財布を盗むなんてことが不自然だ。いい歳した大人が、中学生の財布に入っているような金額をわざわざ盗んでまで欲しいわけがない。
それに、生徒の財布が無くなったら、まず『落とした』と考えるのが普通だ。勝谷先生もそう言うだろう。私がいくら財布が無くなったと騒いだところで、それを盗まれたといきなり主張するのは無理がある。
しかも、仮に盗まれたとしたら、犯人は同じ生徒の可能性の方が高い。それなのに、いきなり勝谷先生を疑ってかかって先生の鞄から私の財布が見つかったところで、みんなは『自作自演』としか思わない。
どう考えても、穴がありすぎる作戦だ。それなのに甲村くんは、その作戦に私を巻き込もうとしている。
彼の頭の中と同じで、子供じみて、幼稚で、周りが見えていない作戦に。
「大丈夫だよ、カザリさん。『カチヤ』はこの僕が学校から追い出す。僕たちの学校に、あんなヤツはいらないんだ」
甲村くんはそれに気づいていない。自分がこう思っているから、他人もそう思っているだろうと、身勝手な押しつけをしている。
前に感じた印象は間違っていなかった。今の私は、彼のことが心底、気持ち悪い。
「あ、あのさ、今日はその、お財布を家に忘れちゃってね……」
しかし、弱気な私は、彼を強く突き放すことができない。だからこんな言い訳しか口から出てこなかった。
「そうなの? じゃあ明日にでも持ってきてね。頼んだよ!」
甲村くんは、有無を言わさず、私に命令のような頼み事をして帰っていった。
……さて、どうしよう。このまま彼の作戦に巻き込まれたら、ろくなことにはならない。だけど、彼はもう、その気になってしまっている。
それならもう、勝谷先生に相談するしかない。この幼稚な作戦がどうせ成功するはずがないんだ。だったら先生にもう一度甲村くんを指導してもらうしかない。
そして私は、荷物をまとめて今度こそ帰ることにした。