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レジェンド  作者: 神無月 紅
三年目の春
989/3865

0989話

 目の前のコボルトが持っている長剣と、赤いサイクロプスが持っていた鎚。

 武器の形としても全く違う。

 長剣は敵を斬る武器であり、鎚は敵を叩き潰す武器。

 それでも何故かは分からないが、レイはコボルトが持っている長剣を見て、赤いサイクロプスが持っていた鎚を連想してしまったのだ。


「ワオオオオオン!」


 長剣を持っているコボルトが高く吠えると、他のコボルト達は一斉にレイ達と向かい合う。

 その数は二十匹程だが、それはあくまでも見える場所にいるコボルト達だけであり、周囲の茂みからも何かが移動する音は聞こえている以上、見えない場所にもまだコボルトがいるのは間違いなかった。

 元々コボルトは群れを作るモンスターだけに、この群れの数は多くはあるが、それでも極端に多いという程でもない。


「何よ、コボルトが私達とやり合うつもり? ちょっと数が多いからって、少し無謀じゃないの?」


 長剣を手に口を開くミレイヌだったが、その言葉は決して大袈裟なものではない。

 ここにいるのは、先程逃げてきた二人を除いてほぼ全てがランクC冒険者程度の力を持っている者達だ。

 更に、レイやヴィヘラといったより高い戦闘力を持っている者もいるし、何よりグリフォンのセトが……と考えたところで、ミレイヌはふと違和感を抱く。


(普通ならセトちゃんがいるのにモンスターが襲ってくるなんてことは滅多にない筈よね。ゴブリンみたいな、相手の強さを見抜けないようなのならともかく、コボルトは戦闘力はゴブリンより若干上程度だけど、知能はゴブリンと比べると大分高いし。……冒険者を追っていたとしても、何でセトちゃんがいるここに突っ込んで来るの?)


 そんなミレイヌと同じ疑問を持った者は他にも数人いたのだが、今はそれどころではないというのが正しかった。

 理由は不明だが、現在実際にこうしてコボルトの集団と向かい合っているのだから。


「ワオオオオオォン!」


 長剣を持っているリーダー格だろうコボルトが吠えると、他のコボルトは一斉にレイ達へと向かって攻撃を仕掛ける。

 手に持つ槍や長剣を手に襲い掛かってくるその姿は、コボルトだけあってゴブリンに比べると素早く、攻撃も鋭い。


「だからって、コボルト風情が調子に乗るな!」

 

 自分の胸目掛けて突き出された槍を、半身を引いて回避したレイは茨の槍を突き出す。

 槍を突き出すという行為そのものはコボルトと同じだったが、その鋭さは同じ武器で同じ行動をしているとは思えない程に違う。

 コボルトが突き出した槍を回避し、その槍を手元に戻そうとした時には既にレイの持つ茨の槍はコボルトの頭部を砕いていた。

 ……そう、突き刺さったのではなく、砕いたのだ。

 周辺に撒き散らされる、コボルトの頭部。

 レイによって一撃で命を奪われたコボルトの背後にいた別のコボルト達は、仲間の血や肉、骨、脳髄といった代物をまともに顔で受け止める。

 それによって視界を奪われ、同時に血の臭いによって嗅覚も奪われる。

 戸惑ったように動きを止めたコボルト達を迎えたのは、レイの放つ突き。

 マジックアイテムとしての茨の槍の特徴は、突き刺さった相手を槍から生み出した茨で絡め取って動きを封じつつ茨の棘によって痛みを与えるといったものだったが、当然普通に槍として使ってもその威力は高い。

 レイが最初に倒したコボルトの背後にいた三匹のコボルトは、レイの放つ槍の一撃であっさりと頭部を粉砕されて地面へと崩れ落ちていく。


「ま、コボルトじゃな」


 呟くレイは今のやり取りを見て自分から離れていくコボルトを見送ると、改めて周囲の様子を確認する。

 それ程広くはない場所だったが、いたるところでコボルトとの戦いが繰り広げられていた。

 だがここにいるのは全員がそれなりに実力のある者達だけであり、どこの戦闘もコボルト達が一方的に押されている展開となっている。

 また、サイクロプスの素材が纏めてある場所に陣取っている弓を武器とする者達や、魔法を武器とするスルニンも追われてきた二人の冒険者を守りながら矢や魔法を放ってはコボルトを牽制していた。


