3話「リベンジマッチだ!」
「どれでも好きなものをお選びください」
スゥが『空間収納』と呟くと地面に巨大な魔術陣が現れ、文字通り山のような服や装備が出てきた。
「これが、魔術なのか?」
「はい、『空間収納』という魔術です。使用者の魔力量に応じて仕舞える量は異なりますが、物を収納できる魔術ですね」
「凄いな…」
平均的な魔術の技量は分からないが、スゥが展開した美しい魔術陣と魔術が存在するという事実を目の当たりにして、純粋に感動してしまった。
『神滅焼炎砲』をくらった時は感動する暇なんてなかったからな。
「まぁ、アバターの取り憑いた私を素手で倒せる主様の方が凄いですけどね」
スゥは褒められて恥ずかしがりつつも、苦笑しながら返してきた。
「そしたら、これとこれ着させてもらうわ。貰っていいのか?」
「はい、私の物は全て主様の物ですから」
「全部はいらん」
スゥは少し落ち込んでしまったが、こんな山のような装備品、全部はいらない。
ひとまず、黒いズボンと灰色のシャツと魔術師の着てそうなローブを貰った。どれも金の糸や青く輝く糸で芸術的な刺繍がしてあるため目立つが、ピカピカの鎧よりはマシなのでこれにした。
「お似合いです」
「ありがとよ。そしたら、飯はあるか?この世界に来てからまだ何も食べてないんだ」
「あれ程の力を持っていながら、本当に召喚されたばかりなのですね…」
スゥは改めて驚きつつも、『空間収納』から美味しそうな肉と見たこともない野菜を取り出し調理し始めた。
「『風刃波』」
魔術で肉や野菜を刻み、くちばしと足で串に刺し、自分の炎で焼いている。器用なやつだ。
「出来ました!」
食材と同じく『空間収納』から取り出した銀の皿の上には、野菜と肉が交互に刺さった焼き串がのせられている。
「いただきます」
この世界に来てからどれくらい経ったか分からないが、食事は本当に久しぶりな気がする。そんな感動を抑えながら口にするとーーー
「美味い!」
絶品だった。
豚肉のような旨みに ネギのような風味。味は豚串だが、程よい歯ごたえと口の中に広がる旨みが普段食べる豚串とは段違いだ。
しかし、この美味しさは素材の味だけではない。絶妙な塩加減がネギのような野菜の風味を引き立たせ、絶妙な火加減が肉の柔らかさを実現させている。
豚串をここまで昇華させられるとは、魔術よりも驚かされた。
「本当に美味い。趣味なんてレベルじゃないぞこれ」
「嬉しいです。誰かに食べて貰ったのは初めてなので、不安でしたが…お口にあって本当に良かったです!」
体の火が金色に輝き、火力も増している。熱くはないがすごく眩しい。
これが嬉しい時の表現方法なのだろうか。
「もっとくれ」
「はい!」
スゥの眩しさに目を細めながら、久しぶりの食事を堪能した。
「何が起きてんだ?」
食後、洞窟を抜け出すため出口へ向かっていたのだが、不思議な現象が起きていた。
高い絶壁も軽くジャンプするだけで越える事ができる為、何の苦もなく進んでいたのだが、化け物共が一向に現れないのだ。
巨大昆虫、巨大蜥蜴、火の熊。洞窟を進む際に遭遇した化け物が一匹も現れない。
「おそらく、主様の気配の所為でしょうね」
「俺の気配?」
前の世界では周囲に舐められまくっていた、そんな俺の気配と化け物の不在に何の関係があると言うのだろうか?
「主様は気づいていないようですが、体から膨大な魔力が溢れ出しています。それが強大な気配として放たれているので、近寄れないどころか低級の魔物であれば気絶するでしょうね」
「なん…だと、そしたら俺にも魔術とか使えるのか!?」
「え?はい、習得すれば可能ですよ」
魔力やら魔術やらは他人事だと思っていたが俺も練習すれば使えるようだ、素晴らしい!
