11話 3【新たな一歩】
怒りを表さないように、平静を装いながら震える声で言うと、正面の彼女は体を縮こまらせて「……すみません」と謝った。
ここで私が花音ちゃんに対して怒りをぶつけたとしても、それは何の解決にもならない。
一時、私の気が紛れるだけの行為に、一体どれほどの価値があるというのか。
「私はズルいから……お兄ちゃんに自分から何も言えなくて、その……」
だからこその「あわよくば」だったのだろう。
気持ちは分からなくもないが、そうやって相手を通じて間接的に伝わった先の想いの行方まで考えが及ばないところは、やはりまだ子供らしい。
「ごめん、言い方がキツかったわね」
「あの、希望さん」
「ん?」
「私、薄々気付いてることがあるんですけど」
「なに?」
「お兄ちゃん、多分、私のことが好きなんだと思うんです。私と同じように兄妹としてでなく、異性として」
花音ちゃんの瞳は真剣だった。
冗談で言っている素振りはなく、多分、と言葉に前置きをしているが、その様子から、彼女の中では、ほぼ確信を持っているように聞こえた。
こういう時、彼の秘密を知る私は、なんと答えるのが正しいのだろうか。
私は上手い言い訳も見つけられぬまま、少しの沈黙を挟んで返答する。
「……知ってたの?」
花音ちゃんは、私が思っているよりずっと大人なのかもしれない。
そうでなければ、彼女の言葉を確信に変えた私の発言に、花音ちゃんはもっと別の反応を見せただろうから。
花音ちゃんは笑っていた。
悲しそうに。
嬉しそうに。
どうしようもない、と全てを諦めてしまったかのような、あの日の彼と同じ瞳で。
「まぁ、なんとなく、ですけどね。それにしても、お兄ちゃんは本当にモテますねぇ……アナタみたいな学校一のマドンナさんに、実の妹にも好かれるだなんて。妹としては誇らしいですけど、女としては複雑です」
「はは……花音ちゃんは何でもお見通しなのね。すごい洞察力」
まさか、私の気持ちまで悟られてしまうなんて。
出過ぎた行動をしてしまったせいだろうか。
「誰にも言いませんよ。私は、希望さんを応援してるんですから」
彼女の言葉に私は首を傾げる。
「……どうして?花音ちゃんにとって
、私は恋敵じゃない。それなのに、私を応援だなんて、おかしいわ」
「言ったじゃないですか、私はお兄ちゃんと結ばれる訳にはいかないって。だったら、少しでも見知った人に盗られるほうがいい」
唇を噛みながら言葉を絞り出す様に、それが彼女の本心ではないことを知る。
花音ちゃんにとって、苦渋の選択なのだろうということは、容易に想像がついた。
「希望さんは、お兄ちゃんにとって、特別みたいですし」
「私が?」
「はい。希望さんへの態度は、いつもお兄ちゃんが女の子たちに取るものと全く違いますから。なんていうか……素を出せてるんだな、て感じですかね」
何も知らない私なら、両手ばなしで喜べるのだが、素直に嬉しい、とは思えなかった。
だってそれは、私が特別な女の子だからではなく、彼にとっては自分の秘密をバラされたくない相手だから。
私が、彼の「共犯者」だから。
それ以上の気持ちが廈織くんにあるとは思えない。
だって私はまだ、彼に何もしてあげられていない。
友達を危うく失うところだった私を助けてくれた恩も返せていない。
彼が私を選ぶ利点が何一つ見つけられないのだ。
好きという気持ちだけで動けるほど、私は強くない。
観察眼が人一倍鋭い花音ちゃんに私は動揺を悟られないように返答する。
「ありがとう。花音ちゃん」
「いえ、お兄ちゃんのこと、これからは私に聞いてくださいね!後で連絡先を教えて下さい」
「うん、分かった」
自らの行いに罪悪感を抱きながら、私は力強く首を縦に振った。
次の更新は3月1日の予定です。




