第三話:『わたし達の魔法』
活動報告:完結まで書き溜めたため、ここから推敲だけしつつノンストップで投稿します。
――
硝子の脆きを愛でるのは、硝子の脆さを持たぬもの。
薔薇の弱きを愛でるのは、己の弱さを知らぬもの。
――
暮町は駅を隔てて雰囲気が大きく変わる。廃工場や学校のある暮町のおおよそ三分の二を占める側は、子供たちの間で『こっち側』と呼ばれる。そして反対側は『駅向こう』と呼ばれていて、多くの子供はそっち側に行かないようにと厳しく言われている。だから子供たちにとっての暮町――彼らが遊び、知る世界のほとんど全ては、『こっち側』だけで構成されていた。
けれど当然『駅向こう』にも人は住んでいるし、暮らしている。良い悪いに関わらずそこは在るのだし、なんなら活気はあちらの方があるくらいだ。ひかりが初めて踏み込んだ『駅向こう』の繁華街には、清浄とは程遠い活気が満ち溢れていた。
ラーメン屋と塾の教室が細長いビルに一緒くたに詰まっていて、チェーンの食事屋の入り口は階段を下りて、半分地下に埋まったような場所に押し込まれている。暮町高校の制服を着た女子たちが、コンビニで買ったらしい惣菜を食べながら横一列に並んで歩く。クラクションをけたたましく鳴らして狭い道路をかき分けていくタクシーの運転手が、通路を塞ぐ彼女たちに舌打ちしているのが見えた。その脇を抜けて、携帯を耳に当てながら歩いていくサラリーマンと、青に染めた髪を揺らしながら歩く若い女性、指輪がはめられたその手を引く柄の悪い中年の男。彼らは皆『こちら側』の人達に比べて歩くのが倍くらい速かった。地図を見ながらふらふらと歩いていたひかりは、後ろからぶつかられて危うく道路に転びかける。ぶつかった事にも気づかないまま機敏な動作で歩いていく初老の男性の背を見送りながら、ひかりは一度しっかりと地図を見直すために道路の端に寄ろうとする。そして黒いガムが床の所々にこびり付いたその場所が、見るからにいかがわしい店の扉近くであることに気付いたひかりは、慌ててそこを離れた。半裸の女性の写真と、マッサージのコースと料金だけが書かれたその看板が見えないくらいの場所まで来たとき、ひかりは道路の角から出てきた小さな人影にぶつかりそうになる。
「わっ、たっ、たっ」
大きなビニール袋を揺らしながらよろめく自分と同じくらいの背丈の少女の姿を見て、ひかりは思わず呟いた。
「……リノン?」
「あれ、ひかりだ」
ひかりの方を見てそう言った彼女の服装は、学校で見るのとは全然違ったものだった。ピンクのラインが入った紺のジャージの上に、大人用のだぼっとしたコートを着ていた。
「なんでひかりがこっちに来てるの?」
そして、いつもと違ってどこかつっけんどんな口調をしたリノンの顔の、右頬の辺りには小さな絆創膏が貼られていた。
――第三話『わたし達の魔法』――
始まりは、ひかりが運悪く今日の日直だった事だ。早々に帰ってしまったペアの男子の分までクラス日誌を書き上げて、西東先生に提出しに行った時にひかりはプリントの束を押し付けられた。ここ一年学校に来てない不登校の子の家に、今までの溜まりに溜まったプリントを届けてこいという事らしい。
「じゃあ、頼んだから」
とだけ言って、西東先生は再び自分の机の方を向き直って携帯を弄り始める。ひかりは途方に暮れていたが、結局プリントを突き返すこともできなかったので、その子の家まで歩いて持っていくことになった。母親もいつも通り、仕事で家には居ないのだ。
「はあ~!?そんなの捨てちゃえばいいじゃない、取りに来ない方が悪いんでしょ!?」
ともみは今日約束していた『夕暮れ戦争』をキャンセルされて、いつも通りの不機嫌そうな口調でそう言っていたが、学校のゴミ箱になんか捨てていって先生に見つかったら後が怖い。そんなこんなでいつも通る公園の辺りから『駅向こう』まで歩いてきた――といった経緯を、夕暮れ戦争とともみの話だけ伏せてリノンに説明した。
「このクラスの不登校っていったら…あっ、もしかしてひびきのこと?んもー、あたしに言ってくれれば届けてあげたのに」
リノンは手に持ったビニール袋をぶらぶらと揺らしながら、そう言って口を尖らせる。袋の中に、雑多な栄養ドリンクと風邪薬、そしてプリンの容器が見え隠れしていた。
「……友達なの?」
「うん!今からね、その子の家に行くところだったの」
無邪気に笑うリノンの表情に、出会った時に一瞬だけ見せたとげとげしさは欠片も残っていない。『駅向こう』の繁華街を抜けてしばらく進むと、先程までの活気は嘘のように消えてさびれた雰囲気の風景が立ち上がってくる。田畑や細い路地、背の低い団地がまばらに散った景色。駅を中心として半円状に広がる繁華街の周囲を取り囲む、工場の労働者たちの居住区が元になった団地や住宅街。それが暮町の南側を構成する、昔ながらの街並みだった。
暮町は今でこそ再開発が進んで、小洒落た街並みの北側がベッドタウンとして知られているけれど、もともとは工業地帯として発展した土地だった。西の一帯に工場が並び立ち、やがてそこで働く労働者たちが遊び歩く夜の街として繁華街が生まれ、簡易宿泊所がもとになって住宅街が生まれた。そうして人が集まり、煙の立ち上る工場に陽が落ちて、巨大な真黒の影になる景色から、そこは暮町と呼ばれるようになった。
今では工場群はほとんどが取り壊されて、最後の一つとなった工場だけが壊されないまま、かつての街のシンボルとして今も沈む場所に取り残されている。そして最後の工場が停止させられ、北側がすっかりその様相を変えてしまった後も、南の繁華街は衰えることなく夜の闇を照らし続けている。再開発によって生まれ変わった平穏な北側と、かつての面影を残して、清浄とは程遠い活気に満ちた繁華街と、荒廃した居住区で構成される南側。相反する二つの地区は、駅とそこから伸びる線路によって隔てられている。北側に住む人間はいつしか自分の住む『こっち側』、そして対岸を『駅向こう』という区分を使うようになった。
「ほら、あそこがひびきの家」
リノンが指差した先にある二階建ての団地は、今までに通り過ぎたものと全く同じように見えた。周りの景色も他のと区別がつかない似たり寄ったりの田んぼと路地だったから、ひかりはリノンと会わなければ迷っていたかもしれないと思った。
子供一人分くらいの深さのある側溝に掛けられた鉄板を踏み越えて、二人は排ガスと煙草の煙がこびり付いたような褪せた色をした壁に取り付けられた階段を上がって扉の前に立つ。壁に取り付けられた名札には『東大寺 吹雪 ひびき』とだけ書いてあった。錆びの浮いたドアを叩いた後、リノンは新聞受けを開いて中に呼びかける。
「ひびきー、生きてるー?」
それから少し経って、リノンは後ろに突っ立っていたひかりに言った。
「暗くて見えないや。居ないのかも」
「……どうしよう」
プリントを渡さないと帰れない――途方に暮れた様子のひかりを見て、リノンは仕方ないといった風に手を差し出した。
「いーよ、あたし合鍵持ってるからさ。プリント預かって、中で待ってるよ」
「……ありがとう、リノン」
おずおずと礼をするひかりに、リノンは苦笑しながら言った。
「居るなら会ってほしかったけど……ひびき、同じ年の友達居ないし、知らない人にはきついこと言っちゃうから。ひかりなら大丈夫かなって思ったんだけどな」
――
ひびきは市営団地の薄暗い一室で、何日も前から敷きっぱなしの布団に横たわっていた。『夕暮れ戦争』に出るどころか、まともな日常を送るのすらもできていない。人目を忍んで痛む身体に鞭打って、業務スーパーで買ってきた300g30円の豆腐と1玉50円のキャベツ、70円のカップヌードルが残された食糧だった。ファッションでもなんでもなくただ履き古しただけの穴あきジーパンと、どこにでもあるようなチェック柄のシャツ――赤と暗い赤の二色で、二週間洗っていない襟足の汚れも目立ちにくい。当然、それだけしか着ていなければ身体は冷える。全身が――特に下腹の辺りが鉛に変わったように冷たく重くなっていて、身体をくの字に折り曲げて息を詰まらせる。激しい痛みで気道が閉じて、呼吸が止まっているのだと分かる。
横になってじっと動いてないと、今度は頭痛がしてくる。眼球の裏側で、大出力の目覚ましが鳴り続けているような頭痛に目を開けていられなくる。自分を構成するものの密度がどんどん下がっていくような、激しい脱力感と浮遊感が吐き気を誘う。少し前までは辛うじて部屋の中を歩くくらいはできていた身体も、ついに糸が切れたように指一本動かすことが出来なくなっていた。
主たる原因は二つあって、そのうちの大きい方は『夕暮れ戦争』に受けた傷だった。それは蝙蝠の翼を生やした、紅い刀を持つ魔法少女だった。天を衝くような黒い翼。視えないほどの速度で振るわれる紅い刃。黄金の瞳を縦に割る、アーモンド型の黒い瞳孔。ひびきは一度、その魔法少女と出逢ったことがあった。それは篠崎ひかり、陸號ともみと戦った日のことだ。黒い翼と、紅い刀を持ったイレギュラー。手を斬られた傷が、治るのに二日かかった。これ以上の傷を負うことはいくらでもあったが、恐らくあの刀は自己治癒を阻害するような力を持っていたのだ。少なくとも致命傷でなければ、『夕暮れ戦争』が終わった時には完全に治癒しているはずだった。
もっとも再生すると言っても、『夕暮れ戦争』での戦いは痛みを負うことが多い。ひびきの知る中にも、音を上げて夕暮れ戦争を去るものは多かった。そして『願いが叶う』という噂の根拠のなさと、終わりのない戦いに嫌気がさして諦めるもの。眼を逸らしていた『己の姿』を提示されて、非日常の世界という幻想を失って去っていくもの。魔法の源となる『自分』の正体。魔法少女の中でもそれを知っている人は多くないし、知っている人は決してそれを明かさない。己の身体という箱の中に、鍵をかけてしまっておく。そして自分の中からもそれ忘れ去ろうとするために、魔法そのものを捨て去る人間も少なくない。その中の、つい最近の一人をひびきは思い出す。『黒い壁』を放った魔法少女のことを。
渇きを覚えて口にした冷たい水が、みるみる身体の熱を奪っていく。やがて体内へと落ちていった水が体内を刺激して、突き刺すような痛みを感じる。うつ伏せの、折り曲げた膝を抱え込むような姿勢のまま時間が過ぎていった。身体は動かせず、意識はもうろうとしたまま、痛みだけが褪せることなく感じられる状態で――ふと、聞き慣れた声が後ろから響く。
「ひびきー、生きてるー?」
ひびきは返事をしようとして、声の代わりに何も食べてない胃の中身が出そうだったのでやめた。そして誰かと話しているような声が聞こえたあと、ガチャガチャと鍵を回す音が聞こえる。軋みながら開いたドアが、ひびきが乱暴に脱ぎ捨てていたた靴に引っ掛かって止まる。
「わっ、ちょっと、ひびき!?大丈夫!?」
ようやくひびきに気付いたらしいリノンが悲鳴を上げて、その肩を揺する。
「うるさい……頭に響くから、やめろ……」
ひびきはそう言いながらリノンを払いのけようとするが、その手にも声にも力が入らない。
「ひかりっ、どうしよ…」
まだ帰っていなかったひかりの方を振り返ったリノンは、珍しく泣きそうな顔をしていた。
「……動かさないであげて。その、救急車、呼んだから」
途切れ途切れの小さな声で、ひかりは携帯電話を指し示す。そして、ひかりとひびきは初めて互いの顔をしっかりと見た。
「あっ、」「あの時の……」
蒼い眼――片目の隠れた短い髪――ひかりが、雨の日に出会った少年だった。ひかりの小さな叫び声と、ひびきの苦しげな声が同時に響く。そしてその声を最後に、ひびきはがくりと首を落とす。リノンの泣きそうな声に混じって、遠くから救急車のサイレンが聞こえてきた。
――
暮町病院は、この町にある唯一の総合病院だ。だから救急の患者とか、入院する人だとかは大体この病院に集まってくる――といっても当然、全員がそんな人なわけじゃない。むしろ大体の病院に来る人は定期健診だとかちょっとした風邪だとかで、長くても六時間くらいで会計まで済ませて病院を出ていく。普通に病院に来た人は、救急治療室だとか、病棟だとか、霊安室だとかがある事も思い出さないままだろう。運悪く、自分や家族が使うことになったりしない限りは。
「よーしよしよし、お手柄だなヒカリ」
柔らかい光に照らされたエントランス――子供が走ったり、年配の人達が世間話に興じていたりしていて、BGMが流れていないこと、車椅子や点滴台、ストレッチャーとかがちらほら見られること以外は、喫茶店のようなお洒落で明るい雰囲気の場所だ。その隅っこの方で、ひかりは白衣姿の火ヶ理に頭をわしわしと撫でられていた。
「それで、あの子…東大寺くんは大丈夫なの?」
「大したことねえよ、ありゃただの貧血だ。一晩安静にして点滴打っときゃ、明日の昼くらいには退院できるだろ」
事もなげにそう言った火ヶ理の顔を見上げながら、ひかりは東大寺ひびきについて考える。
――『お前は、どうしたい?』
学祭の日から、一週間ほどが経っていた。学校ではつばめとリノンと一緒に過ごして、放課後には、予定が合えばともみと一緒に『夕暮れ戦争』に参加する。ひかりにとって、この一週間は今までよりも充実した日々だった。
