10話 4【線香花火の恋心】
* * *
初恋とは、例えるなら線香花火のようだ。火薬に火が灯る瞬間はさながら恋が芽吹いたと同義であり、そこから少しずつ侵食は始まる。
チリチリと火薬は独特の臭いを辺りに漂わせながら燻り、黒ずんだ燃えカスだけを残して火の勢いを更に強める。
そうして自分の心に巣食った未確認の想いが確信に変わる時、恋心は夜の闇をほんの一瞬だけ美しく照らす火花となって散る。
未だ叶わぬ想いのように赤く熱を持つ火球をその中心に作り上げながら。
燻り、肥大化してしまった想いのように。
初恋は実らないという俗説がある。その要因は様々にあるのだが、どうにも人は、自分自身のとった行動に納得のいく理由を付けたがる。
理屈だけでは生きていくことのできない私たちが、長年にわたって作り上げた心の守り方が、そういった俗説なのだろう。
それはしょうがないことなのだ。
そう自分を甘やかす言葉がなければ、失恋の悲しみに堪えることは難しいだろうから。
「あ、火の球……落ちちゃった」
浜辺に打ちつける波の音を背景に、私は白い砂に埋もれてしまった火球の行方をジッと見つめた。
「足、気をつけろよ。落としたら酷い水ぶくれになるぞ……琥珀? 聞いてんのかよ」
「え、ああ……ごめん。気をつける」
「何か、あったのか?」
「え?」
生返事のまま、落ちた火球の行方を未だ追いかける私に向かって悠希が聞いた。
火球の周囲では、細かい砂が熱によってパチパチと弾け飛んでいる。
「いや、なんか上の空って感じだったからさ。あいつらに何か言われたのか?」
「あいつらって誰」
「希望と廈織。さっき何か話してただろ」
「あー……」
悠希は私が希望ちゃんたちを花火に誘った時のことを言っているのだろう。
別に言い訳を必要とするような後ろめたさがあるわけでもないのだが、どうにも彼にこの話題をふることに少し抵抗があった。
朝のように、また悠希の機嫌を損ねてしまっては敵わない。
だからと言って、このまま口を閉ざしたままでいられるわけもなく、私は正々堂々思ったままを言葉にすることにした。
「あの二人って、両思いなのかな」
「あー!!」
私の意を決した発言に重なったその大きな声はすぐ隣から聞こえた。
体の反射で肩をビクリと跳ねさせながら横を向くと、絶望した表情を浮かべる悠希がいた。
見ると、私が育てた火球より二倍近く膨らんだ熱の塊が自身の重みに堪えられずに落下したところだった。
くだらなさにため息をつく。
「琥珀! お前、今絶対くだらねーとか思っただろ!」
「実際くだらないでしょうよ。線香花火なんて、最後にこうして火の球が落ちて終わりなんだから」
「そうだけど、夢がないんだ琥珀には! それをいかに長く大きく育てられるかが楽しいんだろうが! あー俺のファイヤー号……」
「名前付けてたの? しかもダサ」
「いいじゃん! 俺の勝手だろ!」
「ガキ」
気付かぬうちに話があらぬ方向に脱線してしまっていた。
私は軌道修正するために「コホン」と咳払いをして声を整えると、再度質問を投げる。
「希望ちゃんと廈織くんってさ、両思いなのかな」
「あ?」
今度はしっかり悠希の耳にも私の声は届いていたようだ。
彼は私の言葉を理解が難しいというような顔で聞いていた。
「だから、あの二人ってそのうち付き合いそうじゃない? って話! この旅行を企画したのだって、主催は廈織くんだけど、希望ちゃんが提案者みたいだし」
「そうなのか?」
「うん。廈織くんが言ってたから間違いないと思う」
「そうか」
元カノが自分の友人と仲を深めているかもしれない。
そんな疑惑に悠希は戸惑いを隠せないようで、その視線は先程の私同様、落ちた線香花火の火球へと移っていた。
実際、彼の瞳に映るのは、白い砂浜でも、火球でもなく、深く暗い何かなのだろうけれど。
「悠希は、まだ希望ちゃんのことが好きなの?」
恐る恐る聞いてみた。
自分がフラれた理由すら未だ分からない彼は、何を考えているのだろう。
「分からない」
そう思っていたのに、悠希はなんとも曖昧な返答をした。
「は? なにそれ」
思わず怒りで声が震えた。
正確には呆れも少し混じっていた。
ダメな男だとは長年の付き合いから分かってはいたが、ここまでなのか。
長く付き合った彼女にフラれて尚、自分の気持ちにすら気がつけないなんて。
「だから、分からないんだよ。こんなんだから愛想つかされたってのだけは、分かるんだけどさ」
一発殴ってやろうと思ったのに、奴が困ったような、泣きそうな顔で笑うから、私はそれ以上返す言葉を見失ってしまった。
だから、とりあえず、謝らなくちゃ。
「その、ごめん。無神経だった」
「ん。いいよ、悪いのはハッキリしない俺の方だ」
悠希なりに、自分の置かれた状況に苦しみ、参っているように見えた。
そもそも、私にだって非はある。
私は幼なじみに甘えていただけなのかもしれない。
恋心で美化された高過ぎる理想を無理矢理に悠希へ押しつけすぎていただけだ。
気持ちに気付いてほしい。少女漫画のヒーローのように、私を助けてほしい。私だけを見てほしい。
そんなのは幻想に過ぎない。
ここは現実であって、私たちはたった十六歳の子供なのだから。
遠くで七海たちが花火を振り回して楽しそうにはしゃぐ声がする。
夏の思い出の一部が風景に溶け込む片隅で、私たちはただじっと身を寄せ合い、それからしばらく言葉を交わすことはなかった。
更新が予定日より遅れがちになっています……
しっかり軌道修正しなくては。
次回は旅行初日の夜、男女それぞれの部屋に戻ってからのお話になります。
更新は2月1日を予定しております。
よろしくお願いしますm(__)m




