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レジェンド  作者: 神無月 紅
三年目の春
988/3865

0988話

「……予想はしていたけど、俺達の中で主戦力になるのはビューネだけか」


 溜息と共にレイの口から出された言葉に、サイクロプスの単眼をくり抜いていたビューネが胸を張る。


「ん!」


 もっともまだまだ子供のビューネの胸は、雄大な山脈の如きヴィヘラはおろか、ミレイヌやヨハンナといった者達よりもなだらかだったが。


「あら、一応私もそれなりには素材を剥ぎ取るのは出来るわよ?」

「サイクロプスの皮膚に思い切り肉が付いてるんだけどな」


 ヴィヘラが剥ぎ取ったサイクロプスの皮膚へと視線を向けながら告げるレイ。

 そこには、言葉通りにかなりの肉が皮膚に付着していた。

 このままギルドや店に持っていっても、処理が下手だとしてかなり買い叩かれることになるのは確実だろう。


(もっとも、このサイクロプスを仕留めたのはヴィヘラだ。俺が貰うのは魔石だけだし、ヴィヘラがこれからギルムで冒険者として活動していくのなら、ここで剥ぎ取りの練習をしておくというのはいいかもしれないけどな。……サイクロプスで練習というのも贅沢な話だけど)


 元々ヴィヘラが迷宮都市エグジルで行動していた時は、ビューネと行動を共にしていた。

 素材の剥ぎ取りに関してもビューネの方が上手かったので、ビューネが素材の剥ぎ取りを、ヴィヘラが周囲の見張りをと役割分担していた形だ。

 ……普通は盗賊が周囲の見張り等をするのだが。


「ま、まぁ、ミレイヌやヨハンナ達の方が終わればこっちを手伝ってくれるって言うんだし問題はないでしょう? 取りあえず出来るところをやっておけばいいのよ」

「……ん」


 ヴィヘラの言葉に、ビューネが視線を向ける。

 他の者には分からなかったが、ビューネと付き合いの長いヴィヘラはその視線に呆れの感情が含まれているのに気が付いていた。

 そんなビューネの視線に、ヴィヘラとしては少し珍しく若干焦りながらも再びナイフを手にしてサイクロプスの腕から皮膚を切り取るべく刃を走らせる。

 この場合、ヴィヘラの剥ぎ取りの腕が決して高くないというのもあるが、やはり剥ぎ取るのがサイクロプスだというのも影響しているのだろう。

 腕力自慢のサイクロプスは当然のように筋肉が発達しており、皮膚が剥ぎ取りにくくなっているのだ。

 その為、皮膚を切り取る時に筋肉を上手く切断することが出来ず、皮膚へと肉がついてくる。


「まぁ、俺も人のことは言えないんだけどな」


 レイが切り取った皮膚にも、ヴィヘラ程ではないにしろ多少の肉がついている。

 視線をもう一匹の……ミレイヌやヨハンナ達が解体している方のサイクロプスへと向けると、そこでは人数は力なりとでも表現すべき速度でサイクロプスの解体が行われていた。


「向こうは早いな」

「……こっちは主戦力がビューネ一人しかいないから、仕方ないわよ」

「一応剥ぎ取りの練習とかはしてるんだけどな、俺も」

「私もやった方がいいのかしら?」


 ビューネが手際よくサイクロプスの単眼を抜き出し、角を切断し、皮膚を剥いでいくという行為をしている間に、レイとヴィヘラがやったのは左右の両手一本ずつのみ。

 モンスターにもよるが、解体する時に一番大変なのはやはり皮膚や皮を剥ぐことだろう。

 上手くいかなければ、ヴィヘラのように肉がついてしまってそれを処理するのに二度手間、三度手間と掛かる。

 しかもそこで上手く肉を皮膚から切り離さなければ……


「あ」


 ヴィヘラがやってしまったように、皮膚の部分を破ってしまうことになる。


「ん!」


 それを見たビューネが叱るような声を出す。

 レイはヴィヘラ程に剥ぎ取りが下手な訳ではないが、それでも決して上手いという訳ではない。

 そんな風にサイクロプスの解体をしていると、人数の差、更にそれぞれの実力によるものでミレイヌやヨハンナ達の解体が終わる。


「レイ、こっちは終わったからそっちを手伝うわ」


 そんな風に告げるミレイヌに、ヨハンナ達も頷いてレイ達が剥ぎ取りを行っているサイクロプスへと集まってくる。


「悪いな」

「いいのよ。昨日は命を助けて貰ったんだし、これくらいはお安い御用よ。……それに剥ぎ取りが早く終われば、それだけセトちゃんと遊ぶ時間も増えるんだし」


 明らかに前者よりも後者の方が本音だというのは、普段のミレイヌやヨハンナの言動を考えれば疑うところもない。


「それよりこっちの解体は私達に任せて、レイは向こうの方をアイテムボックスに収納してくれる?」


 数秒前に見せた表情はすぐに消え、ミレイヌが視線を向けた場所にはこれ以上ないくらいにきちんと解体されたサイクロプスの素材がこれでもかと並んでいた。

 単眼はきちんと専用の容器に入れられ、角、骨、筋、肉、皮膚、内臓といった風に売れる部位は全て纏められ、使えない部分は穴を掘ってそこに放り込まれている。

 レイ達がサイクロプスの剥ぎ取りに手間取っている間にこれだけのことをやってのけたのだから、お互いの剥ぎ取りの速度が……そして、剥ぎ取りの際の丁寧さが如実に現れていた。