「これならこっちの勝ち……って、おい!」


 自分達の勝利は間違いないだろう。そう思っていたレイの視線の先で、決して見逃せない事態が目に入ってきた。

 コボルトのうちの何匹かが、血抜きをする為に枝からぶら下げられているサイクロプスへと向かって牙を突き立てようとしている光景が。

 勿論コボルト達はサイクロプスに攻撃をしようとしている訳ではない。

 そもそも、既に死んでいるのだから攻撃も何もないだろう。

 つまり今コボルト達がしようとしているのは、丁度襲った場所にサイクロプスの死体があったから、その肉を食おうとしているのだろう。


「図々しいんだ、よ!」


 サイクロプスがぶら下げられている場所までは何人かがコボルトと戦っており、障害物となっている。

 このままではサイクロプスに被害が出ると判断したレイは、地面を蹴って跳躍し、スレイプニルの靴を発動。

 一歩、二歩、三歩とコボルトと戦っている者達の上を跳びはねるようにして移動していく。

 そうしてサイクロプスの死体へ牙を突き立てようとしていたコボルトの真上から、茨の槍を構えたレイが落下していく。

 皮膚を破り、肉を裂き、骨を破壊する感触が手に伝わり、着地したレイはそのまま茨の槍を横薙ぎに振るう。

 頭部から胴体を通して丁度腰の辺りから背中側まで貫通していたにも関わらず、レイが茨の槍を振るうのには何の支障もなかった。

 横薙ぎに振るわれたことで、茨の槍に突き刺さっていたコボルトの死体が穂先と柄から抜けて吹き飛んでいく。

 サイクロプスに噛みつこうとしていたコボルト達は、そんな仲間の死体によって吹き飛ばされ、身動きが取れなくなる。


「つまみ食いはしちゃ駄目だって教わらなかった……のか!」


 仲間の死体に押し潰されるように地面へと転んでいたコボルト達へと槍を突き出すレイ。

 胴体を狙ったのであれば、吹き飛ばされた死体を肉の盾に出来たかもしれない。

 だが、レイが狙ったのは頭部。

 一瞬の間に放たれた突きは、穂先から柄の部分まで全てが深緑であることもあって、その光景を見ていた者達に緑の閃光を見せる。

 頭部を破壊されたコボルト達は当然即死であり、自分の上に仲間の死体を乗せたまま息絶えていた。

 そんなコボルトの死体を一瞥したレイは、改めて戦場へと目を向ける。


「グルルルルルゥッ」


 雄叫びと共に、茂みの中から吹き飛ばされてくるコボルト。

 ……正確には首から上がなくなっているコボルトの死体、と表現するべきか。

 誰がこれをやったのかというのは、今の鳴き声を聞けば考えるまでもない。


「さて、じゃあそろそろ……」

「わあああぁあぁあっ!」


 戦いも終わりか。

 そう続けようとしたレイの言葉を、悲鳴が遮る。

 その悲鳴が、コボルトの悲鳴であれば特におかしなことはなかったのだが、今回の悲鳴は人間の……元遊撃隊の男が上げた悲鳴だった。

 咄嗟に悲鳴のしてきた方へと視線を向けたレイは、その光景に目を疑う。

 コボルトの振るう刃から炎が噴き出していたのだ。

 そして身体中を炎に包まれた男が地面を転がっている。


「はぁっ!」


 咄嗟にその男の方へと駆け寄ろうとしたレイだったが、それより前にヴィヘラが動く。

 炎に身体を包まれて暴れ回っている男に近寄ると、男を蹴り飛ばす。

 勿論追撃を……という訳ではなく、このまま炎に包まれたままでは他の者達も危険だというのもあっての一撃。

 そして、蹴り飛ばした先にあるのは川。

 ヴィヘラの素早い判断により、男はそのまま川の水で身体を覆っていた炎を消す。


「コボルトが魔剣を持ってるだって? しかも使いこなしてる? 嘘だろ!?」


 叫んだのは、元遊撃隊の一人。

 仲間が炎に包まれた今の光景を見ていたらしい。


「そっ、そいつだ! そいつがコボルトのリーダーだ! そいつのせいで俺達は逃げるしか出来なかったんだ!」


 最初にコボルトに追われてここにやって来た冒険者のうちの片方が叫ぶ。

 男の表情に浮かんでいるのは、恐怖。それと理不尽に対する憤りだ。

 この二人の冒険者にとって、コボルトの討伐依頼というのは実力的にそう難しい話ではなかった。

 だが、二人と戦闘になったコボルトの群れの中には魔剣を手にした個体がいた。

 そもそも魔剣を手に入れるというのは人間ですら難しい。

 それを何故コボルトが持っているのかと考え、寧ろ魔剣を奪う好機だと判断した。

 発見した当初は、コボルトが魔剣を持っていても特に脅威には感じなかった為だ。

 何故なら、魔剣に限らずマジックアイテムを使うには魔力を必要する。

 だが上位種のコボルトメイジのような存在ではない、普通のコボルトには魔力を使いこなせるだけの能力がない。

 ……ない、筈だった。

 しかし実際には何故かそのコボルトは魔剣を使いこなし、二人はその魔剣の威力に勝てないと判断して逃げ出し……コボルト達はそんな二人の冒険者を追ってきて、こうしてレイ達と遭遇することになった。


