18話「報酬は、平和な世界」
「ここが俺の家だ。上がってくれ」
「お邪魔、する」
この少年はリードと言うらしい。歳は10になると言っていた。
助けた後、リードの家に招待されたのだがーーーー
「ここがスラムに住む者の家なのか」
心許ない4本の支柱に布を被せただけの家。いや、まるでテントだ。
中は、人が2人やっと入れるかといった広さしかない。
「あんたは、何者なんだ?」
「うむ、申し遅れた。余は…私はミーナ、旅人だ」
普通、旅人の女性は「余」とは使わないし「〜じゃ」とも言わないはずだ。気をつけよう。
王都に着くまでに素性がバレると厄介なので、今は身元を隠している。そのため、スゥ殿の魔術で髪の色を変えてもらっているのだ。
その後、リードからは多くの話を聞いた。
スラムに存在するチームの事。リードのような逸れと呼ばれる無所属がいる事。盗みや人攫いが日常茶飯事である事。
リード自身が、戦争孤児である事。
スラムの問題は解決したい課題の1つだった。
故に、現状を調べてはいたが、直にその体験を聞くと、言葉が出なかった。
「ま、両親の顔なんて覚えてないんだけどな。戦争に行って帰って来なかったとしか聞いてないし」
「ん?物心つく前にご両親は居なくなったのか?」
「そうだよ、物心ついた時には孤児院ってとこに住んでた。でも、お金が足りなくなって潰れちゃったんだ」
「そう、か…」
「でも運が良かったぜ。物心つくまで孤児院に居れたお陰で、今俺は行きてる。俺より歳下のチビ共は、今頃どっかの路地裏でのたれ死んでるだろうしさ」
前に、スラムの拡大防止を目的として孤児院への給付金増額を進言した。
しかし、兄上の打ち立てた経済活性のための都市拡大案が貴族や民の賛同を多く得たために、却下されたのだ。
結局それは、地方の街や都市を収める貴族への賄賂だと言う事が後で分かった。
経済活性と銘打って民の支持を得つつ、賄賂で貴族の支持を得る。
そんな人気の取り方もあるのかとその当時は思った。
今思えば、あの時の自分が情けない。
解決しなければならないと感じて起きながら、本気でそうは思っていなかったのだ。だからこそ兄上の不正な案にすら負けた。
根回し、借り、兄上と同じ賄賂。本気で孤児院を救おうと思えばやり方は幾らでもあったはずだ。
兄上のやり方に感心すら覚えていた当時の自分が、本当に情けない。
リードの話では、亡くなった子供達も多いだろう。
こんな所でも自分の無力さを感じるとは思わなかった。
「助けてくれた礼だ、ゆっくりしてっていいぞ」
「…いや、私はもう行くよ」
礼など、もらう資格は無い。
「ミーナ、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃ」
スゥ殿が心配してくれるが、そっけない返事しか返せなかった。
力も無い、民も救えていない。
無力で、本当に情けない。
「あれは…」
「どうしたのじゃ?スゥ殿」
「…少年の家に不審な影が接近しています。おそらく、先ほどの男達とその仲間でしょう」
スゥ殿はユージ殿に習ったお陰で探知が使えるらしい。
範囲や精度は遥かに落ちるが、半径1キロ近い探知を行えるのだそうだ。
「今すぐ助けに行かねば!」
「行きたいのは山々なんですが、少年を攫って幾つもの方向に散りました。私の探知は個人まで特定できないので、どれに少年がいるかは分かりません。」
先ほどのリードとの会話を思い出していた。
人攫い。
おそらくそうだろう。リードのような若者はいい働き手になる、奴隷として欲しがる者達も居るはずだ。
スゥ殿に任せれば解決できるだろうが、それには時間がかかる。
人攫いではなく報復だとしたら、事態は一刻を争う。
「ここから一番近いのはどこじゃ」
「横の通りで待っていれば出会えると思います」
「それなら、スゥ殿は他のところを頼む。余は横の通りに来る者達を相手する」
「そ、それはダメです。私はミーナの護衛を命じられました、主様の命令には逆らえません!」
「事は一刻を争う。それに、あの程度のチンピラであれば余の魔術でも充分に対応できる。スゥ殿、頼む」
