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北条戦記  作者: ゆいぐ
侍見習い編 後編
23/43

23 侍見習い 肆

石置き屋根:

針金や釘などの金物が十分に使用できず、また暴風対策の為に板屋根の上に石を並べて置いた物


板屋根付き土塀:

土塀の上に板屋根が取り付いているタイプ。金沢の土塀を参考にしてます。

まず三人は男から金子(かねこ)屋敷について必要な情報を聞き出した。

それから用済みとなった男を山田村の東側に広がる森林奥深く――北東へ小半時(こはんとき)(30分)も進んだ所――へと連れていき、適当な太い幹の根元に縛り付けると、卯吉宅へ戻った。

中では明かりを灯さぬまま、兵糧丸(ひょうろうがん)を食べた後、交代で仮眠――月の位置で大体の見当を付けた――を取る。やがて(とら)の刻(午前三時)を迎える頃、三人は山田村を出た。金子村は西にある。


(ふくろう)が鳴く林道を下りながら、与一郎が治郎兵衛に念を押す。


「今回の件、お前が頼りにしてる『伊勢様』とやらに報告するのも無しだからな」

「……うん。……だけど、私一人がやった事にして話すのは――」

「それも駄目だ。卯吉だってお前一人が罪をかぶるなんて望んでない」

「……」

「何より、お前がそんな作り話したとこでボロが出るに決まってる。それで孫九郎様に迷惑が掛かってみろ、俺も責任取らされて将来真っ暗だ」

「最後のそれが重要なんだね」

「一番重要だ。もうこれ以上は譲らないからな」


与一郎と治郎兵衛は男の処遇についても揉めたのだ。灯の下で長い時間顔を見られた以上、始末すべきだと主張した与一郎に治郎兵衛が反対した。他方、綱成は今回の言い出しっぺである治郎兵衛にやり方を委ねた上、武辺で通った福島の名を脅しに使うことを許した為、結局また与一郎が折れた。男についても今回の事が済むまで一、二日飲まず食わずで縛り付けておけば脅しも効きやすくなるだろうという結論に落ち着いた。


緩い下りの林道が終わり平地に出る。雑草と低木(ていぼく)ばかりの荒地(あれち)を行き、石置き屋根のおんぼろ長屋が並ぶ村を過ぎ、ようやく目的の金子屋敷が見えてきた。再び治郎兵衛が口を開く。


一兄(いちにい)、さっき通ったとこが金子村なんだよね?」

「そうだ。ここら辺に二、三カ所、ああやって集住してる。

住んでるのはさっきの男みたいな足軽連中だ。孫九郎様が言った通り、浪人や野武士なんかの流れ者が金子殿に雇われて住み着いてる。俺も御役目で偶に来るんだが、ここらの連中は柄の悪いのが多くてな」

「……」

「まあ入れ替わりが激しいから家の数だけ人が居るわけでもないし、半分以上は前線の城の守備に駆り出されてたり、連雀の護衛に出てる。住んでるのは三割ってとこか」

「ふうん」

(いち)に行くと、押し買い・押し売りなんかを取り締まってるのがいるだろ。あれも連中の仕事だ」

「なるほど……」

「ともかく、卯吉を逃がすんだったら奴等が寝てる今のうちだ。静かに、素早くな」

「うん」


やがて屋敷まで来た三人は板屋根の土塀沿いに南側へと回った。真ん中辺りまで来ると、治郎兵衛が四つん這いになり、その背に与一郎が乗る。敷地内が静まり返っているのを確認した後、与一郎、綱成、治郎兵衛の順に中へと忍び込んだ。

もっとも見張りがいない訳ではない。事前に聞いた通り、屋敷の南西側に建つ土蔵(どぞう)傍まで来るとでかい男が入り口に立っているのが見えた。


手筈通りに与一郎が土蔵の裏を回って男の向こう側へ行き、ぽんと小石を放る。(いぶか)しんだ男が顔を向け、与一郎の方へ歩き出した直後、その無防備な後頭部へ綱成が重い峰打ちを食らわせた。


気絶した男を見て綱成は首を捻りつつ――打ち込みに納得出来なかったらしい――、それを土蔵の陰へと引きずり込む。


それを見届けた後、治郎兵衛と与一郎が入り口のつっかえ棒を外し、緊張した面持ちで障子戸を開ける。差し込んだ月明かりに照らされ、地べたに横たわる小さな人影があった。卯吉である。


