23話「負けたら子分な」
「2人ともおはよう」
「おはようございますユージさん。凄い快適でした」
「おはよう。ユージの規格外っぷりには慣れたと思ってたけど、まだまだ甘かったと自覚できたわ」
2人が目をこすりながら階段を降りて来た。
今俺達がどこに居るかというと、森の中だ。
修行が思いの外捗り、宿へ帰るのが面倒になったので森に泊まったのである。
しかし、テントや馬車での野宿ではない。
2階建て、個室3部屋にリビングと水洗トイレまである一軒家だ。
スキルの操作を諦めた後、ミーナと共にスゥ先生の魔術授業を受けていた。その際、イメージを強く持てばオリジナル魔術を作り出せると教えてもらったのだ。
『神滅焼炎砲』は霊王アバターのオリジナル魔術だったらしく、自分の特性やスキルと掛け合わせられれば世界に一つだけの魔術も作れるらしい。
そんな楽しそうな事、しないわけにはいかない。
という事で、習った『樹木操作魔術』『強化魔術』『加護』を掛け合わせてオリジナル魔術『森の家』を作り上げたのだ!
いや、権利とか怖いから別の名前にしよう。『家屋生成』だ。
『家屋生成』によって生成した家は、強化魔術と加護によって鉄壁の強度を誇る。
上級魔獣の全力攻撃にも耐えられる強度だ。
設備は椅子と机とベッドしかないが、拘りは忘れていない。
椅子と机は角を取り、使用者の安全性を考えている。また、『樹木操作魔術』を使えばイメージに沿った植物を生成する事もできるため、布の代わりにできる柔らかな葉を生成
し、綿と組み合わせてクッションも作った。
椅子にはそのクッションを敷いてあり、そこらへんの高級家具に引けを取らない座り心地である。
そして、ベッドの拘りは椅子を遥かに上回る。
クッションと同じ要領で生成した布団と枕は、高級ホテルのスウィートルームに置かれていてもおかしくない程の触り心地と柔らかさを実現しており、使用者を一瞬で夢の世界へと誘ってくれるのだ。
トイレは水洗だが、上に貯めてある水を流す簡素な作りである。
次は水属性の魔術も組み合わせ、水回りを充実させたいな。
「じゃ、スゥ燃やしちゃって」
「え?この家、燃やすんですか?」
ミーナとサチとコゥも正気かと疑うような目でこちらを見てくる。この家を相当気に入ってくれたようだ。
だが、このまま残して魔物の住処とかにされても困る。ここは心を鬼にして処分だ。
「燃やしちゃって」
「…はい」
スゥも気に入ってくれてたみたいだな。また野営する事があれば作ってあげるとしよう。
ジーニアスへ戻ると、いつもと様子が違う気がする。
「なんか、人が少ない気がしませんか?」
「そうね、明らかに人が少ないわ」
「血や鉄の匂いが薄い気がします。どうやら、冒険者がほとんどいないみたいですね」
コゥが教えてくれた。さすが獣、鼻が良いらしい。
何かイベントクエスト的な物が行われているのだろうか?