スゥ殿は驚きながらも、余の考えを汲んでくれた。
「分かりました。こうなったのも私の探知が未熟だった所為でもあります。少年が居なければすぐに逃げてくださいね。他のところを潰したら、戻ってきます」
そう言ってスゥ殿は飛んで行った。
スゥ殿に言われた通り、リードが居なければ用はない。その時は物陰にでも隠れてスゥ殿の帰りを素直に待つつもりだ。
そう思いつつ通りで待ち伏せしていると、先ほど見かけた男達3人が頭陀袋を被せられた少年を抱えて走ってきた。
当たりだったらしい。
「止まれ!その子を離すのじゃ!」
「ああ?さっきの上玉じゃねぇか!」
「やべぇぜアニキ!鳥のバケモンに襲われちまう」
「いや、肩に鳥はいねぇみてぇだぞ」
先ほどの3人組だ。そして、スゥ殿が居ないことに気づいたらしい。
だが関係ない。
「雷よ、弾けろ、『雷弾』!」
「ぐあぁっ!」
「うおっ、やられちまった」
「こいつ、魔術師か!」
先手必勝。
戦いは嫌いだからこそ、戦術や駆け引きには疎い。
なので、戦いになる前に相手を無力化する。
「もう一発。雷よ、弾けろ、『雷弾』!」
「ぐあぁっ!」
見事当てることに成功した。
これで残り1人じゃ。
「おい、動くんじゃねぇ。動いたらこいつを殺す」
残ったリーダーらしき男は、頭陀袋を外したリードを人質にとっていた。
リードを抱えていた為、『雷弾』で感電させるのは危ないと思い躊躇ったのが仇になった。だがーーーー
「ほら、手ぇ挙げて大人しく…」
「人質の対策ぐらい出来ておるわ!光よ、輝け、『光輝』!」
「ぐあっ!目が!」
眩しい光で視力を一時的に奪う魔術である。
王族であるがゆえ学んだ人質対策の一つが、まさか役に立つとは思わなかった。
「リード!暴れて離れるのだ!」
「だぁ!」
「この、ガキ!」
とっさに目を抑えた所為で男はナイフを放していたため、リードも安全に離れることができたようだ。
「これでとどめじゃ。雷よ、弾けろ、『雷弾』」
「ぐあぁっ!」
無事に気絶させることができた。
その後、スゥ殿が倒した人攫い達もまとめて衛兵に引き渡した。
スラムで何人も攫い、奴隷商人に流していた有名な犯罪集団だったらしく、確認後はすぐに牢屋へと入れられた。
リードも無事に家へと帰し、これにて一件落着だ。
「お見事、だな」
「!?」
振り向くと、そこにはユージ殿がいた。
「なっ、いつからここにいたのじゃ!?」
「ついさっきかな。スゥが念話で事情を伝えてきたから、迎えに来たんだ」
そう言えば、知性のある眷属は念話で主と会話ができると聞いた事がある。
「そうじゃったのか」
「ああ、全部聞いたよ。見事な解決ぶりだったと思うぞ」
見事、か。
「…全然見事ではない。そもそも、あの子がスラムへ堕ちた原因は、突き詰めれば余の所為でもある。褒められる価値など、余には無い」
そう、礼を受け取る資格も、褒められる価値も、何も無いのだ。
「だいぶネガティブになってるな。暗殺されそうになったり、旅のあいだ戦力になってない事がそんなに堪えたのか?」
「なっ、サチから聞いたのか!?」
「いや、馬車でな。盗み聞きするつもりは無かったんだが…」
ここへ着く前の、馬車でのサチとの会話か。
ユージ殿は寝ていたと思っていたが、聞こえていたらしいな。
だが、確かにユージ殿の言う通りだ。
「そうじゃよ。世界を平和にするなどと謳っておきながら、暗殺に臆し、旅で己の無力を自覚して、情けない気持ちが込み上げておる。余は、ただ生まれが良いだけの子供だったのじゃ」
王族として、今まで弱さを見せないように生きて来た。
その反動か、想いが溢れてくる。止められない。
「余の夢を信じて付いて来てくれた騎士達は余の為に死んだ。その思いを無駄にはできん。信じてくれた民達の期待もある。だから、夢を諦めるわけにはいかない。余は無力じゃが、王都へ戻り、戦い続けなければいけないのじゃ」
「…そんなに無力だなんだと自分を卑下して、本当に世界を平和にできると思ってるのか?」
ユージ殿が、不意に質問を返してきた。
しかし、その質問の答えを余は知らない。
