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北条戦記  作者: ゆいぐ
北条家登用試験編
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4 栗原与一郎成利 新九郎伝

「……ふう。ちょっと端折(はしょ)った部分もあるけど、押さえとくべき情勢と考え方は大体こんなとこか」

「う……ん。そうか……、そういう感じだった……のか。

とりあえず今、北条家にとって最大の敵が武蔵の扇谷上杉、甲斐の武田で、味方は駿河の今川家だって認識が間違ってなかったのが分かって良かった、うん」

「……おい。こんだけ説明したのにそんな初歩のとこで満足しないでくれよ」

「説明が早いし人と土地の名前が山の様に出てきてとてもとても……。

もっと逸話みたいのだったら頭に入り易いんだけど」

「そんなの覚えてったって試験じゃ何の役にも立たねーだろ」


与一郎はがっくり肩を落とす。が、ふと顔を上げた。


「……まてよ。逸話と言えば一つだけ無関係でもないのがあるな」

「ほほう?」

「徒に広めていい話でもないんだが、まあ北条家に仕官するつもりのお前になら差し障りないだろう。

何を隠そう、北条家次期当主と目される新九郎様の御話だ。そういえばあの御方はお前と同い年だな」

「へえ」

「んであれは俺が北条家に仕えて間もない頃だから、もう三年前になるか……」


――その日、北条家の次期当主、北条新九郎氏康(十二歳)は小田原城西曲輪(おだわらじょうにしぐるわ)で父氏綱、()り役の清水右京亮吉政(しみずうきょうのすけよしまさ)、その他の家臣達と共に焙烙玉(ほうろくだま)――球状の陶器に火薬を詰め、導火線に火を付けて投擲する武器。陶器を縄で結ったりして投げ易くしたりした――の威力を検分していた。

焙烙玉を持った家臣は新九郎達が耳を塞いだのを確認し、『いきますぞ』と言って藁人形に向けて焙烙玉を放った。僅かな間を置いて凄まじい破裂音と爆風が起こり、後には藁と木片の切れ端が散らばっていた。やや興奮気味の氏綱が『どうじゃ、これが焙烙玉ぞ』と言って後ろを振り返ると、爆発の衝撃で失神した新九郎が仰向けに倒れていた。という次第である。


終わりまで聞いた治郎兵衛は笑い出してしまった。


「それが笑い話じゃ済まないんだよ。その後、館で目を覚ました新九郎様は家臣の前でみっともない真似をさらしてしまった以上、腹を切るしかないと言い出されてな。右京様がどうにか説き聞かせて事無きを得たそうだが」

「ふうん」

「武士、しかも北条家の次期当主としたらあまり名誉な話じゃないからな。当時だって一部の家臣の間で『あの若君様で大丈夫なのか』って話が出てたらしいし」

「へえ。厳しいなあ」

「そりゃ仕える方だって、当主に十分な器量が無けりゃ家ごと滅ぼされるんだから色々心配するさ。俺やお前の家のことを思えば他人事でいられないって分かるだろ?」

「あ、確かに……。

う~ん、でもやっぱり私ならその御器量を疑うより支える側でいたいなあ」

「まあどう受け取るかは人それぞれだろうけどよ。

これから先、もし仕官がかなったならその目で見極めていかないとなってことだ」

「うん……分かった」


しんみりと頷く治郎兵衛を見つつ与一郎はまた話を戻した。


「なあ、本当に試験大丈夫か。

何ならいっそのこと俺が筆記試験の内容だけでも事前にこっそり調べてくるってのも……」


突飛な提案に治郎兵衛は慌てて首を振った。


「いやそれは(なん)かもう、歩き出す第一歩目から既に進むべき道を大きく踏み外しちゃってるよ」

「『進むべき道』って……戦の無い、民の為の政をって話か? 分からんでもないけど、ここで落ちると次の試験はまた一年先だぞ。今回だって扇谷上杉の動き次第で開催を見送るって話も出てたぐらいだし」

「そうなんだ。一年ってのは知ってたけど」

「あとは最悪、他の城で行われる試験に挑むって手もあるけどな。伊豆の韮山城、相模鎌倉の玉縄城、武蔵南部の江戸城でも時期をずらして行われてるらしいからな」

「と、とにかくさ、やる前から落ちるつもりでいたんじゃ受かるものも受からなくなっちゃうから、もっと大らかな感じで何とかなるだろぐらいに思っててよ」

「お前のその変に前向きなとこはホント変わらねーなぁ。その暢気でもっていつか派手に転ばねえかと、それだけが心配だよ、俺は」


治郎兵衛はあやふやに笑いつつも、そんな自分だから多少思うところにずれがあっても、しっかりしてる与一郎に付いてくのが結局は良いのかもしれない、などとぼんやり考えていた。

勿論、自分が落ちるかもなどとは想像だにしていない。


 * * *


数日後。

『北条家家来登用之試験』当日、朝早いうちに小田原の町西側にある試験場、元町(もとまち)練兵場に(くだん)の人たる北条新九郎氏康と清水右京亮吉政が数名の家臣を伴って来ていた。

ただ、家臣達が張り切った様子で北条家の家紋である()(うろこ)の入った陣幕を敷地内に張ってくのに比べ、それを見る氏康の表情はあまり冴えない。


やがて彼はその懸念を隣の吉政に漏らした。


「なあ、右京。やはりあれは()めておかぬか? いくら父上から許しを頂いてるとはいえ、事の次第が明らかになれば、後々落とされた者達が呆れて当家の批判をするやもしれぬぞ」

「はっはっは。今更何を言われます。そもそも若がお考えになった策ではありませんか。(それがし)は割と面白いと思いますぞ」

「例えばという感じでその場で思い付いたのを言ってみただけだ。面白いかどうかですることでもなかろう」

「ふふ。その気の回し過ぎが若の良い所でもあり悪い所でもありますな。

ともかくまあ肩の力を抜かれませ。面接する側がその様な固い面持ちでいますと、される方も無用に構えてしまい胸の内を開くということが難しくなりましょうぞ」

「うむ……そうであった。父上の代理をしっかと果たして良き者を見つけ出さねば」

「ほら、その気負いです」

「あ、これか……」


二人は何のかんのと言い合いながら、やがて屋敷の方へ入っていく。


治郎兵衛にとって初めての試練となる長い一日が始まろうとしていた。


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