9話 3【海へ行こう!】
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夏休みに入り、体が休暇に慣れてきた八月上旬、主催者を廈織くんとして夏の小旅行が決行された。
琥珀は悠希と七海、橘を連れ、廈織に指定された集合場所へ向かっていた。
「いやー!絶好の旅行日和だね!なんだか不思議なメンツだけど、楽しくなりそう!ね、橘!テンション上げてこうよ」
朝から元気いっぱいの七海は太陽に向かって大きく伸びをしながら緊張で身を縮ませている橘くんの背を叩いた。
「は、はい……楽しみましょう」
橘くんは後ろを歩く私と悠希の姿をちらりと見ながら七海に返答する。
私は一瞬目の合った橘くんに笑みを返しながら隣で眠そうな表情をする悠希に話しかけた。
「あれから希望ちゃんとはどうなの。何か話したりした?」
あれから、とは、すなわち希望ちゃんと悠希が別れてから。
私は二人が別れてしまった原因を未だほとんど知らない。
何度聞いても悠希は「琥珀には関係ない」の一点張り。
クラスメイト達が日々の退屈を誤魔化すために憶測で語る噂を鵜呑みにしているわけではないが、当の本人がその噂を否定も肯定もしないのだから、私は「ケンカ別れ」という言葉で無理矢理に納得するしかないのだ。
「その話はもういいだろ。お前って意外と野次馬なとこがあるよな」
うんざりした様子で悠希は言った。
「そんなことないよ」
「あるよ。自分で気が付いてないだけ」
希望ちゃんの名前を出した途端、露骨に不機嫌になってしまった悠希の態度から見て、彼女との間にあるわだかまりは未だ解決していないようだ。
「……違うもん」
私は頬を膨らませて反論を表し、そのまま強引に話題を切ることにした。
野次馬になって何度も悠希を怒らせる覚悟で希望ちゃんと別れた原因を聞いているのではない。私は、自分がこれから歩む道への確信が欲しいだけだった。
しっかり本人たちから別れの原因を聞き、未練の有無を確かめたかったのだ。
そうしなければ、臆病な私は、これ以上先へ進めない。
幼なじみという関係を壊そうとしている私は、昔の何倍も強くはなっているけれど、同時に臆病にもなった。
だって、今の関係を壊してしまったら、私たちはきっと、今のままではいられない。
知る、ということは、過去に戻る道を自ら絶つことなのだから。
数分後、学校からほど近い駅に到着した私たちは、今日から旅を共にする全員と対面した。主催者を除いた誰が来るのか知らされてはいない。それぞれに仲の良い友達を誘って来てほしいという廈織くんの言葉だけを聞いて私たち四人は一緒に夏の思い出をつくることになった。
私が呼んだ橘くんの存在に悠希は嫌な顔をしたけれど、すぐに打ち解けたようだった。
内心では、あのバスケの試合の日の出来事を、ほんの少し根に持っていたようだっだけれど。
「廈織くん、おはよう!」
廈織くんの背に向かい元気に声をかけた私に彼は振り返りながら笑った。
「あ、おはよう琥珀ちゃん!見慣れた顔ぶればかりで内心ホッとしたよ。みんなも、今日からよろしくね」
「お前、交友関係が広いわりに人見知りなところがあるからな」
呆れ半分に悠希が答える。
「それに、意外とビビりだしね!夜は覚悟してなさいよ」
「七海まで……勘弁してくれ」
実のところ廈織くんの元彼女である七海を誘うのはまずいかと思っていたのだが、仲良さげに話す二人の様子に私は「ほう」と息をついた。
どちらにせよ、七海は私の親友であり、連れて来ないという選択肢はなかったから。
「橘くんはまだ慣れないメンバーかもしれないけれど、あんまり緊張しないで楽しんでね」
「は、はい!よろしくお願いします!」
「あはは、サラリーマンみたい」
朝の駅前で新人社員のごとく元気に頭を下げた橘くんに、通り過ぎていく人が数人振り返ったが、そんなことはお構いなしに、その場の全員が彼を温かく迎え入れた。
「あれ?廈織くんたちの方は誰が来るの?もしかして一人?」
私たちが廈織くんの姿を確認した時から彼は一人だった。
廈織くんは「あー」と声を出しながら少し言葉を選び、答える。
「ボクが連れ来たのは女の子二人。君たちが来る少し前に手洗いに行ったから、そろそろ戻ってくると思うよ」
「うわ、お前、女寄せ集めてきたんじゃねーだろうな」
わざとらしく嫌そうな顔をする悠希に廈織は笑った。
「安心しなよ、ちゃんと君らも知ってる子だし、特別ゲストを連れて来てるから」
「は?」
自信満々に言う廈織くんに私たちがポカンと口を開けて首を傾げていると、駅の中から見慣れた少女と、小柄な可愛らしい少女が仲良くこちらに向かってきた。
道行く男性の多くが少女二人の姿を一瞬ではあるものの視界に入れては通り過ぎてゆく。
「ああ、ほら、あの子たちだよ」
廈織くんに気が付いたらしい少女たちは足早に私たちの前にやってきた。
次の更新は11月15日の昼過ぎ予定です




