助けて、助けて。
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ああ、寝てしまっていた。
こんなところで寝るなんて死亡フラグじゃないか。
泣きたい気持ちを抑えながら重たい瞼をゆっくりと開く。
夢うつつだった感覚も少しずつ覚醒とともに目が醒めた。
さ寒い、これはいけない。
薄着で、しかも濡れているのに外で寝てしまったからだ。
いつもより気だるいからだをゆっくりと起こそうとして動かない。
ふと、背後から人の気配がして振り返ろうとした瞬間。
「風邪を、ひきますよ」
そういって後ろから肩に何かのせられた。
少し高そうな白いブランケットだった。
上げかけた視線をもう一度背後の人にあわせる。
そして私は悲鳴をあげそうになった。
「ひっ――――ッ!?」
息を飲み込んで悲鳴を押し殺す。
気づかれてはいけない、なぜ彼がここにいるのだ。
エンディミオン子爵。
あってはいけないブラックリストの一人。
私も前世で彼にどれだけ苦しめられたことか。
彼を攻略しようとした数多くの乙女ゲーマーが、
一体何人、匙をなげたことか。
と、とりあえずそんなことは今はどうでもいいです。
一刻も早くここから立ち去らなければ。
彼はネクロフィリア(死体性愛)を患っています。
その文字通り、死体が好きなのです。
前にも言った通り、このゲームダークネソフィアは
”残虐かつ非道な拷問を繊細に描写し、薬や監禁など
そんなヤンデレ要素が強すぎたために”
といいましたね?
そうそれの原因のひとつ、このゲームの攻略対象は異常性癖持ちが多いのです。
だからその人のルートになるとその色がこくなり、R18Gな展開になるのです。
その中でも彼はいろんな意味で質が悪いのですよ。
彼の母上はすでに無くなっています。
その母親の死に顔に恋をしてしまった彼は、主人公を自分だけの花嫁にしようとします。
彼のルートに入ると甘い言葉を囁きながらこっそりと飲み物に薬を混ぜたり、
寝ているときに殺してこようとしたり、必ず死が隣り合わせになっています。
そんな彼、が、なぜ目の前にいるのでしょうか。
まだ死ぬわけにはいきません!!
私は立ち上がって逃げようとします。
が、体が動きませんでした。
まだ寒さで感覚が鈍っている?そう思い、けれどもその考えは捨てます。
全く動けないのはおかしい。
寝ている間に薬でも盛られたのでしょうか。
気だるいから動かないと思っていましたが、合点がいきます。
もともと動けなかったのですから。
私はにらみつけることしかできません。
「ああ、素敵だ、その瞳、そのまなざし、母様と同じ」
彼は私を見てなどいなかった。
私を通して失くした母を見ている。
ああ、そういえば主人公の姉の容姿は彼の母さんに似ているのでした。
親戚ではありません。
キャラデザ(※)のせいです。
どうして、どうして。
私は世界に隙を見せてしまったのでしょう。
眠くなんてなかった。
なかったはずなのに、いつの間に私は。
彼の暗い瞳が私を映します。
歪んだ愛の言葉を吐きながら彼は片手に小瓶を取り出した。
それは、シナリオ中主人公に使う、そう、防腐剤のようなものです。
「い、いやだ!!」
私は叫んだ、こんなところでまた死にたくない。
彼は恍惚の瞳でこちらをみる。
「ふむ、どうして、あなたはこれを知っているようですが」
それは、前世で見たからです、なんていえない。
いや、しゃべってしまってこの場合時間を稼ぐべきなのか。
誰かここに来るのを、・・・なんてそんなのは奇跡に近い。
もうだめだ、迫りくる手に強く目と口を閉じたとき。
鈴の音と共に、誰かの声がしました。
――強制力、が、働いているんだ。
頭の中に冷水を浴びせられたように静かに、誰かの声が広る。
あの死の溢れる世界で出会った彼の声です。
再び、鈴の音が鳴り響く。
その音が鳴るたびに、私の意識は闇に堕ちていきました。
――ごめんね、こうしないと助けられない。
微睡みの海のなか、私の体は揺れていた。
誰かに抱きかかえられている、そんな感覚があって、
先程まで失われていた感覚が蘇っていく。
代りに大きな睡魔が襲ってきました。
誰かが頭を撫でた、――そんな気が。
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(※)キャラデザ=キャラクターデザイン