「わから、ない…ユージ殿は、余に、私に、この世界が平和にできると、思う?」
口調も、いつの間にか昔の自分に戻っていた。
夢を持つ前の自分に。
世界を平和にするという夢を持った日から、父上の言葉遣いを真似して始めた決意の証だった。
しかし意識しないと戻るということは、無理をしていたという事なのだろう。
そんな事よりも、今はユージ殿の返事に耳を澄ます。
伝説の勇者に匹敵する力を持ち、英雄と呼ばれるほどの魅力を持つこの人の意見を聞きたい。
私がこのまま夢を抱き続けても良いのか、その答えを知りたい。
「…無理だろ」
一瞬で、目の前が真っ暗になった。
良い答えを予想していたわけではない、自分でも無理なことは分かっていた。だが、この人からはっきりと告げられると、覚悟していたとは言え辛い気分になる。
「そもそも、お前ができると思ってないじゃん。本人が無理だと思ってるのに、できるわけ無いだろ」
そんな中も、ユージ殿の言葉は続く。
「騎士達が死んだっつってたけど、そいつらは死の覚悟もなくお前に仕えてた半端者だったのか?」
「違う、彼らは自分の命よりも私を、私の夢を信じて付いてきた者達よ。半端者なんかじゃ無い!」
そうだ、ロード大森林を通ると言っても、死ぬ危険があると言っても、喜んで付いてきた最高の騎士達だ。
「そいつらはそいつら自身がお前を選んで死んだろ。だから、そいつらの命を無理に背負う必要は無い。民だって自分で勝手に選んでお前に期待してんだ。だから、民の期待も無理に背負う必要は無い。諦めたければ諦めて全然良いと俺は思う」
その言葉を聞いて、少し楽になった自分がいた。
期待、願い、希望。そんな言葉は毎日のようにかけられたが…諦めていいと言う言葉は初めてだったのだ。
「そんな辛そうに夢を語る事はない、辛いなら諦めちまえ。それで楽になれるなら、無理する必要は全然ない」
そうか…諦めても、良いのか。
でも…
「それでも諦めきれないなら、また目指せばいい」
「…」
「俺に答えを求めるな、それはお前の人生だ。決めるのはお前だ」
そうか。やっぱり私はーーーー
「諦めたく、ない!」
「…世界を平和にするなんて、大変な夢だぞ?」
父上の書斎に置かれた一冊の絵本を思い出す。
ある英雄が、お姫様と世界を平和にするお話。よく見る綺麗な設定をありきたりなストーリーで構成したお話だったけど、私はその物語が大好きだった。
物語の主人公やお姫様に、誰もが一度は憧れるはずだ。
私の夢も、そんな何気ない出来事がきっかけだった。
でも、気づけば本気で成し遂げたいと思うに至る夢となっていた。
それを読んだ時の気持ちが今、蘇ってくる。
「それでも、私は進む!兄上や姉上に勝って、王になって、他の国の王と仲良くなって、魔王に勝って、世界を平和にして…」
自分でもとんでもない事を言っている自覚はある。それでも、今は言葉にしたい、しなければいけないと思った。
「魔物とも魔人とも仲良くなって、最後には、この世界に住む人たちを幸せにする!」
ユージ殿は私の無謀な夢を、最後まで優しく聞いてくれた。
そして、静かに疑問を呟いたのだ。
「お前、戦い嫌いなんだろ?大丈夫なのか?」
「それは、なんとかするわ!勝てない戦いなら相手が諦めるまで頼み込んだり、それでもダメなら、私が差し出せるものは全て差し出してでも…」
「自暴自棄すぎだろ、もっと自分を大切にしろよ」
確かに正論だが、それでは私の夢なんていつ叶うかわからない。
「いえ、叶える為にはそれくらいの覚悟も必要だと思う。たとえ身を売ってでも、この夢を諦めないと決意したから!」
「…ぷふっ、ははっ!」
突然ユージ殿が笑い出した。
「いや、すまん。さっきまであんなにネガティブ思考だった奴が、ズタボロの計画でとんでもない夢を叶えようとしてるから。なんか、おかしくなっちまって…くふっ」
「むぅ」
確かに計画はズタボロのだけど…それは、仕方ないというか…
「あと、口調変わってるし」
「そ、それは、決意を決める前の自分に返ったというか、振り返ったというか…」
「いいんじゃないか?そのほうが自然で可愛いし」
「かわっ!」
可愛い!?