ひびきについて知ることと言えば、リノンの友達であるらしいことと、魔法少女であること、そして雨の日に投げ掛けられた言葉。
怒っていないのかと聞かれると、分からない。奥底に秘めた『自分』を引き摺りだしてまで否定されたことなんて、今までに一度もなかった。けれども彼が居なければ、自分は『夕暮れ戦争』に戻らなかったのかもしれないのだ。
――『自分は今、どうしたいのだろう?』
前と違って、その答えはすぐには出てこなかった。火ヶ理は考え込んだままのひかりの頭にぽん、と軽く手を乗せて、火ヶ理は白衣の裾を翻して足早に歩いていく。
「仕事あるしそろそろ戻るわ……んじゃあな、あと病室は402だ」
最後の言葉の意味を少し遅れてから理解したひかりは、呆気に取られたまま颯爽とした後姿を見送る。ただ病室番号だけ言っていく辺りが、あの人らしい。ひかりも少し前までなら、それをそっけなさだとか、天才じみた思考の飛躍だとかに捉えていたかもしれない。
――とりあえず前に進んでいれば、行きたい場所も見えてくる。
たぶん、あの人はそう言いたいのだろう、とひかりは思った。そして、その考えに従って、病棟の方へと向かい始める。自分もまだ、東大寺ひびきのことをなんにも知らないのだ。
エレベーターを使って病棟のある階まで上がると、とたんにさっきまでの洒落た雰囲気はなりを潜めて、さっきまではほとんど感じなかった消毒液の匂いが鼻をつくようになる。そして、ひかりは402号室の前に辿り着いたとき、誰かと言い争う――いや、一方的に叫んでいる、聞き慣れたはずの声を聞いたのだった。
――
「ひびきのばかぁっ!!」
ひかりは扉に手をかけた姿勢のまま、思わず固まってしまう。廊下まで響き渡るその大声は、たぶんリノンのものだった。
「こんなになってまで、戦わなくたって…」
もう片方の子供が押し殺した声で何か言う――東大寺ひびきの声だ。扉越しでは、その内容を聞き取ることができない。
「…分かってるけど!分かってるけどさあ!」
真っ白な病棟の廊下には、ひかり以外に誰も歩いていなかった。だから、二人の会話を聞いているのも、ひかりだけだった。そして、いつの間にかリノンの声は、震えてビブラートがかかったような、か細い鼻声になっていた。
――泣いてるんだ。
「……死んじゃったら、やだよ」
ひかりは一度も、リノン泣いてるところを見たことがなかった。本気で怒って叫んでいるようなところも、想像すらしたことがなかった。ふと、自分が居てはいけない場面に迷い込んでしまったことに気付いた――けれど、足に根が生えたように動けなかった。
「ひびきだけしか……こんなあたしのこと知ってる人も、話してくれる人も居ないのに…ひびきが居なくなったら、あたし……」
それは、いつもの明るくて、話すことは他愛のない噂話ばかりで、誰からも嫌われていない、高木リノンの声ではなかった。もっと不安定で、今にも崩れそうな、きっと聞いてはいけない声だった。
そこから先のリノンの言葉は、しゃくりあげるのと鼻をすするのとで、ほとんど聞き取れなくなる。ひびきが今度ははっきりとした優しい声で、リノンを慰めるのが聞こえた。
「ちゃんと生きてるだろ…だからさ、泣くなよ」
そして、思いっきり鼻をかむ音と、ぐずぐずとした嗚咽が続いて――それが聞こえなくなってからも、ひかりはその場で固まっていた。何もなければ、日が沈み切るまでそうしていたかもしれない。
「リノンなら寝たよ。たぶん、しばらく起きない」
扉越しに響いた声が、自分に向けたものだと分かって、ひかりは思わずびくりとする。音を立てないように気を付けて、スライド式のドアを開けると――四個のベッドのうち三つは空で、窓側の一つにひびきとリノンが居た。ひびきは真っ白なベッドの上で身を起こしていて、リノンはひびきのベッドに覆いかぶさるようにして小さな寝息を立てていた。淡い水色のパジャマを着て、点滴針を差してぐるぐる巻きにされた左手でリノンの頭を撫でている姿に前に会った時のような剣呑さは感じられない。そして、ひかりは初めてはっきりと、東大寺ひびきの顔を見たのだった。
――とても綺麗で、そしてやつれていた。
北欧の子供のような顔立ちで、肌はベッドのシーツと同じくらいに真っ白だ。ひびきも細長い右手で前髪をかき上げて、ひかりを見定めているようだった。髪で隠れていたやせた頬と、真一文字に引き結ばれた色素の薄い唇――そして露わになった蒼い瞳は、冬の青空に浮かぶ月のようにまん丸く澄んでいた。
「その、ありがとうな」
少しの沈黙のあと、ひかりは盗み聞きしていたことを謝ろうとして――ひびきの方が先に口を開いた。ひかりは、何に礼を言われているのか分からずに固まってしまう。それを知ってか知らずか、ひびきは頭を掻きながら、ばつが悪そうに言った。
「リノンから聞いたよ、救急車呼んで、買い物袋の中身冷蔵庫に入れてくれたのお前だって」
「あ……うん」
どこか呆けたようなひかりの返事を聞いた後、ひびきは表情を険しくして顔を逸らす。
「でも、前のことは謝らねえぞ」
「ううん、また、続けてる」
ひびきは驚いた顔をして、ひかりの顔を見る。ひかりは彼の顔を、真っ直ぐに見返した。そしてひびきは、何かを言いかけて――結局、少し笑って一言だけ呟いた。
「……そっか」
ひかりも、それだけで十分だった。その後に続いた沈黙は、不思議と居心地の悪くないものだった。真っ白なキャンバスのような病室を、窓から差し込む西日が橙色に染めている。
「ねえ、学校に来なかった理由って、聞いていいかな」
聞こうと思っていたひびきのこと、泣いていたリノンのこと――迷った挙句にひかりが聞いたのは、結局そっちだった。そしてその答えを、ひびきは案外あっさりと言った。
「別に隠すようなことじゃない。『夕暮れ戦争』だよ」
そしてひびきは、ベッドの柵に背を預けて話し始める。
「『夕暮れ戦争』は習い事とかとはワケが違うんだ。こうやってケガすることもあるし、全力で戦ったあとは疲れて動けなくなる。みんなで遊ぶ時間なんてないし、話もどんどん合わなくなっていく。続ければ続けるほど日常との掛け持ちが難しくなっていって――いつかは、どちらかを捨ててしまう。前に言ったろ、何人もやめたヤツを見てきたって」
「……なら、どうして、そこまでして戦うの?」
その疑問を聞いて、ひびきは笑う。
「叶えたい願いが、あるからだよ」
そしてひびきは、『暮町七不思議』の一つ、『リライト』の話をひかりに教えた。沢山の『想いの欠片』と、『鍵』と呼ばれるアイテムを見つけた魔法使いは、なんでも願いを叶えられる最後の魔法を手に入れる。その魔法の名前を、『リライト』って言うんだ。
「魔法少女は誰だって……傷付いて、今までの生活を失って、死ぬ危険を冒してまで叶えたい願いがあるから戦ってるんだ。お前も『戻ってきた』ってことは、そうなんだろ。どんな願いかは、聞かねーけどさ。願いがないやつは――今に満足してるやつは、『扉』なんて見えねえんだよ」
ひびきは言葉を切って、赤紫――沈みかけの夕陽の色をした窓を眺める。カーテンの向こうには、きっと今日も『扉』が浮かんでいるはずだ。
「……戦う、理由。叶えたい、願い」
ひかりは、自分の願いを思い出す。
――強くなりたい、前に進みたい。
少なくとも、それが今、戦い続けている理由だった。そして、ここに来た理由である『自分は今、どうしたいのだろう?』という迷い。その疑問は、一歩進んだ形に姿を変えた。強くなるために、前に進むためには、今、どうすればいいのだろう?
ひかりがその答えを探そうとした時、ううん、と小さな唸り声が聞こえる。リノンが目を覚ましたのだ。リノンは眼を薄く開けて、ひかりが居ることに気付き――すぐに自然な笑顔を浮かべた。
「あっ、ひかり来てたんだ。今日はありがとねー、ほんと助かったよ」
そこてリノンは、ちょっとだけ眉を寄せて困ったような表情を作る。ころころと変わる表情も、明るい声音も、いつものリノンのものだった。
「もー、本当にびっくりしちゃった。ひかりが居なかったら、あたしどーしたら良いか分かんなかったし……あっ、ひーびーきー?ちゃんとお礼言ったー?」
半眼になって睨み付けるリノンに、ひびきは苦笑しながら言った。
「……ちゃんと、礼は言っといたよ」
リノンの赤いままの目元に気付いたとき、ひかりの胸に、とてつもない罪悪感がぶり返してくる。隠していたものを見られてしまったら、わたしなら。
「ごめん、また明日っ!」
ひかりは思わず、そう叫んで病室を飛び出す。不思議そうな表情で見送るリノンと、何も言わないままのひびきを残して、ひかりは看護師にとがめられないギリギリくらいの速さで走った。そして病院の外に出ると、肌が痛くなるくらいに空気が冷え込んでいた。ひかりは思わず首をすくめて、口まで埋まるくらいにマフラーを深く巻き直す。そして、かじかむ手で携帯を取り出して、つい先日聞いた携帯の番号に電話をかける。
「もしもし、ともみちゃん?」
『はい、どちらさまでしょ……ひかり!?』
驚いたような、そして若干嬉しそうな声が電話の向こうから帰ってくる。けれど、ひびき――ローブの少年に会ったことを伝えると、ともみは途端にぶすっとして口をつぐんでしまった。
「……どうすれば、いいのかな」
ひかりは呟く。答えを期待したわけではなく、ただの独り言のようなものだった。
『そんなの決まってるでしょ、倒せばいいのよ』
魔法少女に勝てば、『それ』の時とは比べ物にならないくらい沢山の『想いの欠片』が手に入るらしい――ともみが前に言っていたことだ。『らしい』とは、ともみもまだ魔法少女を倒したことがないからだった。
『あんなヤツ、二人なら倒せないわけないんだから』
そして、ひかりがなんの気なく返した言葉が、ともみの怒りに火を注いだ。
「でも、もし、三人なら……もっと強くなれるんじゃないかな、って」
『はあ~!?もう、ひかりはお人好しすぎるのよ!あんな誰彼構わず噛みついてくような感じ悪いヤツ、誰が友達になろうって思うもんですか!』
耳がきーんとなるような甲高い声に、ひかりは思わず電話を耳から遠ざける。
『すぐに攻撃してくるし、いちいち人の気に触れるような事ばっかり言ってくるし、なんでわざわざ、こっちから下手に出て……』
怒鳴り続けていたともみが、そこまで言ってから、なぜか急に黙り込む。気まずい沈黙が続いて、ひかりが恐る恐る呼びかけようとしたとき、
『ともかくっ、退院したらすぐ、呼び出して決闘よ!』
ともみはそう言い切った。
――本当に倒すつもりなら、退院前に襲えばいいのに。
ひかりはそう思ってから、ふと前にひびきが言っていたことを思い出す。
――魔法少女が、変身する前の人間に一方的に攻撃するのはルール違反だ。『しにがみさま』に殺されちまうぞ。
「ねえ、ともみちゃん。前にひびきくんが言ってた、『しにがみさま』ってなんのことなの?」
『あー、もう!あんたも、ちょっとくらい人の気持ちを考えなさいよ!』
今度は怒りの矛先がひかり自身に向いて、訳も分からないまま慌てて謝る。そして、ひかりはようやく気付いた。ともみの声が、いつもに増して不機嫌そうなのだ。
「ともみちゃん……なんか、怒ってる?」
『怒ってるわよ』
ぶすっとしたままのともみの声を聞いて、ひかりはすぐにある事を思い出した。
「あっ、今日『夕暮れ戦争』行かなかったの、ごめんね……」
『違うの、約束すっぽかしたことじゃないの!』
ひかりは途方に暮れる。どうやら、自分が原因であることは確からしい。
「分からない……けど、わたしがどうにかできることなら、そうしたい。だからお願い、教えて?」
ひかりが考えながら絞り出した言葉は、どうやらそこそこの正解答だったらしく、ともみはようやく自分から話し始めてくれた。
「……あたしとは、『夕暮れ戦争』以外で会ったりしてくれないのに」
――分かってしまえば、簡単なことだった。
『なんであたしのこと放っといて、あいつと先に仲良くなろうとしてるのよ!ずーるーいー!』
そこまで言った途端に、ともみの声のトーンがまた跳ね上がる。ひかりは電話の上半分だけ耳から離して、通話口に優しく語りかける。
「ごめんね、またどっかに遊びに行こう?」
そして、少しだけ困惑した。今まで誰かに、自分から『遊ぼう』なんて言ったこともなかったし、遊びたいと望む事もなかったから。ひびきが友達になってくれるかどうかは分からなかったし、ともみの機嫌をまた損ねそうだったから、『三人で』という言葉は辛うじて飲み込んだ。
「明日は、よろしくね」
そして電話を切る前に、少し迷ってからそう言った。明日も『夕暮れ戦争』の約束だった。
『……もちろんよ』
親とケンカして泣いた後の小さい子供が、ご機嫌取りのお菓子を受け取る時のような不愛想さで、ともみは最後にそう答えた。
電話を切ってから、ひかりは今しがた出てきた病院を見上げる。暮町総合病院の主要な棟は、六階まである大きな建物が三つほど繋がって構成されている。そして、そこから離れた所にある色の違う小さな棟が、火ヶ理が働いている場所だった。
ともみには言わなかったが、ひかりにはいくつか、胸につっかえていることがあった。
――こんなになってまで、戦い続けなくても。
