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2話   3【女の嫉妬は怖い】




 高校初めての友達にホッと胸を撫で下ろしたのもつかの間。それから数日、私たち幼なじみの噂はクラス中に広まっていた。

「悠ちゃん」呼びを続けていた私にも原因はあるだろう。高校生にもなって、と呆れるが、他人の噂ほど退屈を紛らわせるものはない。学校という閉鎖空間では特にだ。

 人間には人の噂を良く思わない人種が必ず存在する。

 私は現在、噂を良く思わない女子に早朝から呼び出されていた。



「あのさ、入学早々あたしらも問題は起こしたくないのよ」



「……はあ」



 派手な見た目の女生徒二人に囲まれた私は、状況が理解出来ず、立ち尽くしていた。

 眉間に皺を寄せ、拳を握りしめる。背中を伝う汗の感触が気持ち悪い。



「高橋さん、二宮が希望と付き合ってるの知ってるよね」



 嫌な予感が当たってしまった。



「知ってるけど……」



「だったら、分かるでしょ?希望のために、もう二宮と関わらないで」



 理不尽な要求に、私は困り果ててしまった。



「無理言わないでよ……」



「は?反論するの?」



「だから、私と悠希は家族みたいなもんなんだって……」



 悠ちゃんとの仲を噂されるようになって数日、私は彼を「悠ちゃん」と呼ばなくなった。

 恥ずかしいから、と苦し紛れの言い訳を続けているが、本当は他に理由があった。なんだか幼い頃の思い出を丸ごと他人に否定されているようで、悲しかったから。

 日に日に悠希と交わす会話も減っていた。


 彼の後を追って入学したはずが、これでは逆効果だ。



「あたしらの言うことは無視するってこと?」



「だから、こっちの話も聞いてよ……はあ」



 悠希と過ごす時間を楽しみにしているお母さんを悲しませることはしたくない。

 私の家庭事情など知る由もない二人は苛立ちを募らせていく。



「あんた、いい加減に――――「何してるの?」



 大きく振りかぶられた手の平に、私は咄嗟に目を閉じる。

 その瞬間の声は、まさしく鶴の一声だった。

 突然訪れた彼女の声がその場の状況を一変させた。

 鶴の一声の主は、私の存在に気が付くと、慌てた様子で駆け寄ってきた。



「琥珀ちゃん!大丈夫!?」



 希望ちゃんだった。彼女は一瞬で場の状況を理解し、腰が抜けてしまった私の手を取り、友人である二人を鋭い瞳で睨みつけた。



「私、こんなこと頼んでないんだけど」



 女生徒二人は申し訳なさそうに希望ちゃんから視線を逸らす。

 突然の出来事に状況が理解出来ない私は、驚いた顔で彼女を見た。



「何が起きてるの……」



「ごめんね琥珀ちゃん。怖かったでしょう」



 悲しそうな表情を浮かべながら、希望ちゃんは静かに口を開いた。



(ナギサ)(アオイ)。確かに私、最近悠希とうまくいってないって話したけど、それが琥珀ちゃんのせいだなんて言ってないわよ」



「……ごめん」



 希望ちゃんの友達はバツが悪そうに謝罪した。二人が去った後、私たちはその場で会話もなく立ち尽くしていた。

 私の様子を心配して、希望ちゃんは遠慮がちに口を開いた。



「座って話そう?……そういえば、こうして話すのって初めてだよね」



 希望ちゃんは苦笑しながらコンクリートの階段に腰を下ろした。私も続いて腰を下ろす。

 私は唇を噛み締め、希望ちゃんの言葉に首を縦に振った。



「私たちのなれ初め、聞いてもらえる?」



 希望ちゃんのお願いに、私は首を縦に振った。本当は聞きたくなかったが、ここで否定するのもなんだか大人げない。



「悠希と初めて会ったのはね、中学に上がってすぐの頃。琥珀ちゃんと悠希、よく皆にからかわれてたでしょ?それを遠くから見てた」



