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ためし書き  作者: 飛鳥
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プロローグ2

 この世界には少し、現実味がない存在が生きている。それはおとぎ話に出てくるような、いわゆる"化け物"だ。


 彼らは、二十一世紀の日本でも、十五世紀の串刺し公がいたワラキアでも、姿形をあまり変えずに、存在している。


 そしてこれは、現代の日本にいる、数少ない生き残りの吸血鬼のお話。


 人間になりたいと願う、吸血鬼の青年の物語。



 ―――――――窓から差し込む光は、きっと全ての生き物に平等に降り注がれるのだろう。きっと、あの天井にある小さな窓の外には、溢れんばかりの輝きが満ちているのだろう。でも僕は、この薄暗い部屋から出られない。蜘蛛の巣のはった、笑えてくるほど古く汚い部屋で、きっと僕の一生は終わるのだろう。


 だって僕は―――――――









 電池式目覚まし時計の音で目を覚ます。重い瞼の裏には、さっきまでの"悪夢"が張り付いていた。


「おはよ……」


 誰に言うでもなく、この"日陰野 景春"は呟いた。ガランとした六畳一間の部屋の中には、磨き上げたフローリングの床と、その上に冷蔵庫と洗濯機と一人用のベットが置いてある。当然同居人はいない。


 ベットの上でしばらくボーッとしていると、スイッチを切り忘れた目覚まし時計のアラームが、再び鳴り響いた。


「はいはい、起きますよっと」


 アラームとスイッチを切り、ベットから立ち上がる。"栄養不足"でふらふらするので、冷蔵庫へと向かった。途中、壁に張り付けた鏡の中から、顔色の悪い真っ白な髪の自分と、自分の顔特有のものが映った。


 "牙"である。人間でいう犬歯あたりだろうか、とにかく尖った小さな牙が、上下合わせて四本ずつ生えている。普段の生活では気を使えば隠せるのだが、こうも栄養が無いときは隠す気も失せるというものである。


「飯はまだあったよな」


 牙を見て、ため息を付いてから冷蔵庫へと向かう。十八歳で一人暮らしの人間が何を朝食べるかなんて知らない。なぜなら俺は、


「吸血鬼……なんだよなぁ……」


 冷蔵庫を前にして再びため息を付いてしまう。そして、冷蔵庫を開けてからも、ため息が出てしまう。


 そこには、食べ物の類はなく、代わりに赤い液体の入った一リットルのペットボトルが、数本立っていた。どれも鉄の匂いがプンプンしてくる、いわゆる血液である。それを一本手に取り、三分の一ほど飲み干すと、体に僅かだが力が漲ってくるのを感じる。と同時に、飲んでしまった事への罪悪感を感じ、ペットボトルを戻しながら項垂れた。


「いつか、こんなの飲まなくても生きていけるようになりますように」


 そう言って、冷蔵庫に掛けてあるマグネット式のカレンダーに目を通す。今日は七月三日。その日の欄には、『老人施設のボランティア』と書かれていた。ついでに見るならば、前の日は公園のゴミ拾いボランティア、その前は特別養護学校でのボランティア等々……今までの輝かしい善行の歴史が書かれている。


 そう、俺は吸血鬼だ。だが、こうして世のため人の為に頑張り続ければ、いつかきっと人間になることが出来る……なんて、夢物語は考えなくもないが、実際頑張っている理由は似たようなものである。


 すなわち、来世は人間になるため、日々ボランティアに従事しているのだ。


「今日も頑張るかな」


 そういって、シャワールームへと入って行ったのだった。




 ――――― 生ぬるいシャワーを浴びて、黒いワイシャツと赤いデニムに肌を通したら、次は荷物の支度をする。再び冷蔵庫を開け、血を水筒に移し、万が一のための輸血パックをリュックに忍ばせる。これだけの血を持っているのは、全て母さんのおかげだ。


 ふと、冷蔵庫の上に立てかけてある母の写真に目をやる。世界的な名医だった母は、どういう経緯があったかは知らないが、吸血鬼である父と出会って、俺を授かった。そして、なんとか俺に生活費と血液を送り続けるために、今も世界のどこかで、人の命を救っている。故に、あまり会ったことがないので、この写真は大切なのだ。


「さて、いくかな」


 鉄臭いリュックを背負い、母さんの写真に向けて手を振ると、アパートの部屋から出て行った。

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