確かにリノンは、病室の扉の向こうでそう言っていたのだ。リノンは、『夕暮れ戦争』について、どれくらい知っているのだろう?ひかりは今まで殻の中に閉じこもって、日常をやり過ごすために必要十分なことしか知ろうとしなかった。
そして、つい今しがた電話していた陸號ともみ。彼女がどんな日常を送っていて、どんな願いを叶えようとしてるのかも。知らないことは余りにも多すぎて、だから今まで見ようとしなかったことの中に、きっと前に進むための手がかりが隠されているのだ。
――そして、『なんでも願いが叶う』という言葉の意味。
ひかりは歩き出す。このまま立ち止まっていたら、身体が冷えて本当に動けなくなりそうだったからだ。途中で一度だけ、ひびきとリノンが居るであろう階を振り向いて見上げた。
――
日が落ちて病院食がトレイに乗せられて出てきた時、リノンは当然のように家の残りものらしいタッパーを取り出した。ひびきがその事について尋ねると、リノンは「ひびきの家で食べるつもりだったの」と笑ったのだった。
「……ふーん」
ひびきは気のない返事をして、自分の食事に手を付ける。夕食の献立は、鯖の味噌煮と白ご飯、ほうれん草の入った小鉢だった。身体のだるさも痛みもまだ治っていなかったけれど、どうやら食事が喉を通るくらいには回復してきたようだ。
久しぶりに『美味しい』という言葉を思い出す食事だった。それまでなにも食べれない状態だったから、味覚が鋭敏になってるのかもしれない。
納豆のパックをリノンに渡そうとすると、すぐに突き返される。それどころかリノンの持ってきたタッパーの中身――ちょっと片方に寄った肉じゃがと、冷えた大盛りの白米まで押し付けられそうになる。
「だーめっ、いつもちゃんと食べてないから、そんなにやせっぽちなんだよ。今くらいちゃんと食べないと」
「だから納豆嫌いなんだってば…」
ひびきは本気で嫌そうな顔をしてぼやく――結局ひびきは残して、もったいないからということでリノンが食べたのだった。
「あのさ、頼んでた薬、持ってきてくれた?」
「あるけど、全部食べてから!」
「分かったよ……」
ひびきが茶碗にはりついたご飯粒の一つまで食べきっている間に、リノンは鞄をがさがさと漁って錠剤のシートを取り出した。書かれている分だけの量を、残っていたお茶で飲み干した。
「えーっと、お腹は冷やさないように、きつい服は控えて…うん、今は大丈夫だね」
お腹には布団を掛けたままだったし、服はパジャマだ。それからリノンは、舌を出していたずらっぽく笑った。
「ひかりさぁ、ひびきのこと、男の子だと思ってたかも」
ひびきはまた、気のないふりをした返事をする。
「…その方がいいよ」
そのために食事を抜いてまで、どっちつかずなままの身体を維持しようとしているのだ。食べていないことを心配する人も、リノン以外には居なかった。そしてその結果、ずっと止まっていた生理が三ヶ月ぶりに来たのだ。『夕暮れ戦争』での負傷ほどではなかったけれど、それも大きな不調の原因だった。
「でも、もう食事抜いたりしたら駄目だよー」
「……考えとくよ」
「もう、ひびきったら……」
「分かってるって、もう遅いから早く帰れよ」
ひびきはなおざりに言って、追い払うように手を振った。面会時間はとっくに過ぎていた。
「……帰りたくない」
さっきまでと別人のような小さな声で、リノンが呟く。
「なあリノン、わがままいうなよ……オレの家だったら良かったけどさ」
ひびきは諭すように言ったけれど、リノンは俯いたまま黙りこんでいた。ひびきはため息をついて、頭をガリガリと掻く。明るすぎるくらいの蛍光灯の光が、治りかけていたひびきの頭痛を悪化させていた。影になったリノンの表情は、ひびきの場所からははっきりと見えなかった。
リノンは家が荒れていると、ひびきの家に泊まりに来る。食事を家まで持ってくる時は大体そうだった。ひびきもある程度は予想できていたけれど、倒れて病院に運ばれた騒ぎですっかり忘れていたのだった。ひびきはまた言い聞かせる為に、口を開こうとして――やめた。リノンが何か言おうとしていることに気付いたのだ。そして少しの沈黙のあと、リノンはゆっくりと語り始める。
「お母さんがねー……またお父さんとケンカしててねー……」
噂話とか、誰かの世話を焼いたりとか、他人[ひと]のことだと軽いリノンの口は、自分の話になるととたんに重くなって動かなくなる。だからひびきは、リノンが話し始めるまでも、話し始めてからも、いつも黙って待つのだった。そしてリノンは、気付いていたけどあえて聞かないでいた、頬の小さな絆創膏を指でなぞる。
「コップが割れて、その破片でちょっと切っちゃって……怪我させられたの初めてだったから、すごくショックでさ…」
俯いたままのリノンの、涙の粒がこぼれ落ちる瞳を、ひびきは見ないようにする。
――リノンは二人で居る時だけ、ぽつぽつと自分の話をする。
――ひびきも、自分のことを話す相手は今までリノンしか居なかった。
二人とも、目を合わせずに、口を挟むことも慰めあうこともなく、ただ話すのだ。話してもどうにもならないのは分かっていたから、それ以外の人に話すことはなかった。けれど、誰にも話さずに抱え込むこともできなかったから、二人で自分の秘密を共有しているのだった。
「ううん、わたしを怪我させようとしてしたんじゃないの。お父さんもお母さんもお姉ちゃんも、わたしには優しいからさ。でも……明るい子じゃないと、好きになってもらえないから」
アルコールに溺れる父親と、ヒステリーを起こす母親、姉は身体を売って稼いだ金で一人暮らし。『駅向こう』にある家の中では決して珍しくはないことでも、『こちら側』にある学校の中では浮いてしまうだろう。
だからリノンは、誰に対しても明るい自分を演じる。暗さは相手を疲れさせる――疲れる相手とは、誰だってあまり一緒には居たくない。それに自分の要求が激しい人間は、人にあまり好かれない。だからリノンは、辛い出来事や、自分の願いだとかを心の奥に封じ込めて、いつも笑っているのだった。嫌われないために、幸せになるために、そして、生きていくために。それがきっと、バランスの悪い家庭で生きていくための、彼女の処世術で、生き方なのだった。
「ねえ、ひびき。今日はいい子で居られないと思うから……ひびきと一緒に居させて?」
リノンは涙で汚れた自分の顔を、布団越しにひびきに押し付ける。ひびきはふと、リノンを見る自分の視界が曇っていることに気付いた。もらい泣きなんて性に合わない。弱い自分は、嫌いだ。
「……お前はよく泣くよな」
ひびきは右手でさっと顔を拭って、誤魔化すように言った。
「あはは……ひびきの前だけだよ」
顔を上げて笑い返すリノンは、ひびきが泣いていた事にも気付いていないようだった。
「看護師さんに、ダメ元で聞いてみるか」
「……うん」
結局、リノンの家にも確認して、今日だけということで許可をもらった。誰もひびきを看病しに来れない理由を、この病院の人達も分かっているからかもしれなかった。
――
今週末には雪が降るかもしれない。その予報のせいで、ひかりのクラスはいつもよりも浮足立っていた。
「ひかりってさ、案外スタミナあるよね」
つばめはそう言って、乱れた呼吸を整えていた。三角座りの姿勢で吐き出した息は、冷たい空気の中で白く濁る。
一限目の授業は体育だった。この時期は身体を温めるためにランニングをしてから、ソフトボールや他の球技などを始める。つばめは男子と張り合って全力で走るから、走り終わった後にはいつも息が上がっているのだった。
「……そうかな?」
対するひかりは、いつも真ん中のグループより少し後ろくらいだ。つばめの言う通り、呼吸は全く乱れていない。最後の方を走っていたリノンが、指定されていた周回数を終わらせて二人の場所へやってくる。
「つかれたー。二人とも走るの速すぎるよ、もー」
「リノンが喋りながら走ってるからでしょ…ってリノン、ほっぺの絆創膏、どうしたのそれ」
つばめが、リノンの頬に貼られた絆創膏に気付いて聞くと、リノンは笑って言った。
「んとねー、帰り道で転んだの。こう、だばあっ、って」
そう言いながら、リノンはつばめの丸めた背中にのしかかる。重いってば、と言いながらもつばめは振り払おうとはしなかった。
「ねーつばめ。早く雪降らないかなー」
リノンは空気を胸一杯に吸い込む。思いっきり吐き出した白い息は、さながら怪獣の吐息のようだった。
「みんなで遊ぶの!かまくらとか作ってさあ」
「この辺じゃそんなに降らないでしょ。いいとこ雪合戦くらい」
つばめの頭のつむじの辺りに顎を乗せていたリノンは、黙り込んだままのひかりが自分の方を見つめていることに気付く。
「ひかり、どしたの?」
「あ…ううん。なんでもないよ」
そう言って目を逸らすひかりと入れ替わるようにして、長袖の服を着こんだ佐々木しおんが歩いてくる。
「暑くなけりゃなんでもいいですけどねー。長袖着ても蒸れないし」
「委員長は見学しかしてないでしょ」
「委員長って名前じゃないですー佐々木ですー」
佐々木しおんは体育に出ない。身体が弱いのだと言っていたが、本当かどうかは誰も分からなかった。いつものやり取りにひとしきり笑ったあと、リノンは空を見ながらまた言った。
「降らないかなー、雪」
全員が走り終わったらしく、体育の先生が生徒達を呼び集める。ひかりは駆け足を緩めて、リノンの後姿を見ていた。
――いつもの高木リノンだった。
体育が終わった後の少し埃っぽくて、気だるげな雰囲気の教室で、二限目の授業が始まる。ひかりがリノンの座っている方を見ると、五分も経たずに彼女は口を大きく開けて寝ていたのだった。そして休み時間になれば、つばめや他の女子たちの場所に喋りに行く。賑やかな笑い声と、つばめに呆れられるくらいの明るい笑顔の中に、昨日の崩れそうな不安定さも、あの涙声もどこにも残ってはいなかった。
そして、給食の時間が終わった後に、リノンは早退した。退院するひびきを迎えに行くのだと、ひかりにだけ言い残して出ていった。鞄を背負って、軽い足取りで出ていったリノンを見送るひかりに、背後から声がかかる。
「ねえ、ひかりさん。救急車の乗り心地はいかがでしたか?」
とっさに弁当箱を閉じて、後ろを振り向くと何やら好奇心に満ちた顔の佐々木しおんの顔があった。いわく、病院から出てきた時に、救急車に乗せられて出てきたひびきと、付き添いの二人を見たらしい。
ひかりは少し迷ってから、不登校の子にプリントを届けに行ったこと、その子が貧血で倒れていたので救急車を呼んで、一緒に付いていったことだけを言った。するとしおんは、あてが外れたような顔をしながらこう言った。
「東大寺ひびきさんでしたっけ?なんだ、女の子じゃないですか。てっきり、浮いた話でもあるかと思ったのに」
「……えっ」
驚いた表情のひかりを見て、しおんは不思議そうに言った。
「なんで途中から転校してきたわたしが知っていて、ずっと居たあなたが知らないんですか」
佐々木しおんは、小学四年生の時に転校してきた。東大寺ひびきは、しおんと同じクラスに居たが、会って二ヶ月も経たない内に学校に来なくなったらしい。その経緯を、しおんは聞かれるのも待たずにすらすらと話し始める。
「女子数人と揉めに揉めて、盛大に掴み合いのケンカになった挙句に学校を飛び出して、それっきりだったそうです。結局なにがケンカの原因だったのか、関係者がぱったり口をつぐんでしまって分からなかったらしいですけどね。なんでも、『ただの遊びのこと』としか言わなかったとか」
ひかりは、昨日ひびきが言ったことを思い出す。『続ければ続けるほど日常との掛け持ちが難しくなっていって――いつかは、どちらかを捨ててしまう』。学校に来なくなった理由をそう語ったひびきの言葉は曖昧だったけれど、嘘ではなさそうな言葉だった。
「まあ、その前から随分と浮いてましたけどね。なにせ喧嘩っ早いし、良くも悪くもあの容姿ですから……それに父親は『人喰い道化』に殺されて、母親は水商売で病気をうつされたらしくて」
「しおん?」
しおんの背後から、低めた声が飛ぶ。二人を睨み付けているのは、箒を片手に持ったつばめだった。
「掃除の時間だから、サボっちゃだめでしょ……それに、学校に来てない人を噂の種にするようなこと、やめた方がいいと思うよ」
給食を食べ終わった後は、クラス全員で掃除をすることになっていた。しおんは全く悪びれる様子もなく、おどけるように肩をすくめる。
「『人を』『噂の種にする』ですか。良いですねその言葉、まさにその通りです。わたしもこれから使わせてもらいましょう」
なぜか楽しげそう言い残して、しおんは掃除用具を取りに行く。そして残されたひかりは、つばめに話の続きを聞いた。聞かされたのは現実味の感じられない異世界の話のようで、つばめは美人で無愛想だった彼女への嫉妬で、女の子たちが嘘の噂を流したんじゃないかと怒っていた。確かにちょっと感じ悪かったけど、そんな風に悪く言うことないよ、と。
「でも、ひかりもあんまり『駅向こう』の子とは関わらない方がいいよ。危ない人も多いし、自分からケガさせられに行くこともないでしょ?」
つばめは、ひかりの方を振り向いて言った。
――
病室の前で、ひびきとリノンは無言で頷いて、扉に手をかけた。
