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6話   1【幼なじみへのお見舞い】



「ねえ悠希、希望ちゃんに告られたって本当?」



 中学生になったばかりのある日、琥珀は幼なじみと会話しながら下校していた。

 私の言葉に悠希は遠くを見つめながら頷く。



「ふーん。で、どうするの?」



「どうするって?」



「だから、付き合うの?ってこと。いいなあ、私も告白されたい」



 セーラー服の裾を翻しながら、私はため息をついた。


 悠希は上の空で、けれど確かに言った。



「付き合うよ」



 あの頃から私は悠希に特別な感情を抱いていたように思う。当時、原因不明だった胸の痛みの原因がようやく分かった。気が付いた時にはもう、彼は希望ちゃんの彼氏になっていたけれど。


 私はまだ何も伝えていない。未だ始まっていない想いだから、伝わらないままは嫌だ。


 それは、この気持ちを気づかせてくれた優しい友人のため、今まで放っておいた自分の心のため。



「そっか……よかったじゃん」



 もう、痛みを抱えたまま笑うのは嫌だから。








 朝、支度を終えると同時にお母さんから手渡されたのは、近所の洋菓子店の紙袋だった。



「お母さん、なにこれ」



 質問しながら中を覗くと、大きめの白い箱が見えた。

 お母さんは「は?」と呆れた様子で私を見る。



「琥珀、あんた悠希くんが怪我したの知ってるでしょ?お見舞いも行かずに何してるの」



「あ、えっと、それは……」



 お母さんの追及を逃れるかのように、私は視線を逸らした。

 実の親を相手に色恋沙汰の話は気が進まない。ましてその相手が娘の幼なじみだとお母さんが知るべきではない。



「今から悠希くんの家に行ってこのお見舞い置いてきなさい」



「えっと……夕方までは用事があって……」



 正しくは用事ではなく、心の準備だった。

 幼なじみへの恋心を肯定した日から、私は自分の心の変化を感じていた。やっかいだったのは、彼を前に慌ててしまうことだ。同じ空間にいるだけで心拍が上昇し、うまく言葉を紡げない。


 今まではそんなことなかったのに。


 避けられている、と悠希も自覚し始めている頃だろう。

 だからこそ、今この状況で彼の家を一人で訪問するということは私にとって大問題なのだ。

 しぶる私にお母さんは再び呆れながら言った。



「じゃあ夕方でもいいから今日中に行きなさいよ。晴香ちゃんに聞いたら、今日は悠希くん家に一人でいるみたいだから早めに行ってあげなさいよ」



「はーい」



「じゃあお母さん、仕事行ってくるわね」



「いってらっしゃーい」



 ガチャリと家の鍵がかけられ、仕事へ出かけたお母さんを確認すると、私は「はー」と全身の力を全て抜いたように大きく溜息をつき、手渡されたお見舞いの品を途方に暮れながら見つめた。



