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17話   5【お父さんの娘ともう一人の息子】

 



*   *   *




「で、今日一日、琥珀は何をして過ごしたんだ?」



 先ほどの余韻が冷めやらぬ中、悠ちゃんは話題を変えるためなのか、思いついたように言った。



「今日?」



 そこで私は首を傾げながら一日を振り返った。


 朝、夢にうなされる形で目を覚ました私はお母さんの用意してくれた朝食をたいらげ、お父さんのお墓がある墓地へと向かった。

 その後、お母さんと昼食を済ませ、一旦帰宅。それからお母さんの予定についていく形で私は今、この場所にいる。


 一言で語るのには多すぎる情報量に、私はその中でも一番と思われる事柄を抜き取ることにした。



「今日はお父さんの命日だから、お墓参りに行ったよ」



「ふーん。そっか。お供え物は無事だったか?」



「へ?」



 一瞬、悠ちゃんの言葉の意味が理解出来ずに私は首を傾げた。


 そんな私の様子に悠ちゃんは呆れ顔で答える。



「だーかーらー、お供え物の菓子! 封開いててカラスとかに食われてなかったか? って聞いたんだよ」



「……どうして悠ちゃんがそんな心配をするの?」



 私の中には既にその質問に対する確証のある答えは存在していたのだけれど、最後の確認の為に問う。



「はあ? お前、自分が備えたものの心配するのは当然だろうが」



 作業になったその行為はやはり正しく、私の予感は当たったようだ。


 私は半日前の場面を脳裏に思い出す。


 お母さんと一緒にお父さんのお墓を訪れた際、墓には既に誰かが来た形跡があり、花と線香、それから見覚えのある包みと菓子が供えられていた。

 既視感の正体は、悠ちゃんが先日旅行のお土産にくれたお菓子だった。


 もっと早く気がついてもよかったのに、どうして私は今までそのことを忘れてしまっていたのだろう。



「あのお菓子とお線香……悠ちゃんだったんだ」



「なんでそんなに驚いてんだよ」



 ぽかんと口を開け、悠ちゃんの顔を驚きの表情で見つめる私に彼は不服そうに言った。



「いや、ちょっと予想外だったんだよ。こんな日にお墓参りに来るのは身内くらいかなーって思ってたから」



「俺は身内じゃないってか」



 悠ちゃんの言葉に私は慌てて謝罪する。

 そういうつもりで言ったわけではなかったけれど、相手に間違った意味で伝わったのなら、謝らないわけにはいかないだろう。


 頭を下げた私に悠ちゃんは溜息をつき、諭すように話し出す。



「あのなあ……いいか? お前と俺には二人の母さんがいるって前に話したことあったろ」



「うん」



 幼い頃、私たちの学校のお迎えや授業参観などの場面で、どちらかの親が来られないような時は、どちらかの母親が代役として私と悠ちゃんの母親役を務めてくれた。

 だから昔の記憶として、私たちにはお母さんが二人いるね、と笑い合った思い出がある。


 悠ちゃんが話そうとしているのは、その当時のことだろう。


 私は彼の話を静かに聞いていた。



「だったら、それは父さんも同じことなんだよ。お前は知らないかもしれないけど、仕事で忙しかった父さんに代わって、琥珀の父さんにはよく遊んでもらったことがあるしな」



「……そうなんだ」



 それは私の知らない過去だった。

 悠ちゃんしか知らない、お父さんとの思い出。



「だから、琥珀の父さんは俺にとっての父さんでもあるんだよ。納得した?」



「うん、すごく」



 本当は、悠ちゃんがお父さんのお墓参りに来ているのではないかという推測もなかったわけではないのだが、それを思い出さず、口に出さなかったのは、心のどこかで私が悠ちゃんを身内と認めたくなかったからなのかもしれない。