「そしたらさっきの『空間収納』ってやつ教えてくれ、あれ便利そうだし」
「『空間収納』は無属性の上級魔術ですので、相当な練習が必要かと…」
無属性?上級?よくわからんが、難しい魔術らしい。だが、アニメや漫画の世界だけだと思っていた魔術が実際に使えるようになるのならどんな努力も惜しむつもりはない。
「教えてくれ」
「わ、わかりました。えっと、魔術とはイメージが一番大切です。こうしたい、こうなればいいといったイメージを強く持ちながら詠唱し、魔術名を叫ぶ事で発動する事ができます」
「なるほど、こうか?『空間収納』!」
スゥが『空間収納』で装備の山を片付けるときの光景を思い浮かべながら魔術名を叫んだ。
すると、目の前の大岩の下に光る魔術陣が浮かび上がり大岩が沈んでいった。
「おお、今のは成功なのか?」
スゥを見ると驚愕の表情でブツブツと何か呟いている。
「おい」
「まさか、こんなすぐに、普通なら魔力操作から…無属性の適正が?いや、だとしても上級魔術なのに…」
「おい、聞いてるのか?」
「あ、はい!せ、成功です!」
異常に戸惑っているので事情を聞くと、上級魔術をいきなり使えるのはあり得ない事なのだそうだ。
さらに、通常なら魔術名の前に詠唱が必要らしく、それを無視して上級魔術を発動できるのはスゥのような神獣と魔術に秀でた魔王や伝説級の勇者くらいらしい。
「そいえば、『神滅焼炎砲』撃つ前に消エロとかなんとか言ってたな」
あれは詠唱だったみたいだ。気合いを入れてるだけかと思ってた。
「素手で私を倒したり『神滅焼炎砲』にも耐えたりと、主様は想像以上に規格外のようですね。納得しました」
勝手に納得されたが、まぁいいとしよう。
その後は魔力の感知方法や気配の消し方を学び、難なく習得し、スゥに驚かれ、順調に洞窟を進んでいった。
そしてーーーー
「やっと見つけたぜ」
目の前には炎を纏った蛇がいた。
最下層にたどり着く前に出会った時には何度も殺され、結局勝てなかった。
だからこそ、今の自分の実力を試す上でこの蛇にリベンジしようと思って探していたのだ。
「魔力や熱の流れ的にこっちにいるかと思ったが、正解だった。魔力感知は便利だな」
スゥとの戦いの後から身体能力が格段に向上したため、集中すれば空気の流れや温度の変化を手に取るように感じる事ができる。
そこへ魔力感知を織り交ぜることによって、半径数キロ圏内の化け物の動きまで正確に把握できるようになったのだ。
「魔力感知を習得しても、普通ならそんな使い方できないですけどね」
驚きを通り越して呆れ始めているスゥをスルーしつつ、炎の蛇へと向かう。
「さぁ、リベンジマッチだ!」
「!!!!」
興奮して魔力が少し漏れてしまい、炎の蛇に気づかれた。
「だが好都合だ。いくぞ!」
蛇へと勢いよく駆け、距離を一瞬で詰める。すると次の瞬間ーーーー
「シ、シャ〜」
ヘビは仰向けになり動かなくなった。
俺は何もしていない、おそらく死んだフリだ。
「は?」
「…」
予想外の行動に呆気に取られている間も、ヘビは腹を見せたまま死んだふりを続けている。
「どういう事だ?」
「この『炎蛇』は上級の魔物ですが、主様の強さに比べれば塵芥に等しいです。敵わないと思ってこの行動に至ったのでしょう、当然の結果だと思いますよ」
戦うまでもなかったという事か。
「見逃してやるか。服とか汚れるのやだし」
こうして、若干の不満を残しつつリベンジマッチは終了した。