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3話   4【部屋の移動は慎重に】





 部屋を追い出された琥珀は、人気のない廊下を歩いていた。

  バスタオルに包んだ荷物は、一見入浴セットにしか見えず、すれ違った先生に怪しまれることもなく男部屋にたどり着くことが出来た。途中で大浴場があったことも難を逃れた要因だろう。

 男子部屋の扉をノックすると、すぐに「はーい」と廈織くんの声が聞こえた。私の姿を見た廈織くんは驚いた表情でこちらを見つめている。



「え、琥珀ちゃん!?」



「は?琥珀?」



 廈織くんの上ずった声に、悠希が顔を出した。



「と、とりあえず、入っていい?」



 ここで見つかってしまったら終わりだ。


 私は息を潜めながら申し訳なさそうに肩をすくめた。



「え?あ、ああ、うん。いいよ」



 中に入れてもらうと、部屋の隅で携帯電話を操作する神谷くんの姿が目に入った。私の存在に驚いた様子だったが、すぐに興味をなくしたようで、再び携帯電話の画面に視線を落とす。

 廈織くんに経緯を説明すると、思い出したように声をあげた。



「あー、うん。そうだった。すっかり忘れてた」



「ごめん」と両手を合わせて謝る廈織くんの姿に、私はため息をつくばかりだった。



「もういいから、廈織くんは早く七海のところに行ってあげてよ。あの子待ってるから」



「うん、ありがとう。琥珀ちゃん」



 慌てて部屋を出て行った廈織くん。後に残された私たちは、呆然としていた。

 時刻は二十二時。自室に戻れるのは何時になるのやら、とため息をついていると、悠希が口を開いた。



「……状況が全く分からねーんだけど」



「あれ?悠希、廈織くんから何も聞いてないの?」



「なにを」



 悠希は納得のいかない表情で眉を寄せていた。本当に何も知らないらしい。



「七海と廈織くん、付き合ってるんだよ」





 数秒間の沈黙。





「え……え!?」



 ようやく私の言葉を理解した悠希は驚いた表情を見せた。彼は敷かれた布団の上で胡坐をかきながら事情を聞いた。経緯を知った悠希は勢いよく布団に寝転がった。



「はー、なんだよそれ」



「私だってさっき聞いたんだよ」



 重い空気が漂い始める室内。その時、今まで一言も喋らなかった神谷くんが口を開いた。



「あのさ、正直どうでもいいんだけど、そろそろ消灯時間だよ」



「え、嘘!?」



 慌てる私に神谷くんは合宿のしおりを広げ、一角の文章を指差した。



「ここに消灯時間は二十二時三十分って書いてある。今に生活指導が見回りに来るよ」



 神谷くんの言葉に、私の体から血の気が引いていく。



「どうしよう……」


「お前が男子部屋にいるってバレたら大変だよな……廈織は、知らん」



 悠希は頭を掻きながら打開策を考えていた。

 男女間の部屋の移動は、即刻停学処分だ。やっとの思いでこの学校に入学した私にとっては絶対に避けたい処分。そういう理由で、私はどうしてもこの状況を打開しなければならない。


 その時、壁の薄い隣の部屋から生活指導の見回りに慌てる生徒の声が聞こえてきた。



「次はこの部屋か……?」



「とりあえず部屋の電気消して……私、布団に潜って寝たフリするから……」



「そうだな、そうし「次の部屋、見回り入るぞー」



 ようやく作戦がまとまったところで、無情にも生活指導の声がした。返事が返ってくることなど想定していないように、迷わず鍵穴を回す音がする。当然、男子部屋だけあって容赦はない。

 突然の展開に頭が回らず、冷や汗が全身の毛穴から吹き出す。その時だった。

 灯りが消される音がして、部屋が暗くなったかと思うと、私は何か強い力によって布団の中に引きずり込まれた。そのまま息を潜める。部屋の中に入ってきた教師は、寝たふりをする神谷くんの方を見て「よし」と満足そうに部屋を後にした。


 それから一体どれほど時間が経過したのだろう。正確にはそれほど長い時間ではなかったように思うが、私の混乱しきった頭では、正確な判断が出来ない。心臓が破れるのではないかと思うほど脈打っていた。

