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17話   1【家族ぐるみの仲】






「悠希ならもう少し待まっててね。今アイス買ってきてもらってるから」



 晴香さんの指差す先には確かに見覚えのある背中があった。


 アイスクリームショップの長蛇の列に並ぶ一人の男性というのは、なんというか、少しだけ哀愁がある。


 遠くから感じる印象としては「ああ、お使いに並ばされてるのかな……」といった感じに。



「アイス?」



 首を傾げる私に、晴香さんは先程とは違う、面白いものを見つけた時のようないたずらな笑顔を見せる。



「さっき悠希にね、琥珀ちゃんたちが今バスで向かってるらしいよって教えたら、急に立ち上がったの。どうしたの? って聞いたら、琥珀ちゃんのためにアイス買ってくるって。琥珀ちゃんはきっとバスに酔って、さっぱりしたものが食べたいなんて言いそうだから、だって」



 いつの間にか、悠ちゃんに私の生態を完全に把握されていた。


 私はそんなに分かりやすいのだろうか。

 単に、長年の付き合いから導き出された推測なのだろうか。


 真実は分からないけれど、今の私にとっては、悠ちゃんが私を思って行動してくれているという事実がどうしようもなく嬉しかった。


 だから余計に、幼い、ちょっと失敗してしまった今日のコーディネートが恥ずかしく思えてしまう。


 いつもボサボサ頭のジャージ姿を嫌というほど見られているはずなのに、それに比べれば、百倍はマシなのに、どういうわけか今の自分を見られる方が恥ずかしい。



 俯いて、ワンピースの裾を握る私に晴香さんは続ける。



「悠希ってば本当、人にあんなに気を使える子だったっけ? 相手が琥珀ちゃんだから? なになに、もしかして琥珀ちゃん、悠希と付き合ってたりする?」



「え、ええ! い、いや……そんなこと、ない、よ」



 全力で否定しようかとも思ったが、わざわざ自分でフラグを折るのももったいない気がして、最終的にはなんともぎこちない返答になってしまった。



「そうなの? 私は大歓迎なんだけどなあ……だって、そしたら奈々子ちゃんと正式に親戚になれるわけでしょ? 最高じゃない」



「はあ……」



 私もよく、友達と「おばあちゃんになっても、一緒に遊ぼうね」なんてふざけ合ったりするけれど、感覚的には似たようなものなのだろうか。



「あ、それいいわね! お母さんも、お婿さんのお母さんが晴香ちゃんなら安心だわぁ」



「お母さんまで!」



 いくつになっても、そういうやりとりはするものなのだなあ……としみじみ思う。


 それは理想でもあり、目標だ。


 悪ノリを続ける母親同士に途方に暮れながら、溜息をついたところで、晴香さんは先ほどより少しだけ真剣な声で話し出す。



「でもあの子、自分のことあんまり話さないから、親としては心配でね……今まで付き合ってた希望ちゃんっていう子とも最近別れたらしいのよ。あの子もいい子だったんだけどね、可愛かったし、礼儀正しくて。同じ学校なら、琥珀ちゃんも知ってるか」



「あ、はい。中学からの知り合いだし、友達だから」



 未だ敬語と友達言葉の中間で迷いながら私はたどたどしく答える。


 そして、不意に晴香さんの口から出た希望ちゃんの名前にほんの少し心を痛めることになった。



 そりゃそうか。



 何度も家に招くような長い付き合いだったのだから、晴香さんが希望ちゃんのことを知らないはずがない。

 別れた理由まで知らないとしても、それなりの交流はあったのだろう。

 少なくとも、別れて数か月が経過するこの瞬間まで、彼女の名前を憶えているくらいには。


 そんな構築されていた関係を全て捨ててまで、希望ちゃんは私の為に身を引いたのだ。


 全てが善意によって行われた行為ではなかったにしろ、希望ちゃんの行いは自らを酷く傷つけるに十分すぎるものだった。

 ほんの少しだけ自分の為に、そのほとんどが誰かのためを思ってなされた行動だった。


 私に与えられている今は、そんな誰かのための優しさで出来ている。


 希望ちゃんが私を気遣って身を引いたように。

 橘くんが私の気持ちを大切にしてくれて、その上で私の幸せを願ってくれたように。


 私はいろんな人に支えられている。


 だからこそ、期待に応えたい。そう思う。



「そっかあ……友達だったのか。まあ、男女の仲にとやかく口を出すつもりもないけどさ、女の子を泣かせるのはもうこれっきりにしてほしいのよ、私は」



 晴香さんは悲しそうな目をしてそう言った。


 そして次の瞬間、私に向かってとんでもないことを口にする。



「だから琥珀ちゃんと悠希がくっつかないかなーって昔から思って見てるのよね、私! 琥珀ちゃん、昔から悠希のこと好きでしょ?」



「え……えっと!?」



 ボン、という効果音がふさわしいほど一瞬で首まで赤くなった私の様子を隣にいたお母さんもさして驚いた様子もなく見て笑っている。



 え、なに、お母さんも知ってたの? ていうか私、好きな人のお母さんに全部知られちゃってたの!?


 恥ずかしさで死んでしまいそうだ。


 ああ、穴があったら入りたい。



 思えば高橋家と二宮家の交流は私と悠希が生まれる前から続いていたわけで、幼い頃の記憶など、当の本人たちは覚えていなくても、親ならば覚えている可能性がある。


 幼い頃の私は一体何をしでかしたのだろう。


 少なくとも、悠ちゃんに対して恋愛感情剥き出しだったのだろうなとは思う。


「琥珀、大きくなったら悠ちゃんのお嫁さんになるのー!」くらい言ったのではなかろうか。


 ありえない話ではない。





「ゆ、悠ちゃんはただの幼なじみだし、別にそういう目で見てたりとか、そういうつもりじゃ――――!」






次回の更新は5月30日を予定しています。

よろしくお願いします!

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