ひびきが寝ていたのと同じような部屋で、四つのベッドは全て埋っていた。その窓側の一つに静かに歩いて向かうと、ちょうど相手も二人に気付いたようだった。
「こんにちは、お母さん。調子はどう?」
花屋で買った一輪の花を渡しながら、ひびきは笑顔を作ってそう聞いた。
「ありがとう、ひびき……リノンちゃんも、お久しぶりね」
伸びっぱなしの黒い髪、よく見ればひびきにも受け継がれている、柔らかな目元。そして黒曜のように美しく黒い瞳を細めて、ひびきの母――東大寺吹雪は微笑んだ。
吹雪がここに入院してから、もう三年程になる。免疫系の感染症――ひびきに難しいことは分からなかったが、医者からそう告げられた時の、母の消えてしまいそうに小さく丸まった背中は、今でもよく覚えていたのだった。
「今日はね、とても元気なの。二人が来てくれたおかげかもしれないわね」
吹雪の言葉と裏腹に、頬肉は前より更に削げ落ちて、肌には一目で分かる病の色が浮いている。顔や指先のみならずやせ細った身体は、真っ白なシーツと合わさって、さながら冬の雪景色の中にぽつんと紛れ込んだ、一本の枯れ木のようだった。
背中に注がれる無遠慮な視線――母親と違う色の瞳を持つ、少年とも少女とも分からない子供に向けられた視線に気づかないふりをして、ひびきは明るく言った。
「退院したらさ、またあの公園に行こうよ。母さんの料理も食べたいな」
ひびきはいつものように、『母が治ったあと』の話をする。昔、行ったことのあるファミレス。見て回るだけで満足だったショッピングモール。病院を出たら、まずはあそこに行こう。そんな話を、ひびきはここに来るたびにしていた。そして、それを聞く吹雪の眼差しは、老いた大型犬のように優しく無力で、諦めの感情が色濃かった。
「ねえ、おばさん。ひびきにね、新しい友達ができそうなの。あたしの友達で、同い年の、ひかりって子」
リノンがそう言った時、ひびきは振り返って、『余計な事を言うな』と睨もうとした。
「それは、とても良い知らせね」
吹雪は、本当にうれしそうな声で言った。思わずひびきが母の顔を見やると、吹雪は優しげな微笑みを、真っ直ぐにひびきに向けていた。
「私はね、ひびき、自分の事を諦めているわけじゃないの。でもね、親は、子供より長くは生きないものよ」
昼間なので病室の電灯は消されていて、立ちこめた雲のせいでむしろ夜間よりも薄暗かった。その中で、吹雪の顔に落ちた死の影が、日増しに色濃くなっていくのをひびきはずっと見続けていた。
「あなたには、私のせいで不幸になってほしくない。すぐに学校に行かなくてもいいから、友達を作って、生きる楽しみを見つけて、あなたの幸せを掴んでほしい…それが、私の願いよ、ひびき」
ほとんど物心つく前の、おぼろげな記憶だ。父が当時世間を騒がせていた『人喰い道化』の犠牲者となった時の、母の泣き叫ぶ気力すらも残っていないような――悲嘆も、憎悪も、悔恨もない、ただ哀愁だけの漂う背中。そして夜の仕事が終わった後、いくらシャワーを浴びても泡となって流れない、背に積もる疲れと汚れ。
決して母に言うつもりはないが、ひびきはその時見たものをよく覚えている。安全さや潔白さをアピールする為に明るく見せられた客室と、女性たちの薄暗くて汚れた待合室。夜の衣装を着た母は別人のように見えたけれど、客に呼ばれて待合室を出ていくまで、いつもの優しい母だった。父が死んでから小学校の低学年くらいまで、母は預ける親類も居ないひびきを、夜の仕事場に連れてきていたのだ。「親譲りの美人だから、大きくなったら人気出るだろうな」店のオーナーに、そんなことを言われたのも覚えている。
母は美しく優しかったけれど、それ以外に何も持たなかった。そしてそんな人間にとって、生きていけるだけの、家族を養えるだけの金が得られる仕事が貰えるならそれ以上のことはない。そう言っていたのは同じ職場の、別の女性だ。本番をしなくていいし乱暴な客も多くない、そう笑っていた彼女は、幼かったひびきから見ても、ここで働いて良いような歳の大人でなかった。同じくまだ法律では許されていない煙草を吸って、母が客を取っている間、彼女はよく待合室でひびきに絵本を読んでくれた。
姦しい声と大人のやり取りが漏れ聞こえ、宵闇のように不安定で沈んだ空気の漂う待合室で、まだ何も知らない子供に縋っていたのは彼女の方だったのかもしれない。彼女がひびきに絵本や塗り絵を持ってきてくれた期間は長くなかったけれど、ひびきはその場所で、家出をして彼女についてきたリノンと初めて知り合った。その女性の腹違いの妹が、リノンだったのだ。もっともリノンが姉の職場にまで付いてきたのは一度きりで、そこで目にした色々なことを覚えてはいないようだったけれど。
「オレ、行くから」
窓ばかりが明るい病棟の廊下で、ひびきは後ろを歩くリノンに言った。『夕暮れ戦争』のことだとは、リノンも言われずとも分かっていた。『リライト』が叶うのならば、母の身体は治るはずだ。そして、父だって生き返るかもしれないのだ。
「ねえ、ひびき。もうこれ以上、無理しちゃだめだよ。おばさんも、言ってたじゃない」
「願いの叶わなかった、母さんと一緒じゃない未来なんて要らない。願いが叶わなかったまま続いていく人生なんて要らない」
ひびきは振り返らずに低く吐き捨てて、リノンを置いて歩いていく。こうして戦い続けていれば、いつかは願いが叶うのだと、信じて戦い続けてきた。
「……ひびきの家で、待ってるから!」
背後から、リノンの声が響く――ひびきもあえて拒絶はせずに、短く返事をした。
「勝手にしろよ」
ひびきは人目につかない、病棟の陰となる場所に向かう。普段は使われることのない非常階段の前、ひびき以外に訪れるもののない秘密の場所だ。長く夕暮れ戦争を続けている人間だと、生活圏の中にそういう場所を持つようになる。魔法少女に変身するための、『想いの欠片』を探しに来るための、そして生活の中で感情が抑えきれなくなった時に、逃げ込む場所でもあった。
まだ『夕暮れ戦争』までは時間がある。ひびきはざらついた外壁に背を預け、何をするでもなく曇天を見上げる。初めて夕暮れ戦争に参加したのも、こんな冬だった。少しくらい孤立していても、リノンや数人の友達が居て、まだ居場所のあった学校での生活を思い出す。そして自分に、『駅向こう』に住む子供に向けられる、様々な視線のことも。母が倒れてすぐに、ひびきは魔法少女として戦うことを選んだ。
――魔法少女には、終わりが来る。
いつかは現実を受け入れて、大人にならないといけないんだ。そう口にするのは、いつだって戦いから身を引いた者たちだ。自分は『置いて行かれた』のか。それとも彼女たちが『歩むのを止めた』のか。西の空に光の粒子が集まり、『扉』がその姿を現す。ひびきは一度ため息を吐いてから、静かに手を掲げて『キーコード』を呟いた。
「“硝子の脆きを愛でるのは――”」
『set up』
それに呼応して、ひびきの身体を蒼い光が包み込む。現れたのは二振りの剣と、半透明の菱形の翼。そしてひびきは、自らの姿を隠すためのフードを深く引き下げる。誰にも知られずに、戦い続ける。誰に止められようとも、諦めろと言われても、まだ続けるのかと笑われても。母には、自分もついさっきまで、同じようなベッドに寝ていたことは言わないままだった。
眼前の、褪せたコンクリの建物の屋上で揺れる洗濯物と、車の上で羽を休めるカラス。前髪がうっとおしくなって掻き上げる。見下ろした足元の擦り切れたジーパンと穴の開いたスニーカー、足元から冷え込んでいく身体。凍える風が背後から吹き抜ける、どこに行くのかもわからない、空一面の流れ雲を押し流していく。
『”fragile”』
見ている景色が、確固とした地盤の無い不安定なものに見えた。自分の一挙一動で粉々に砕けて、もう二度と戻らないような。その脆さは、壊してしまいたくなるような歯痒さと苛立ちをはらんでいる。いっそ失ってしまえれば……取り返しのつかないくらいに。そしてその『想い』は二振りの、薔薇の意匠を凝らした剣となった。
――
≪rejecter≫
『夕暮れ戦争』の舞台となる暮町の上空。ともみに抱きかかえられたまま、ひかりは眼の前に正方形の壁を出現させた。間髪入れずに自動車一台分くらいはありそうな四角錘の氷塊が激突し、その重量に見合った衝撃を響かせながら一瞬で砕け散る。
「このっ、手ごわいわね……!」
氷柱の主である、古風な黒の淑女服に身を包んだ少女。そしてその背には氷の翼、魔法少女だ。彼女は落ちている『想いの欠片』を探していた二人を見つけるなり、何も言わずに襲い掛かってきたのだ。もしかしたら『縄張り』に踏み込んだのかもしれない、とひかりは思う。
『それ』の体内でも、現実の場所でも、塵が積もるようにして『想いの欠片』はゆっくりと育っていく。だから『想いの欠片』を多く拾えるのは、誰にも踏み荒らされない、空から見下ろす魔法少女でさえも気付かないような場所だ。そして『想いの欠片』を定期的に採集するための、『自分だけの秘密の場所』を幾つか持っている魔法少女も少なくない。
≪――≫
割れて四方に飛び散ったはずの氷の欠片が、再び推力を与えられて二人に向かってくる。ともみは舌打ちしながら自動障壁でそれを弾く。ひかりの障壁は自身の視界までも閉ざしてしまうから、使いすぎると相手を見失ってしまう。
放たれるのは全て、何の魔法強化も施されていない、ただの氷だった。地面に落ちればすぐ割れるような、小さなものだと飛んでいる最中に溶けてしまうような低威力のものだ。氷柱を生み出す『書き足し』か、空気中の水分を凍らせて撃ち放つ、生物には効果を及ぼせない『対象書き換え』の魔法だろう。
「また来るよ!」
「分かってるわよ!」
周囲に散って、夕陽を反射して赤く輝く氷の破片。それらが一斉に向きを変え、三度[みたび]ともみとひかりに襲い掛かる。それに加えて、巨大な氷柱が少女の周りに創り出される。氷柱は何度避けようと、何度砕こうと追いすがり、少女が新たな氷を創るたびにその数を増やしていく。
ともみが少女の軌道を追うように、或いは予測して撃った羽の弾幕は、戦いが始まってから一度も当たっていない。少女は不思議な氷の翼で、自身の通った後を氷結させながら飛ぶ。ひびきの翼の加速と方向転換、ともみの翼の最高速度を併せ持ったような少女の翼は、散弾の広がる範囲外に抜けて、予測射撃を子供の落書きのような馬鹿げた軌道で裏切り続ける。
氷の弾丸はともみの自動障壁だけでも十分に防ぎきれるし、少女の障壁は一瞬で割れるような薄氷だった。足を止めての撃ち合いなら、ともみ一人でも楽勝の相手。ただ余りにも速度に差がありすぎるのだ。威力と防御力を犠牲に、必中の攻撃と絶対回避を手に入れたスピード特化型。あと一発、そう思っていても一発を当てるまでが余りに遠い。
「このままだと持久戦で削りきられる……逃げるなら、わたしの壁を眼眩ましにできると思う」
開けた空間で、戦いを続けるかどうかは速い方に裁量がある。けれど相手にも決定力がなく、装甲の薄さから、ともみの弾幕の密度が高くなる近距離には踏み込めない。
「どうして逃げる事ばっか考えるのよ!」
とは言い返しつつ、前の『黒い翼』の魔法少女の例もあるから、ともみも撤退を選択肢の一つとして考えてはいた。この少女がどんな奥の手を持っているか分からないし、相手の『自分』が全く掴めない初見の戦いでは、魔法をそこから逆算するのも不可能だ。魔法の性質は、必ずしも見たままのものではない。ヒトの振る舞いや言動の内容が、必ずしも本質そのものではないのと同じように。
そして戦いの中、ともみの自動障壁に小さなヒビが入る。少女は更に氷柱を生み出そうとして、ともみは距離を放そうと背を向けて飛ぶ。少女がそれを追おうと直線の軌道に移り、ひかりが二者の間に障壁を作り出そうとした時、少女の氷の翼に一本の剣が突き刺さる。
≪fragile≫
電子音声が響き渡ると同時に、少女の翼が砕け散る。咄嗟に振り向いた少女の目に、両手の剣を振りかぶるローブ姿の魔法少女が写る。ローブから一瞬見えた眼に――血走った眼に満ちた、欠片も迷いのない殺意に、少女の浮かべていた笑みが崩れる。
「ルルルゥオアアアアッ!!!!」
ひびきが獣のような叫び声と共に振り抜いた剣は、急降下で辛うじて致命傷を避けた少女の、左手を切り落とす。そしてひびきとの間に氷柱を生み出しながら、距離を取ろうとした少女の胸倉を、ひびきの右手が掴む。
≪fragile≫
お互いの自動障壁の内側、即死が有り得る近距離戦闘の間合いだった。ひびきの腹部と、右足に氷柱が深く突き刺さる。衝撃でフードが外れ、ひかりにもその顔が露わになる――左手で新たな剣を振りかぶったひびきの鬼気迫る表情に、ひかりは思わず恐怖で言葉を無くす。
ひびきは剣を振り切ろうとする。その腕を、少女が氷を纏った右拳で殴りつける。剣を取り落とすことにも構わず、ひびきはがら空きになった少女の顔面に頭突きを喰らわせる。思わずのけ反った少女の鳩尾に、氷柱が突き刺さったままの右足による膝蹴りが叩き込まれる。少女の顔は自身の鼻血で、ひびきの顔は自身の吐血で、真っ赤に染まっていた。
「ちょっ……あんたたち、止めなさいよ!本当にどっちか死ぬわよ!」