「……!」


駆け寄って抱きかかえた治郎兵衛は愕然とした。その顔は腫れ上がり、嚙まされた猿轡(さるぐつわ)にも血が滲んでいる。縛られた体には至る所に青痣ができていた。


「卯吉ッ、卯吉ッ!」


激しく動揺する治郎兵衛の声に卯吉が微かに目を開ける。猿轡を外してもらい、ようやく口を開いた。


「じ、治郎兄……。どうして……」

「ごめんッ……! 本当にごめんッッ……!! 何で、何で……こんな事に……!」


取り乱す治郎兵衛の隣に与一郎もしゃがんだ。


「卯吉、大丈夫か」

「与一郎様まで……」

「金子達にやられたのか」

「はい……。逃げた仲間の居所を知ってるだろうって……、どこへ逃げたか言わないとお前を殺すぞって……」

「そうか……」

「僕は、何も知らなくて……けどそれでも勘弁してもらえなくて」

「……本当に、ひどい目に遭ったな」

「へ、へへ。自業自得です……」

「ごめんな、卯吉。

お前、もう元の生活に戻ることは……」

「はい……。連雀の人達に『どこへなりとも失せろ』って言われました……。

でも全て……僕が悪いんですから」


治郎兵衛が強く首を横に振る。与一郎はあくまで冷静に卯吉に尋ねた。


「お前、これからどうしたい?

このまま朝を迎えて身売りされるか、それとも着の身着のまま体一つで逃げてみるか?」

「……に、げる?」

「俺達にはもうそれ位しかしてやれない。勿論奴等に捕まらないよう途中までは俺が案内するが、その先はどうなるか分からん。何の保証も無い。

金子の連雀連中と顔を合わせないで済む、どこか遠い村へ行って、そこに入れてもらえれば生きていけるかもしれないが……。それだってもしかしたら、力仕事が不得手なお前にとっては奴隷の生活と大差無い暮らしになるかもしれない」


卯吉はしばらくの間沈黙していたが、やがて切り出した。


「二人とも、見つかればただじゃ済まないのに……僕なんかの為に有り難う」

「……」

「それと治郎兄(じろあにい)、……ごめんね」

「え?」

「……僕、嘘ついた」

「何……?」

「大きな町で店を持ちたいって夢」

「……」

「まだ全然、……諦め切れてない」

「卯吉……」

「二人が危険を冒してまで作ってくれた機会だもの。僕も……もう一度戦ってみるよ。

与一郎様、よろしくお願いします」


与一郎は深く頷き、『分かった』と返した。


二人は卯吉の縄をほどき外へ連れ出す。そして傷だらけの卯吉に驚く綱成への紹介もそこそこに、見張りの男を米俵に縛り付けて猿轡を噛ませた。後は脱出するのみである。

綱成が先に立ち、後から卯吉がよろよろと続く。与一郎も続こうとしたが、治郎兵衛がまだ土蔵の中にいるので声を掛けた。


「おい、何やってんだ。行くぞ」


治郎兵衛は目の前に積まれた米俵をじっと見ている。与一郎は何か嫌な予感がして、声を少し荒らげた。


「治郎兵衛っ。卯吉一人じゃ塀を乗り越えられないから手伝えっ」


治郎兵衛はやや遅れたものの、振り向いて頷くと与一郎の後に続いた。

彼等は慎重に、静かに土塀を乗り越え、屋敷から脱出する。

その後は卯吉を気遣いつつ、足早に来た道を戻った。


 * * *


不運なことにこの時、早くも金子屋敷では卯吉の脱走が露見していた。

厠に立った庄衛門の息子が土蔵の異変に気付いて中を見、慌てて父の寝所に知らせたのである。


「何じゃと!? 外から誰かが入り込んで連れ出したというのか……」

「見張りに立っていたのは丑蔵(うしぞう)です。賊はかなりの手練れ、あるいは複数やも」

「がぁッ! あんの小僧……、悉く面倒を呼び込みおって」

「離れの連中を起こしてきます」

「早くいたせッ! 村の者共も使い、草の根分けてでも探し出せと伝えるのじゃッ!」

「かしこまりました」


立ち上がった息子を、庄衛門は慌てて呼び止めた。


「城の方にも使いを出せ。手を借りるのだ」

「それは……」

「四の五の言ってられん! 卯吉まで逃がすわけにはいかんのじゃッ……!」

「はっ」


かくして金子庄衛門の意地と執念を賭した大捜索が始まる。治郎兵衛達はまだ知る由もなかった。


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