4話「新たな王?」
「ふぃー、やっとか」
仰々しい装飾の施された開けっ放しの門と太陽の光が見えた。出口だ。
行きは落ちながら死にながら進んでいったので気づかなかったが、洞窟は相当広かったらしい。
感知能力と身体能力を全力で発揮しながら出口を目指したが、それでも数時間はかかったと思う。
「最後は新幹線くらいの速度でてたな」
「シンカンセンとは何ですか?」
元の世界の乗り物だという事をスゥに教えてあげた。
雑談を交えながら洞窟を踏破していたのだが、スゥは俺の居た世界の話がとても好きみたいだ。
新幹線の説明にも目と体の炎をキラキラさせながら食い付いている。
「にしても、俺の速度について来れるスゥも相当凄いよな」
「いえいえ、私は飛んでましたから。あんな走りづらい通路をあのような速度で踏破できる主様の方が凄いですよ。というより、凄まじいです」
スゥが苦笑いをしながら返してきた。
ゴツゴツした岩やヌルヌルとした苔、曲がりくねった通路など洞窟内は進みづらい作りになっていたが、最後はコツを覚えたので物凄い速度に達していた。
平地なら航空機ともいい勝負ができるかもしれない。
「まぶしっ」
門を抜け、久しぶりに太陽の光を浴びた。
心地良い。
元の世界ではインドア派だったので太陽の光を毛嫌いしていたが、今は感動すら覚える。
「さてと。ん?」
おもむろに感知を発動すると、周囲の建物に人型の気配が多数隠れているのを感じた。
「誰だ!」
そう叫びながら軽く魔力を解き放つと、ほとんどの気配が弱まってしまった。気絶したらしい。
そんな中、ひときわ大きな気配を持っている奴が建物の中から恐る恐る出て来た。
隠れていた建物は倉庫だったのだろう。入り口は縦に3メートル程もあり、幅も車3台は並んで入りそうなほど大きい。
しかし、大きな気配を持つ人型はそんな入り口を潜るようにして現れた。
大きすぎる。そこには全長4メートルはあるだろうゴリマッチョの鬼が居たのだ。
「でかっ」
戦闘時のスゥ程ではないが、目の前にするととてつもない威圧感だ。
こちらも負けじと少し強めに魔力を解き放つ。
すると、鬼がガタガタと震えだした。連動して地面まで揺れ始め、ちょっとした地震が起きている。
「主様、魔力を弱めた方が良いかと。この者も限界のようです」
スゥが見兼ねて助言をしてきた。
鬼を見上げると、白目を剥きかけながら泡を吹き始めている。
確かに限界のようだ。
急いで魔力の放出を抑えると、糸が切れたように鬼が膝をついた。
「ガハッ、ハァハァ…」
頑張って呼吸を整えている、相当限界だったらしい。
今後は威圧用の魔力量を考える必要があるかもしれない。
「魔力ヲ抑エテ頂キ、アリガトウゴザイマス。新タナ王ヨ」
「新たな王?」
何を言っているのだろう、王になった覚えなどないのだが…。
「ここらへん一帯の縄張りは、私を乗っ取ったアバターが仕切っていました。主様がアバターを倒した事を感じ取り、新たな縄張りの王だと認めたみたいですね」
勝手にそんな事になっていたのか。
「我等ノ忠誠ヲ、御受ケ取リクダサイ」
ゴブリンキングは配下になりたがっているが、こんなゴツい配下など正直要らない。
「おい、別に配下とかなんなくていいから好きに生きていいぞ」
そう伝えるとゴブリンキングは驚き、目を見開いた。肩に留まっているスゥも驚いている。
「何だ?」
「いえ。私との会話は標準語の『ターキ語』を、アバターとは『霊界語』を使っていたので多数の言語を習得しているとは思っていたのですが、『ゴブリン語』まで習得しているとは思わなかったので少し驚きました」
詳しく聞くと、ゴブリンキングが『ターキ語』で話しかけてきたのに対して俺は『ゴブリン語』で返事をしていたらしい。
元の世界では英語もまともに話せなかったのに、どういうことだ?