ようやく我に返ったともみが、慌ててそんなことを叫ぶ。ひびきはそれが聞こえていないように攻撃を続けようとするが、少女はひびきを突き飛ばし、全力で逃げるように飛翔する。一度距離を離されれば、ひびきの速度では少女に追い付けない。そして少女は一度だけ振り返ると、血塗れの顔で意味深げに微笑んでから曇天の中に姿を消した。
「……邪魔してんじゃねえよ」
長い沈黙の後、最初に口を開いたのはひびきだった。此方を睨み付ける血走った眼に気圧されながらも、ともみが言い返す。
「なに言ってんのよ!倒せそうだったのに、割り込んできたのはあんたの方でしょ!」
ともみの根拠のない自信、或いは空元気に内心驚きながら、ひかりはひびきの顔を無言で眺めていた。その視線に気づいたひびきが、ひかりの表情をまじまじと見て、一言こう尋ねた。
「オレのことを、何か聞いたのか」
咄嗟のことだったので、ひかりは取り繕うことができなかった。ひびきの勘が鋭いのか、それとも自分に向けられた表情が見慣れたものだったからなのか。すぐに、ひびきは何を聞いたのか察したらしく、「聞いたんだな!」ともう一度叫んだ。手負いの獣のような敵意を放つひびきに、ひかりは恐る恐る尋ねようとする。
「あなたの『願い』って……」
「それがどうした!お前の思う通りだったら、お前はどうするんだ!?知ってる奴らはどうしてた!?誰か一人でも、オレのことを助けようなんて思ってたか!?」
ひかりの声を遮った叫び声は、少しだけ震えていた。ひかりは言うべき言葉が見つからず、黙り込む。そしてひびきは、一瞬だけ泣きそうに歪めた顔をそむけて、突き放すように言い捨てた。
「オレは諦めないぞ……絶対に諦めないからな!」
曇天の下に輝いていた星たち――魔法少女の光が消え失せて、自分の変身が解けてからも、ひかりはしばらく同じ場所で立ち尽くしていた。
「なによアイツ……ってひかり、なんで泣いてるのよ!」
ともみの声で、ひかりはようやく、自分が泣いていたことに気付く。「どうしてアイツのこと、そんなに気にするの?また今日も泣かされて、悔しくないの……」ともみの言葉に、ひかりは首を横に振る。冷えて乾いた風が目に吹き込んで、痛くてまた涙が出そうになる。ひかりは背を向けて、頬の涙の跡を親指ですくい取りながら言った。
「ううん、違うの、違うんだよ」
ともみには、ひかりが何を考えているのか分からなかった。昨日交わした『夕暮れ戦争』以外で会おうという約束が、自分の我が儘だったんじゃないだろうか。そんなことが今日は一日中ずっと気がかりだった。「ひかりは、あの子の友達になりたいの?」ともみの問いかけに、ひかりは答えられなかった。ともみも、ひかりも『友達』がなにをするものなのかも、分かっていなかった。今まで目の前に居る相手が、本当に『友達』なのかどうかも。ともみはただ、ひかりが他の『夕暮れ戦争』の仲間を見つけて自分を必要としなくなってしまうこと、自分の側から去ってしまうことが怖かった。
「ともみ、お願いがあるの」
ひかりは何かを考えているようだった。それが何かは、やはりともみには分からなかった。
――
ひびきは家の玄関に辿り着いた直後、靴も脱がないまま崩れ落ちて、そのまま一歩も動けなくなってしまった。「ひびきー、おかえり……って大丈夫!?」リノンの慌てた声と、黒ずんだ木張りの床を軋ませて駆けてくる足音。それが部屋の中から響いてきたこと以外は、昨日の夕方と同じような光景だった。腹を抱えるようにしてうずくまり、歯を食い縛って脂汗を流しながら「大丈夫だ」と言ったひびきの声が聞こえていないように、リノンは慌ててひびきを抱き上げようとする。
「放っといてくれ。しばらくしたら、自分で行く」
「冷えちゃうよ!とりあえずお布団まで運んだげるから……」
自分を持ち上げようとして、あわあわと身体を触りまくる手の感触。それがリノンのものだと分かっていても、ひびきは自分の身体を触られている事に怖気が走る。
「……ひびきは、いつまで戦うの?高校生になるまで?それとも大学に入ったり、働き始めたりするまで?」
ひびきを持ち上げようと苦戦しながら、ともみはそんなことを聞いてきた。
「願いが叶うまでだ」
痛みを嫌悪を堪えながら、短く答えたひびきに、ともみは尚も言い募る。
「でもね、戦っていたら、それ以外の何をすることもできないの。友達を作ることも、毎日を幸せに生きることも。明日を守る為に、今日を犠牲にし続ける。それが『戦う』ってことだって、分かってるの?あなたが幸せに生きられる『今日』は、いつやってくるの?」
「戦わないと、やってこない……オレには」
「……でも、もし願いが叶わなかったら、」
ひびきは、自分を抱えようとしていたリノンの手を振り払った。そして押し殺した声で、「それ以上、言うなよ」目を丸くしたまま動きを止めたリノンに言った。ひびきは小さく息を吸い込んでから、唇を血が出るくらいまで強く噛む。そして今日の、篠崎ひかりの憐れむような表情が。母親の諦めたあの表情が、一番見たくなかったモノが蘇って。どこかで、張りつめていた気持ちが切れた。
「お前らはさ……都合が良いんだよ」
リノンは、なんでも笑顔で受け入れて、耐え切れなくなったら自分のとこにやってきて。決して現実と向き合って、世界に反抗して何かを変えようとはしない。ずっと変わらない日々を過ごしていく。どうして、そんな風に生きていけるんだろう?それとも人とは皆、そんなものなのだろうか。
ひびきには、かつて『夕暮れ戦争』を共に戦う仲間が居た。それぞれの願いを『リライト』に託して、背中を合わせて戦う幾人かの仲間。そしてその全員が、戦い続けるか、日常に戻るかの選択肢を提示された時に、後者を選んだのだった。
楽しかった、良い経験になった。そう言い残して日常に戻っていった者。『夕暮れ戦争』を誰にも語らぬ思い出の一ページにして。まだ続けるの?そんな無駄なこと。どうせ無理だよ。『リライト』だなんて、今まで誰もできたことがないのに。そんな言葉を残していったものも居た。
『想いの欠片』を沢山集めて、『鍵』を手に入れれば願いが叶う。その噂もどこから出てきたのか定かでなく、誰も『鍵』がどこにあるのか、それがどのようなものかさえ知らない。そしてそんなことは、始める時から分かっていた今更の話だった。
「弱っちいんだよ、お前らは!どいつもこいつも、どうして……」
『良かった』なんて思っても居ないのに。戦いを止めた自分達が賢いだなんて思っても居ないのに。自分が『諦めた』という事実に傷つかないためだけに言葉を弄して、そして抗わなかった現実に足して、それでもまだ文句を言い続けるのだ。
重く、暗く、深く沈んでいくような、憎悪の言葉。それは今までに出会った、全ての人間に抱いていたものだった。答えなんて、欲しくなかった。疑問ではなかった。ただの、憎悪を叩きつけるだけの、胸の中にある暗闇の発露でしかなかった。仲間が居て、毎日傷付きながら戦ったりしなくてもよくて、それでも不満を言ってるようなやつが、憎くて仕方なかった。
支払った数多の代償が無駄になるかもしれないと知っていて、おおよそ無理であろうと分かっていて、それでも世界に抗わなければならないほどの願い。そんなものを持つ人は、決して多くない。それからひびきはずっと、一人で『夕暮れ戦争』を続けていた。もっと強く、一人でも戦えるくらいに強く。そう願って、何もかもを犠牲にして戦い続けた。あの『黒い翼』の魔法少女に敗北するまでは。
「本当、どうしようもないくらいに……憎くなる。なんで、オレだけ戦わないといけない。なんで、俺がなにもかも捨ててまで手に入れようとしたものを当たり前みたいに持ってて、戦わずにのうのうと暮らしてる奴らが、オレのことを好き勝手言うんだ。なんで……なんで、同じように幸せになりたくて戦ってた奴らが、全部諦めて、戦わずに好き勝手言う側に行ってしまうんだ」
母を助けられない、弱い自分が憎かった。それ以上に、もっと弱くても、幸せに生きていけるような人達が、妬ましかった。願いを諦めて帰る場所なんて、自分にはなかった。そんな弱音、吐いても意味ない。誰も助けてくれないんだから。
「ごめん……今ちょっと、イラついてる。しんどくてさ……動いたから、ひどくなっただけ。少し休んだら、治るから」
ひびきはようやく、弱音になりかけていた言葉を切ることができた。そしてリノンの胸を押して、距離をとってから立ち上がろうとするが、膝が震えてまたしゃがみこんでしまう。そして、ひびきの熱を持った頬を、ひんやりとした手が触れた。まるで爬虫類に触るような、おっかなびっくりの手つきで頭を撫でるリノンを見て、血のにじむ唇をまた噛み締めた。
「いいよー、慣れてるもん」
リノンは、いつもの笑顔を浮かべて言った。ひびきがリノンに向かって怒鳴ったのは、これが初めてだった。リノンはひびきに肩を貸して、ゆっくりと立ち上がらせる。そして間近にあるひびきの顔を見て、にへら、とふぬけたように笑った。
「なんかさ、最近ひびきに甘えてばっかりだから……それに、ひびきはいつも、辛いこととか、苦しいこととかあっても、教えてくれないから。あたしに手伝えることがあったら、いつでも言ってよね」
夕暮れ戦争を拒んだ人間の中で、一度として戦うことすらしなかったリノンだけが、それでもまだ友達でいることができたのだった。そもそも暮町七不思議の一つ、『白い少女』に初めて会ったのは、リノンと一緒に廃工場に行った時のことだ。そしてリノンは、少女の『夕暮れ戦争』への誘いを断った。分かりきっていた事だ。リノンは、人を傷付けるには優しすぎた。
「ひびきは強いよね」
そう言って笑うリノンを見て、「そんなことない」とひびきは返す。「本当はきっと、強いとか弱いとかの話じゃないんだ」
それに自分は、余りにも弱い。今の日常を受け入れることなんてできやしない。戦わなくても幸せになれる人を、憎まずにはいられない。願いを叶えるのと同じくらい、願いを諦めた日常を受け入れることは難しい。やがて溶けて消える蝋燭のように、命を削る行為が生きる動機となってしまっているとしても。届かぬ星を見上げ続けるくらいなら、たどり着く前に燃え尽きる彗星になった方がいい。口には出さず、そう思う。
「お前もさ、大概だよな……」「なにが?」「なんでもねーよ」
そんな会話をしながらリノンに六畳間まで運ばれて、布団にくるまったまま、ひびきは窓の向こうの見慣れた景色に目をやった。春になれば桜が一面に咲き散歩する人が増える川沿いの堤防も、今は誰も居ないまま木々の紅葉と夕陽に赤く染まっている。絵具で描いたように鮮やかな空を見上げると、青白い月が登っている。堤防の向こう側の墓地が、夕日に照らされて静かに、ただ静かに。それがひびきの団地から見える景色だった。
――
常夜灯に照らされた寝室の中で、ひかりは柔らかな羽毛のシーツと、火ヶ理の硬くも滑らかな素肌の感触を感じなら、密やかに呼びかける。
「ねえ、お母さん…起きてる?」
「…どうした、ひかり」
火ヶ理の黒い瞳が、仄暗い橙の闇の中に浮かび上がる。母がまだ寝ていなかったことに安堵しつつ、
「あの子の、お母さんの病気って……治るの?」
誰が聞いているわけでもないのに、内緒話をするような小さな声で、同じ布団にくるまった火ヶ理に尋ねた。火ヶ理はすぐには答えずに、枕元に置いてあった酒瓶に手をかける。ラベルに『紹興酒』と書かれた瓶に口をつけないようにして、浮かしたまま口の中に注ぎ込む。火ヶ理の周囲にふと立ちこめた漢方のような強い匂いに、ひかりの胸は不穏に揺れる。
「ああ、悪いな」
波を鎮めるように、ひかりが胸に押し当てた手に、二回りほど大きな手が重ねられた。そして火ヶ理の穏やかな声が、静寂の中に響き渡る。
「例えばな、ひかり。ここに一つの事実がある。認めたくはないが、それをひっくり返すのはとても難しい、そんな事実だ。その時、それに対してアタシたちの選べる行動は、二つだ。1.その事実を覆すために、限界まで抗い続ける。そして2.その事実を受け入れた上で、その事実を前提とした新しい一歩を踏み出す。
抗うのなら、それ以外の全てを失うかもしれない。受け入れるのなら、そこから起こる全ての事も受け入れて、新たな希望なり活路なりを見つけなければならない」
ひかりは、意外に感じる――火ヶ理は、抽象的な話はあまり好まない人だと思っていた。海を越えた国の強い酒で、火ヶ理の舌はいつもに増して滑らかになったようだった。
「……お母さんの言うこと、難しいよ」
「難しいのは理解することじゃなくて、受容することさ。難しい言葉ってやつは、大体そうなんだ」
はぐらかすように抽象的な言葉を繰る火ヶ理に、ひかりが問い詰めようとしたとき、唐突に、求めていた答が語られた。
「治らない。もう長くは生きられないだろう。ちょいと主治医に話を聞いてきたが、かなり進行している免疫系の感染症だ。翌月に死んでてもおかしくないらしい」
その言葉を聞いて、ひかりは思わず息が詰まる。ふう、とアルコールの籠った息を吐き出す火ヶ理は、柄にもなく感傷に浸っているように見えた。無論、母に限ってそんなことはないのだろうけれど。
ひびきが戦っている理由は、はっきりと理解できた。座したまま託す望みがないからこそ、戦い続けているのだと。そして、今日の鬼気迫る戦いも、最後に彼女が言い残した言葉も。
――オレは諦めないぞ。絶対に諦めないからな!