「どうすんのこれ……」



 行かなかった場合、確実に()られる。後日改めて行くことに変わりはなさそうなので、この場合、行かないという選択肢はないのだろう。

 午前中いっぱい悩んで、いつの間にか眠ってしまった私が目を覚ましたのは時計の針が午後三時を回る少し前の頃だった。



「え!?もうこんな時間!?まだ心の準備してないのに!」



 言いつつ洋菓子の袋を手に靴を履く。

 勢いよく飛び出した私を待っていたのは痛いほどに照りつける太陽の光。



「あっつー。でも雷鳴りそう。やだなあ」



 遠くに見える入道雲を気にしながら私は足早に目的を目指した。

 部活組の夏大会の予選が終わり、梅雨が明けた途端、連日うだるような暑さが日本中を困らせていた。

 夏休みが近いことが嬉しいが、こうも暑くては敵わない。

 滲む汗を拭っていた私の目によく知る人物が飛び込んできた。



「あ、希望ちゃん」



「琥珀ちゃんじゃない!どこ行くの?」



 真っ白なワンピースを着た今や恋敵、希望ちゃんは私の手に持つ箱を気にしながら首を傾げた。

 一方の私は希望ちゃんと満足に目を合わせることも出来ないまま立ち尽くす。



「あ、えっと……お母さんに頼まれて悠希のお見舞いに」



「ふーん」



 まるで値踏みをされている気分だった。

 希望ちゃんは私の姿を頭の先から足の先までジロリと見渡すと、満足したように満面の笑みを見せた。



「私も丁度、今悠希の家に行った帰りなの。もうすっかりいいみたいだけど、無理する奴だから、どうだか」



「はあ」と大袈裟に溜息をつく希望ちゃんに私は苦笑いを浮かべることしかできない。



「じゃあ、まあ、気をつけてね、琥珀ちゃん」



「うん。ありがとう希望ちゃん。また学校で」



 思わぬ遭遇に驚きながらも、悠希の家にたどり着いた。

何年も変わらない場所のはずなのに、どうにも居心地が悪い。

三度深く息を吸って、私はようやくインターフォンを押した。

 少し間が開いて、カチャリと鍵が開き、中から悠希が出てきた。



「え、琥珀?てっきり希望が忘れ物でも取りに来たのかと思った」



「あのさ、インターフォンはちゃんと確認してからドア開けなよね。知らない人だったらびっくりするよ?そんな格好で出てこられたら」



 シャワーでも浴びていたのだろう。悠希は上半身裸のまま、濡れた髪にタオルをかけて出てきた。

 表面上は冷静に対応したが、脳内は大混乱。



「あーうん。暑くて汗でベタベタ気持ち悪くてよ。さっきまで希望がいたんだけど」



「不純異性交遊かと思った」



「ば、バカ言うなよ!俺らは清い付き合いしてんだよ」



「へえ?」



 どの口が言ってるんだか。


 憎まれ口を叩きたくなる衝動を抑え、私は話題を切り替えるためにお母さんから持たされたお見舞いの品を悠希の前に提示した。



「ん。これお見舞い……って言ってももうほぼ完治?してるみたいだけど」



 ケガをした場所を指差すと、悠希はお見舞いを受け取りながら言った。



「コーチが大袈裟なんだよ……俺はもう平気だって言ってるのに、夏休みの練習が始まるまで休めってうるさくて」



「ふーん。でもそれって逆に期待されてるんじゃないの?一年生でケガ悪化させたら次がないかもしれないじゃん」



 家の中に慣れたように足を踏み入れ、靴を脱ぐ。悠希も私の様子をさして気に留めることもなく、リビングに招き入れた。

 テーブルの上には女物のカーディガンが畳んで置いてある。


 なるほど、悠希の言っていた希望ちゃんの忘れものとはきっとこのカーディガンのことだろうか。


 私が希望ちゃんの忘れ物に気を取られているうちに、悠希はコップに麦茶を入れて台所から戻ってきた。



「ほら麦茶。外、暑かっただろ」



「あ、ありがとう」



 悠希の手から冷えた麦茶を受け取ると、私はうつむき頬を赤らめた。

 こうしたちょっとした相手への心遣いが特別なことなのだと、どうして今まで気が付かなかったのだろう。

 自分のためにしてくれる一つ一つがこんなにも嬉しい。

 これが人を好きになるとういうことだっただろうか。



「にしても……琥珀も母さんみたいなこと言うなよー。俺だって分かってはいるけどさ、何も出来ないもどかしさっていうか、悔しくて」



 麦茶をがぶ飲みしながら悠希は眉間に皺を寄せ、言葉を詰まらせた。

 ポタリと悠希の髪の毛の先から雫が落ちる。

 悔しさで顔を歪ませる悠希の横で、私はジッと彼を見つめていた。


 こんなに近くで幼なじみを見たのは一体いつぶりだろう。

 いつの間に、こんなに変わったのだろう。

 目の前にいるのは、まるで知らない男の子のようだ。

 私は悠希の言葉も耳に入らないまま、気が付くと自らの手を彼へと伸ばしていた。

 濡れた上半身にかけられたバスタオルを取り、髪から滴り落ちる雫をそっと拭う。

 私の行動に、悠希は驚いた様子で声を発した。



「え、琥珀?」



 悠希の声に名前を呼ばれ、我に返った私は、自分の手に持っているタオルに目を丸くした。



「あ!?違っ!いくら夏でもお風呂上りにいつまでも濡れたままっていうのも風邪ひくと思って……」



 我ながらしどろもどろになっていたと思う。

 気付かれても仕方なかったはずなのに、悠希は何食わぬ顔で笑った。



「そっか。それもそうだなーあ、そういえば俺、琥珀に聞きたいことがあったんだ」



「え、何?」



 咄嗟に悠希との間に距離を作りながら、私は首を傾げる。

 悠希は不敵な笑みを浮かべながらリビングの外へ足を進め、言った。



「まあまあ、目のやりどころにも困ってるみたいですし?服着てから、俺の部屋でゆっくり話しましょうや」



「なっ……!」



 完敗である。


 私は羞恥に顔を歪ませながら「うるさい」と反論の言葉を返した。








次の更新は日付が変わった頃の予定です


がんばれ琥珀!

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