3話 3【合宿の夜】
* * *
「琥珀、大丈夫?」
合宿所に向かうバスの中、私は青い顏をしていた。
「気持ち悪い……」
手で口を押えながら、必死に新鮮な空気を取り入れようと深呼吸を繰り返す。
私の様子を、悠希は呆れた表情で見ていた。
「琥珀……酔いやすいんだから外の景色見てろって言っただろ!菓子ばっかり食ってるからそうなるんだ」
「だって……」
悠希に叱られる私の背中を七海は優しく擦ってくれた。
悠希の忠告を無視して大量のスナック菓子を食べたのが原因だろうか。
私は自分の行動を反省しながら冷たいお茶を喉の奥へと流し込む。
数分後、ようやく中間地点のパーキングエリアでバスが停車した。扉が開いた瞬間、私は一目散に外へ飛び出した。後を追って悠希がバスを降りてくる。
「おい、琥珀」
悠希に呼び止められ、振り返る。
「…………なに」
青白い顔をする私の手に、悠希は白い錠剤を手渡した。
「とりあえず、吐き気止めの薬」
「え、あ……」
「まったく、俺と同じバスでよかったと思えよ。面倒看きれねえよ」
大袈裟にため息をつく悠希の手から、私は素直に薬を受け取った。
「ありがとう」
それから外の空気を吸い、薬を飲んだ。バスに乗り込んだ後、今度は先程の失敗を踏まえて窓の外に視線を向ける。彼からもらった薬の効力が出る頃には、バスは合宿所に到着していた。
日が落ちるまで各クラスで勉強会が開かれ、小テストが催された。合格点に達した者から自由時間ということもあり、みんな必死だった。私が小テストから解放されたのは、夜の九時を回った頃。
部屋へ入ると、一足先に七海が私の分の布団を敷いて、窓際でお茶を啜っていた。
私は疲労困憊の顔でそのまま布団に倒れ込む。
「あー!疲れたー!」
「お疲れ。琥珀にしては早かったんじゃない?」
余裕の笑みを浮かべる七海に私は口を尖らせる。
「つーか七海、頭良かったの!?テスト一位抜けしてたよね?」
完全に誤解していた。見た目の印象と雰囲気から七海もきっとテストに苦しむことになるだろうと思っていたのだが、それがあろうことか、クラス最速で悠々と部屋に戻っていった。
クラスの全員がざわめいたのは当然の反応だろう。
「勉強出来なきゃ七海みたいなのがこの学校にいるわけないじゃん」
失礼だが、納得してしまった。
「……すごいね」
「両親が教師だから、当然だけどね。反抗して、今の髪色にしたんだ」
七海は金に近い髪の毛をつまみながら言った。
彼女の個性を強調するそれは、今となっては誰も文句を言わない。その理由を七海は笑いながら話してくれた。
「髪色を許してくれないなら、学校辞めてやるって言ったの」
「そうしたら……?」
「そしたら何も言わなくなったよ。教師って、狡いよね」
教師は成績のいい生徒を手放したくなかったらしい。
七海の言葉に私は何度も驚かされる。人を見かけで判断してはいけないと何度も痛感させられるのだ。
私は木目が美しい天井を大の字になって見つめる。七海も同じように寝転がり、「ほう」と息をつく。
「あのね、琥珀」
「んー?」
七海の声に私は眠気と戦いながら返答する。寝返りを打ったところで、彼女はとんでもないことを言い出した。
「もうすぐこの部屋に廈織くんが来るんだよね」
「……は?」
何を言い出すのかと思えば。
私は七海の言葉に飛び起きた。
「合宿の前日に言ったじゃーん。なんで驚くの」
不思議そうな顔をする七海。彼女の顔を、私は呆れたように見つめた。
「いや、あのさ……仮にも勉強合宿じゃん?やっぱりマズイんじゃないのかなって」
「大丈夫だよー。琥珀は心配し過ぎ」
「だってさー」
バレて怒られるのは、共犯者の私も同じなのだが。私は喉まで出かかった言葉を呑み込み、諦めたようにゆっくり重い腰を持ち上げた。
こうなったらもう、腹を括るしかない。
「で?私はどこに行けばいいのよ」
「え?廈織くんと入れ替わりで悠希くんたちの部屋」
「マジで」
「神谷くんはともかく、悠希くんは琥珀の兄弟みたいなものだし、安心でしょ」
「でも本当に大丈夫かな」
「大丈夫だよー、バレないって!」
しばらく悩んだ末、私はようやく観念した。
「……分かった。じゃあ、ごゆっくり」
最小限の荷物を持って、部屋を出ていこうとする。そんな私の背に七海は礼を言った。
「琥珀、ありがとう!今度パンケーキ奢るから!」
「絶対ね。トッピングしまくってやる」
次の更新は28日の13時頃の予定です
ストックがもう少しで切れそうです続き書きます