ひとまず、コゥの情報を信じてギルド会館へ確認に向かった。
◇
戦況は、冒険者が善戦していた。
ガイファスがリーダーとして指揮をとり、苛烈な前衛を熟練冒険者が、仕留め損なった敵や脇を抜けようとする下級以下の魔獣を初級冒険者が対応する事で戦況を有利に進めていたのだ。
前線が崩壊するまではーーーー
「ありえねぇだろ、おい!」
そんな声を上げる熟練冒険者の前には、炎を纏った1匹の狼がいた。
「炎…狼…」
誰かがそう囁いた。その瞬間、前線に居たいくつものチームが灰となって消えた。
中央の丘から全体を見渡し、戦況の確認をしていたガイファスは『炎狼』の姿を見つけ、戦慄した。
ガイファスも別の土地で縄張りの王を見たことはある。殆どが中級クラスであり、稀に下級の魔物までいた。だからこそ、実は大した事のない群れではないかという僅かな可能性も抱いていたのだ。
しかし、その僅かな希望は音を立てて崩れ去った。
「少なく見積もっても上級。あの大きさなら、上級をも上回る可能性もありますね」
チームの仲間である『エドガー』が冷静に分析する。
勉強好きな彼の戦闘スタイルは魔術師である。その性格ゆえに魔物の知識も豊富だ。そんなエドガーの判断なら、あの炎狼が上級以上の化け物であることは、残念ながら間違いないだろうとガイファスは納得する。
「どうすんだ?ガイファス」
『ハンス』がガイファスへ指示を仰ぐ。
「撤退戦へ移行する。初級冒険者は速やかに撤退、上級冒険者達は牽制しつつ退がれ。ラドラ、エドガー、ハンス。死ぬ覚悟はできてるか?」
「勿論っすよ」
「冒険者として当然です」
「おうよ!」
冒険者とは夢のある職業でもあるが、最も危険な職業の一つでもある。
どんな理由であろうとも、冒険者になると決めた者は死ぬ覚悟を持たなければならないのだ。
そうは思いつつも、今まで連れ添ってきた仲間達の返事を聞き、ガイファスの表情は曇る。
「奴を抑えられんのは俺達だけっすよ」
「そうです。このまま放っておけば、都市へ逃げ切る前に全滅する可能性が高い」
「死ぬ覚悟はできてるが、死ぬつもりはねえよ。だからリーダー、おめぇがそんな面すんな」
仲間の励ましに感謝し、弱気になっていた自分を奮い立たせる。
「俺たちは炎狼を抑える。気合い入れていくぞ!!」
「「「おう!」」」
この日、最も苛烈な戦闘が始まった。
「でけぇ…」
呟きはハンスの発したものだ。
間近でみると、炎狼は全長5メートルあろうかという巨体だった。炎狼は通常の狼と同じくらいの大きさが基本なのだが、明らかに通常個体より大きい。
「やはり、この炎狼が王のようですね」
エドガーが周囲を見渡しながら分析する。
群れはこの炎狼を中心として立ち回っており、周囲の魔獣や魔物はこの炎狼をいつでも守れるように待機しているのだ。
何故彼らが炎狼の前で一騎討ちの様相を保てているかというとーーーー
「オレ、アンタ等、相手、スル」
炎狼はターキ語を話せたのである。その為、ガイファスがチームグラファウス対炎狼の一騎討ちのを望んだのだ。
それは見事承諾され、魔物達の動きも止まり、順調に撤退の時間を稼ぐ事ができていた。
「だが、俺達はもう逃げられねぇな」
ガイファスと『炎狼』を囲うように魔物達が待機しているため、逃げ場はない。
さながら闘技場のようになっている。
「ま、こいつを倒せばいいだけの話っすよ」
ラドラの気楽な発言に、場の空気が僅かに和む。
「ああ、ラドラの言う通りだ。やる事は今までと変わらん。目の前の敵を倒す、それだけだ。いくぞ!」
先制はエドガーの魔術だ。高速詠唱と鮮明なイメージによって、すでに空中には3発の水の弾が生み出されている。
「『水弾』!」
エドガーの合図と共に、水の弾丸は炎狼めがけて飛ぶ。
しかし、桁外れの反応速度を持つ炎狼は、余裕を持って躱した。
「まだですよ。弾けろ!」
「!!」
エドガーの言葉と同時に、躱した水の弾丸が弾けたのだ。通常の魔術師であれば、放った後の魔術を操作する事など出来ない。エドガーの持つ繊細なイメージ力が可能とする匠の技なのである。
浴びせられた水は業火と反応し、水蒸気となって炎狼を包み込む。