「コボルトが魔剣を、ね。……少し面白そうだし、このコボルトは私が貰ってもいいかしら?」


 魔剣を持っているコボルトがいるのなら最初から言えよ、と考えているレイをよそに声を上げたのは、楽しそうな笑みを浮かべたヴィヘラ。

 サイクロプスとの戦いはそれなりに面白かったが、大雑把な戦い方しか出来ない相手に多少失望もした。

 だが、魔剣を手にした目の前のコボルトであれば、多少は歯応えがあるのではないかと。

 そんな思いを抱くヴィヘラを止められる者はいない。

 いるとすればレイだけだったが、そのレイも特に止める必要性は感じていなかった。


(ランクCのサイクロプスとランクEのコボルト……どう考えても、サイクロプスより戦い甲斐があるとは思えないけどな)


 コボルトと向かい合っているヴィヘラに視線を向けてそんな風に思うが、それを言ってもヴィヘラが実際に戦ってみないと納得しないだろうという思いもあって黙っている。

 そして黙りながらも茨の槍を振るい、次から次にコボルトを仕留めていく。


「ワオオオオオオンッ!」


 魔剣を持ったコボルトが、大きく鳴き声を上げながらその魔剣を振るった。

 魔剣の刀身から放たれる炎。

 直径三十cm程の炎の球は、真っ直ぐにヴィヘラへと向かう。

 だが先程のように不意を突いての攻撃であればまだしも、一度見せてしまった攻撃では効果がある筈もない。

 前に進みながら炎の球を回避したヴィヘラは、次の瞬間には魔剣を持ったコボルトを自分の攻撃範囲へと収めていた。

 浸魔掌……ではなく、純粋に振るわれた拳は、素早い一撃をコボルトの顔面へと叩き込む。

 速度を重視したその攻撃は、レイの目からボクシングでいうジャブのように見えた。

 そんな素早い一撃を左右の腕で連続して放つ。


「ギャンッ! ワッ、ワオオン!」


 最初に一撃は受けたコボルトが、何とか反撃しようと魔剣を振るう。 

 だが、放たれた火球はあらぬ方へと飛び、周囲の木々や川、下手をすれば仲間のコボルトへと被害を与える。

 勿論レイ達に向かってくることもあったが、ここにいるのは殆どが手練れと言ってもいい者達だ。

 一度見た火球に当たる程に鈍くはない。……火球の速度が決して速くないというのも影響していたのだが。


「ギャンッ、ギャンッ、ギャン!」


 何とか反撃しようとするコボルトだったが、魔剣を振るう速度とヴィヘラの拳では圧倒的に拳の速度が上だ。

 そのまま拳を振るい続け、コボルトの抵抗が止んだところで蹴りを放つ。


「ギャンッッッ!」


 これまでで一番大きな悲鳴を上げながら吹き飛び、近くに生えていた木の幹へとコボルトの身体が叩きつけられる。

 コボルトを率いていた魔剣を持った個体もこれで終わりだ……というのが、レイ以外の感想だろう。

 事実、昨日のサイクロプスとは違い、既に襲ってきたコボルトは殆ど全てが息絶えているのだから。

 だが、その中でレイだけはヴィヘラによって吹き飛ばされたコボルトから視線を外していない。

 その理由としては、やはりコボルトが持っていた魔剣だろう。

 サイズこそは昨日の赤いサイクロプスが持っていたものと違い普通の人間でも使えるサイズだが、コボルトのような存在が魔剣を持っているという時点でおかしいのだ。

 コボルトが魔剣を入手する確率が皆無という訳ではない。

 偶然魔剣を持っている冒険者が油断しているところを襲って殺すことに成功して奪い取ったり、そもそも魔剣を持っている冒険者の死体を見つけたという可能性もある。

 だが、その魔剣をコボルトが使いこなせるかと言われれば、それに頷けるものは多くないだろう。

 しかも、そのコボルトが上位種や希少種の類ではなく、通常のコボルトであれば尚更だ。

 そして……レイの懸念は的中する。


「ワオッ、ワオオン、ギャンッ! キャウウウゥンンッ!」


 木の幹に叩きつけられたコボルトが、立ち上がり掛けて唐突に悲鳴を上げる。

 そこにあるのは、最初に姿を現した時の自信に満ちたコボルトではない。

 そんな悲鳴を上げながら、コボルトは何とか魔剣を手から離そうとする。

 だが、何度手を振っても魔剣は手から離れない。

 何故なら、魔剣の柄からコボルトの手へと、腕へと、上半身へと、身体全体へ根のようなものが張り巡らされていた為だ。


「……やっぱりな」


 どこか見覚えのある光景にレイは呟き、茨の槍を手にしてヴィヘラの隣に立つ。

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