 私を布団の中に引きずり込んだ張本人は、勢いよく布団を跳ね除けると、何事もなかったかのように私の手を放した。電気が付き、ようやく状況が把握できた。

  悠希が、私を布団の中に引きずり込んだのだ。

 目を合わせているのに、お互い言葉を交わそうとしない私たちを見かね、神谷くんが口を開いた。



「いちゃつくなら、よそでやってくれない?」



「「は!?いちゃついてないし!」」



 揃った私たちの声に、神谷くんは驚いた顔を見せた。



「仲がいいんだね」



 笑う神谷くんに羞恥が煽られていく私は、悠希の顔を見ることがどうしてもできないまま男子部屋を後にした。


 その後、なんとか七海の待つ部屋に戻ると、彼女は窓際の椅子に腰掛けていた。

 七海は私に気が付くと、満面の笑みで手を振った。



「あ、おかえりー!ありがとうね!」



「……消灯時間、知らなかったんだけど」



「ねー!七海も驚いた!」



 ケラケラと笑う七海。私の抱えていた彼女への怒りは、いつしか呆れへと変わっていた。



「で?七海はどうやって見回り切り抜けたの?」



 七海は「ああ」とバスルームを指差した。



「お風呂?」




「廈織くんには押入れに隠れてもらって、シャワーを出しっぱなしにしておいたの。琥珀はお風呂入ってる設定」



「……なるほど」



 流石、としか言えなかった。



「琥珀は?男部屋って容赦なさそうじゃん」



「えっと、それは……」



 言えない。悠希と同じ布団に潜って隠れただなんて。



「似たようなことだよ。私が廈織くんの代わりに布団に潜って寝たフリしたの」



「ふーん」



「ふーん、て。なんでつまらなそうな顏するの。もしかして、私と悠希の関係疑ってる?」



 口を尖らせる七海に私は質問する。彼女は椅子から立ち上がり、私の寝転がる布団に飛び込むと、心の底から楽しそうに笑った。



「だって幼なじみだよ?期待するしかないじゃん!琥珀は本当に悠希くんのこと男の子として好きになったことないの?」



「ないよ」



「一度も?」



「ないってば。私たちはもう家族なの。家族に恋愛感情なんか沸かないでしょ?第一、あいつ彼女いるからね」



 自分の発した言葉に酷く胸が痛む。本当は七海の言うとおりなのに。内に秘めるしかない想いが私を苦しめる。



「そっかー残念。でも、なにかあったら七海に相談してね。その分いっぱい話聞いてもらうけど」



「はいはい。惚気(ノロケ)の間違いでしょ」



「七海、琥珀みたいな友達って初めて」



「どういうこと?」



 七海の言葉に私は首を傾げた。



「こうやってなんでも言い合える友達。普通、上辺だけ優しくして終わりじゃん」



 しばらくの沈黙。少し考えた後、私は言った。



「なんでも言い合えるのが友達じゃん。私はそう思ってるよ」



 私の答えに、七海は微笑んだ。


 ごめんね、七海。私、嘘ついてばっかりだね。



「七海、琥珀のそういうところ、大好きだよ」



「それはどうもありがとう」



 私は照れ臭さから視線を逸らし、自分の布団に潜り込んだ。七海はクスリと笑いながら、同じように布団に潜り、電気を消した。



「おやすみ、琥珀」



「……おやすみ」



 そうして合宿の夜は更けていった。






 *   *   *



「七海、廈織くんと別れたから」



 三日後、お昼ご飯を飲み込もうとしていた私に、七海は衝撃発言をした。そのせいで、パンを喉に詰まらせてしまう。



「ごほ、ごほ!え、どうしたの?」



 教室で互いの机を向かい合わせながらの昼食。七海は顔色一つ変えずにおにぎりを頬張る。一方の私はペットボトルのお茶をがぶ飲みしている。

 驚いて当然だろう。二人が付き合い始めたと聞いてから、まだ一週間しか経過していない。



「隠す事でもないから琥珀には言っちゃうね。七海と廈織くん、期限付きで正確には付き合ったフリをしてたの」



「どういうこと?」



「七海、別の高校の友達に彼氏いるって嘘ついちゃって。廈織くんに話したら協力してくれるっていうから……すぐ別れたってことにしたけど。悪いことしたな」



 喉に詰まらせていたパンをようやくお茶で流し込んだ私は、呆然と七海の話を聞いていた。



「なんだ……それなら言ってくれればよかったのに」



「途中でバレたくなかったし、まんざらでもなかったんだよね。本当に付き合う?って聞いたら、フラれちゃったけど。今まで(ダマ)してて、ごめんね」



 少しだけ、残念そうな顔をした七海に私はふざけた調子で言った。



「約束したパンケーキを本当に奢ってくれるなら許す」



 七海は笑って言った。



「じゃあ、今週の日曜、一緒に食べに行こうか」












次の更新は日付が変わった頃です


ひとまず合宿編は終わりです

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