それは天然の煙幕となり、炎狼の目を眩ませた。
「ナイスだエドガー!」
この隙を逃さぬよう、ハンスとラドラが炎狼へと駆ける。
ハンスは斧使い、ラドラは双剣使いだ。
2人の鋭い斬撃が炎狼を捉える。しかしーーーー
「ぐおぉ!」
「熱いっす!」
炎狼は体の炎を吹き上がらせる事で爆炎を生み出し、2人を寄せ付けない。
赤く変色し溶け出している地面は、炎狼の火力の高さを物語っている。
「だったら触れなきゃいいだけだ、『拳衝波』!」
ガイファスが放ったのは、拳撃による衝撃波を飛ばす拳闘士の遠距離技である。
魔力によって指向性を持った衝撃波は、炎狼の胴体を見事に撃ち抜いた。しかし、有効なダメージには至っていないようだ。
「やはり、威力はでねぇか」
ガイファスは不満を洩らす。
距離が遠いほど衝撃波は空気中へと散ってしまう。その為、『拳衝波』直接殴りつけるよりも遥かに威力が落ちる技なのだ。
「次ハ、コッチノ、番ダ」
炎狼がそう呟くと同時にその姿が消えた。
そしてーーーー
「がはっ!」
ガイファスへと突進を決めていた。
全長5メートルの巨体と目にも留まらぬ速度が生み出す突進の破壊力は、想像を絶する威力を持つ。
しかし、ガイファスは耐え抜いた上に炎狼の頭を抑えつけた。
「『金剛大樹』!」
金剛大樹は全身と踏みしめる地面を魔力で覆い、防御力を一時的に上昇させる上級武術である。
魔力で体を強化しつつ衝撃を地面へ流す事で、金剛の如き強靭さと大樹の如き耐久性を得ることができる技だ。だがーーーー
「長くはもたねぇ、早くしやがれ!」
全力の魔力放出を必要とする技なため、発動時間が極端に短い。
ガイファス程の拳闘士であっても、保って10秒が限界である。
「『加護』!」
しかし、チームグラファウスの連携の前では充分すぎる時間であった。
すでにエドガーは詠唱を終えており、ハンスとラドラへ『加護』をかけていたのだ。
「『断撃』!」
「『双衝』!」
ハンスとラドラも武術を使い、炎狼へと襲いかかる。
炎狼は先程と同じく爆炎を見に纏うが、『金剛大樹』を発動しているガルファスは炎狼を押さえつけて離さない。ハンスとラドラも『加護』の効果と持ち前の根性によって爆炎に耐え、炎狼の前足を切り飛ばした。
「よし!」
「やりっす!」
2人に続いてガイファスも炎狼から離れる。
前足を二本とも失った炎狼は、頭の垂れた体制でガイファス達を睨んでいる。
「見事ダ、オレ二、怪我、サセルトハ」
「こっちも限界だったけどな」
事実、ハンスとラドラの攻撃が後一歩でも遅ければ、ガイファスは消し炭となっていただろう。
「次ハ、コッチノ、番」
「「「「!?」」」」
炎狼の言葉と同時に起きた現象に、4人は目を疑った。
体の炎が揺らめくと同時に、炎狼の前足が元に戻ったのだ。
「き、聞いた事があります。五属性を司る魔物は、格が上がると司る属性そのものと成る事が出来ると。あの炎狼は…自らを炎と化す事が出来るようです」
エドガーが震える声で解説する。
そして、その説明は正しい。王にまで至ったこの炎狼は自身を炎に変換する事が可能なのだ。
「んなもん、勝てるわけねぇだろ…」
ハンスの言葉を否定する者はいない。
自らを炎と化す事が出来るなら、物理攻撃を主体とするグラファウスの攻撃は効果が薄という事になる。上級の魔物が相手な時点でも厳しいのに、相性まで悪いのである。
ハンス同様、グラファウス全員の脳に絶望の二文字がよぎった。
「クラエ」
炎狼の呟きの後、その場に立っている者は居なかった。
「ガハッ」
辛うじて意識を保っていたガイファスも、炎狼の攻撃に反応できなかった。というより、理解できなかったのだ。
炎狼が輝いたと思った瞬間。体は飛ばされ、全身の感覚が消えるほどのダメージを受けていた。
「なに…が」
唯一感覚のある右腕で必死に体を起こし、ガイファスは周囲を見渡す。
左目の視力がない、炎狼の攻撃によって潰されたらしい。右目も少し焼けたのか、ぼやけて殆ど見えない。
「マダ、全員、息アル。驚イタ」
突然目の前から聞こえた声に少し驚くが、ガイファスはすぐに平静へと戻った。
色しか判断できないが、目の前で炎が揺らめいているのは分かる。炎狼が語りかけてきたのだ。
