3話 1【恋人の昼下がり】
「私、悠希くんのことが好きなの……付き合って下さい!」
中学一年生の夏。初めて交わした彼との会話がそのまま告白になるとは思っていなかった。
額にじんわりまとわりつくような熱い外気に汗が伝う。
非常識は百も承知だった。けれど今、ここで言わなけれは一生後悔する。確信した。だから。
「いいよ」
彼の一言が、死ぬほど嬉しかったことを今でも覚えている。あの日から、私は悠希の彼女になった。
* * *
「ねえ悠希」
「んー?」
私の問いかけに、悠希は上の空で返事をする。
「私ね、琥珀ちゃんと友達になったんだ」
日曜の昼下がり、希望は悠希の部屋でソファに腰を下ろしていた。
付き合いが長くなってくると、毎回凝ったデートをするのが億劫になってくる。どこにも出掛けたくない日はこうしてどちらかの家で静かな時間を過ごすのが、最近のパターンだ。スッピンが好きな彼の好みに合わせ、あまり化粧もしない。
「琥珀ちゃんと友達になった」という私の言葉に、悠希は見つめていた携帯電話から顔を上げた。
「え、そうなの?」
驚いた表情を浮かべる悠希に、私は微笑む。
「琥珀ちゃん、面白い子だね。なんで今まで友達にならなかったんだろう」
悠希は髪の毛を乱しながら「あー」とため息交じりに言った。
「あいつ、変なことしなかったか?」
琥珀ちゃんの様子を心配そうに尋ねてくる悠希。珍しく必死になる恋人の様子を見て、私は口角をつり上げる。
そんな態度をとられたら、意地悪言いたくなるじゃない。
「ふふ、悠希って琥珀ちゃんの話になると、いつも不安そうな顏するのね」
「そ、そうか?」
「うん。まるでお兄ちゃんみたい」
私の毒を含んだ言葉に悠希は気が付かない。彼は苦笑しながら眉を下げた。
「お前までそんなこと言うなよ……」
「あら、嫌なの?」
私の質問に、悠希は何も答えない。そんな彼氏の頬を指先で突いてみる。すると「やめろ」と言いながらため息をつかれた。
「嫌じゃないけど。なんていうか、モヤモヤする」
「どういうこと?」
「あいつはそういうふうに言われるの嫌がるから。俺も少し気にしてる」
琥珀ちゃんの話をしながら寂しそうな顔を見せる悠希。苛々する。
「そういえば、悠ちゃんって呼ばなくなったよね、琥珀ちゃん」
私はワンピースの裾を指先で弄りながら、悠希の反応を伺う。彼は唸り声を上げながら口を開いた。
「女って本当に分かんねえな。理解に苦しむ」
「そう?女の子って結構単純よ?」
好きなものは好き。嫌いなものは嫌い。ハッキリしてると思うわ、女の子って。
「それはお前が女だから言えるんだよ」
「なるほど」
付き合い始めて刺激が少なくなったと言えば否定はできない。それは共に月日を重ねた証なのだと思う。彼を愛していることに変わりはないし、不満もない。
「でも、琥珀ちゃんさ」
「ん?」
「好きな人いるよ」
「……マジで?」
彼に対して不満はないけれど……不安はある。
幼なじみとはいえ、琥珀ちゃんが悠希に恋愛感情を抱かないとは限らない。恋愛も結婚もできる。同じ立場にいる琥珀ちゃんに、私は大きな不安を感じていた。彼女は私が一生努力しても手に入れることができない地位を確立している。
悠希は「幼なじみ」というだけで彼女を知らぬ間に特別視する。彼が琥珀ちゃんに向ける無意識な愛情は、私の存在を揺らがせる。
人の心はいつも突然変化するのだ。
「だって琥珀ちゃん、明らかに最近おかしいよ」
「まあ……そうだな」
悠希と距離を縮めながら、私は突然閃いたことを口にした。
「私が琥珀ちゃんに聞いてみるよ!女の子同士の方が話しやすいだろうし」
「そうだな。俺もお前みたいに前向きになりたいよ」
悠希の言葉に私はピクリと反応する。変化を彼に悟られないように、私は拳を握りしめながら笑顔を浮かべる。
「そう?ありがとう」
あなたは知らないでしょうね。私が今、どんな気持ちで笑っているのか。
次の更新は27日の13時になりますのでお願いします
書く男が毎回ダメンズになる呪いにかかっています