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第二話 相談


 私の前に、見るからに厳しそうな先生が立っている。いや、『見るからに』ではなく、私はその人が実際に厳しいことを知っている。後ろに流した髪型に、黒縁の眼鏡。そして授業中に一切笑うことのない、その固い表情が、この人の生き方を表しているようだった。

 だけど私――錺洋子は、あえて目の前にいる勝谷憲助先生に相談をしようとしている。自分でも勇気のいる選択をしているとは思うけど、そうでもしないと私は変われない。


「錺、私は言ったな? 私に言いたいことがあるなら、直接言えと」

「……はい」


 勝谷先生が、黙ったまま俯いている私に言葉を投げかけてくる。固い表情の先生を見るのは怖い。


「お前の悪いところは、自分の意見をはっきり言えないことだ。口を開かなければ、相手に意志は伝わらない。私は超能力者ではない。お前の心の中までは読めないのだぞ?」

「……」

「このまま黙っているのなら、お前の意見を読み取ることは不可能だ。話を切り上げさせてもらう」


 そう言って、この場から立ち去ろうとした先生を、私は慌てて呼び止めた。


「あ、あの……」

「なんだ?」


 反射的に言葉を出した口は、続きの言葉を紡ぐことができなかった。しばらく私はまた黙ってしまったけど、勝谷先生は今度は私を辛抱強く待ってくれた。だから私は、今度こそ言えた。


「私は先生の言う通り、自分の意見をはっきり言えません。どうしても怖くなってしまうのです。私は……どうしたら勝谷先生のようになれるんでしょうか?」


 勝谷先生のようになりたい。それは私の正直な気持ちだった。

 先生は一見怖い人のように見えるし、私も最初はそう思っていた。言葉もキツいし、相手を威圧する雰囲気ががある。

 だけどよく考えてみれば、先生の言っていることそのものは別におかしなことじゃなかった。勝谷先生が怒るときは、いつも生徒が宿題を忘れたとか、授業中に居眠りをしているとか、こちらが悪い時だけだ。決してこちらを苛めるために怒っているのではないことはわかっていた。クラスメイトの中には勝谷先生を親の仇のように嫌っている人もいたけども、私には逆恨みとしか思えなかった。

 それに勝谷先生は、ただ怒るだけじゃない。怒った後に、ちゃんとなぜ怒っているのか理由を言ってくる。自分がなぜ怒られているのかを教えられれば、あとはそこを改善するだけだ。私としては、それが非常に助かっていた。

 だから私は、勝谷先生のように強い人間になりたかった。自分の意見をはっきり言って、考えをそう簡単に曲げない人間になりたかった。だから先生に直接言葉を投げかけている。


「……カザリ、私のような人間になりたいのか?」

「は、はい……」

「ならばそれは無理だ。なぜなら人は自分以外の人間になることは不可能だからだ。どんなにその人間が変わったとしても、本質は変わらない。カザリはカザリにしかなれないし、私は私にしかなれない」

「そうですか……」


 わかってはいたことだけど、こうもはっきりと「お前には無理だ」と言われると、気分が落ち込んでしまう。


「勘違いするな。私はお前が強くなれないとは言ってない」

「え?」

「カザリが私のようになる必要はない。だが私は、お前が望む自分というものが、どういうものかわからない。だから改めて質問する。お前はどういう自分になりたいのだ?」

「私は……」


 そう聞かれると、わからない。私は漠然と『勝谷先生のようになりたい』と考えていただけで、どういう自分になりたいかなんて考えたこともなかった。


「今はわからないのであれば、それでいい。それならばまず、なぜ今の自分から変わりたいのかを考えてみると良い。そうだな、紙にでも書き出してみるのを勧める」

「紙に……ですか?」

「漠然と頭の中でだけ考えるのは限界がある。紙に文字で書き出してみた方が、考えを整理できる」

「わかりました。やってみます」

「焦ることはない。なりたい自分がそう簡単に見つかるものではないし、そのためにお前たちは学校で勉強をしている。ゆっくり探すといい」

「……ありがとうございます!」


 勝谷先生の励ましの言葉が、私の心に染みこんだ。



「……さてと」


 その日の夜。家に帰ってきた私は、先生の言うとおりに早速自分の考えを紙に書き出してみた。


 そもそもどうして私は、今の自分から変わりたいのか?