そう言った彼女の、背負ったもの。理解できてしまった。その答の、あまりの残酷さを。
「その事実を『受け入れて前に進むのか、立ち止まって抗うのか』。抗っているからこそ、私は今ここに居る。でもどっちが正しいかなんて、誰にも分かりやしない」
ひかりの視界は、また涙で曇りそうになる。目尻から枕に垂れ落ちそうになった涙を、火ヶ理の指が拭い取る。
「けど、どっちかしか無い。生きる道も、正解とやらも。あるとすれば、だけどな」
ひかりは無言のまま頷いて、くすん、と小さく鼻をすする。そしてひかりは布団を少し押し下げて、エアコンから吐き出された暖房の、温くもったりとした空気の中に素肌の肩を曝した。
――あの子は、抗っているのだろうか。それ以外の、何もかもを捨ててまで。
けれど人間は、母の言う通りにできるほど強くない。抗うことを早々に諦めて、けれど未練で新たな一歩を踏み出すこともできず――そんな人間だって沢山居るはずだ。それこそ、かつての自分のように。ひびきは、そんなどっちつかずの人間を憎んでいるのかもしれない。ひかりはふと、そう思った。だから、あの雨の日に、どっちつかずだったわたしに、あそこまで言ったのだろうか。
「ひかり、今言った通りだ。助けないなら、悩むな。助けるのなら、今日は早く寝ろ」
唐突に、火ヶ理の手が背筋を這いのぼる。尾てい骨から始まった、脊椎の数を数えるように丹念な指の動きに、ひかりの身体が意図せず跳ねる。ひかりは母の身体にしがみつきながら、その言葉と突然の行為に抗議しようとした。あまりにも、その言葉が残酷に響いたからだ。その直前に、また新たな言葉が被せられる。
「なんにも残酷じゃないさ。むしろ喜ぶべきことかもしれない。生まれてから続く、選ぶことのできない何もかもに対して、この選択だけは何時だって存在し得る」
本当に、舌が滑らかだ。もともと饒舌な人ではあったが、いつもに増して。縒り合せた鋼線のように堅い腕と、鋭い肩甲骨の感触を手に感じながら、ひかりは母の言葉を聞いていた。
「なあひかり、生まれて最初に選べないモノってなんだろうな。子供が最初にぶち当たる、越えられないくらい大きな壁――そして最後の最後まで、離れることのできないモノ。親か?それとも……もっと近くにあるものか?」
「……うん」
ひかりは、小さく返事をする。その続きの言葉だけは、言われずとも分かっていた。
「とりあえず、今日はもう寝な」
火ヶ理は、ひかりの身体を強く抱きしめて、数秒後には寝息を立てはじめた。ひかりは暗闇に慣れてしまった眼で、火ヶ理の思いの外あどけない寝顔を眺めながら物思いにふける。
自分は、母のように割り切れるほど強くはなかった。そして、『今どうであるかはどうでもいい』と言った母の言葉が蘇る。『これから、どうしたいか』これから、強くなりたい。ならば、自分も選ばなければならないのだろうか。ひとりぼっちで戦い続けるひびきに対しても、助けるのか、忘れるのかを。
――
凍えるような寒さで人は部屋に閉じこもり、虫の音も鳥の声も聞こえない。時計は、もう午前零時を回っていた。団地の住人達も珍しく寝静まっているようで、冬の夜らしい静けさの中で、室外機の音だけが壁越しに響いていた。
「ねえ、ひびき」
敷き布団の上に座ったリノンが、少し眠たげな表情で口を開く。
家に帰ってからの一騒動が終わった後、ひびきとリノンは夕食を食べた。キャベツの千切りだけのつもりだったけれど、リノンがピザ味のポテトチップスを買ってきたのでそれを混ぜて食べた。その後風呂や洗濯を済ませ、二人分の布団を敷いて色々な話をした。とは言っても喋っているのはもっぱらリノンで、ひびきはそれに相槌を打つだけだった。リノンの、本当に他愛のない話――ひびきの知らない誰かの恋愛事情とか、テレビ番組の話とかは、別に演じているわけではなくて、単に話したいから話しているのだと、リノンは前に言っていた。日々の中から、楽しい出来事を探す行為なのだと。
「動物園に行った日のこと、覚えてる?」
そして、日が変わっても話し足りないらしいリノンは、ふとそんな話を始めたのだった。
「……うん、覚えてるよ」
布団を身体に巻いたまま座って、ひびきは濃い目のホットココアの入った、白磁の器に口をつける。コップの中で湯気を立てるそれを、火傷しないようにちびちびと啜ると、喉の奥にざらざらとした粉の感触が残るような気がした。リノンの手の中には、野菜ジュースに氷を浮かべた、透明なグラスがあった。
「二人だけで、朝から夕方までずーっと一緒に居たよね」
ひびきの母がまだ辛うじて元気だった頃。何度目かの離婚騒ぎで家を飛び出してきたリノンと連れ立って、二人だけで動物園に行った事があった。二人とも、帰っても迎えてくれる人が居ないから、開園時間から閉園になるまでずっと中で遊んでいた。といっても、動物なんてほとんど見ずに、ソフトクリームを舐めながら行き交う人々を眺めていたのだったが。
「全部の場所、三周くらい回って……前に通ったときは寝てたライオンさんが起きてたりとか、あとはお猿さんのショーとかあったよね。すっごく楽しかった」
二人の間に置かれた電熱ヒーターが、ジジジ、という小さな音と、焦げるような匂いを出している。ニクロム線に照らし出されたリノンの朗らかな笑顔を、ひびきは黙って眺めていた。
――その日の出来事は、ひびきにとって特別な記憶だった。
それまで、ひびきにとってリノンは『同じ団地に住む、やたらと元気な知り合い』でしかなかった。母の仕事を目にしてから、ひびきは家で待つようになっていた。そして暇を持て余していた時に、リノンに一回券を渡されたから断る理由もなく、ということで付いていったのだった。
「そうだったっけな……お前が欲張って、ソフトクリーム二つ食べてたことしか覚えてないや」
「あはは、そうだったねー。チョコ味といちご味で選べなくて、どっちも買ったら食べてる間に溶けてきちゃって……」
楽しげで、懐かしむような声。リノンは与えられた環境の中で、綺麗なものだけを見て生きようとする。綺麗なものだけを覚えて、楽しいことだけを話して。少なくとも、人前では、そして、ひびきの前以外では。それでも、忘れることは無いはずだ。
ベンチに並んで座ってソフトクリームを食べながら、ひびきが心の中で見世物になっている動物を、学校での自分と重ね合わせていたときのことだ。リノンは唐突に、ひびきをここに誘った経緯を――家の事情を話し始めたのだった。そして初めて二人で、二人の記憶を分かち合った。
ひびきは、リノンの話すような楽しい記憶としては覚えていない。ソフトクリームの味も、動物のことも。けれど、全て大切な記憶として残していた。目の前で楽しげに行き交う、家族連れやカップル、その中で、ぽつりぽつりと交わした言葉のことを。
誰も、自分の生活を失ってまで、赤の他人を助けようとは思わない。そして自分がどうすることもできない、助けを求めている人のことなんか、見ているだけで嫌な気分になるから。それなら、助けられなくても仕方がない悪人にしてしまった方が、楽だから。都合の悪いことって、簡単に頭の中から消えちゃうから。
だからわたし達は、本当の自分なんて見てもらえないまま悪人にされるか。本当の自分を隠したまま無かったことにされるか。誰にも『言えない』まま、誰にも『見えない』まま、生きていくんだ。『夕暮れ戦争』が、普通の人間に知られる事がないのと同じように。
行き交う笑顔の人々の中、本当に誰からも見えない透明人間にでもなったような気分で、初めて自分の胸の内を明かして、そんな言葉を交わし合ったのだった。世界に二人だけ取り残されたように。今までひとりぼっちだった『こっち側』の世界に、もう一人の住人を見つけたように。
「……ねえ、ひびき」
不意にリノンは言葉を切って、ひびきの方を見つめる。
「あの時みたいにさ、二人だけでどこかに行っちゃおうよ。学校のことも、家のことも、全部忘れて、無かったことにして」
冗談めかした口調――リノンの表情は、どこまでも切実なものだった。ひびきは、声を出さずに笑う。そしてリノンの持っていたグラスを取って、リノンの頬に押し当てた。
「ひゃっ、ちょっと、ひびき!?」
茶化されたと感じたのか、リノンは少し怒りの滲む声を出す。
「……なあ、リノン」
ひびきが手を揺らすと、ほとんど空になったグラスの中で、氷が内壁に当たって澄んだ音を立てる。部屋の中の弱い明かりを反射して、きらきらと輝くそれを見ながら、ひびきは静かに語り始める。
「硝子みたいに、繊細で綺麗なのって、愛されるかもしれないけどさ。自分が硝子みたいにすぐ壊れちゃうような身体になるのは、嫌だろ……」
それは誰に話したこともない、ひびきの魔法の『根源』だった。秘して隠し通すべきもの、己の根幹となるものを否定されてしまえば、ヒトはそれ以上生きてはいけない。だから誰も彼も、分厚い上っ面や、棘を纏った殻で己の中身を隠し通すのだ。
「仲悪くっても、生きてる方がいいんだ、オレはさ。病気だから優しくしたり、優しくされたりするくらいなら……だから、お前のことも、羨ましい。家族も沢山居て、向こう側に引っ越せるくらいお金もあって」
病院で使っていた、プラスチック製のコップを思い出す。自分なんて、そんなものの方が良いのだ。心だって、同じだ。
リノンは現実を受け入れた。自分は現実に抗うことを選んだ。逃げるなんて選択肢は、どこにも無いのだ。抗うことを早々に諦めて、けれど未練で新たな一歩を踏み出すこともできず――そんな自分の弱さは、決して愛してはならない。
「分かんないよな……オレはお前じゃないから。オレの世界と、お前の世界は違うんだから」
リノンは、唇を噛んで俯く。その仕草を、自分のようだと、ひびきは思う。どれだけ言葉を選んでも、明確な、拒絶だった。
「……あたしは、ひびきが羨ましいよ?お母さん、すごく優しい人だし…ううん、あたしのお母さんも、あたしには優しいんだけどね」
リノンは、言い返すようにそう口を開いた。ひびきは何も言わずに、自分のココアを飲み干す。
――『こっち側』に居るからといって、分かり合えるわけじゃない。
持ってるものも、欠けてるものも同じじゃない。苦しんでいる人間、無力な子供――そんな言葉では、一括りにできない。同じ場所に居たとしても、同じことなんて考えていない。一緒には、なれない。魔法少女として戦い続けていれば、嫌でもそれは分かってしまう。
「明日になったらさ、家に帰れよ。いつでも、来ていいからさ」
リノンは答えない。けれど、いずれ言わなければならないことだった。
「また一緒に、どっか行こうぜ……日帰りなら、怒られないだろ」
「……うん」
そこまで言って、ようやくリノンは頷く。そして、ひびきはずっと迷っていた、あるお願いを最後に口にした。
「なあ、明日、お前の友達の……ひかりってヤツに会いたいんだけど」
その言葉を聞いて、リノンはにっこりと、いつものように微笑む。
「うん!ひびきと、良いお友達になれると思うんだー」
さっきまでの事なんて、忘れたような明るい声――ひびきは何も言わず、苦笑するだけに留めた。そしてヒーターの電源を消すと、辺りに静寂と暗闇が満ちる。
「おやすみー、ひびき」
布団を頭まで被って、くぐもった声でリノンが言う。ひびきもなるべく優しい声を作って、それに応えた。
「……ああ、おやすみ」
そして、隣からすうすうと寝息が聞こえてきた頃――リノンを起こさないように気を付けて、ひびきは静かに立ち上がる。床が軋まないように気を付けて、向かう先は台所――ひびきは、キッチンシンクの下の食器棚に背を預け、頭を抱えてしゃがみこむ。身体を冷やすとよくないのは分かっていた。けれど、これ以上リノンと同じ場所に居ることはできなかったのだ。
――
蝙蝠の翼――血色の刀――赤・白・黒で構成された衣服――その周囲に倒れ伏す、ひびきを含めた幾多の魔法少女。
「外れか……釣れると思ったんだが」
そして夕陽を背にして、ただ一人立っている彼女が発した第一声が、それだった。鬼神じみた戦い方にそぐわない、落ち着いた声音――戦場でなければ、見惚れるほどに美しい容姿。ひびきがそんな感想を抱いていられたのも、彼女が自身に向き直って、歩いてくるまでだった。
「先に言っておく。あの程度の【それ】には興味がない――そして、お前たちにもな」
次に気が付いたときには、ひびきは彼女に首を掴まれ、片手の力だけで持ち上げられていた。苦しげな声をあげるひびきを気にした風でもなく、少女は淡々と問い掛ける。
「お前と最初に会ったときの、『翼の無い魔法使い』について知っている事を教えろ」
篠崎ひかり――その名前を、ひびきは幸か不幸か、この時はまだ知らなかった。知っているのは変身前の姿と、ひかりがその時『夕暮れ戦争』をやめていたことだけ――何も答えないまま自身を睨み返すひびきを見て、少女は表情を崩さないまま口を開く。
「知っているか?夕暮れ戦争の途中で、戦う意志を無くすか、気絶などで意識が保てない状態になると変身が解除されてしまう。それは魔法少女の戦いにおいて敗北を意味し、持っている『想いの欠片』の一部を削ぎ取られる」
そして、少女が話した続きの言葉は『夕暮れ戦争』について、ひびきがまだ知らない一つの事実だった。
「だが戦闘不能にした程度で手に入る想いの欠片なんて、たかが知れている。余すことなく『想いの欠片』を手に入れるためには、その魔法使いを殺さなければならない」
その言葉と同時に、首を絞める力が強くなる。自身の首の骨が、めきめきと嫌な音を立てるのが脳の内側に響く。そして片手に持った血色の刀が不穏に揺れて、彼女が何故今それを話したかを理解する。
「お前たちに興味はない。だが何も得られないのなら、駄賃代わりにお前ら全員の命を貰っても構わないが?」
「本当に、知らないんだ……あの日、『それ』を取り合いになってただけで…他は、何も知らない……っ!」
恐怖で口から出た言葉は、そんな嘘だった。変身前の姿を教えたら、取り返しのつかないことになる気がした。
「知らないなら……」
そして、すぐに後悔するが――それ以上は、恐怖で口を動かすことすらできなかった。永遠にも近い一瞬が過ぎる。恐怖で目を閉じる――歯の根が合わず、ガチガチと音を鳴らす――そして気が付いたときには、ひびきは地面に放り出されていた。
「失せろ。餓鬼は目障りだ」
――助かった?
