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13話   1【新学期と少女たち】

 





 高校生になって初めての夏休みが終わり、新学期が始まろうとしている。


 曲がりなりにも進学校ということもあり、夏休みの課題は薄い文庫本ほどの厚みがあった。そんなありえない量の課題に生徒たちが頭を悩ませている中、春田希望は分厚い紙の束をまだ何も置かれていない教卓の上にドサリと置くと、それが当たり前のように自分の席へ戻った。


 周囲のざわめきを気に留める様子もなく、窓際の席から青い空の広がる外を見つめ、溜息を一つ。


 気が重くて仕方がない。


 数日前、花音ちゃんの誘いで家を訪れた私は、廈織くんの前で確かに琥珀ちゃんへ今までの行いを謝罪すると宣言した。その決心が、時と共に揺らぎ始めている。

 怖かった。

この決断が本当に正しいものなのかすら分からないまま、自分の正義に従って行動した結果がどうなるのか。今度は私がかつての彼女のように酷い目に遭うかもしれない。

 全ての元凶である私がそんなことを言える立場ではないことは分かっている。


 それでも、怖いのだ。私には、支えてくれる幼なじみがいないのだから。


 始業式が終わり、放課後、クラスの大半が課題の居残りや部活に散っていく中、私は美術室の前にいた。他の教室とは少しだけ作りが違う美術室の中からは微かに話し声が聞こえる。

 お目当ては美術部員の琥珀ちゃん。本来、帰宅部だった琥珀ちゃんだが、気持ちの変化か、夏休みに入る少し前から美術部に入ったらしい。彼女の居場所は同じクラスの子に聞いているので、彼女がいない、という可能性は低いだろう。


 私は同じクラスであり、中学からの同級生でもある渚と葵以外、仲の良い友達がいない。

 クラスメイトたちと仲が悪いわけでも苛められているなんてこともないのだが、それは上辺のなれ合いに近いもので、性格の悪い私を知ってか知らずか、一線を越えて踏み込んでくる人はいなかった。


 私は人付き合いが基本的に苦手だ。どうすれば相手と分かり合えるのか。それすら分からず、出来ることと言えば、相手の弱みを握りながら、主導権を渡さないことだけ。

 我ながら酷い有様だ。

 だからこそ、私が今から琥珀ちゃんにしようとしている行動は、今までの私からは到底考えつかないことなのだ。

 人に自分の弱さを見せる。これは思ったより、とても難しいことなのかもしれない。


 逃げてばかりでは何も変わらない。事態が悪い方へ進むだけだ。そんな単純なことを、私は様々な経験から学んだ。


 苦しみを乗り越えた先に光があると信じて、私は前に進む。いつの日か、廈織くんの隣に真っ直ぐ自信を持って立てるように。

彼の特別になれるように。



「あのー……琥珀ちゃんいますか?」



 意を決し、恐る恐る美術室の中へ入ると、美術部員であろう生徒たちが私の登場に一斉にこちらへ視線を向ける。突然の注目に気圧されながら琥珀ちゃんの姿を目で探す。



「あ、いた!」



 彼女はチョコチップクッキーをかじりながら突然の訪問者、つまりは私を見ていた。



「はへ?」



 私の存在を確信した琥珀ちゃんは、口にくわえていたクッキーを素早く噛み砕き、飲み込みながらこちらへ駆け寄ってくる。



「部活中にごめんね。琥珀ちゃん、今、大丈夫?」



 横目で他の部員の様子を気にしながら聞いた。

 美術室の中にいたのは琥珀ちゃんを含め約十人程。全員校則違反のない服装をして黒髪をサイドで結っていたり、一本にまとめていたり、真面目そうな子ばかりだった。

 この中では濃い茶髪の琥珀ちゃんですら派手な生徒に見える。

 第一、他の子たちが皆集中してペンや筆を走らせている中で、部活中にお菓子を食べながら携帯を操作していたのだって、彼女だけだったし。

 琥珀ちゃんは口の周りについたクッキーの欠片を気にしながら答えた。



「平気、平気! 始業式だし、部活って言っても今日はコンクールに間に合わない組が居残りで作品仕上げてるだけだから!」



「そ、そうなの」



 そのわりには約一名、余裕に満ちているように見えたのは気のせいだろうか。


 心の中で軽く毒づきながら、彼女らしいな、と思った。普段はクールに振る舞おうとしているが、本来のドジさが時々垣間見える。それが作戦ではなく天然なのだから敵わない。



「それで? 私に何か用があるの?」



 首を傾げながら琥珀ちゃんに尋ねられ、彼女の言葉で現実に引き戻された私は、いよいよ生唾を飲み、拳を後ろ手で握る。



「えっと……ここじゃ話しにくいかな」



 事のいきさつを気にする他の部員たちの視線を気にしながら答えると、それを察知した琥珀ちゃんは素早く美術室の扉を閉め、小声で言った。



「分かった。二人で話せる場所に移動しよう」



「ごめんね、琥珀ちゃん」



「いいよ、友達じゃん」



 笑顔で返され、まだ何も伝えていないのに泣きそうになってしまった。

 私は、こんな風に言ってくれる女の子に、自分の身勝手な気持ちで酷いことをしたのだ。


 彼女の優しさが嬉しい反面、悲しくなった。


 果たして全てを知った時、琥珀ちゃんは、私を許してくれるのだろうか。

 結果を聞くのが怖い。このまま時間が止まってしまえばいいのに。



 私は震える手を握り、鉛のように重い足を引きずりながら、先を行く琥珀ちゃんの後を必死に追いかけた。




次の更新は3月18日の予定です

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