「魔力操作の時もそうでしたが、主様は習得したいスキルをすぐに会得できるのかもしれませんね。おそらく、アバターとの戦闘時に言語翻訳系のスキルを手に入れたのだと思います」
この世界のスキルとはそんなにポンポン手に入るものなのだろうか…。
「普通ならそんなに簡単にスキルは手に入らないのですけどね」
心を読まれているのではないかという速度で訂正された。やはり普通ではないようだ。
そして、思った以上にスゥは物知りらしい。
説明中はスゥ先生と呼ぶことにしよう。
「さてと。話を戻すけど、お前らを子分にするつもりはないから」
「そ、そんな!…アバター様を倒し、朱雀様を従える強さを兼ね備え、我等の言葉をも知る聡明な貴方様こそ王に相応しく思います。何卒、ご再考願えませんでしょうか」
急に流暢な言葉遣いになった。
スゥを見るとハテナを浮かべているので、ゴブリンキングは『ゴブリン語』を話しているらしい。
翻訳されるのは有難いが、全部日本語に聞こえるので何語の会話をしてるのかわからない。
今後問題が起こりそうな気もするが、今は便利なので気にしないことにする。
「でもなぁ。お前ら連れて旅すると目立つからやなんだよ、面倒事とか起きて欲しくないし」
「命じて頂ければ、この場で今まで通り生活を続けます」
「え、だったら勝手に生活してれば?」
「いえ、生活する上でも我等の忠誠を受け取って頂きたいのです」
意味がわからない。
スゥ先生に聞くと、これが魔物や魔獣の本能なのだそうだ。
縄張り内の全種族の中から『王』と呼ばれる個体を一人決め、その王を頂点にピラミッド型の勢力図を形成するらしい。
社会を形成する人間とは違い、王を中心とした勢力図を作る事が魔物や魔獣の生存戦略の一つなのだそうだ。
「昔は私がここ一帯の『王』として洞窟の最下層に住んでいたのですが、霊王アバターが私を乗っ取り『王』に成り替わりました。そして、そのアバターを倒した主様が次の『王』に選ばれたのです」
「選ばれたのですって、俺はこの土地から離れるから別の王を決めて欲しいんだけど…」
続けて疑問をぶつけると、スゥ先生はすぐさま教えてくれた。
「縄張りに居なくても大丈夫ですよ。王とは人間社会で言う神のようなものでして、皆が敬う対象として存在しているだけで良いのです」
なるほど。
崇められるのは鬱陶しいが、特にすることも無いなら子分にしてやってもいいかもしれない。
「わかった、お前らを子分にしてやろう」
「ありがとうございます。王のご厚情を賜りました事、心より深謝いたします」
こいつ、見た目は脳筋なのに俺より賢いんじゃないか?言葉遣いがエリート社員だ。
「それでは王の命令に従い、我々は今まで通りの生活を続けさせて頂きます」
「ああ、それでよろし…あ!」
そういえば、洞窟に入る前にゴブリンに襲われたことを思い出した。あれがこいつらの今まで通りの生活ならば俺のような被害者が出そうだ。
他人の事などどうでもいいが、子分になったこいつらの責任を押し付けられると困る。
「聞いてなかったけど、お前らの今までの生活ってどんな感じなんだ?」
「はっ。この一帯は洞窟内部、廃都市内部、廃都市外部の三つの縄張りに分かれておりまして、我々ゴブリンはこの廃都市内部を縄張りとしています」
洞窟に入る前は気づかなかったが、この廃都市は洞窟の入り口を囲うようにして造られている。
スゥ曰く。遥か昔にスゥを崇めるために地下神殿が造られ、その周りに都市ができて滅びたそうだ。
今は洞窟内を炎蛇が、廃都市内をゴブリンキングが、廃都市外を一角熊という魔物が長として縄張りにしているらしい。
それにしても、死んだふりをしていたあの蛇が洞窟の長だったとは、洞窟内の勢力図は大丈夫なのだろうか。
「普段は侵入してくる生き物を狩ることで生活していますが、ゴブリンにはメスがいません。なので、同族が減ってきた場合は生殖が可能な人や亜人の女を攫って同族を増やします。生殖能力のなくなった女は食料として…」
「まてまてまて!」
思った以上にバイオレンスな生活を送っているようだ、聞いておいて良かった。
「まず、人を襲うのは禁止な。襲われた時は反撃してもいいけど、こちらから襲うのは無し、食べるのもダメ」
「かしこまりました」
「あと、女を攫うのも禁止」
「なっ!」
ゴブリンキングは青ざめている。肌はもともと緑色なので青緑ざめている。
「それでは我々が滅びてしまいます!何卒ご再考くださいませ」
頭を地面にめり込ませる勢いで土下座しだした。凄まじい威力だ、遠くの方で建物が倒壊する音が聞こえる。
「いや、土下座しても攫うのはダメだから」
「それでは、我々はどうすれば…」
「人の文化に合わせて女から寄って来るようにすればいいだろ」
「女から寄って来る…罠を貼る、という事でしょうか?」
「ちげぇよ」
賢そうなので話せばわかってくれるだろうが、これは長くなりそうだ。
「ついでに洞窟内と廃都市外の長にも話をつけとくか」
長いお話の前に、ゴブリンキングには一角熊をスゥには炎蛇を連れてきてもらう事にした。