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高天神城  作者: 麻呂
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因果

――上手い時期に来たものよ

 遠江国高天神城、現在の静岡県掛川市にある急峻な山城であり、高天神を制する者が遠江を制すると謳われた堅固な城である。

 西の峰には西の丸、東の峰には本丸があるが、どちらも独立した城の機能を持っており、二つの城が中央の尾根で連結された形となっている。

 その西の丸から周囲を見渡す男の目に、多数の葵紋が飛び込んで来る。

――元康めが大きくなりおって

 そう思うと口元が歪むが、それもすぐに綻んでくる。

――ここが死に場か

 岡部丹波守元信。今川家の重臣として活躍し、主家滅亡後は武田晴信、勝頼に仕えていた。



――因果なものよ



 家康は高天神城を遠く見つめる。

 彼が物心付いた頃、高天神城は今川家のものであり、小笠原氏清が城主を務めていた。その後与八郎長忠が城主となり、永禄11年(1568年)、松平家に従属した。

――駿府では

 駿府の人質時代に聞いた話では、以前は福島くしま越前守(正成)の城、ということで随分名が通っていたということである。花蔵の乱で今川家の家督を奪おうと画策した実力者だけあり、腹にどっしりと重しを乗せられるような高天神城の威圧感は、当時から福島越前守の名に恥じぬ要塞であったのだろう。

 そして今、この城を守るのは旧今川家家臣、今川義元から自身と同じく偏諱を賜り「元信」と名乗る、通称、岡部丹波である。

――あの岡部様か

 共に戦ったこともある家康は、その武勇を十二分に承知しており、遠江侵攻の中、痛いほど実感していた。

 三方ヶ原の戦いで弱ったところを狙い、家康は幾度も遠江侵攻を繰り返している。だが、その都度元信が兵を繰り出し、その侵攻は遅々として進まない。

――義元公の亡霊と戦うかのような

 ふと過ぎる恐怖を振り払うかのように、家康は兵を次々と繰り出した。

 織田家を巡る状況も安定しており、急な出兵要請が入らない、むしろ援軍を頼める状況にある今、三河から遠江に兵を送るのは何の苦でもない。

 一方の武田軍は元信任せの遠江防衛であった。援軍を送ろうにも甲斐から距離があること、そして武田家を取り巻く環境の変化から、甲斐信濃を守るための兵が必要だったのである。

 そのような状況にあっても元信は良く働き、徳川の侵攻を幾度もくい止めていた。だが、絶対数の差から家康の勢力は少しずつ広がりを見せ、ついに大井川を押さえる諏訪原城を奪われ、高天神城の主要な補給路が断たれてしまったのである。

 そして家康は5千の兵を引き連れ、城の周囲に付城を複数配置し、その補給路を徹底的に絶つ作戦に出た。



――どう転んでも武田家は終わる



 元信は気付いていた。勝頼が自ら兵を率いてくれば、尾張の織田も大軍を率い、三方ヶ原で疲弊した武田家にトドメを刺そうと押し寄せるであろう。

 そして高天神を見捨てれば、武田は家臣を見殺しにしたとして、信頼を一気に失うこととなる。

――元康だけではあるまい

 他人の目の色を見ることに長けていたあの小童が、こんな戦略を描けるとは思えない。

――右大臣信長、あの時討ち取っておれば

 と、幾度も思ったことがまた蘇る。

 そしてまた幾度も繰り返したように、詮無きことと苦笑いし、再び葵の旗に目を遣った。

――武田家が生き残るためには

 と、改めて考える。既に何度も答えは出ていた。このままじわじわと内部から削られていくのであれば、ここで勝頼自ら兵を出し、織田徳川連合軍と大井川を挟んで戦をすることである。

――八つに一つ

 勝ち目は少ない。だが、この勝ちを拾えねば、武田家は遠からず滅亡するであろう。

――何より

 右大臣の首を獲る機会はこれが最後である。義元公、信玄公亡き今、その仇である右大臣の首を手向けることができれば、戦国武将としてこれほどの冥利は無い。

 ぶるっと寒気のような震えがした。

――右大臣の首を獲る

 夢想とも言えるその思いは元信を鬼へと変える。

「御館様、御照覧あれ」

 元信の言う御館様とは誰を指してのことであろうか。周囲の兵には勝頼と聞こえたが、もしここに家康がいたのなら義元と聞こえたであろう。


 本丸に戻る元信の足は不思議と軽い。

 東西の高天神城を繋ぐ尾根には井戸曲輪と呼ばれる曲輪があり、そのやや北にある三日月井戸で、元信は足軽に混じり水を飲んだ。井戸の横で座っていた足軽は元信に気付くと慌てて立ち上がり、近くの足軽にも声を掛け、一斉に姿勢を改めようとしたが、元信は右手をひらひらとさせ、良い良いと直ぐにまた本丸に向かう。

「皆、苦労を掛ける」

 と、時折労いの言葉を掛けるが、その目は力強く活き活きとしており、将兵達を安心させた。

――許せ

 城兵を労いつつも、彼らを死地に遣る己を悪く思う。それでも彼はその夢の実現に向け、真っ直ぐに本丸を目指す。

 そして本丸の部屋に籠って書状に何事か認めると、彼は目が良いと言われる兵を呼び出し、急ぎ甲斐へ発つように命じた。

「御館様に援軍を頼んでおる」

 と、その内容も伝えながら。

この物語はフィクションです。

作者の歴史観が多分に含まれていることや、検証が難しい事案が多い為、想像や安易な辻褄で補うところも多々ありますので、予めご承知おきください。


月に2~3回くらいのペースで書ければ良いなと考えています。

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