「これは凄いな。さすがランクCパーティ」


 感心したように呟く、ランクB冒険者のレイ。

 穴の中にあるのを焼却処分にするのは他のサイクロプスの処理が終わった後でもいいだろうと判断し、素材へと触れてミスティリングの中へと収納していく。

 身長四m程の大きさのサイクロプスの素材なだけに、肉や骨といった部位が特に多い。

 それでもミスティリングへと収納するのは触れるだけでいい為、数分と掛からずに全てをミスティリングへと収納し終える。


「終わったぞ。……って、随分早いな」


 レイがサイクロプスから目を離したのはほんの数分だった筈が、気が付けば先程までレイやヴィヘラが手こずっていたサイクロプスの剥ぎ取りはこの短時間で大幅に進んでいた。


「そりゃそうですよ。最初のサイクロプスは初めての剥ぎ取りだったから少しもたつきましたけど、続けて二匹目ですし。それに、レイさんやヴィヘラ様、ビューネがある程度進めていてくれたので」


 元遊撃隊の男が、足の腱をナイフで取り出しながらそう告げてくる。

 血抜きをしないまま剥ぎ取りを始めたので、その頬には血が付いており、傍から見るとかなり不気味な光景だろう。


(剥ぎ取りはミレイヌ達に任せて、俺は血抜きに専念した方が結果的には早く終わるか?)


 地面には肉の破片が幾つも落ちており、血の強烈な鉄錆臭も漂っている。

 レイは日本にいる時に鶏やウサギ、中には猟師が獲った鹿、熊といった解体を小さい時から見てきたので元々耐性があるし、ゼパイルによりその辺の感覚をエルジィン準拠にして貰っているので、特に何とも思わない。

 だが、もしここに何も知らない日本人がいれば、この光景を見て悲鳴を上げるのは間違いないだろう。

 傍から見ればそれ程の光景ではあったが、冒険者にとってはモンスターの剥ぎ取りというのは日常の出来事だ。

 まだ子供のビューネですらこの光景を見て特に何か恐怖を感じた様子もなく……いや、寧ろ素材として貴重な分高額で売れるという期待を込めて嬉々として――傍目には分かりにくいが――サイクロプスの身体にナイフを突き入れている。

 ヴィヘラは既に戦力外通告を受けたらしく、ミレイヌやヨハンナが切り分けた肉や骨といったものを運び、一ヶ所へと纏めていた。

 元ではあっても、ベスティア帝国の皇女にこんな真似をさせてもいいのかと疑問に思う者もいたが、ヴィヘラ本人は特に気にした様子もないまま働いている。

 エグジルではビューネが解体したモンスターの素材を運ぶのも珍しくはなかった為に慣れているのだが、元遊撃隊の面々がそれを知っている筈もない。


「取りあえず俺は次のサイクロプスを出して血抜きをするから、何人かこっちに手伝いに来てくれ」

「あ、じゃあ私が手伝うわ」


 サイクロプスの内臓を取り出していたエクリルがそう言い、他の何人かもレイの方へと向かってくる。

 このまま血抜きをしないで剥ぎ取りをすると、今よりも更に身体が血に濡れてしまうと判断した為だ。

 今回は素材の剥ぎ取りということだったが、それでもギルムの外に出る以上は何らかの防具を身につけている者は多い。

 そんな防具に血が付いてしまえば、洗うのに時間が掛かる。

 そうである以上、出来ればそんな手間は増やしたくないと思うのは当然だった。


「分かった、じゃあ……えっと、そうだな。あそこの木を使うか」


 血抜きというのは幾つか方法があるが、最も簡単なのはやはり死体を逆さまにして自然に血を流すことだろう。

 だが、今回素材を剥いでいるのは身長四m近いサイクロプスであり、その辺の鳥を締めて血抜きをするといったように簡単には出来ない。

 サイクロプスよりも高い位置にある木に吊るすのだから、枝の太さも重要になる。


(出来れば殺した直後に頸動脈とかを斬り裂けば一番血抜きがしやすいんだけどな。それとも川が近くにあるんだし、川に沈めて流水でって方法もありか。……まぁ、サイクロプスは普通の動物と違ってモンスターなんだから、俺の俄知識が必ずしも役立つとは限らないけど)


