16話「ゴッドブレス」
「あ、あのっ、握手してもらってもいいですか?」
「わ、私もお願いします!」
「あ、はい」
村へ戻ると既に村人達は働き出しており、凄まじい英雄コールに晒された。
まるでハリウッドスターが現れたかのような盛り上がりで、今は握手会が開催されている。
よく見ると、アクトのパーティや村長も並んでいる。
何してんだよ。
「ちゃんと並ぶのじゃ」
「次の方どうぞー」
ミーナとサチは列の整理をしている。
お前らも何してんだよ。
「そこへ回り込んだ主様が、魔王アバターを殴る蹴る…」
「カッケー!」
「すげー、英雄様すげー!」
「さすがはユージ様だ」
スゥは子供達に俺の武勇伝を聞かせている。観客にはコゥもいる。
スゥは…あとで説教だな。
その後、握手会は無事に終わった。
聞くと、俺が村長とアクトと語り合っている際にミーナとサチの握手会が行われていたらしい。
だからこそ俺の握手会が行われたのだそうだ。
握手会の後はそのまま宴会が開かれた。
村人達が働いていたのは、この宴会用の食料調達のためだったらしい。
「その、聞きたいのじゃが、どうやって今の旦那を射止めたのじゃ?」
「あ、それ私も聞きたいです!」
「あらあら、2人の狙いは英雄様ね」
「「!!」」
「バレバレよ〜」
「ふふふ。おばちゃん達の目を舐めちゃダメよ?」
ミーナとサチは村のご婦人達とガールズトークを楽しんでいるらしい。
内容はよく聞こえないが相当盛り上がっているらしい。
「魔王アバターは空へ逃げました。しかし、主様の前では天も地も関係ありません。地を砕くほどの跳躍で…」
「す、すげぇ…」
「かっこいい」
「それでそれで!?」
説教しておいたのだが、スゥがまた武勇伝を語っている。
今はアクトのパーティや村の男勢が観客だ。
その布教活動やめろ!
「すみませんユージさん。うちのパーティのやつらがはしゃいでしまって」
軽く酒を飲みながら周りの様子を伺っていると、アクトが近くへ来た。
「いや、盛り上がってて何よりだよ。あ、スゥの話はあんまり気にしないでって言っといてくれ。半分くらい盛ってるから」
「半分は本当なんですね」
「まぁ、アバターを倒した部分はな。戦い方はあんなに華麗じゃなかったけど」
「!!!」
あ、また驚かせてしまったらしい。
話を変えよう。
「そう言えば、アクト達はカンナビに行く予定だったんだっけ?」
「は、はいっ。腕試しにカンナビへ行って、自信がついたらロード大森林を抜ける行商人の護衛をしようかと思っていました」
カンナビは魔獣が多く出るため難易度の高いクエストが多い。しかし、それだけが冒険者の集まる理由ではない。
魔物の多いロード大森林は3つの大国に囲まれており、北東に『フレイア』、北西に『ガルド』、南に『アーミット』がある。
3国の中継地点であるロードを経由すれば『ガルド』と『アーミット』まで簡単に行くことができるのだ。
そのため、金に余裕のある行商人は凄腕の冒険者を雇ってロードを抜けようとする。
そこで指名され、無事に送り届けることは3国で共通する冒険者の栄誉とされており、「おれ、ロード通ったんだぜ」と言えば一目置かれる存在になれるのだ。
「ですけど、今回の一件で自分たちが未熟だという事がわかりました。僕自身の判断の甘さも、自覚しました。ここまで来たのでカンナビへは行こうと思っていますが、街を見てすぐに引き返そうと思います」
なるほど、用心深いのはいい事だが、自信を無くしたのは少し残念だ。
ちょっとだけフォローしておくか。
「あの猪に襲われていた時に村人を連れて撤退しておけば良かったと思っているなら、それは間違いだ」
「…確かに、最後はユージさん達が駆けつけてくれたおかげで助かりました。でも、それは結果論だと思います」
「いや、すぐに逃げ出したとしてもあの猪の速度なら追いつかれていた。食料を食い尽くした後でも奴らの足なら追いついたはずだ」
