11話 2【私の方が誰よりも、】
天然、で済まされるほどの可愛いものではない。
空気が読めないにも程がある。
バカなのかと呆れるほど、彼女は頬を染めながら告白したのだ。
本来なら、秘めておくべき想いを易々と。
「ちょっと、それって……」
「えー!! なにそれ素敵! 少女漫画みたいなんですけど! ね、琥珀」
「う、うん」
たまらず口を開こうとした私を遮ったのは七海ちゃん。
隣にいる琥珀ちゃんは、なんとも複雑そうな顔をしている。
彼女の方が関係的には望みがあるとはいえ、似た境遇に何か思うところがあるのだろう。
「でも別に、付き合いたい、とかそういうことは考えてないんです。兄妹ですし……ただ、ずっと隣にいてくれたらいいのになって思うくらいで……お兄ちゃん、いつも別の女の人ばかりと仲良くするから、これはヤキモチです」
「それって好きな人じゃなくない? 誤解される言い方しない方がいいと思うけど」
しまった、と思った時には手遅れだった。
私の言葉は口を伝いで音に乗る。
花音ちゃんはほんの少し驚いて、返答した。
「……好きな人、ですよ。今も昔も、ずっと。お兄ちゃんは、私の初恋の人ですから」
頬を染めて言う花音ちゃんに、私は何も言えなくなる。
──あぁ、まただ。
私はまた、同じことを繰り返そうとしている。
どんなに頑張っても、私は好きな人の一番にはなれない。
彼らと彼女らの間には、生まれた時から築き上げられた絆があり、愛情がある。
そこに何も知らない私のような部外者が入り込める場所などどこにもない。
今までずっと抱えてきた思いだからこそ、分かることがある。
「……そう。廈織くんが応えてくれるといいね。花音ちゃんの気持ちに」
私の恋は、実らない。
「はい、ありがとうございます!」
これで花音ちゃんは、先輩という味方をつけ、自分の立場を確立した。
私は、敗けを認めろ、と宣告を受けたのだ。
その後の女子部屋は、夜遅くまで恋の話で盛り上がったが、私はどうも楽しめず、その夜はあまり眠れなかった。
この苛立つ気持ちは何だろう。
私はこれからどうしたらいいのだろうか。
* * *
「朝早くにごめんね」
「いえ……それであの、どうしたんですか?」
「……昨日の話の続きをしようと思って」
「昨日、ですか?」
「うん。貴女のお兄ちゃんのことについて」
早朝、春田希望は同室のメンバーを起こさないように慎重に起き上がり、近くに眠っていた久藤花音を揺り起こした。
そのせいで、眠り姫のように美しいままで横たわる彼女は、王子のキス……ではなく、恋敵の手によって目覚めることになったのだが。
そのまま寝ぼけ眼の姫を連れ、別荘の外へ出たのが数分前。
時刻は午前六時過ぎ。
朝日が昇り、透き通る海が太陽に反射して輝いている。そんな清々しい情景とは裏腹に、私と彼女の間に流れる空気は重い。
先ほどまで眠そうな瞳をしていた花音ちゃんは、今では急に呼び出された不安と緊張からか、自分のシャツの裾を強く握っている。
身を縮め、庇うように回された手は、まるで自分自身を抱き締めているようだ。
私は一体、何をしているのだろう。
彼の大切な妹を怖がらせるだなんて、本人に知れたら嫌われるだけなのに。
それなのに。
「……お兄ちゃんについて、ですか」
「そう」
「それは……私が、お兄ちゃんを好きだって話ですよね」
「うん。それがどれくらい本気なのかなって思って」
花音ちゃんはしばらく考える素振りを見せて、
「お兄ちゃんのことは好きです……一人の男の人として、本当に魅力的ですし……でも、私たちは兄妹だから、それ以上はないんです。あってはいけないんです」
そう言った。
そこで終わっていれば円満に解決したのかもしれなかった。
けれど花音ちゃんは、最後に付け足したのだ。
「まぁ、あわよくば……なんてことも考えたことがないと言えば嘘になりますけど」
許せなかった。
秘めたる想いを、自傷的に話す彼女の言葉が。
私は「共犯者」として彼と過ごす中で、廈織くんの本音を何度か垣間見た。
だから、彼がどんなに「花音ちゃん」という妹を大切にし、恋い焦がれているのか、私は知っている。
彼の大切にしている気持ちを蔑ろに扱っているのが、想い人本人だなんて、そんなこと、あってはならない。
これでは、花音ちゃんへの想いを墓まで持っていくと言った悲しい瞳の彼が報われない。
彼には、私のようになってほしくない。
そう思った時には、感情はむき出しになって表に現れていた。
「あのさぁ……貴女にとってお兄ちゃんは何なの? あわよくば? 好きとか言っておいて、よくそんなことが言えるわね」
次の更新は2月15日の予定です。よろしくお願いしますm(__)m




