27話「ぐぬぬ、羨ましいです…」
「…」
隣ではミーナとスゥが絶句していた。その気持ちはわかる。先ほどまでサチが無事であってくれと願っていたのに、蓋を開けてみれば圧勝だったのだ。
「コゥ、お前何したんだ?」
この状況の立役者であるコゥに説明を求める。
「先ほど申し上げた通り、大切なものは何かということを自覚させたのです」
いやいや、だからその説明を頼むって。
俺の表情から言いたい事を読み取ったのか、コゥが説明を始めた。
「サチは優しすぎる傾向にあります。それこそ、戦うべき相手の事も思い遣ってしまう程に」
それは俺も思っていた。魔獣相手なら大丈夫だが、魔物など意志を持った敵を相手にすると、サチは攻撃を躊躇ってしまうのだ。
「なのでその一点を改善させたのです。あんな勇者のためにユージ様とミーナを不幸にしてもいいのか?と問えばすぐに決意を固めてくれました」
なるほど。そのお陰で迷いを払えて、どこか自信に満ちていたのか。
「そういえば、サチってあんな強かったんだな」
もう1つの疑問を聞いた。
決意を固めたのはいいが、そもそも10レベル以上も上の相手に勝てる強さが無いと意味がない。
先の決闘では、開始直後から相手の脳天めがけて魔刺を放ち、その後も的確なタイミングで正確に魔刺を放ち続け、反撃の隙を与えなかった。
あれは一晩で身につけられる技術ではない。ということは、元々のサチのポテンシャルが高かったということなのだろう。
「そうですね。戦いを好まない性格ゆえに本人も気づいていませんでしたが、相当な才能がありますよ。『見解者』による魔力視認と生来有している魔力操作技術で魔刺を正確に放てます。さらに、気を遣う性格によって鍛えられた観察眼が僅かな隙も見逃さず、もっとも効果的な瞬間を本能的に見極める事もできるようです」
コゥよりも一緒にいた時間は長かったんだが、そんなにすごい奴だとは気づかなかった。
流石師匠だ、弟子をよく見ている。
「そもそも、今回の相手はサチを見くびってていました。本気を出さずとも勝てると見越していたのでしょう。その時点でサチの勝利は必然でした」
「なるほど…」
相手も本気ではなかったということか、それもレベルの差を埋める要因になったんだな。
『不正だ!こんな決闘は認められない!』
コゥ師匠のご高説を賜っていると、静まり返っていた闘技場に大きな声が響き渡った。
見ると、声の主はザミドとか言う王子様だ。
喉に魔術陣が浮かんでいる。声を拡声させる魔術なのだろう。
『皆の者よ、先の決闘を思い返してほしい。開始直後、タケオは突然頭を抑え、その場に膝をついた。その後もどこか違和感のある戦いであった。これが意味するところは、何らかの不正が行われていたという事実だ!故に、この決闘は無効である!』
『見解者』のような調査スキルが無いと魔刺を見ることはできない。なのでそう見えてもおかしくは無いが…ザミドの魔力を見ると嘘を付いているようだ。
不正など行われていないと理解しつつも、大嘘吐いてまでこの決闘をなかった事にしたいらしいな。
『そして、不正を行ったミーナは敗北とするのが妥当な判断だと余は考える!』
おっと。無効試合にするだけじゃなく不戦勝まで持ってくつもりか。
「そ、そうだ。タケオ様が負けるはずはない!」
「この国で2番目に強いのよ、きっと不正が行われていたんだわ」
観客も同調し始めた。
ミーナは怒りで今にも飛び出しそうなほどザミドを睨んでいる。サチは口をポカンと開け、現状を理解しきれていないらしい。
かくいう俺もそろそろ我慢の限界だ。
ザミドは闘技場の反対側、ちょうど正面に位置する貴賓席で演説を行っている。
あのヤロウ、デコピン衝撃波でもお見舞いしてやろうか…。
「ザミド王子。今のお言葉は、私の判定に誤りがあるという事ですか?」
俺がデコピンを放とうとした瞬間、異を唱えたのは審判を行なっていた勇者シゲルだった。
ざわめいていた観客席が再び静まり返る。
『あくまでも、そう見えるという話だ。シゲルよ、お主から見ても違和感のある試合ではなかったか?』
何が「そう見える」だ。こっちの不正だと断定していたじゃないか。それどころか、審判の勇者まで丸め込もうとしている。
観客達もザミドの言葉に促され、再びざわめき始めた。
デコピンじゃ生温いな、衣服だけ吹き飛ばして素っ裸にしてやる。
「愚かな…」
声の主はコゥだ。見ると、恐ろしい表情でザミドを睨んでいる。
びっくりした、俺に言われたのかと思った。
「…許せん」
コゥがそう呟いた瞬間、溢れ出た莫大な怒気が闘技場を包み込む。耐性のない者は次々と気絶し、意識のある者は震えながら俺を見ている。
犯人は俺じゃないぞ?この猫だぞ?