思考力が恐怖に喰われた頭で、ひびきは辛うじてそう考えた。そもそも魔法少女が、他の魔法少女の正体を知っていることの方が珍しいのだ。認識阻害――変身した魔法少女の姿は、魔法少女以外には見ることができず、変身前と変身後の姿は、変身するその瞬間を見ない限りは一致させられない。散々刃を交わした敵が、クラスメートだったなんて事もあるくらいだ。
「……お前は、殺したのか?」
無意識のうちに言葉に出してから、ひびきは彼女が言った事実の重大さに気付いた。目の前に居るのが、人殺しであるということ。そして、『想いの欠片』をより多く手に入れるための手段が、それであるということ。
「ああ、殺したよ。沢山殺した」
既に、ひびきから遠く離れた場所まで歩き出していた少女は、振り向いてそう答えた。その表情は、悔いるわけでも、誇るわけでも、苦しむわけでもなく――ただ、荒涼としていた。荒野の中に、孤独に立つ獣――或いは自らの内部に荒野を内包した一匹の獣のように、荒く鋭い眼をしていた。少女は真っ黒な翼を広げ、夜に近付く天空へと消えた。後に残されたのは、倒れたまま呻く他の魔法少女達と、立ち尽くすひびき。そして、ひびきの胸には、少女の話した事実が、深く、重く、食い込んでいた。
――もっと多くの『想いの欠片』を集めなければ、母を助けることはできない
気付けば窓の外が白んでいた。ひびきは折り畳んでいた身体を伸ばして、のろのろと立ち上がる。痺れた両足――背中にあたる食器棚の冷たさも分からなくなるくらいに、身体が冷えていた。
――魔法少女を殺せば、より多くの『想いの欠片』が手に入る
ひびきは震える手で、給湯ポットの湯を水道水で割って白湯を作る。そして、それを口に含んだ瞬間に、胃の中身もろともシンクに吐き出してしまう。今日食べたもの、黄白色と緑色の混ざった半固体のものが飛び散る。外からは朝を告げる、雀の軽やかな鳴き声。
――ひびきにね、新しいお友達ができそうなの
砕けるほど強く噛み締めた歯の隙間から、途切れ途切れの嗚咽が漏れる。こんな姿は、リノンの前では見せられない。誰の前でも、見せられない。
――あなたの幸せを掴んでほしい。それが私の願いよ、ひびき。
「オレだって、行けるなら、行きたいよ…」
漏れ出た声は、誰に助けを求めるでもなく。ただ、願っていた。ここではないどこかへ、どこでもない何処かへ。何もかもを置き去りにして、何もかもを忘れ去って、こんなに苦しまなくていい場所へ行ってしまいたいと。
「あれ、ひびきー?」
扉の向こうで、リノンの眠たげな声が聞こえる。ひびきは汚れたシンクを水道水で洗い流して、涙を拭った後にいつもの不機嫌そうな表情を作る。
「……ああ、おはよう」
少しぶっきらぼうで、面倒くさそうな声音を作って――リノンがいつも笑顔でいるのと、同じように。
――
「お腹すいたからさー、おやつ食べたいな」
リノンがそう言い出したことで、駅向こうのコンビニに寄ってから遊ぶことになった。ひびきとリノンが、二人並んで肉まんを買う――ひかりはそれを後ろから眺める。コンビニのガラス壁の向こう側に見える、二度目の光景――せわしなく行き交う人々、整然や洒落といった言葉からは程遠い街並み、夜にならずとも感じ取れる異世界の活気。ひびきとリノンは、その中を慣れた歩調で、誰にもぶつからずに進んでいった。
「今日の晩飯でいいか…」
ひびきが何か呟いたのが聞こえる。リノンがそれに何かを言い返す。リノンが学校では見せないような表情――遠慮のない、親密そうな雰囲気に、ひかりは不思議な気分になる。
「ねーひかり、今日空いてるー?」
放課後、夕暮れ戦争に向かおうと準備をし始めたひかりの耳に、聞き慣れた声が響く。リノンはいつもの軽快な足取りで近付いてくると、ちょっと声のトーンを落として言った。
「ひびきがね、会いたいって」
ひかりは準備の手を止めないまま、いいよ、とだけ言った。嬉しそうなリノンの表情を見ながら、学生鞄を背負う。
――予測の内には入っていた
ともみへの言い訳も、考えてあった。昨日、自分がなにをすべきか、なにがしたいのか、一晩中考えていた。そして、ひびきはいつもの帰り道の途中――公園の入り口で、車止めのポールの上に座っていた。
「…おう」
ひかりを見つけたとき、昨日の今日だから、ひびきは少しばつが悪そうに――それでも、怒りや拒絶の感情は見せずに、小さく手を掲げたのだった。
「ひかりは何か食べないの?」
ひかりは我に返る。会計の終わった二人が、ひかりの方を見つめていた。
「わたし……その、アレルギーでお店のもの、食べれないから」
ひかりは慌てて、しどろもどろで弁解する――ある程度は本当のことだ。
「ひかり、アレルギー多いよねー。給食もいっつもお弁当だし」
リノンはいつものことなので、気にした風もなく一言だけ――ひびきもなんとなく事情があるのを察したらしく、それ以上触れられることもなかった。そして、またリノンが提案する。
「公園で食べよっか」
暮町公園――ひかりが最初に変身した場所だ。位置としては『こちら側』だが、駅からすぐ近くで向こう側の空気が半分くらい溶け込んでいるような気がする。だから『こちら側』の小さな子供たちを、親はここで遊ばせたがらない。そして、『駅向こう』の年上の人達がここを使うのは、もう少し日が暮れてからだ。エアポケットのような場所と時間――夕暮れのような、どっちつかずのその場所に、三人だけが居た。
夕日に照らされた、単色のジャングルジム。ひびきはレジ袋を腕にさげたまま、ひょいひょいと猫のようによじ登る。後からついてこようとしたリノンに、ひびきは振り向いて言った。
「その恰好で昇るな、パンツ見えるぞ」
「別にいいじゃん、誰も見てないんだし」
ひびきとリノンは、また言い合いになっている。苛立ちやすれ違いの感情は、そこに存在しない。つばめや自分よりも、仲が良さそうだと思った。そのことに、良いとか悪いとかの感情を、ひかりは抱かなかった。
「ちぇー……」
リノンがぼやきながら、足がぎりぎり地面につかないくらいの高さの場所に腰を置く。ひかりは、ジャングルジムの上で肉まんを頬張る二人を、地面からぼんやりと見上げていた。あつっ、と小さく赤い舌を出すリノン――頂上に腰掛けて、黙々と頬を膨らませるひびき。二人の向こうには、灰色の曇り空――遠い西の空だけ晴れ渡っていて、空と綿雲が柔らかな薄桃色に染め上げられていた。
――悪いことしてるみたい、とひかりは言いかけて、やめた。
コンビニに用のある小学生なんて、塾に通う子供くらいだと思っていた。学校帰りの買い食いなんて、中高生じゃあるまいし、禁止されるまでもなかった。ジャングルジムのてっぺんで何かを食べるなんてことも、今まで考えた事もなかった。
――これが二人にとっての世界なのだ。
二人はここに居る。二人の世界がここに在る。良い悪いなんて、『こちら側』の都合でしかない。違う世界――『こちら側』と『向こう側』、そんなことを考えるようになったのが、いつからだったか、ひかりは自分でも覚えていなかった。
たぶんあの日、日直でなくて、先生に偶然プリントを渡すことを言い付けられなかったら、行くことのなかった場所。自分にとっての『世界』――自分が暮らして、知っている世界に含まれることのなかった場所。たぶん、あの日の偶然が無かったら会うことのなかった人――ただの『敵』で終わってしまったであろうひびき。そして、こんなリノンを知ることもなかっただろう。なにより自分だって、ただ紛れ込んでいるだけで、『こっち側』の存在ではない――誰とも交わることのない、違う世界に生きている。その想いは、ずっと消えない。
「あー、おいしかったー」
リノンが肉まんを食べ終わって、誰にでもなく口を開く――ジャングルジムを二段ほどよじ登って、手で身体を支えながら立ち上がる。そして、ひびきが止める間もなく、地面に向かって飛び降りた。
「わっ、たっ、たっ!」
膝をクッションにして、着地の衝撃を殺そうとして半分ほど失敗し――体勢を崩して前に三歩ほどつんのめる。けれど、辛うじてこけずに姿勢を戻す。そして、ひかりとひびきの方に振り返った。
「なにやってんだ……」
「ねえ、ひびき。空、きれい」
呆れた様子のひびきは、リノンの指差した西の空を見る。そして沈みかけの太陽の光に、思わず目を細める。一日たりとも、同じ日没なんてない――雲の様子、空の色はピンクか、赤か、オレンジか。昼から遠ざかるにつれ水色の光が薄まり、夜に近付くにつれて、ゆっくりと暗青の闇が混じってくる。その直前の、一番夕陽の赤が濃い時刻。三人で、一時その光景に見惚れる。
「おいしかった……楽しかった!ねえ、ひびき!」
静寂を破るのは、リノンの言葉。ひかりは、いつになく真剣なリノンの表情を見る。その眼は、その言葉は、自分ではなくひびきに向けられていた。
「あたしは、ひかりみたいに賢くないし、つばめみたいに強くない――ひびきみたいに戦い続けることもできない」
そして、リノンは微笑む。いつもの太陽のような笑顔ではなく、この夕空のように儚げで、不思議な笑顔だった。
「だからねー、今も、これからも、なるべく辛くないように……変えられないのなら、変えられない中で、楽しく、幸せに、生きていくって決めたんだ」
一陣の風が吹く。薄着のひびきが、リノンと見つめ合ったまま、くしゅん、と小さくくしゃみをする。ひかりは言葉を失ったまま、亀のように首を縮めた。
「そろそろあたし、家に帰るね」
リノンはいつもの笑顔で、いつもの声で言った。さっきまでの光景が全て、まぼろしであったかのように。
「……おう。またな、リノン」
ひびきが、ジャングルジムの上から手を振る――リノンが、満面の笑みで手を振り返す。
「またねー、ひびき、ひかり!」
スキップするように、軽い足取りで駆けていくリノンを、ひかりは何も言えないまま見送った。二人の世界を、自分は知らない。入り込むことも、ない。ただ、昨日の母の言葉だけが蘇った。
――『受け入れて前に進むのか、立ち止まって抗うのか』
願った未来を諦めることと、今ある現実を受け入れて生きていくことは、似て非なる別の行為だ。けれど未来を諦めないことと、現在を受け入れることは、どちらか片方しか選べない。誰も彼もが不運や不条理に抗って、世界と戦えるわけではない。そして何もかもに抗って戦い続ければ、きっと今の日々を幸せに送ることはできない。
リノンはきっと、日々を生きている。本当の自分を隠してでも、みんなと心の底から笑い合える生活を求めて。決して誰かを傷付けることなく、日々の中に砂金のように散りばめられた幸福を、大切に大切に採り集めている。リノンは自らの意志で、現在[いま]を生きることを選び取ったのだろう。
「ねえ、リノンは……」
「気、利かして帰ってくれたんだろ」
ひびきは何かに迷ったように沈黙してから、こんな話をしたのだった。
「知ってるか?魔法少女になれるのは――『扉』が見えるのはさ、」
そこでひびきは言葉を切って、食べ終わった肉まんの敷き紙をくしゃくしゃに丸めてポケットに捻じ込む。そして白く曇ったため息を一度吐いてから、また話し始めた。ひかりの知らない、夕暮れ戦争の一つの事実を。
「人には言えない苦しみを持ってること、それが条件なんだって。居場所が無かったり、辛いことを隠して生きなければならなかったり――誰かに助けを求めてもどうにもならないような苦しみがあってさ。『何処かへ行ってしまいたい、ここでは生きられない』――そう思っているような子供にだけ、『扉』が見える――『魔法』が使えるんだってさ」
そこまで言ってから、ひびきはひかりの方を見る。お前だって、心当たりはあるんだろ?――言外に、そう訴えかけるように。穴の開いたスニーカーが、風に吹かれた枝垂れのように所在なく揺れる。
「でも、オレとお前の苦しみは同じじゃない。別の人間の苦しみなんて分からない――誰一人として、それはあ同じじゃないから。だから誰一人として、同じ魔法を持たないんだって、あの人が言ってた」
「……誰のこと?」
ひかりがようやくそれだけ聞き返すと、ひびきは笑って言った。
「真っ白い女の人だよ、魔法の使い方とか教えてくれたあの人」
――そして、いつのまにか『扉』が現れていた。
それに気付いたひびきが、ふと黙り込む。ひかりが不思議に思って、ひびきの顔を覗きこもうとした時、彼女は不意に顔を上げてこう言った。
「なあ、ついてきてほしい場所があるんだ」
ひかりは、深くは聞かずに、「うん、いいよ」とだけ言った。
――
駅向こうの繁華街のすぐ裏側。そこには、打ち捨てられて久しい一棟の廃ビルがあった。その二階まで上がったところで、ひびきは立ち止まる。ひかりは、辺りを見回して呟いた。
「なんにも……ない場所だね」
通りを一つ隔てた場所から、繁華街の喧騒が聞こえてくる。それがかえって、ここの荒れ果てた静けさを、寂れた空気を強く感じさせた。ひびきは、床に散らばったコンクリート片と同質の埃っぽい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。そこは夜の街に、泡のように生まれて消えていく一つの残骸だった。
「ここも、昔は駅前みたいに賑やかだったんだ。『人喰い道化』の騒ぎで人が減って、ここに居た人も今ある繁華街に移ったんだとよ」
二階までの階段は瓦礫で埋まっていたし、外へ開いているのは辛うじて子供が通れるくらいの窓一つ。他の魔法少女も、こんな場所を気付きはしないだろう。
露出する折れた導管、ボロボロになった梁と、内壁が剥がされて接着痕の見える、剥き出しのコンクリート。撤去されなかった椅子や机が腐って転がっている。溜まった土埃と瓦礫、そして小さくも沢山の『想いの欠片』。かつて様々な人の情念を受けて、その場所は誰にも踏み荒らされずに『想い』を育んでいた。
「ここは昔、母さんが働いてた場所だ……」
ひかりは表情を変えずに黙りこむ。ひびきは平静を保っているように見えて、抑えきれない感情が、その声と表情からこぼれ落ちているようだった。全てが朽ち果てて、ただ郷愁だけが残る場所。いつ崩れ去ってもおかしくないような、そこがひびきの魂の場所だった。
「どんな秘密にだって、隠されるべき理由がある……あの白いヤツの言ってたことだ」
立ち入られないことで『想いの欠片』の育つ秘密の場所、子供達だけで行われる『夕暮れ戦争』、そして己の魔法の根源となるもの。隠し通した苦しみや、奥に秘した暗闇を、誰かに知られたい人なんて居ない。だからこそ、『魔法』が存在し得るのだ
