15話「神として崇められそうですね」
「本当にありがとうございました」
「僕からも、仲間達を助けていただき、ありがとうございました」
今は村長であるリーデンさんの家に来ている。
先程から、リーデンさんと冒険者のリーダーであるアクトに感謝されっぱなしだ。
悪い気はしないが、むず痒くて仕方ない。
「もういいですよ、充分感謝は受け取りました。それで、村に転がっている猪の死体なのですが…」
「猪…あぁ、『狂猪』ですね。もちろん、全てユージ様のもので構いません」
いや、構います。
猪の死骸を集める趣味は無い。スゥなら美味しく調理できそうなので何体かは貰いたいが、全部はいらない。回収もめんどい。
「今は村の者達とアクト様のパーティの方々に手伝っていただき、死体の解体を行っています。いつでも持って行って貰って構いません。もちろん、持ちきれない分は村で大切に保管しておきます」
お、集めてくれてるのか。
それは有難いが、猪をペシペシするよりも回収のほうが面倒だったので申し訳ないな。
ここは平等に分けるとしよう。
「それなら、こちらの仲間の数に合わせて5頭ください。それ以外は村とアクトのパーティで分けていいですよ」
「「!!?」」
凄い驚いている。またやらかしてしまったか。常識が無いとこういう事態に陥るから困る。
こういった交渉はミーナが得意そうなので連れてこればよかった。
ちなみに、今いるのは肩に留まっているスゥだけだ。ミーナとサチは別の建物でおもてなしを受け、コゥは2人にモフモフされている。
コゥめ、羨ましい…。
◇
「キャンッ」
「コゥ殿、どうしたのじゃ?」
「いえ、少し寒気がしただけです。何でもありません」
「風邪かなぁ、気を付けてね」
「心遣い、感謝します」
◇
少し話しが逸れた。
ひとまず、今更取り繕っても仕方ないので猪は2人にあげる。
「それでは、数頭は勝手に持っていきますので、後は好きに分けてください」
「ちょっ、本気なのですか!?」
「126頭の狂猪ですよ!?売れば街一つ買えるほどの価値があるんですよ!?」
なに!?
あの猪、そんな高いのか。
元の世界じゃ猪は1頭まるごとでも10万くらいで取引されていると聞いたことがあった。
この世界では猪の狩猟に許可など必要無さそうなので、村の復興に少しでも役立てばいい程度のお値段かと思ったのだが、違ったらしい。
ま、いいか。言ってしまったものは仕方ないし、考えるのも面倒だ。
「いいですよ。仲間の分で5頭は貰いますが、残りは勝手に分けちゃってください」
「「…」」
急に黙り込んでどうしたのかと思ったら、2人とも泣いている。
「感動しました。村のために命懸けで戦う勇気、得た報酬も分け与える優しさ。まさに、僕達が憧れていた真の英雄の姿です!」
アクトが熱いセリフを吐いている。
全然命懸けではなかったなんて、言えない。
ちなみに、アクト達は15歳らしく、呼び捨てで構わないと言われたので呼び捨てで呼んでいるのだ。
「『狂猪』の素材があれば、村をすぐに立て直すことができます。村の者達を代表して改めてお礼を言わせてください。本当に、本当にありがとうございます!」
猪を寄付しただけなのだが、この人達には生死に関わる問題だったのだろう。
感謝は素直に受け取っておく。
「ふふふっ、こうして主様の素晴らしさが広まっていくのですね。そう遠くないうちに神として崇められそうですね」
「神になるつもりなんかねぇよ」
変な妄言を呟くスゥは放っておき、リーデンさんとアクトと夜を徹して語り合った。
「うわぉ、グロい」
妙な匂いで目が覚めたので、隣で眠るスゥを起こさないように外へ出ると、村の一角が猪の血で真っ赤に染まっていた。
横には猪の素材が山積みにされており、その周りには幸せそうな顔で村人たちが寝ている。
徹夜で解体を行なっていたのだろう、皆どこかやり遂げた表情だ。
中には大剣を背負った大柄な少年も寝ていた。あれがアクトの仲間のリガードだろう。
解体を手伝っていたとは、なかなか殊勝な心掛けだ。
それでも、こんな血肉の匂い溢れる場所で寝るのはどうかと思うけどな。
「あんまり人も居ないみたいだし、今のうちに出かけてくるかな」
「お出かけですか?」
「我もついて行きますぞ」
俺とスゥはリーデンさんの家で寝ており、コゥは村の女性陣と別の家で寝ていたのだが、眷属として何か感じたのだろう。2匹とも勢いよく家を飛び出してきた。
スゥは器用に目を擦っている。鳥なのに、朝に弱いのだ。
「昨日探知したんだが、どうやら『狂猪』以外にもこの村の近くへ来ている輩が居るらしいんだ」
「魔獣ですか?」
「いや、統率の取れた動きをしている。魔物かもしれない」
「我が狩ってきましょうか?」
「やめい。話が通じるなら話し合いで解決するよ、ダメだった時は頼むわ」
血の匂いに当てられて興奮しているコゥを抑えつつ、謎の集団のほうへと向かう。
俺の全力に2匹は付いて来れるので、目的地へは数分で到着した。
下っ端に掛け合うのも面倒なので、集団の中で一番強そうな個体のもとへ降り立つ。
