8 ヴェロニカ・ローレライ
ギルド集会所を後にした春斗たちは、現在、リベルの街を歩いていた。
空は日が暮れ始めていて、綺麗なオレンジ色に染まっている、
道を行く人々も、一日の終わり向けて、帰路についたり、店を閉めるなどしている時間帯だ。
「あぁー、なんだか一日ですげぇ疲れたな……」
春斗は大きな欠伸をする。
異世界に来たり。ドラゴンを倒したり。シャルルと衝撃的な出会い方をしたり。ギルドに登録し、パーティーを組んだり。
今日は、初経験のことばかりだった。
おそらく。いや、確実に、今まで生きてきた中で、一番忙しい一日だっただろう。
「そうね。流石に私も疲れたわ」
秋が遠い目をしながら、そう言ってくる。
「流石の優等生さんも、お手上げですかぁ?」
面倒くさい絡みをしてくる春斗を、秋は完全に無視する。
「私、本当に疲れているから」と、言葉にしなくとも、表情がそう言っている。かなり怖い。
「俺たち金ないのに、この後どうするんだ?」
前を歩いていた冬彦が、後ろを振り返り声をかけてきた。
確かにそうだ。食事をするにも、宿をとるにも、お金はかかる。一文無しの春斗たちは、もうどうしようもない。
「……野宿?」
「それはマジで洒落にならねぇーよ」
とんでもない夏乃の発言に、ツッコミを入れた春斗。秋と冬彦は唖然する。
そこでシャルルが口を挟んだ。
「ヴェロニカさんなら泊めて下さると思います。私も部屋を貸してもらっていますし」
「ヴェロニカさん……?」
「ヴェロニカ・ローレライ。私がお世話になっている師匠ですっ!」
シャルルは生き生きと説明した。
シャルルの師匠とは、一体どんな人なんだろう。純粋に気になる。
「……本当かしら?」
「はい。問題ないです」
秋は安堵の笑みを浮かべる。
野宿にならなくて、本当に良かった。
「それでは、ヴェロニカさんの屋敷に向かいましょう。ここからすぐ近くです」
先導するシャルルの後を、春斗たちは歩いて行く。
「なぁ、ヴェロニカさんってどんな人なの?」
前を歩くシャルルに、春斗は気になっていた質問をする。
「……そうですね。とにかく強くて、かっこいい人です!」
「ふーん」
「ランキング22位なので、冒険者で彼女を知らない人はいないでしょう」
「そ、そんなに強いのか……」
「はい。私と模擬決闘をした時には、剣を構えた私に対して、素手で戦われていたくらいです」
「マジでヤバい人なんだな……」
ヴェロニカ・ローレライ。どんな人なんだろうか。
なんだか会うのが怖くなってきたような気がする。
数分ほど歩いたところで、ヴェロニカの屋敷にたどり着いた。
ランキング22位の有名人の屋敷ということもあって、かなり大きな屋敷である。
「おっきいねぇ~」
感心したように屋敷を見上げる夏乃。
大きな門を潜り抜け、きちんと手入れせえれている庭を進んでいく。
色とりどりの花が咲いていて、綺麗だ。ヴェロニカはガーデニングの趣味でもあるのだろうか。
「こんだけデカいお屋敷なら、メイドさんとかいるんじゃね」
春斗はそんなことを言い出した。
こんなに大きな屋敷を、一人で管理するのは難しい。と、考えたからだ。
すると、シャルルがその言葉に答えてくれる。
「えぇ、メイドならいますよ。屋敷と呼ばれるような大きな家には、基本的に専属のメイドがついています」
「おお!! 生メイドさん見れるチャンスっ! 楽しみだなぁー」
玄関の前まで着いた春斗たちは、シャルルが屋敷の中に入って、ヴェロニカに事情を説明してくれる間。とりあえずその場で待機していることになった。
取り残された春斗たちは、落ち着かない様子でシャルルの帰りを待つ。
「お客様。どうぞ中でお待ちください」
玄関の大きな扉が開き、中からメイド服を着た女性が声をかけてくる。
これが噂の生メイドさんだろうか。
「いいんですか……」
「構いませんよ」
メイドさんは淡々と答えた。
こちらへどうぞ。と、手で促してくる。
春斗たちは、その言葉通りに屋敷の中へと入った。
屋敷に入り、まず一番に目に飛び込んできたのは、天井につらされた大きなシャンデリア。
吹き抜けの高い天井に、これでもか。というくらい大きなシャンデリアがつるされている。
そのシャンデリアの下に、いくつかの椅子と机が置かれているようだ。
「ここでお待ちください」
メイドさんの指示に従い、高級そうな椅子に腰かける。
なんだか緊張して、うまく言葉が出てこない。
お辞儀をし、屋敷のどこかへ姿を消してしまったメイドさんの背中を、ただじっと見ていた。
それから、しばらく会話のないまま時間が経過した。
「お待たせしました」
シャルルが一人の女性を連れて、戻ってきた。
その女性は、まるで宝石ように美しく、ツヤのある銀色の髪の毛を腰の辺りまで伸ばしている。
「やぁ君たちが、シャルルを助けてくれた命の恩人だね」
銀髪の女性は、春斗たちに鋭い双眼を向けてくる。
「い、命の恩人だなんて……大袈裟ですよ」
「いや。シャルルは私の娘みたいなものだ。シャルルの恩人は私の恩人でもある」
シャルルを娘のようだ。と言っているが。
見た感じ、シャルルとあまり年齢の差があるようには見えない。
「私がヴェロニカ・ローレライ。この屋敷の主人だ」
ヴェロニカは、ニコッと微笑み、春斗へ手を差し出してきた。
春斗は慌てて両手を出して、ヴェロニカと握手を交わす。
「よろしくお願いしますっ!」
「あぁよろしく」
ランキング22位と聞いていたから、どんな怖い人かとドキドキしていたが、感じの良い、美人なお姉さんで安心した。
その様子を隣のシャルルも、安心したように眺める。
「今夜はゆっくりしていくといい」
ヴェロニカはそう言って、その場から去っていった。