「……そしてほとんどの魔法少女が知らない、けれど『変身』や『翼』のように誰もが持っている一つの魔法がある。魔法の根源となる『自分』の姿を知って、それを明かすことで発動する――『自分』という秘密と引き換えに、自分を縛るものを全て取り払って、本当の力を発揮する『二度目の変身』だ」
ひかりは、彼女が何故自分をここに連れてきたのか、分かっていた。自分には翼が無いから、逃げることはできない。攻撃魔法を持たないから、万が一にも負けることがない。そして誰も知らない秘密の場所では、邪魔が入ることもない。
「ただの全力だとか、本気だとかとは意味が違う。その方法を知っていても、誰もやりたがらない。それで負けることになったとしても、使わない」
荒れたコンクリートによる一面の灰色と、小さな窓から差し込む夕陽の色が交錯する。暗闇に差し込む日に照らされた埃のように、至る所で輝いていた光の粒が、ゆっくりとひびきの周囲へと集まっていく。
「これがオレの『魔法』――オレの視ているもの、生きている世界だ」
ひびきの『想いの欠片』は、水晶のように透明な球体――ひかりには、そう見えた。ひびきは虚空から現れたそれを、己の心臓を取り出すかのように大切に手のひらで包み込む。それは今この瞬間の『東大寺ひびき』そのものだった。
「“硝子の脆きを愛でるのは、硝子の脆さを持たぬもの。薔薇の弱きを愛でるのは、己の弱さを知らぬもの”――『拘束解除[コードリリース]』」
そしてひびきは、『鍵なる言葉[キーコード]』を唱えた。
≪fragile: code release≫
既に変身している、ひびきの身体が蒼い光に包まれる。そして彼女の、自らの身体を隠すためのローブがほどけて消える。
――綺麗だ。
ひかりは、露わになった彼女の姿を見て、そう思った。彼女の瞳よりも暗く、それでも決して闇の色ではない、そんな群青色をしたドレスは、夜明け前の星空のように、ささやかな輝きを放っていた。装飾のほとんどない、透き通ったその衣装が、ひびきのやせ細った白い肢体を露わにする。
――隠し続けていたのが、こんなに綺麗なものだなんて。
ひびきが振りかぶった、その剣でさえも、細く美しい輝きを放っている。彼女のキーコード通りに、薔薇の茨であり、硝子の破片でもあるような意匠の剣。きっと、『魔法』を知る前のひかりなら、その刃を喜んで受け入れたのだろう。こんなに綺麗な剣に、命を奪われるのなら。
≪rejecter≫
それでも今のひかりは、死を拒絶する。ただ生きて、前に進みたい――だから、叫んだ。
「……ともみ!」
その瞬間に、小窓の外から、羽の弾丸が降り注ぐ。自分一人を隠す程度の小さな障壁を、ひびきとの間にではなく背中に立てたひかりは、それの陰に隠れて羽弾を防ぐ。ひびきは、鋭角的な軌道で支柱の陰を縫うように飛んで、羽弾を躱す。避けきれなかった羽弾が数発当たっただけで、自動障壁にひびが入る。掃射が止む――ひかりはすぐに、窓の脇に背を寄せて言った。
「……ありがとう、来てくれて」
小さな窓の向こうから見える、猛禽の翼を生やしたともみの姿。今日のともみとの夕暮れ戦争を、ひかりは断った訳ではなかった。昨日ともみに頼んでおいたのは、変身して見えない状態で自分たちを上空から尾行することだ。
「あたしが来なかったら、どうするつもりだったのよ」目を吊り上げて怒るともみに、ひかりは言った。「来てくれるって分かってた。だって昨日、約束したでしょう?」ともみは頬を赤らめて、そっぽを向いた。
ともみはまだ、ひかりが友達かどうか、そして彼女の考えていることも分からなかった。ただ、始めて『友達になろう』と言ってくれた人。信頼してくれている、そして必要としてくれている。ともみはそれだけで十分だった。きっと、初めての友達。そうでなかったとしても、ひかりと一緒に居たい気持ちは偽りじゃない。
「ともみ、後ろから回り込んで……もう少しだけ、わたしが時間を稼ぐから」
東大寺ひびきを仲間にできそうにないなら、最初の『わたし達が倒した魔法少女』にする。本当に夕暮れ戦争を続けるのなら、どこかで通るべき道だ。もう『魔法の正体』が分かっているから、二人でかかれば十分に勝ち目はある。それを知られた相手を倒さずにおいたことが失敗なのは、ひびきの方がよく知っている筈だ。
「もう、貸しだからね!」
そう叫んで、ともみが飛び去る。ひかりは再びこの場所から、他の人の眼を遠ざける。ひびきは呆然としたような、表情が感情に追い付いていないような無表情で、聞いた。
「……分かってたのか」
「そうかもしれない、って、思ってた」
魔法少女を倒せば、『想いの欠片』が手に入る。ひかりはその言葉を聞いた時から、疑問に思っていた。戦闘不能にする程度で、『倒せた』扱いになるのだろうか?『それ』の時は止めを刺さねば手に入らないのに?それに、ひびきの眼は、言葉は、あまりにも彼女の迷いを映し過ぎていた。唯一予想外だったのは、ひびきの持つ『二度目の変身[コードリリース]』のことだった。ひびきが、剣を投擲する。
≪rejecter≫
≪fragile≫
交差する電子音声。そして、ひかりの立ち上げた障壁は、たった一本の剣に打ち砕かれた。剣が突き刺さった障壁が、電子音声と共に硝子質に変化していく。真っ黒な鋼鉄は、みるみる透明になってひび割れて、粉々に砕けて消えた。ひびきが逆手に振りかぶって投げたもう一本の剣が、ひかりがとっさに掲げた右手に突き刺さる。痛みは、感じなかった。
硝子質になって砕け散る。ひかりの右腕。それは『破壊』ではなく、強度の低下という『書き換え』によって引き起こされた自壊。強度の低下――それは自分の立つ場所が今にも崩れ落ちるような不安と、自分の弱さとヒトの儚さ、それがひびきの視ている世界を満たす『脆さ』であり、ひびきの『対象書き換え』として現れる『魔法』の正体は、その『脆さ』の投影だ。
そして同時に剣を通して、言葉にならないひびきの断片的な『想い』が、ひかりの身体に雪崩れ込んできた。それは彼女の記憶ではなく、言語による思考でもなく、剥き出しの『想い』だった。生み出されるその剣は、ひかりと同じ歳の、一人の少女に過ぎないひびきが、生きる為に纏ったぼろぼろの棘の殻だ。己の振る舞いと言動の中に閉じ込め、隠そうとしていた『弱さ』。それは時に、硝子の破片のように、薔薇の棘のように、触れた者の心を裂く。
≪rejecter≫
剣を振り抜こうとするひびきを映した視界がぼやける。それが涙によるものだと、ひかりは遅れて気付く。厚さ30cmはあるような鉄の障壁が、一撃で硝子のように砕け散る。ひびきが斬りかかる――ひかりが防ぐ、壁が壊れる、また立ち上げる。二人ともその場に立ち尽くしたまま、単調で、荒い攻防を繰り返す。
ひかりにはそれを侵せなかった。分厚い壁に、刺々しい殻に守られた、その脆く儚い『自分』に踏み入ることはできなかった。それまでに考えていた、ひびきに対してどうすればいいか、自分のためにどう働きかけるかなんて頭から吹き飛んで、ただ侵されないために、侵さないために、壁を張り続ける。
≪rejecter≫
振り降ろされた剣の衝撃よりも、その感情の深さと重さに、ひかりは押し潰されそうだった。涙でほとんど見えない視界を、萎えそうになる気力を――それでも、自分が生きる為に。『剥き出しの自己[コードリリース]』によるあまりに美しく、破壊的な魔法を拒絶するのは、ひかりは生み出した相互不理解の『障壁』だった。魔法少女は決して分かり合えない。わたし達を隔てる距離は星のように遠く、他の人の異質な『世界』まで受け入れられるほど、わたし達の世界は強くない。
そしてひかりが、次の障壁を立ち上げようとしたとき、ひびきは二人の間の地面に剣を放つ。
≪fragile≫
地面が硝子質になり、砕け落ちる。その上に立ち上げようとしていた障壁も、床と一緒に下の階へと墜ちていく。目の前には、剣を振りかぶったひびきの姿。ひびきに向けて提示された、望みを叶える最後の手段は、他の全てを捨て去る行為で、
「どうすれば、良かったんだよ……」
全てが飽和点に達した時、不意にそんな言葉がひびきの口から漏れ出る。ひかりは、その背後に、ともみの鷹の翼と、振りかぶられた巨大な爪を見ていた。
≪rejecter≫
ひかりの障壁はその時初めて、自己防衛以外のために立ち上げることができた。爪の斬撃を弾く障壁の鈍い金属音が、背後から聞こえたことにひびきも気付く。そして自分が、ひかりによって護られたことに。
「……なんで、二人とも泣いてんのよ」
ともみは、ひかりの突然の邪魔に怒ろうとして――二人の姿を見て、困惑しながらそう言った。ひかりは、そこで初めて、ひびきも泣いていることを知った。
「見るな!」
ぼやけたままの視界でも分かるほど狼狽して、ひびきは顔を隠す。そして言葉を失ったままの、ともみとひかり。続くひびきの言葉は、嗚咽に飲み込まれて、途切れ途切れにしか聞こえない。
「やめろ、同情なんてするな、憐れむな!助けるつもりなんて、最初から無いって分かってるんだ――だから、」
だから、強くなろうとした。誰にも頼らず、どんな条理も受け入れず、世界を変えるために戦う力を求めた。脆さ故の優しさも、誰かを傷付けてしまうような儚さも、そんなもの要らない。ひびきは自分の弱さも、ヒトの弱さも『知った』上で。それは『抗うもの』の魔法だった。
願いを叶えられない弱さに、どこまでも己の脆さを知った上で、その現実に立ち止まって抗うことを選んだのだ。強くなれるなら、綺麗でなんかなくていい。願いが叶うなら、優しさなんて必要ない。そう叫ぶ少女の魔法は、あまりに美しく儚いもので。
「オレは、どうすれば良かった……どうしたら良いんだよ……」
かける言葉は、見つからなかった。そんな資格も、きっと無かった。断片的な想いを知ることができたとしても、彼女の隠してきたこれまでの全てを感じ取ることは、決して叶わないのだ。“どうすれば良かった?”その答えを提示することもできない。
今や、ただの女の子のように――実際に、ずっとそうでしかなかったひびきが、纏った棘を失って――わあわあと泣きじゃくる彼女を、ひかりはただ、抱きしめることしかできなかった。温度がある、鼓動を感じる。そして触れていても、彼女の苦痛は、あまりにも自分と遠い。
ひびきは、自分を信じて秘密を明かしてくれたわけでも、自分を受け入れて、身体を預けてくれたわけでもない。あくまで、限界がきていた彼女が倒れたところに、たまたま自分が居た。それだけなのだと、ひかりは自分に言い聞かせる。
「……同情のつもりか」
少ししてから、ひびきは離れる。そして涙で赤くなったままの眼で、ひかりを睨み付ける。
「ううん……分からない」
ひかりには、分からない。ひびきのことは、何も知らない。ひびきも、ひかりのことを何も知らない。その時、母の言葉が、胸の中に蘇る。
――どうでもいいんだ、そんなこと。
ひかりは、おずおずと手を差し出す。ひびきは、その手を取らなかった。だが、撥ね退けることもしなかった。そしてふとリノンが窓を見上げて、呟いた。
「……雪だ」
窓からは、灰雲に覆われた空が見えた。ちらちらと降ってくる白い粒子が、ひかりには誰かから失われた『想いの塵』のようだと思った。そして曇天の下には、まだ幾多の輝く星が見えていた。それは魔法少女の纏う光だった。
魔法少女がぼうっとした光の輪郭に包まれるのは、常時排出され続ける『想いの塵』を纏っているからだ。『自分[まほう]』が古い思考を捨て去って、新しいものを取り込み続ける代謝[サーキット]の産物である限り。魔法の発動と同時に失われていく、体験した記憶の生々しさや、感情のかつての激しさ、変わっていく考えや思想。そういった剥がれ落ちていく『想い』が、身体から放出される光となる。色とりどりの、同じものが一つとしてない光。時に静止し、時に舞い踊り、時に互いに交差し、そして、決して一つになることはない。
それは、星のようなものだ。どれ一つとして寄り添う事も、混じり合うこともなく、ただ同じ空に輝き続ける痛みと悲しみ。もうすぐ、『夕暮れ戦争』の終わりの時間が来る。ひかりは一人、空から眼を背ける。
――わたし達にとっては、綺麗なんかじゃない。
/第三話『わたし達の魔法』
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少女は歩く。夕陽を背にして、真黒に燃える廃工場――その頂点に立つ『扉』を目指して。少女に追いすがるようにして、徐々に夜の色が空を浸食していく。最後に残った夕空は、沈んだ夕陽の残照――その頃には、少女は廃工場のフェンス前までたどり着いていた。
七不思議の発祥は、誰も知らない。その半数ほどが、『魔法』という荒唐無稽な噂を前提として展開している、奇妙な都市伝説。誰も彼もが、一度は面白がって噂にして、すぐに飽きて忘れていく――それでいい。『扉』が見えるものだけが、その噂を忘れられず、あの工場に足を運ぶのだ。『扉』が見えるのは、『ここでない場所』を夢想し、目指さずにはいられない子供。そして彼ら彼女らは“七不思議”の一つに出会うのだ。『扉』が現れると同時に出現し、またその消滅と時を同じくして消え去る真っ白な少女に。
「君は、なんていう名前だい?」
少女は、いつのまにか目の前のフェンスの上に腰掛けていた白い少女に気付く。そして最初は驚きこそすれ、彼女のどこか神聖ささえ感じさせるような美しさと、それにそぐわない人懐っこい雰囲気に気を許していく。彼女にとっては見慣れた、幾度も繰り返された光景だ。
そして白い少女は、背後の夕空の割れた部分――赤い空に遺された、一寸の光もない黒い裂け目が、徐々に塞がっていくのを知覚していた。人目につかないように、廃工場の陰になるように付けられた切り傷だ。『魔法』を切り裂くことができる刃を持つあの子が、また『夜の街』に出かけたのだろう。彼女はそう思い、いつものように祈った。あの子が無事に戻ってくるように、と。そして、いつもの変わらぬ微笑みを浮かべて、こう切り出した。
「ねえ、きみ。“魔法少女”に、なってみないかい?」
⇒第四話:『炎と刃』
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