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17話   2【つかの間の王子】

 





「まあ、そうよね」



「……へ?」



 あっさり引き下がった晴香さんに、一生懸命に弁解していた私は拍子抜けしてしまう。



 もしかして、からかわれただけ?



「それは小さい頃の話だしね。今はもう二人とも高校生だし、それぞれの考えがあるでしょうから、思い通りにはいかないわよね。ちょっとした夢物語よ。悠希と琥珀ちゃんがまだお腹の中にいた頃、産婦人科の待合室で奈々子ちゃんとよくそんな話をしてね」



 晴香さんは昔を思い出すように天井を見上げる。



「なつかしいわねぇ……そりゃ年もとるわ。あの時お腹にいた子がもう高校生になるんですもの」



 お母さんも、同じように昔を懐かしんでいるようだった。


 なんだか場違いな気がして、ほんの少し居場所を探して身を縮めていると、晴香さんの頭上から、カラフルなアイスクリームがひょっこり飛び出してきた。



「よっ! 琥珀! 相変わらず車酔いに苦しんでるか?」



 それと一緒にウザさ全開の笑顔も。



「はあ? 休日に幼なじみに会った第一声がそれ? ていうか、体調の悪い人間に言う台詞じゃないし、テンションじゃないからね、それ」



「意外と元気そうだな。はい、アイス。琥珀はレモンシャーベットな。口の中さっぱりしていいだろ」



「……ありがとう」



 もう少しまともな体調の確認方法はなかったのか、と言いたい気持ちを抑えながら私は悠ちゃんの手からカップに入った通常サイズのレモンシャーベットを受け取る。


 それにしてもまあ、カップとはいえ、よくもまあ、四人分のアイスを落とさず運ぶものだな、と感心する。


 悠ちゃんは晴香さんにキャラメル味のアイスを、お母さんに抹茶アイスを手渡すと、晴香さんの隣に座った。


 そこでようやく私たち親子は立ちっぱなしだったことに気が付き、二宮家の向かいにプラスチックの机を挟んで腰を下ろした。



「こんにちは、悠くん。アイスありがとう。よく私の好きな味が分かったわね」



 お母さんは嬉しそうに悠ちゃんから受け取った抹茶アイスを食しながら言った。



「こんにちは。いやいや、何年の付き合いだと思ってるのさ。何度も家に泊まって一緒に生活してた時期もあるだろ? それくらい知ってるよ」



「そうね、私も晴香ちゃんも、一人しか生んでいないけれど、二人の子供の母親になった気分よね」



「気分っていうか、実際そうじゃない」



「あはは、確かにそうね」



 笑い合うお母さんたちを見ながら、私は思いを巡らせる。


 だから私たちは家族になってしまった。

 ならざるをえなかった。

 友達やお母さんたちの期待に応えられなかった。

 全部、お父さんが死んでしまってから、変わってしまった。

 結局全部、私のせい。



「おい、琥珀」



 私を妄想世界から引き戻したのは悠ちゃんの声だった。



「それ、溶けるぞ」



「あ、ああ」



 私は悠ちゃんの指摘通り、慌ててレモンシャーベットを口に運ぶ。

 レモンの酸味と爽やかな風味が口の中に広がり、心地いい。




「まだ体調悪いのか?」



「……ちょっとだけね」



 この場で嘘をつく意味がないので、私は正直に答える。



「そっか――――よし」



「?」



 私の返答に、悠ちゃんは一足先に食べ終わった自分のアイスのカップをくしゃりと潰しながら立ち上がった。


 その様を不思議そうに見上げる私に、彼は手を差し出す。

 まるでお姫様を迎えに来た王子様みたいに。


 私はスプーンを口にくわえているので、あまり格好はつかないけれど。



「母さん、俺、琥珀を連れて屋上で風に当たってくるよ。車酔いなら、少し外の空気を吸った方が楽になるだろうし」



「うーん、それもそうねぇ。琥珀ちゃん、大丈夫? 私たちも行こうか?」



「いいよ。元はといえば母さんたちの用事に俺らがついてきただけなんだから。そっちはそっちで話したいこともあるだろ? 大丈夫だよ、二人だけで。もう高校生だぜ?」



「分かったわ。じゃあ、落ち着いたら琥珀ちゃんでも食べられるお店を探そうか。夕食にはまだ少し早いし。気をつけてね。何かあったら電話して」



「了解」



 悠ちゃんと晴香さんの会話を聞きながら、私は今何が起こっているのか理解出来ずに固まっている。



 悠ちゃんと、二人で屋上?



「ほら、行くぞ」



「う、うん」



 再度差し出された手を、私は取る。


 重ねられた手の平に、握られた指の力強さに、私の心臓が飛び跳ねている。

 それこそ、お母さんたちが微笑ましくその一部始終を見ていることなんて、気にならないくらいに。



「じゃ、行ってくる」



「ちゃんとリードしなさいよー、王子!」



「っ! 王子じゃねえ!」



 晴香さんの言葉で現状を理解した私は、頬を染め、とっさに自分の手を引っ込めようとする。

 それでも悠ちゃんの手は私の手を掴んだままで、言い訳のしようもなく、私たちはお母さんたちに見送られながら屋上へと向かうことになった。











さてさてようやくメインカップルたちが動いてくれました。長かった……


次回、屋上へ手を引かれていった琥珀は大好きな彼から一体何を言われるのでしょう。



次回は6月4日の更新を予定しております。

よろしくお願いします!

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