 そんな風に考えながら、レイはスレイプニルの靴を発動させ、空中を蹴って木の枝へと向かう。

 スレイプニルの靴を初めて見た者達が驚きの声を上げているが、レイは特に気にした様子もなく五m程の高さの枝までやってくると、サイクロプスの重量をしっかりと受け止められるだろうと判断してミスティリングからロープを取り出す。

 それを枝へと引っ掛け、一旦地上へと降りる。


「手伝ってくれ」


 ミスティリングからサイクロプスの死体を一匹取り出し、エクリル達へと声を掛けると、ロープをサイクロプスの足へと何重にも回し、外れないよう頑丈に結ぶ。

 その作業も数分で終わり、枝に掛けたロープを全員で引っ張ってサイクロプスを逆さにぶら下げる。

 最後にナイフでサイクロプスの頸動脈を切り裂けば、次の瞬間にはそこから激しく血が噴き出した。


(やっぱりな。死んでから結構経って心臓も止まってる筈なのに、こうやって血が勢いよく噴き出してくるってのは、野生の動物では有り得ない。今更だけど、モンスターってのは随分と特殊な身体をしているらしい)


 モンスターと野生動物の違いに疑問を覚えながらも、レイは次のサイクロプスの血抜きをしようと太さと高さのある枝を探して周囲に視線を巡らせ……


「グルルルルルゥッ!」


 唐突に周囲にセトの声が響く。

 いつものように甘えている鳴き声ではないというのは、この場にいる全員が理解しただろう。

 そもそも現在のセトは遊んでいるのではなく、周囲を警戒しているのだから。


「周辺を警戒しろ!」


 レイの声が響き、即座に全員が警戒態勢へと移る。

 この辺、冒険者としての経験がものをいったのだろう。

 レイはミスティリングからいつものデスサイズを取り出そうとするも、周囲の様子を……ミレイヌやヨハンナといった面子がいるのを見て、茨の槍へと取り出す武器を変える。

 一人、もしくはセトと一緒での戦いであればデスサイズを使っていただろうが、周囲に味方が大勢いて、更にこの場所は決して広くはない。

 そうである以上、薙ぎ払うという攻撃が主となるデスサイズはここで使うには不都合が多かった。

 現状で相応しい武器はと考えれば、真っ先に出てくるのが槍。

 ……長剣や短剣ではなく、あくまでも長柄の武器を選んでしまうのは、レイの好みや相性といったものにも関係しているのだろう。


「誰よ、こんな時に。スルニン、こっちの素材を守って」


 ミレイヌが剥ぎ取りの邪魔になると少し離れた場所に置いてあった長剣を抜き、スルニンへと指示を出す。

 スルニンも離れた場所に置いてあった杖を手にし、小さく頷いてたったいま剥ぎ取りをしたサイクロプスの素材が集まっている場所へと向かう。

 魔法使いで元々近接戦闘が殆ど出来ないスルニンだけに、どこか一ヶ所に留まってそこから魔法を使うというのは非常に向いていた。

 また、エクリルや元遊撃隊の面子からも、弓を手にした数人がスルニンの側へとやってくる。

 そんな後衛の者達を守るようにミレイヌやヨハンナがそれぞれ前に立ち、当然その中にはレイやヴィヘラの姿も混ざっていた。

 そのまま数秒、やがて茂みを無理矢理掻き分ける音が聞こえてきて、その場にいた者達はそれぞれ音のした方へと武器を向け……


「はぁ、はぁ、はぁ。くそっ! 何だってこんなことになってるんだよ! ただのコボルトの討伐依頼だろ、これ!」

「知るか! ほら、とっとと走れ! 後ろから追ってきてるぞ!」


 そんな声と共に、不意に茂みの中から二人の男が飛び出してきた。

 身につけているレザーアーマーには大小無数の傷がついており、手足や顔には深い傷こそないものの小さい斬り傷の類が何ヶ所かある。

 そんな男二人は、突然自分達の前に姿を現したレイ達を見て一瞬動きを止めるも……そこにいるのがモンスターではないと判断すると、助かったという思いを溢れさせて叫ぶ。


「た、助けてくれ! 俺達モンスターに襲われてるんだ!」

「コボルトだけど、ただのコボルトじゃない! ……来たっ!」

 

 茂みを飛び出しながら叫ぶと、慌ててレイ達の方へと近寄りながら叫ぶ男達。

 その言葉を証明するかのように、背後から数匹のコボルトが飛びだしてきたのだが……レイはその中の一匹が持つ武器に目を奪われる。

 明らかに他のコボルトが持っている武器とは違い、新品同様の長剣。

 それだけならば、旅人や冒険者から奪った武器だということで済んだのだろう。

 だが……その長剣を見た時、レイの脳裏を過ぎったのはサイクロプスが持っていたマジックアイテムの鎚だった。

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