「強すぎんだろ…」
肺の痛みを我慢し、ガイファスは精一杯の強がりを返す。
「意識ガ、有ルノカ。見事」
薄れゆく意識の中で、ガイファスは想う。
「リーニア…」
もう一度会いたい、もう一度声を聞きたい。想いを、伝えたい。
そんなガイファスの切なる願いは、燃え上がる炎によって終わりを迎えようとしていた。
「トドメダ」
「ストップストップ」
覚悟を決めたガイファスの前に、突然白い何かが降り立つ。
「…お前、は?」
「えっと、『ピースメーカー』だ。助けに来た」
周囲は魔物の群れに囲われていた筈だが、それを抜けてここまで辿り着いたという事か、だとすれば、相当な実力を持つ者なのだろう。
今までのピースメーカーの噂を思い出しつつ、ガイファスはそう思い納得した。
言いたい事は山ほどあるが、もう気力が持たない。
「たのむ」
「おう」
そんな短いやり取りの後、ガイファスは意識を失った。
◇
「いやはや、間に合って良かった」
ギルド会館へ行くとギルド長のリーニアさんから直々に話しがあり、都市へ侵攻して来る魔物の群れを討伐するクエストを受注する事になったのだ。
すでに戦闘は始まっているらしく、急いで現地へ向かうと、大勢の冒険者達が都市へと引き返しているのが見えた。
理由を聞くと、冒険者達の指揮をとっていたチームがたった4人で群れを引きつけているらしく、その隙に撤退してきたのだという。
そして、今の状況に繋がるわけだ。
「にしても、この状態でも生きてるんだな」
今挨拶を交わしたリーダーらしき冒険者は全身が焼け爛れ、顔は判別不能なほどボロボロになっている。
他の3人も似たような状況だ。
「『回復術』」
ひとまず、スゥに習った回復魔術で治しておく。
うつ伏せに倒れているため顔は確認できないが、全員完治しているはずだ。
スゥとミーナは怪我をした冒険者達を治している。コゥとサチは追ってきた魔獣を討伐中だ。
なので、ここには俺しか来ていない。
「さてと、勝負の邪魔して悪かったな」
警戒しながらこちらの様子を伺っていた狼へ話しかける。
見ると、体に炎を纏っている。スゥの狼バージョンだ。こんな珍しい見た目の魔物、スゥ以外にもいるんだな。
「へぇ。俺らの言葉を話せる人間は初めて会ったぜ。あんたは何者だ?」
やはり言葉が通じると好印象らしい。少し警戒が解けている。
あと、言葉遣い若いな。
「俺はロード大森林らへんの王だ」
「え、まじかよ?!俺はこの群れを率いてる王だ。よろしくな!」
あら、すんなり信じてくれらしい。
まだ気配を抑えているので今まで通り「証拠を見せろ」とか言われるパターンかと思った。
「疑わないのか?」
「まぁ、王だってのは半信半疑だけとな。ここまで飛んで来た跳躍力と今の回復魔術みりゃ只者じゃないってのは分かるぜ」
なるほど、偏見なく柔軟な考えが出来るやつらしいな。
「それで、お前らの目的は何なんだ?」
「目的か…悪いけど、この先にある人間の都市を襲うことだ。俺たちも縄張りを確保しなきゃ滅びちまう。だから、あんたらの土地を奪わせてもらう」
こいつらもゴブリンジェネラルのように『獣国ガルド』から追い立てられたのだろう。来た方向が一緒だ。
「だったら、ウチの縄張りに来るか?」
面倒なので、少しだけ気配を解き放ちながら聞いた。
炎狼が気絶せず、呼吸も苦しくないレベルの気配だ。だが、周囲の魔物は殆ど倒れてしまった。
「…すっげぇ気配だな。だが、俺より弱い奴の下につくつもりはねぇ。そんな脅しじゃなく、戦いで俺に勝てればあんたを王として認めてやるよ」
気配で屈しない魔物も居るのか、なかなか珍しいな。
縄張りを提供してやるのに戦わなければいけないのは面倒だが、気配を浴びた上で勝負を挑んで来たやつなど今まで居なかったので軽く戦ってみるとするか。
それに、こういう男らしい勝負も嫌いではない。
「そしたらやるか、負けたら子分な」
「いいぜ、あんたが勝てば子分にでもなんでもなってやるよ!」
俺が言えた義理じゃないが、凄い自信だな。
転がっている冒険者達に『加護壁』を使い、保護しておく。
そして、燃えてる狼との戦いが始まった。