 どうして私は、強くなりたいのか?

 どうして私は、自分の意見をはっきり言えないのか?


 様々な考えを紙に書き出してみて、まずは「どうして自分の意見をはっきり言えないのか」という要素について考えてみることにした。


 どうして自分の意見をはっきり言えないのか? それについての理由だと思われる単語を、次々と紙に書き出してみる。


 自分に自信がない。相手が怖い。相手の反応が怖い。自分が言い負かされるのが怖い。間違っていると指摘されるのが怖い。


 ここまで書き出してみて、「怖い」という単語が多いことに気づいた。やっぱり私は、何かを恐れているから、自分の意見をはっきり言えないのかもしれない。だとしたら私は、何を恐れているのだろう?

 やっぱり相手に怒られるから? 相手に怒られることが何で怖いのだろう? 

 ……ここまで考えてみたけれど、納得のいく答えは得られなかった。ダメだ、今日はもう遅いし、明日また勝谷先生に相談しよう。


 

 翌日の朝。私は職員室にいる勝谷先生に声をかけた。


「勝谷先生」

「む、カザリか。今日はどうした?」

「実は、昨日の夜に、先生に言われたことを試してみたんです。それで……私は、何かを恐れているから自分の意見を言えないんじゃないかって思ったんですけど……何がそんなに怖いのかがわからなくて……」

「ふむ……」


 勝谷先生は少し考え込んだ後、私に向き直った。


「そうだな……カザリ、お前は今、私と普通に話しているな?」

「え? は、はい」

「お前は自分の意見をはっきり言えないことが悩みだ。しかし今、お前は自分の考えを私にはっきり伝えている。それは何故だと思う?」

「あ……!」


 そういえば、私はここに来てから迷いなく自分の考えを先生に伝えることができた。本当に自然にできたから、全くそのことに気づいていなかった。


「私が思うに、今お前は自分の言いたいことを前日の夜に頭の中で整理してからここに来た。だから迷いなく、私に伝えることができた。お前が何かを恐れているのは、おそらく自分の意見に確証がないからだ。自分の意志がどういうものかをまだ理解していなかったからだ。それができれば、お前も自分の意見を淀みなく言える」


 そうか、そうだったんだ。私は自分でも何を言いたいのか、自分の意見がなんなのか、そもそもわかっていなかったんだ。そして勝谷先生は、それに気づかせてくれた。


「……ありがとうございます。なんだか、胸が軽くなりました」

「いいことだ。次にまた何か悩むことがあれば、私に相談しに来るといい」

「はい!」


 私は勝谷先生に心から感謝しながら、職員室を出た。良かった、やっぱり先生は立派な人だ。

 自分の悩みを解決する第一歩が踏めて上機嫌で廊下を歩く私だったけど、そこに声をかけてくる人がいた。


「カザリさん」


 そこにいたのは、クラスメイトの甲村くんだった。何かと勝谷先生に怒られている印象が強い男の子ではあるけど、そこまで会話したことがあるわけではない。


「甲村くん……?」


 珍しい相手から話しかけられたことで、思わず私は萎縮してしまった。それを見た彼は、なぜか真剣な顔になって、私に近づいてきた。


「カザリさん、『カチヤ』に何を言われたの?」

「え、な、何って……?」


 いきなりの質問に、私は言葉を詰まらせてしまった。勝谷先生に悩みを解決してもらったけれども、私はこういう時にはっきりものを言えない。


「あのさ、『カチヤ』が何を言ったかわからないけど、気にしない方がいいよ。あいつは皆を苛めるひどいヤツなんだからさ」

「え……?」


 何を言っているのだろう。私は勝谷先生に助けられたというのに。


「大丈夫。『カチヤ』が何を言っても、僕はあいつには屈しない。あんなヤツがカザリさんにひどいことを言う権利なんてないんだ」

「いや、あの……」

「カザリさんは僕が守ってあげるからさ」


 ……なんだろう。

 甲村くんが、勝谷先生に怒られてばかりなのは知っている。それで先生にいい印象を抱いていないのはわかる。だけどそれで先生を悪人だと決めつけるのは違うし、なにより……


 ――気持ち悪い。

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