実際、あの猪の全力はアクト達より遥かに速い。その上、村人を連れていては絶対に逃げきれないだろう。
「それと、食料を食い尽くす前にアクト達と戦っていた5匹の猪、あれはアクト達や村人を逃さないようにするための牽制部隊だ。その証拠に、積極的に攻めては来なかったんじゃないか?」
「!確かにそうでした。『狂猪』は人を見るなり突進してくる凶暴な魔獣だと聞いていましたが、僕達が戦っていた5匹は突進するフリや回避を優先していたように思います。全力の突進は、こちらの陣形に綻びを見つけた時だけでした」
多分、この予想は正しい。
証拠はもう1つあり、あの猪達は「逃ガサナイ、逃ガサナイ」と呟いていたのだ。
だからこそ、仲間の食事が終わるまで獲物を逃さない牽制部隊だったのだろう。
「村人達と逃げればあの5匹が真っ先に追ってきていたはずだ。村に篭っていた時は村長の家に集まっていたから守りやすかっただろうが、逃げながらではそうはいかない。逃げるという選択を取っていれば、俺達が駆けつける前に全滅していたはずだ」
「そう、だったんですね…」
アクトは青ざめている。当然だろう、一歩間違えば間違いなく死んでいたのだ。
「だから、アクトの判断は正しかった。リーダーとして自信を持っていいと思うぞ」
「!!」
俺の言葉に感極まっている。
なぜ放っておかないかというと、俺はアクトを結構気に入っているのだ。
村へ疾走しながら探知で状況を確認していた時、俺が到着する寸前にファナと言う女の子がアクトを庇い、重傷を負った。
そして前線は完全に崩壊し、絶望を前にアクトも項垂れ、完全に心が折れていた。
その気持ちは誰よりもわかる。
理不尽な現実。
抗いようのない死。
それを目にした時の絶望。
それによって折れた心を立ち直らせるのは決して容易くない。
俺なんて数えきれないほど死んでやっと立ち直ったのだ。
だが、アクトは立った。
ファナを抱え、残り少ない魔力を滾らせ、最後まで抗おうとしたのだ。
アクトは、俺にはない覚悟を持っていた。
「あのっ!僕達にはまだチーム名がありません。ユージさんが付けてくれないでしょうか!」
ええっ!急だな。
「チーム名って、そんな大事なこと俺が決めていいのか?」
「はい!これはファナ達と話し合って決めたことなんです。本当はカンナビで一人前になったら考えようと思っていたのですが、できれば英雄であるユージさんに付けて欲しいんです。どうか、お願いします!」
ちょっ、土下座はやめてっ!
宴をしている皆が気づいてこちらを見ている。
冒険者を土下座させている英雄に大注目だ。
「わかったから、頭を上げてくれ」
「あ、ありがとうございます!」
だから土下座はやめてっ!
それにしても、チーム名か…荷が重い。
全員の頭の文字を取って、アフアリ…絶対ダメだな。
「アクト?」
「何やってんだ?」
「アクト、あんた英雄様に何かしたの?」
異様な光景が気になったのか、ファナとリガード、アイリアも寄って来た。
「今、ユージさんにチーム名を付けてもらえるように頼んでいたんだ」
「あんた、それ本当に頼んだの!?」
「うおっ!まじか!」
「アクト、ナイス」
仲が良いな。
これからもずっと、この4人には無事であって欲しい。
よし、そう言う縁起のいい名前にしよう。
「本当に俺が付けていいんだな?」
「はい!お願いします!」
「お願いします」
「俺からも、お願いします!!」
「英雄様、私からもお願いします!」
未だにあいつの事は信じていないが、俺を助けてくれたのは事実だ。
あいつが俺の覚悟を問わなければ、俺はここに居なかった。そして、この4人も助からなかっただろう。
だからこそ、あいつの加護がこれからもこの4人を護ってくれることを祈ってーーーー
「お前らのチーム名は、『ゴッドブレス』だ」
『ゴッドブレス』は伝説の冒険者チームとしてその名を轟かせるのだが、それはまだ先の話。