 希望ちゃんは昔を懐かしむように淡々と語り始める。始業の鐘の音を聞きながら、私は彼女の話に耳を傾けた。



「私ね、一目惚れして、すぐに告白したの」



「そうなんだ」



「そうよ。誰にも取られたくなかったから。そしたらあっさりオッケーされちゃって。本当ビックリよ」



 頬を赤く染めながら悠希とのなれ初めを語る希望ちゃんの姿は、とても可愛らしかった。私も彼女のように行動を起こしていれば、今頃何か変わったのだろうか。



「本当にごめんなさい。あの二人のこと、悪く思わないであげて。悪い子じゃないの」



「……」



 何も返す言葉が見つからず、私は口を閉ざした。



「私が何を言ってもダメよね……琥珀ちゃん、もう一度言うね。本当にごめんなさい」



「……もういいよ」



 何度も頭を下げる希望ちゃんの姿に、私は心苦しくなり、小さな声で言った。



「琥珀ちゃんは優しいね」



 許してもらえたことに安心したのか、希望ちゃんは笑顔で「ありがとう」と礼を言った。



「本当は少しだけ、琥珀ちゃんのことが羨ましかったんだ」



「羨ましい?」



「うん。琥珀ちゃんは私の知らない悠希を沢山知ってるでしょう?それが羨ましくて」



 希望ちゃんの言葉には力が込められていた。ギュッと白魚のような手を握り締め、赤い唇を噛み締めながら。

 今まで知らなかった希望ちゃんの気持ちに、私は驚きと戸惑いを隠せなかった。


 私にとって当たり前の日常は、彼女にとっては一生手に入れることが出来ないほどの価値を持っていると知ってしまったから。だからと言って、私に出来ることは何もない。私の中の思い出は、私だけのものなのだから。



「昔からずっと一緒にいて……そんなこと、考えもしなかった」



「幼なじみって、大変なのね」



 苦笑する希望ちゃんに私は返す言葉が見つからず、同じように笑ってみせた。

 それからしばらく沈黙が続いた。



「あ、あのさ」



 先に沈黙を破ったのは希望ちゃん。



「なに?」



「私と友達になってほしいな……って。ご、ごめんね!図々しいかな」



「いいよ」



「え、いいの!?」



 額に汗を滲ませながら興奮して目を輝かせる希望ちゃん。彼女の仕草が可愛くて、私は思わず吹き出してしまった。



「ごめん、希望ちゃん見てたら面白くて。可愛い」



 彼女は恋をする普通の女の子なのだ。好きな人のことで一喜一憂する、純粋な女の子。

 だから私は彼女に敵わない。



「希望ちゃん、私と友達になろう」



「……いいの?」



「うん。悠希が希望ちゃんを泣かせたら、私が許さない。その時は言って」



「あはは、頼もしいな。ありがとう、琥珀ちゃん」



 微妙だった中学時代からの関係が和解し、仲良く笑い合った後、授業を欠席した私たちが仲良く生徒指導室に呼ばれたのは言うまでもない。




 *   *   *




 希望が教室に戻ると、渚と葵は彼女の前に駆け寄ってきた。



「希望……うちら、勝手にあんなことして、ごめんね」



 申し訳なさそうに頭を下げる二人の姿に、希望は明るく言った。



「いいわよ、気にしないで。私もきついこと言ってごめんね」



 満面の笑みを浮かべる希望に、渚と葵の表情も解れていく。

 希望は自分の席に座ると、窓の外を眺めながら「ふう」とため息をついた。



「……人の気も知らないで」



「希望?なにか言った?」



「なにも?気のせいよ」



 満面の笑みを浮かべる表情とは裏腹に、希望は机の下で爪が皮膚に食い込むほど強く拳を握りしめていた。




――――熟れた果実が潰れるように、少女の心は悲鳴を上げていた。その事実に、今はまだ誰も気が付かない。







次回は日付が変わった頃の更新です


個人的には希望ちゃんが好きです

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