言われ慣れた言葉ではあるけれども、ユージ殿に言われると、嬉しさの次元が違うというか、なんというか、心臓が痛いというか…
「そいえば提案なんだが、戦いが苦手なら得意なやつを雇えばいいんじゃないか?」
「得意なやつを雇う?」
「ああ、お前の夢に付き合ってくれそうな強いやつを雇えばいい。そうすれば、暗殺も魔獣も魔王も怖くない。そいつの功績は雇ったお前の功績にもなる。そしたら人気だって出る」
確かに、兄上や姉上に頭を下げるよりも遥かに現実的ではある。
でも、そんな人がいるわけがーーーー
「王都まで人を送った後、暇になるやつを知ってる。強さは伝説の勇者レベルで、眷属も中々強い。この世界の常識には疎いが、大抵の理不尽は殴って解決できる」
「それって…」
思わず、涙がこみ上げてきた。
「報酬は、うまい食事と立派な寝床と、平和な世界を見せてくれる事、だな」
「…本当に、いいの?」
嬉しすぎる。まるで夢ではないかと疑ってしまいそうなほどに。だからこそ、問いかけてしまった。
夢でも幻でもない事を確認するために。
「ああ、ちゃんと報酬を払ってくれるならな」
「…ありがとう、ユージ」
◇
スゥは先に宿へ戻った。宿にはサチとコゥも居る。今は皆で夕食中だろう。
「あ、ユージ」
「なんだ?」
突然ミーナが話しかけてきた。
これからは、素のままの口調でいくらしい。
「報酬なんだけど、やっぱり足りないと思うの」
「?」
急にどうしたんだ?
「だから前金として、私の全てをあげることにします」
「…!?」
全てって…えぇ!?
「もちろん。身も心も全て、ね」
可愛く振り向きながら可愛いくウインクをしつつ可愛く言ってきた、凄い可愛い。
「成功報酬は平和な世界という事で、これからもよろしくね」
「あ、はい」
これが美少女お姫様の破壊力か、まじで凄い。
高鳴る鼓動を必死で抑えつつ、宿へと帰るのだった。
◇
スラム街の路地裏で、1人の少女がガラの悪い男達に追われていた。
「まてや!ちょっと味見したら奴隷商にちゃんと売ってやっから、大人しく捕まれや!」
「いや、いやっ」
少女は必死に逃げる。しかし、スラムの住人達は見て見ぬ振りだ。
こんな光景など、スラムでは日常茶飯事なのである。
「やっと捕まえたぜ」
行き止まりに追い詰められた少女へ、男達が迫る。
力無い逸れがこうして淘汰されていくのは、普段と変わらぬ光景だ。
次の瞬間まではーーーー
「痛っ、誰だ!?屋根から石落としてきてる奴は!」
少女が上を見上げると、行き止まりにある建物の屋根からロープが垂らされた。
「それに掴まって登ってこい!」
誰か分からない少年の声に急かされるまま、少女は屋根へと登る。
少女の後から登ってこようとする男達は、切り落とされたロープごと落ちていった。
「あのっ、助けてくれてありがとうございました。あなたは、誰なんですか?」
「俺はリード。あんたと同じ、スラムの逸れだよ」
その後、この少年の「助け合い」という精神に惹かれた逸れ達によって、リザリア随一のスラム組織が出来上がるのだが、それはまだ先の話。
ちょっとオチがクドくなったかもですが、リード君のその後も語りたかったので書きました。
気が向いたら、リード君をまた出すかもしれません。