2 おはよう異世界、こんにちはチート
目の前には果てしないほどの大自然が広がっていた。
いつもならきちんと整備された道路があるはずの場所に、見たことのないくらい太い大樹が、辺り一面を取り囲むように生えている。
さっきまであったはずのトンネルも、もうどこにも見当たらない。
春斗は心の中で考える、可笑しなトンネル、その先にあった知らない森、見たことのない大樹―――――
十中八九、もうここは自分たちの知っている世界ではないのだろう、と。
しかし、誰も言葉を発しようとはしない。
目の前の状況を理解するための脳内処理が追い付かないのだろう。
春斗はとてもワクワクしていた。
アニメやラノベの中の架空の話だと思っていたことが、実際に今起きている。
本当にこんなことが起きてしまうなんて、とてもじゃないが信じられない。
「おはよう異世界っーーー!!」
春斗は弾んだ声でそう叫んだ。
その言葉で冷静さを取り戻した冬彦が、呆れた顔になり呟く。
「こりゃあ……マジで洒落にならねぇな……」
「えぇ、そうね」
「……信じらんない」
夏乃と秋もそれに続いて言葉を放った。
すると、急に森の奥がざわめき始めた。
鳥たちが悲鳴を上げるようにして、次々に飛び立っていく。何が起こっているのだろう。
春斗たちの間にも緊張が走る。
森の奥から、何かが驚異的な速さでこちらに近づいてくるような感覚を覚えた。
―――――ガルルルルルルルルッ。
その唸り声が耳に届いたときには、もう遅かった。
春斗たちは一瞬にして、オオカミのような鋭い牙を持った獣に囲まれる。これは完全に逃げられない。
ざっと数えただけでも十匹以上はいるものだと思う。
しかし、何匹いようが関係ない。春斗は口角を吊り上げ、無邪気な表情で笑って見せる。
「……よし、仕方ない初戦闘といこうかっ!」
春斗はノリノリでそんなことを言って、目の前の獣に思い切って蹴りをいれた。
獣は弾けるように吹き飛んで、大樹をいくつか薙ぎ倒したあと地面に落下する。
「やっぱこうじゃなくっちゃなっ!」
春斗は自分の力や運動能力が、別人のように桁外れになっていることを確かに実感した。
異世界に来た者というのは、はやりこうでなくてはならない。
チートは絶対条件なのだ。
勢いのまま、春斗は獣たちへと突っ込んでいく。
獣は大きく口を開け、その鋭い牙を春斗の体に突き立てようとしてくるが、遅すぎてまるで話にならない。
次々と獣たちの攻撃を回避し、カウンターを入れていく、春斗の拳を受けた獣の体は破裂し原形をとどめていない。
獣を一掃し、周囲に転がる無残な死骸を前にして、春斗は大きく深呼吸をする。
「これじゃあ準備運動にもならないぜっ!」
死ぬまでに一度は言ってみたいセリフをカッコよく言い放ち、春斗は大満足の笑みを浮かべる。
―――――ガルゥゥウ―――――ガルァアア。
突然、後ろから聞こえてきた声に、完全に油断していた春斗は慌てて振り返る。
獣がまだ残っていたらしく、こちらに飛びかかってきていた。
―――――やっべぇ……これは避けられねぇぞ!
「なに油断してんだよ……」
冬彦が春斗の横を駆け抜けながら、そう口にし、自分も軽い足取りで跳躍しながら飛びかかってくる獣に猛烈なパンチを繰り出した。
獣はそのパンチを正面から受けたせいで、体が豆腐のようにグシャッと潰れる。
「……助かった、マジサンキュー」
「調子に乗るからだぞ」
「つーか、お前もチート能力目覚めてんかよ……」
「……あぁ、なんだか気味が悪いな」
春斗はチート能力が自分だけではないことを知り、機嫌を損ねる。
―――――ドッゴーーーン。
その時森の奥から、隕石でも落ちたかのような爆音が鳴り響く。
音のした方を見ると空高く砂埃が舞っていた。
「今度は何が起きたのかしら……」
秋がため息を吐く。
夏乃は恐怖を顔に浮かべ、秋の腕にがっちりと捕まって体を震わせているようだ。
「これは……行ってみるしかないよなぁー!!」
「あぁ、そうだな!」
春斗と冬彦は自分の力に完全に酔ってしまったらしく、風のような速さで音のした方へと向かった。