16話 3【お父さんのお墓参り!】
「あー食べた食べた。もう入らない!」
「そりゃ、一人でピザ一枚とアイスにフォカッチャまで食べたらお腹いっぱいでしょうね」
「お母さんは食べなさすぎなんだよー、何、サラダだけって」
「ダイエット中なのよ。昼は少なめ、夜はしっかり食べるっていう」
「ふーん」
お父さんのお墓参りを終え、昼食を希望通りイタリアンで済ませた私たち親子は、途中で寄ったコンビニの袋を手に下げながらのんびり帰路についていた。
ちなみに、袋の中身は期間限定商品の抹茶アイス。それから私が読むファッション雑誌。
「でもまさか、私たちの他にお父さんのお墓参りに来てる人がいるなんて意外だったなー、お盆でもないのに」
私は先ほど目にした光景を脳裏に再生させながらお母さんに話しかける。
お父さんの命日に、あろうことか故人が亡くなる原因、瞬間を夢に見てしまった私は朝ごはんを口に詰め込み、お母さんと一緒にお父さんのお墓参りに出掛けた。
墓地と併設している古い雑貨店で線香と新聞紙を買い、小脇に花屋で見繕った菊の花を抱えてお父さんのお墓がある霊園の北端にやってきた私たちは、そこでポカンと口を開けることになった。
『お花が……新しい』
お父さんのお墓には、お盆でもないのに新しい生花が活けられ、墓石とは不釣り合いな洋菓子がお供え物として置かれていた。
封が開いているのに、カラスや虫に食べられている形跡はなく、チョコレートが表面に塗られているにも関わらず、今日の暑さで溶けている、といった変化もない。
洋菓子の台座として敷かれた見覚えのある包みに首を傾げていると、風に乗って私の元へやってきた香りに気が付く。
それは、この場所での必須アイテムであり、個人を悼む道具であり、田舎の祖父母を彷彿とさせる懐かしい香り。お線香だ。
私たちより先に供えられたのであろう線香からは、ほのかに煙が立ち上っていた。
それは明らかに数時間前、誰かがこの墓を訪れた証拠であり、今日がお父さんの命日と知っている人間のしわざだということは明白だった。
いや、それを悪いと言っているのではなく、単純に、意外だっただけなんだけど。
過ぎたリアクションを繰り広げる私の横でお母さんはあくまで冷静に言った。
『古川おじさんか、泉の清子姉さん辺りが来たんでしょう。そんなに驚くことじゃないわよ』
『まあ、そうなんだろうね』
私は興味を無くしたように吐き捨てる。
でも、他に考えつくような人はいないし。
結局、お母さんの言う通りなのだろうなと思う。
私たち親子がお父さんの命日に墓を訪れるなら、お父さんの親族、血縁関係のある人物がお父さんのお墓をこの日に訪れたって何もおかしなことはないのだ。
古川おじさんとは、名の通り、古川に住んでいるおじさんのことで、お父さんの弟。生前から交流は深いらしく、今も時々野菜なんかを送ってくれたりする。
泉の清子姉さんとは、こちらも名前の通り泉に住んでいる人で、お父さんのお母さんの妹さん、らしい。私はあまり会ったことはないので顔もうろ覚えなのだけれど、清子姉さんは地元で美容院を経営しているらしく、お父さんと付き合う前のお母さんはよくその店に通っていたらしい。二人の出会いもそこからだとか。
当初は今朝見た夢に怯え、お父さんのお墓参りを渋っていた私だったが、いざ行ってみると例年同様何もなく事は済んだ。私たち親子は菊の花を先に供えられていた花と共に活け、線香をあげると、お父さんに向かって手を合わせる。
心の中で「今年も来たよ、お父さん」なんて報告しながら。
当然のごとく、私の心の声にお父さんが答えることはない。
今朝の夢も、感じた違和感も、結局、全て、私の気にし過ぎということになるのだけれど、それでもほんの少しだけ期待がなかったのか? と言われたら、悩んでしまう。
私はどういう形であれ、もう一度お父さんに会いたいのだった。
会って、話をしたい。謝りたい。それだけだった。
今朝、私が見た夢は、私が心の奥に仕舞い込んでいたお父さんへの気持ちが、カレンダーに記入されていたせいで、「お父さんのお墓参り!」という言葉を毎日視覚から取り入れることになっていた私の脳が潜在意識に働きかけ、何かの拍子で長年の間、無意識に封じていたハズの記憶の蓋が開いてしまった。
そういうことなのだろう。
だからこそ、私はあの夢を見たのだ。
私は自分で思っている以上にお父さんへの罪悪感に長年苛まれているようだった。
自分の考えに納得のいったところで、私とお母さんは無事、自宅に到着した。
ひとまず家に入り、コンビニで買ったアイスを冷凍庫に仕舞い、買ってきたばかりの雑誌をパラパラと物色するようにめくってみる。
時刻は午後二時。
昼食後の満腹感が眠気に変わる頃、お母さんはリビングのソファの上で雑誌を熟読し始める体勢に入った私に声をかけた。
「そういえば、あんた用事があるって言ってなかったっけ」
「あ」
そうだった。
朝にしたお母さんとのやりとりを思い出す。
お墓参りに行く前、朝食のパンを口にくわえながら、私は用事があるからという理由でお母さんとのショッピングの約束を断ったのだった。
ネタばらしするが、特にこれといった用事はなく、ただなんとなく、休日を一人で過ごしたいがためについた小さな嘘だったのだけれど、必要性のない用事というのはどうしても忘れそうになってしまう。
嘘もつき通せば真になる。
そんな言葉を脳裏に浮かばせながら、私は素早く手元の雑誌を閉じ、小脇に抱えて立ち上がる。
「そうだった! あぶない忘れるところだったよー!」
わざとらしい程に声を張る。
「本当、抜けてる子よねえ……」
そんな私にお母さんは呆れ顔で笑い、私の嘘を疑う様子は見られない。
それが少し、良心に刺さった。
「気を付けて行ってらっしゃいね。お母さんも出かけるから、帰る頃には暗くなってるかも」
罪悪感で言葉を失って、その場を去ることも出来ない私にお母さんは言う。
「え、どこに行くの?」
「琥珀がお買いもの付き合ってくれないっていうから、晴香ちゃんと一緒にお茶してくるわ」
「あ、そうなの」
私はとにかくあてもなく町を歩こうと思っていたのだけれど、その間にもお母さんは次の相手を即座に見つけていたようだ。母親ながら感心する。
私も見習いたい精神だ。
七海に希望ちゃんに、それから橘くんに廈織くん、そして悠ちゃんも。
大人になってもずっとずっと、仲良くしていられたらいいのに。
変わらずにいられたらいいのに。
「ていうか、え? 悠ちゃんのお母さんと?」
そんな風に感傷に浸っている中、私はお母さんの言った言葉が引っかかり、相手を聞き直す。
「そうよ。最近会ってなかったからねえ……たまにはお話ししない? ってことになって」
これは、チャンスなのでは?