『がっ』
ザミドも息が苦しそうだ。気絶しなったのは見事だが、流石にこの怒気は厳しいらしいな。
「ユージ、コゥを止めて!」
ミーナが慌てて駆け寄ってくる。
こんな間近でコゥの怒気を浴びているのに平気だとは…ミーナも我々非常識組の仲間入りだな。おめでとう。
「この状況で、何で暖かい目をしているのよ!」
おっといけない。ザミドにイラついた所為もあってか、ついミーナに和んでしまった。
「コゥ、抑えろ」
「はっ!…も、申し訳ありません」
コゥの頭を優しく撫でながら落ち着かせる。
「ぐぬぬ、羨ましいです…」
「…スゥ、抑えろ」
今度は肩に留まっているスゥがコゥへ向けて怒気を放ち始めた。なので、指で喉を擦って落ち着かせる。
静寂に包まれた観客からは俺へ向けて畏怖の視線が突き刺さる。
犯人は俺じゃないのに…。
そんな俺を横目に、ミーナがマイクのような物を持って立ち上がった。
『只今の無礼、お許しください。しかし、私達は不正など行なっておりません。今の従者の怒りもそれによるものです。勇者タケオの敗北は、勇者サチの実力によるものです。根拠の無い言い掛かりはやめていただきたい!』
本当にマイクだったらしい。たぶん魔道具なのだろう。
軽い謝罪とともに、ミーナは堂々とした態度でザミドへと反論した。
『…』
『…』
ミーナとザミドの間に緊張が走る。観客達もこの空気にに呑まれたのか、騒めく者は1人もいない。
そんな2人の間でしばらく睨み合いは続いたが、終わりを告げたのは2人とは別の人物だったーーーー
『もう止めよ。ザミド、今の闘いに不正はなかった。ワシの目に誓って真実であると証明しよう』
国王であるゴルドだ。
兄弟喧嘩を止めようという親心なのかな?
ゴルドの言葉でその場は収まり、『真実』による尋問は後日正式な場で執り行われることとなった。
「お父様が、どうして…」
サチのいる控え室へ向かう途中、ぽつりとミーナが呟いた。
ゴルドが場を収めたことに、ミーナは疑問を持っているらしい。
「いや、子供達の喧嘩を止めただけじゃ無いのか?」
「そんな理由で国王であるお父様が言葉を挟むことは無いわ。今回のような争いには特に…ね」
今回の決闘は王位継承権まで懸かった正式なものだ。国王は平等な立場で継承者を見守らなければならない為、そんな争いに口を挟むことは通常ならあり得ないらしい。
「昨日の謁見でもお父様の様子がおかしかったし…ユージ、何かした?」
「いやいや、してないしてない」
たぶん
「とりあえず、今回の決闘で私達は有利な状況になったわ。兄上の陰謀を暴けば継承権第1位の座から降ろすことは可能だし、お父様が私を擁護した場面を見た有力貴族達が、こちらの派閥に来てくれる可能性もあるもの」
おお!それは嬉しい誤算だ。
王位継承は絶望的な状況だと聞かされていたが、希望が見えてきたな。
「頑張ってくれたサチは沢山祝ってやらないとだな」
「そうね、何か褒美も与えないといけなきゃ」
俺の空間収納内にある魔獣の肉達を振る舞ってやるとしよう。調理はもちろんスゥだけどな。
「そういえば、スゥ先生とコゥはどこへ行ったの?」
ミーナはスゥを「スゥ先生」と読んでいる。いつもスゥから魔術を教えてもらっている為、いつの間にか先生と生徒という立場に落ち着いたらしい。
「なんか用事があるとか言ってどっか行ったよ。夜までには戻るって言ってたから、大丈夫だろ」
一応神獣だし、大抵の敵なら襲われても問題ないはずだ。
「それよりもサチを祝いに行こうぜ!」
「そうね、今日の主役はサチだもんね」
主役はサチ…そのミーナの何気ない言葉で、俺は重大な事実に気がついてしまった。
「俺って、今回何もしてなくね?」
「…」
ミーナからの返事はなかった。




