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エピローグ:『夕暮れ戦争』

――


それは長い長い人生の旅路の中の、一番短くて一番大切な数瞬の間にだけ訪れる、白昼夢のようにおぼろげな戦いの場所。陽光の下に居場所を見出せず、されど夜闇に染まりきることもできない子供達が訪れ、その先に待つ長い長い夜を乗り越えるための中継地点。


――≪エピローグ:『夕暮れ戦争[sepia note]』≫――


「――与えられるべき何かを与えられなかった、必要な何かを失ってしまった子供達が集まって、想いをぶつけ合い、ときに寄り添い、ありのままの自分を曝け出す。そうやっていつか、日常の中で生きていけるようになるまで、この昼でも夜でもない場所で戦い続ける。『夕暮れ戦争』は、そのための場所なんだ」

昨夜の戦いの後、ともみが無事戻ってきたことで騒ぎになっていたのと時を同じくして、ひかりとひびきは戻ってきた学校で、『しにがみさま』からその話を聞いたのだった。そして今、天辺に『扉』が現れた廃工場の影を見上げながら、ひかりは『しにがみさま』と二人きりで言葉を交わしていた。

「……あなたは、ずっとその場所に?」

ひかりの問いに、『しにがみさま』は微笑んだまま首を傾げる。その周囲には雪色の粒子が空気に溶けて、辺り一帯を満たすスノウホワイトの光の渦となっていた。彼女は、紛れもなく『人間』ではなかった。人間は変身している間しか魔法を行使することができない。けれど彼女は常に魔法の影響下にあり、その生命と存在そのものが『魔法』の現象であるのだ。かつて人間であった彼女は、ただ己の『想い』によって辛うじて存在している、文字通りの『幽霊』だった。

「その先に続く、長い夜を越えていけるくらい強くなって、夕暮れよりも確かなものを手に入れて。そして『夕暮れ戦争』を去っていく子供達を見送り続けて……」

かつて『しにがみさま』が不意に見せた眩しそうな表情が、彼女が過去に失った何かを持つ自分に向けられたものだと分かって、ひかりは不意に『本当の自分』が心を揺さぶられたように感じて言葉に詰まる。やがて大人になっていく子供達にも忘れ去られ、日常から取り残された『魔法[おもい]』を司る者として何処にも行けず佇む彼女の姿を思い浮かべて。かつて彼女もまた魔法少女であったと知ってしまった今、どうしようもなく寂しい存在に思えてしまったのだ。

「……乗り越えるには余りにも深い傷や、背負うには余りにも重い過去の記憶に、いつか正面から向き合えるくらい強くなるまでは、『現実』に鍵をかけて眠らせておくことも、生きるための方法じゃないか。地に足つけずに、現実から眼を逸らして、殻をまとって生きていくのも、ね。だから現実と『夕暮れ戦争』を隔てる存在が居なければならない……でもきっと、止まない雨はないさ。終わりがないものなんて、存在しない」

最後に取って付けられたような言葉に、ひかりは問い返す。「雨が止んだ時、その『雨』という現象は、どこに行くんでしょう?」「どこでもないどこかへ。再び巡り、訪れるその時まで」そして、ひかりは『しにがみさま』を見上げて、自分が今日この場所に来た目的である、たった一つの確かめなければならない事について問い掛けた。

「……最初に出会った時、わたしが『魔術師』だと分かっていて助けたんですか?」

ひかりは自らが『夕暮れ戦争』に踏み込めた理由を、ようやく今になって理解することができていた。最初はひかりも他の魔術師と同じく、廃工場で『扉の向こう側』の暗闇の街に移された。けれど【それ】に襲われて殺されそうになった時に助けてくれた遥花への『憧れ』という『想い』が生まれて、それが夕暮れ戦争の参加資格となったのだ。

「『最初の想い』を忘れずに持ち続けることが『夕暮れ戦争』の参加条件だ。『想い』があれば、どこへだって行けるさ。君はもう『翼』を手に入れているんだから」

そして白い少女の優しげな微笑みに、ひかりは嘘偽りのない感謝の気持ちを伝えるのだった。

「あなたが……あなたが居たから、わたしは今こうして空を駆けていられる」

想いを忘れず、願いを抱いて歩み出せば、やがて辿り着く場所はいざ知らず、ここではないどこかへたどり着くことができる。そこは自らの『翼』で飛ぶ者だけが辿り着ける、自分だけの頂上だ。そして『しにがみさま』は最後に一つだけ、自らひかりに問い掛けた。

「君はこれから、何処へ行くんだい……?」

それはまるで今日の天気や、遊びに行く場所を尋ねるような気軽な声で。そして、ひかりは揺るぎない決意を持って、己の『鍵なる言葉[キーコード]』を返答としたのだった。

「――“ここではない、どこかへ”」

ひかりは掲げた手の先、自らの『想いの欠片』から降り注ぐ光の粒子が、己の衣装を作り上げていくのを感じる。その視線の先には『扉』と、無数の『世界』を内包した星たちが舞い踊る夕暮れの空。その星空の中に硝子の翼で空を駆ける少女の姿を見つけて、ひかりは彼女を追って己の力で空へと駆けあがる。

≪”rejecter” set up≫

それは長い長い人生の旅路の中の、一番短くて一番大切な数瞬の間にだけ訪れる、白昼夢のようにおぼろげな戦いの場所。陽光の下に居場所を見出せず、されど夜闇に染まりきることもできない子供達が訪れ、その先に待つ長い長い夜を乗り越えるための中継地点だ。

――『夕暮れ戦争』が、再び始まる。


/第一部『夕暮れ戦争』


――


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