 悠ちゃんと家族になってしまわないように、一定の距離を置きたい。


 そんな身勝手な思いがあったからこそ、私はところどころに散りばめられていた彼の痕跡を都合のいいように忘却していったのだ。


 私が悠ちゃんと家族にはなるのはもっと先。

 彼と気持ちが通じ合った後でなければ意味がない。


 そう強く願っていたから。



「あのね、私……今朝、夢を見たの」



 私は悠ちゃんに今朝見た夢の話をすることにした。

 お父さんのもう一人の子供、彼の息子にも話した方がいいと判断した。


 悠ちゃんなら、何か解決策になる答えをくれるかもしれない。


 そんな淡い期待を抱きながら。


 私はゆっくり、はっきりと目の前にいる悠ちゃんに向かって夢の内容を話す。

 嫌な夢ほど鮮明に記憶しているもので、私が夢の説明において困ることは何もなかった。


 悠ちゃんは私の話を聞いた後、ほんの少し思い詰めた顔になって、その後、真剣な顔で言った。



「お前、思い詰め過ぎなんだよ。一つ言っておくけど、父さんが死んだのは、あれは完全に事故のせいだ。他の誰でもない、ただの事故。当然、琥珀のせいなんかじゃない」



「でも……お父さんはあの時、私がボールを追いかけて道路に飛び出さなければ死ななかったかもしれないのに」



 慰めの言葉は当時、散々聞いた。

 あの事故が私のせいではなかったとしても、お父さんが亡くなった事実は変わらず、「私が殺したのかもしれない」という可能性は消えていない。


 だからこそ、私は今もこうして過去に囚われているのだ。



「かもしれないって言葉、俺は嫌いだな」



 悠ちゃんはペットボトルのお茶をこくりと飲みながら言った。



「それは、未練の言葉でしかないだろ。あの時こうしなかったから、こうすればきっと……って、そんな考え方じゃ不幸になるぜ」



 悠ちゃんはほんの少し苛立っているようにも見えた。



「でも、そう考えずにはいられないじゃない……お父さんは私をかばって死んだんだよ? 助けられた私は、後悔するしかないじゃない」



 話す度に気持ちが落ち込み、下を向いてしまう私に悠ちゃんは真剣な表情のまま言った。



「それだよ、それ」



「どれよ」



「父さんがお前をかばったって話。どうしてお前が後悔する必要があるんだよ」



「だって……私はお父さんに助けられたから……」



「それは父さんが自分で考えて起こした行動だろうが。お前を助けなければ、お前が死ぬだろうと咄嗟に思ったから、走ったんだろう。そのせいで自分が死ぬかもしれないって思ったのかもしれないよな。それでも、お前を助けたんだよ」



「……条件反射だったんじゃないの」



 どうしても、自分に都合のいい解釈が出来ない。


 それは私がお父さんに対して、申し訳なさを感じているせいだ。


 謙虚、と言えば聞こえはいいかもしれないが、結局はただのところお父さんが怖いだけ。

 親とはいえ、物言わぬ死者に怯えているだけだった。



「反射で娘を助けるなんて、そうとう大切に思ってなきゃ出来ないだろ。行動の結果、父さん自身は命を落としたけど、どうしても助けたかった娘は、琥珀は助かった。それなのに……当の本人、お前がそんなんじゃ、父さんは成仏できないだろ」



 悠ちゃんは悲しそうな顔で言った。


 私は何も言い返すことができず、口を一文字に結んでいる。


 そうなのか、と妙に腑に落ちる言葉だった。

 お父さんが一番大切にしていたであろう、娘の私がお父さんの死を認めようとせず、その死を自分のせいだと責め続けているせいで、お父さんは今も成仏できていないのか。


 もし、そうだとしたら、私には、これから何ができるのだろう。

 どうしたら、お父さんを本当の意味で弔うことができるのだろう。



「……ねえ悠ちゃん、私、どうしたらいいんだと思う?」



 分からないから、私は幼なじみに尋ねる。

 お父さんのもう一人の息子である彼に、その解決策を聞いたのだ。


 悠ちゃんは真剣な表情を崩し、優しい笑顔で言った。



「自分を責めて生きるなら、その逆だってできるはずだろ? お父さんのおかげで今日も生きてるよ、毎日楽しいよって墓参りで言ってやれるくらいになればいいよな」



「……そうだね」



「まあ、俺の言うことなんてほとんどキレイゴトだけどな。もう一人の子供とはいえ、血の繋がってない、ただのご近所の俺の言葉をお前がどこまで飲み込むかなんてわかんねーけどさ」



 そして彼は言うのだ。


 長年私と共にいた彼にだからこそ出来る、二宮悠希だからこそできる、彼なりの励ましの言葉を。



「ダマされたと思って、お前の惚れた男の言うことを信じてみろよ」



「ば、ばかっ」



 いたずらにはにかむその顔に、悪口にもならない暴言を吐き、私は咄嗟に顔を反らす。



「はいはいバカですよー……来年は、一緒に墓参り行こうな。そんで、明るい報告をしよう」



 悠ちゃんの言葉に私は。



「うん」



 そう、力強く頷いた。







次回からは18話。

七海のお話です。


次の更新予定は6月11日です。

よろしくお願いします!

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