「よう、俺の言葉わかるか?」
「!?人間…か?」
集団の正体は魔物の群だった。それも、視界を埋め尽くすほど沢山いる。
ゴブリンが多いが、熊やら蛇やら蜘蛛やら鳥やら、中々の気配を放つ魔物に溢れていた。
「お前がこの集団のリーダーか?」
「我らの言葉を話せるとは、奇妙な人間だ。その通り、我はゴブリンジェネラル。この集団の王である」
そう言えば、縄張りの長は『王』って言うんだっけか。
俺も名乗っておこう。
「俺はユージ。このずっと先にあるロード大森林らへんの王だ」
「人のくせに、王なのか!?」
「そうだ」
驚いている。やはり人間が魔物の王なのは珍しいらしい。
「そのような弱々しい気配では到底信じられんな。我らの言葉を話せるただの人間にしか見えん」
ゴブリンジェネラルの言葉で周りの魔物達が殺気立つ。
なるほど、力を見せる必要なあるな。ならーーー
「貴様ら、ユージ様になんたる態度だ。恥を知れ!」
ありゃ、コゥがキレた。
同時に莫大な魔力が放出され、群のほとんどの魔物が気絶してしまった。立っている魔物も皆動けないでいる。
「なっ、がはっ」
ゴブリンジェネラルはものすごい量の冷や汗を流し、震えだした。呼吸もうまくできないらしい。
コゥも多分本気ではないし、ゴブリンキングのゴブはこれぐらいの魔力には耐えれる筈だ。
これでガクブルなら、こいつはゴブより弱いみたいだな。
「コゥ、抑えろ」
「はっ。申し訳ありません」
コゥが魔力を抑えた。
「くはっ、はぁはぁ。貴方様は、一体…」
「我はここに御座すお方の眷属だ」
「…これほどの魔力を持つお方を従えるとは…。先ほどの無礼、誠に申し訳ありませんでした」
「いいよ、頭を上げてくれ」
勢いよく土下座してきた。
魔物は少し魔力をぶつけると従順になるので楽だ。今回はコゥがやってくれたけどね。
そう言えば『百鬼夜行』というスキルがあった気がする。その効果もあるのかもしれない。
周囲を見ると『狂猪』の骨やら皮やらが転がっている。
やはり、こいつらが追い立てたせいで『狂猪』が村まで来たらしい。
「なんでお前らここに居るんだ?前からいたのか?」
「いえ、我々は獣人共が『ガルド』と呼ぶ国から来ました。その国の南東を縄張りに生活していたのですが、獣人共に追い立てられ、この地へと赴いたのです」
俺達が旅をしている国『フレイア』の西側に位置するのが獣人国『ガルド』だ。
狂猪のように、こいつらも追い立てられたのか。
きっと国土の拡大とか、そんな理由だろう。
元の世界でも似たような理由で生態系が崩れ、年間数万種の生き物が絶滅していた。どこの世界も似たようなものなんだな。
「貴方様のようなお方が居るとは知らず、大変失礼いたしました。この命1つで、何卒お許しいただければ…」
「いやいや死ななくていいから、許すから」
寝起き1発目に猪の末路を見て気分が悪いのに、続けざまにゴブリンジェネラルの切腹など絶対見たくない。
「彼の地の王よ、寛大なご配慮に感謝します。せめて、これ以上のご迷惑はかけぬよう、我々はすぐにこの地から去ると致します」
素直でよろしい。
「去るって言っても、どこかあてはあるのか?」
「ありません。ですが、貴方様に迷惑のかからない何処か遠い土地へと移動しようと思います」
「それなら、うちの縄張りに来るか?ルールが幾つかあるし、すでに住んでる魔物達も結構居るけど、亡国の土地だから追い出されるとかは無いはずだ」
ゴブリンジェネラルは目を見開いている。
「よろしいのですか?あのような御無礼を働いた我らを…」
「別にいいよ、来るならルールには従って貰うけどね。長が3匹居るから詳しくはそいつらに聞いてくれ。ユージの紹介で来たって言えば、たぶん大丈夫だろうし」
大丈夫だろう、大丈夫だよな?
「主様の傘下に加わる証拠として、髪を一本持たせてあげるといいかもしれません。彼等も眷属ですから、主様の髪を見れば意図は分かるはずです」
眷属とは、そんな事まで出来るのか。まるで変態だな。
ま、眷属のスゥが言うなら確実そうなのでそのやり方でいく。
「気に入らなかったらいつでも出てっていいから。ま、気楽に訪ねてくれ」
「ご迷惑を掛けた我らにご慈悲をいただけただけでなく、救いの手まで差し伸べてくださるとは、心より感謝致します。微力ではありますが、我らの忠誠をお受け取りください。新たな王よ」
ゴブリンジェネラルが跪くと共に、気絶しなかった魔物達も一斉に跪いた。
ゴブ達の縄張りにはもっと魔物が居た気がするし、増えてもたぶん問題ないだろう。
「南に向かって進めば多分着くから。あと、人とか襲っちゃダメだぞ。街とか村は避けろよ」
「かしこまりました」
「はい、これ髪な。気をつけて行けよ」
「ご厚情、痛み入ります」
なんか、お使いに行かせる親の気分だ。
念のため髪を3本渡しておいた。
「俺は旅してるから縄張りには居ないけど、仲良くやれよ。じゃあな」
「はっ。誠にありがとうございます!」
あんまり構い過ぎてウザがられるのもカッコがつかないので、村へ戻るとする。