「あ、あのさ、お母さん」
「なに?」
お母さんの言葉を遮って、私は遠慮がちに、けれどハッキリ自分の意思を主張する。
「やっぱり、私も行っていい?」
「え? いいけど……でもあんた、用事があるって……」
お母さんに嘘をつき続ける後ろめたさに私の心が耐え切れなかった。
心苦しくなった、というのがその発言に至った一つの要因。
それから。
「実はそんなに急ぐ用事でもないんだ。なんだったら来週でも再来週でもいい用事。漫画の新刊を買いに行こうと思ってただけだから。私も一緒に行っていい? 悠ママに、こないだお土産貰ったお礼も言ってないし」
私は微かな期待を抱いていた。
もしかしたら、学校以外で悠ちゃんに会える機会なのでは? といった感じに。
突如手の平を返したとはいえ、よくもまあ、つらつらともっともらしい理由をひねり出せたものだと思う。自分でも感心するレベルに。
お母さんは私の発言に一瞬だけ困った様子で首をひねったが、すぐに笑顔で言った。
「そうね、晴香ちゃんには私からメールしておくわ。丁度いいから夕食も一緒に済ませちゃいましょうか。駅前に新しく出来たデパート、あそこに行ってみようかって話になってね。ここからだとバスで三十分くらいかしらね。そんなわけであと一時間くらいしたら出掛けるから、それまでに準備してね」
「はーい」
元気に手をあげながら返事をしたところで、お母さんの携帯電話が鳴る。
「あ、晴香ちゃんからメールの返事きた」
「お! なんて?」
女子高生並に早い返信速度に驚きながら、私はお母さんにメールの内容を聞いた。
「晴香ちゃんも久しぶりに琥珀に会いたいってさ」
悠ちゃんのお母さんの返事に、私はホッと胸を撫で下ろす。
「本当? よかったぁ……」
実のところ、お母さんについていくと安易に決めたものの、内心は不安だった。
二宮家とは家族ぐるみの仲とはいえ、悠ちゃんのお母さんにとっては友達と会うのに、その子供が同席するのは嫌じゃないかな、なんて具合に。
しかも小さな子供ではなく、高校生。
だから、悠ちゃんのお母さんの言葉は素直に嬉しかった。
「それと、悠希くんも連れて来るみたいよ?」
「え! なんで!?」
さらにお母さんの口から出た驚愕の発言に私は条件反射で声を上げてしまった。
あれ、なんか、私の思い通りに事が進んでる気がするのは気のせいだろうか。
一日の前半があまりいいものではなかったせいか、そんな些細なことで感動してしまう。
悠ちゃんと休日に会うことは、そんなに珍しいことでもないのに。
ただ、最近はなんとなく、二人きりになるのが恥ずかしくて、誘い辛かっただけで。
「さあ、そこまでは分からないけど……私が琥珀も連れて行くって言ったから、話し相手に、って思ったんじゃない? でもよかったじゃない、琥珀も退屈せずに済みそうで」
「まあ……」
緩んで上がろうとする口角を表情筋で必死に食い止めながら、私は曖昧に返答した。
あくまで喜んでなんていませんよ、といった風に。
実際は飛び上がってしまう程嬉しいのだけど。
少しくらい期待したっていいじゃないか。
私は今日、不吉な夢を見たにも関わらず、お父さんのお墓参りにも行ったし、なし崩しに、強引にとはいえ、お母さんと一緒に出掛ける約束も守り切った。
だから、少しだけ、ご褒美があってもいいと思うんだ。
それは好きな人と休日に会う。それくらいのことでいい。
そして少しだけ、前に進められたらいいな。
そんなことを考えながら、私はお母さんに言われた通り出掛ける直前まで自室のクローゼットから大量の服を引っ張り出して鏡の前で一人ファッションショーを繰り広げ、ドレッサーの前で念入りに化粧を施すのだった。
もちろん、つけまつげは無しで。
次回は5月23日の更新を予定しています。
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