13話 2【罪と向き合う覚悟】
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琥珀ちゃんが足を止めたのは、体育館の裏手にある木陰。頭上では緑が茂る木々が太陽の光を遮り、風が優しく吹き抜け心地いい。水飲み場が近くにあり、外で部活にはげむ生徒にとっては丁度いい休憩場所になりそうだ。
「ね、ここ、いい場所でしょ? 普段は誰も来ないし、穴場ってやつだよね」
笑顔で話す琥珀ちゃんに、私は早速話題を振る。
「うん、琥珀ちゃん、あのね、私……好きな人ができたの」
本当は、言いたくなかった。彼女にこの話をしてしまったら、私はもう、後ろを振り向くことが出来なくなるだろうから。
苦し紛れの私の心を読んだように、風が言葉をかき消そうと強く吹いた。
「え?」
琥珀ちゃんの疑問符は、残念ながら私の言葉が聞こえなかった、という意味ではなく、驚きから発せられているように聞こえた。
私は、一度目の覚悟をして、言う。
「聞いて、くれる?」
「もちろん! 誰なの!?」
琥珀ちゃんは、くい気味に私の言葉の続きを急かした。
逃げ場はないと悟り、私は大きく息を吸い込んで、一息で言った。
「廈織くん」
口が渇き、唇が震え、顔から火が出そうな程緊張していたが、思ったように声が出て安心した。
聞こえなかった、ということはないだろう。琥珀ちゃんの驚いた顔を見れば、それは一目で分かる。
どんな言葉が帰ってくるのか、私の心臓は緊張で今にも破裂してしまいそうだった。
客観的な立場から見れば、今の私は数か月前に別れた恋人の友達を好きになったことを元彼の幼なじみであり、かつての恋敵に打ち明けていることになる。お世辞にも体裁がいいとは言えない。
琥珀ちゃんの顔は驚いたものから嬉しそうな、気恥ずかしそうなものなど次々変わり、最後には安心したような表情で落ち着いた。
「そっか、そうなんだ……まあ、そうなのかなって思う時もあったけど、やっぱりそうだったんだね」
彼女は自分の言葉を反芻しながらゆっくりと噛み締め、納得しながら何度も頷いた。
「き、気付いてたんだね……ははは」
予想外の反応に、全身の血液が騒ぎ出し、首から上へとせり上がる。
汗もかいてないのに顔が燃えるように熱いのは、きっと気のせい。
言われてみれば私の行動に不自然さがあった事実は否めない。
放課後、廈織くんを見つけては二人で帰ることもあったし、旅行中は当然のように二人でいる時間が多かったように感じる。本来大した接点がない私たちが急に仲良くなったように見えても不思議はないのかもしれない。もしかしたら、琥珀ちゃんの他にも同じように私たちの仲を怪しんでいる人がいるのかもしれない。
そう考えたら急に気が抜けてしまい、私はへたり込むように体育館の裏口にある石段に腰を下ろした。素肌にひんやりとした石の温度が夏の気候には心地いい。
「琥珀ちゃんもほら、座って」
彼女を自分の隣に座るよう促し、私たちは並んで石段に座った。
琥珀ちゃんはスカートの裾を両手で押さえながら聞いた。
「ねえ、希望ちゃんはいつから廈織くんのことが好きなの? もしかして、もう付き合ってる?」
「んー、悠希と別れて私がちょっと荒れちゃった時にね、廈織くんが私を慰めてくれて……支えてくれたの。好きになったのは多分その頃。残念ながら、まだ片思い中よ」
「えー、絶対付き合ってると思ったのになあ……でも、話聞く限りでは結構脈アリなんじゃない?」
「だったらいいんだけどねえ」
気が付けば、自然に彼女と楽しく話すことができていた。
それは私と彼女が友達になったあの日によく似ていて、それほど前の出来事でもないのに酷く懐かしさをおぼえた。
私はきっと、潜在的に忘れようとしていたのかもしれない。
傷つくことを恐れ、最後の最後まで、問題を後回しにしようとしていた。
そんな私を、琥珀ちゃんは強引に現実へ引き戻した。
「希望ちゃんの大切な話ってこれだったんだね」
「あ、違……」
このまま終わらせてはいけない。そう思うのに、こういう時に限って上手く声が出ない。
勇気が、あと一歩が足りない。
「その様子だと、この話をしたのは私が初めて? なんか嬉しいな、そういうの」
「こ、琥珀ちゃん!」
勢いに任せて立ち上がった私を琥珀ちゃんは不思議そうに見つめている。
「びっくりした……なに?」
私はそのまま琥珀ちゃんの正面に立ち、震える声で言った。
「私ね、琥珀ちゃんにどうしても言わなくちゃいけないことがあるの」
「え、廈織くんが好きって話じゃなくて?」
「うん、それよりもっと大切な話。あのね、私、私ね……ずっと琥珀ちゃんに言えなかったんだけどね」
言葉が核心に迫るにつれ、言いようのない吐き気と頭痛が体を襲う。
瞳からは見知った何かが今にも溢れそうになっている。
その時はまだ早い。まだだ。まだ、許しをもらえるまでは、泣いてはいけない。
「悠希の特別だったあなたがうらやましくて、酷い嫌がらせをしていたの」
「え?」
「琥珀ちゃんの携帯に嫌がらせのメッセージ送ったり、悠希の彼女は私なんだって、わざと誇張するようなこと言ってみたり……全部私のせいなの……私、それをずっとずっと謝りたくて、うう……ごめんね、琥珀ちゃん……本当にごめんなさい」
最後の方は堪えきれなかった涙のせいで、上手く言えていたのか分からない。
心の奥に仕舞い込んでいた毒を全て吐き出し、からっぽになった胸の内は軽く済んでいる。
言いながら力が抜け、彼女の前にしゃがみ込んでしまった私は、両手で顔を覆い、流れて止まらない涙をひたすらに拭った。
目の前の彼女は今の私を見て、一体どんな顔をしているのだろう。
怒っているのかもしれない。悲しんでいるのかもしれない。
私のことを、軽蔑しているのかもしれない。
そう思うと怖くて両手を顔から引き剥がすことが出来ない。彼女の顔が見られない。
今さら謝ったところで、私が彼女にした罪が消えてなくなることはない。この懺悔も、結局のところは許されたかった私の自己満足でしかないのだから。
泣きじゃくる私の頭上から、琥珀ちゃんの声がした。
「……希望ちゃん」
名前を呼ばれ、恐怖のあまり肩が跳ねる。
その声色からは彼女の感情を読み取ることは出来ない。
私は観念したように恐る恐る顔を上げ、彼女の表情を確かめる。
「あ……」
そこには、悲しそうな笑顔でこちらを見る琥珀ちゃんがいた。
実際、いじめは根の深い問題ですので、こんなにうまく解決するわけはないのでしょうけど、夢を見ずにはいられません。せめて文章の中だけは。
次の更新は3月22日の予定です。
よろしくお願いします。




