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レジェンド  作者: 神無月 紅
三年目の春
985/3865

0985話

 レイとヴィヘラ、パミドール、アジモフ、そしてビューネの五人がやってきたのは、ギルムの片隅にある酒場だった。

 既に夕方になっており、冒険者を含めて街中で一仕事終えた者達がそれぞれ一日の疲れを癒やしている。

 そんな中、五人は酒場の奥の方にあるテーブルについていた。

 尚、本来であれば今回の話に全く関係のないビューネが何故一緒にいるのかと言えば、やはりビューネにとっての顔見知りがレイとヴィヘラしかいないからだろう。

 ビューネも見ず知らずの大人達と一緒にいるよりレイやヴィヘラと一緒にいる方がいいと希望して、四人についてきた。

 レイやヴィヘラは盗賊としてのビューネの腕を理解しており、もしかしたら今回の件で何か頼むことになるかもしれないという思いもある。

 その時に改めて事情を説明するよりは一緒に説明をした方がいいだろう、と。

 サイクロプスの討伐任務は元々レイ達が受けた仕事ではなく、援軍に関しても別に依頼を受けて行った訳ではないので、ギルドに行く必要がなかったという理由もある。

 ……もっとも、現在酒場の外で注文された料理が来るのを待っているセトへ、これ以上ない程に未練を感じた視線を向けていたミレイヌやヨハンナにとっては悲劇というべき出来事だったかもしれないが。


「本当にこのお嬢ちゃんがそんなに腕利きの盗賊なのか? クミトとそう年齢は変わらないだろ?」


 酒や食べ物を注文し、それが運ばれてくるまでの間はあまり込み入った話が出来ないとしてそれぞれが軽く雑談を行っていた。

 そんな中でビューネの説明をされたパミドールの口から出たのが、その一言だった。


「ん」


 だが、年齢で軽く見られるというのは既に慣れているだけに、ビューネは特に怒るでもなく一言だけ呟く。

 ……年齢や見た目で侮られるというのはレイもよく経験しているのだが、そのレイと比べても大人の対応だと言えるだろう。


「エグジル、という場所を知ってる?」

「あ、俺知ってるぞ。迷宮都市だな。結構いい素材とか出るから、錬金術のレベルも高い」


 ヴィヘラの言葉を聞いたアジモフが即座に答える。

 パミドールも腕利きの鍛冶師だけあって、迷宮都市に関しての知識はあった。


「この国に幾つかある迷宮都市の一つだな。それが?」

「この子は私と会うまではその迷宮都市にあるダンジョンをソロで攻略してたのよ。もっとも最終的には私とパーティを組んで攻略してたけど」

「……この子供が、か?」


 どこか胡散臭そうな視線を向けるパミドールだったが、ビューネの外見を考えればそれは不思議でも何でもない、寧ろ当然の行為だろう。 

 十歳程の子供がソロでダンジョンに挑んでいたというのだから。

 だが、パミドールの言葉にヴィヘラは特に躊躇う様子もなく頷く。


「ええ、勿論。腕は保証するわ」

「……腕を保証するってのはいいけどよ。あんたは誰なんだ? レイと一緒にいるところを見ると、色々と訳ありなんだろうが」

「おい、ちょっと待て。何で俺と一緒にいるだけで訳ありになるんだよ」


 心外だと言わんばかりのレイの言葉だったが、パミドールは何を当たり前のことを、と呆れた視線を向ける。


「お前と一緒にいるんだから、何か訳ありに決まってるだろ」

「言ったな? 完全に言い切ったな?」


 そう言い返すものの、実際にヴィヘラが訳ありの人物である以上、説得力は殆どない。

 それでも何かを言い返してやろうかと思っていたレイだったが、幾つものコップを手に持ち、手首や腕といった場所で料理が乗った何枚もの皿を運ぶというウェイトレスの神技とでも呼ぶべき姿を見て口を噤む。


「はい、お待たせ。エールが二つにワインが一つ、果実水が二つ。それとオーク肉の炒め物と、ジャルムの煮物、他適当に色々と」


 テーブルの上に置かれた料理に、レイの目が向けられる。

 特にジャルムの煮物という料理に興味深い視線を送っていた。

 ジャルムというのは、レイがこのエルジィンにやって来てから二番目に出会ったモンスターであり、ムササビのような姿をしている。

 そのジャルムの毛を抜き、内臓を取って食べやすいように下処理をしてから、たっぷりのお湯で下茹でし、その後ソースで野菜と一緒に煮込むという料理だ。

 下処理の時にジャルムの骨を抜いておくことにより、一匹そのまま食べることが出来る。


「ごゆっくり」


 早速ジャルムの煮物に手を伸ばしたレイに笑みを向け、ウェイトレスは去って行く。

 そのまま数分、下らない話を続けて自分の話に注意を向けている者がいないことを確認してから、ヴィヘラは口を開く。

 尚、ヴィヘラがいるのに周囲から注意を向けられていないのは、この酒場にいる者のほぼ全てがギルムの住人だったり、ギルムについて詳しく知っている者が多く、酒場の外にいるグリフォンからレイの存在に気が付いている為だろう。

 ……それ以外にも、盗賊の大親分にしか見えない凶悪な顔のパミドールがいるというのも関係しているのは間違いないだろうが。

 ヴィヘラに興味があっても、そんな二人がいるグループにちょっかいを出すような無謀な者はこの酒場の客には存在していなかった。

 もしいれば、それを止めていただろう。


「……さて、そろそろ本題に入ってもいい?」

「いや、その前に何でこの話にお前さんが絡んできてるのかを教えてくれよ。アジモフがレイに鎚の件を話したらすぐにお前がいる場所で話した方がいいってことになったんだけどよ」


 パミドールの視線の先では、話題に出されたアジモフが串焼きへと手を伸ばしていた。


「そう言えば自己紹介がまだだったわね。元ベスティア帝国第二皇女のヴィヘラよ。よろしくね」

「……」


 笑みを浮かべてあっさりと告げるヴィヘラに、パミドールは無言でレイへと視線を向ける。

 そのパミドールの視線に、レイは頷きを返す。


「世の中、随分とまぁ……」

「ま、そういうことだ。俺が何でこの件でヴィヘラを呼んだ方がいいかってのは理解しただろ? ……で、だ。アジモフ」

「んぐ……ぷはぁっ、エールと串焼きってのは何でこう合うんだろうな。ん? ああ、あの鎚がベスティア帝国の錬金術師が作ったってことか?」

「そうだ。……そもそもの話、何であの鎚がベスティア帝国の錬金術師が作ったって断言出来るんだ?」

「そりゃ簡単だ。錬金術ってのは個人によって多少の差異はあっても、それまで習ってきたことの影響が少なからず出る。そしてベスティア帝国の錬金術ってのは近年急激に発展してきた分、その特徴がより色濃く出ているんだよ。オゾスの錬金術師とベスティアの錬金術師がそれぞれ作ったマジックアイテムを見れば、誰でも分かるようにな」

「……誰でも? ギルドの職員に見せた時は分からなかったけど?」


 アジモフの言葉にレイがふと気になって尋ねるが、聞かれた本人は即座に首を横に振る。


「訂正だ。誰でもじゃなくて、ある程度の実力を持った錬金術師なら誰でも、だ」

「それはもう誰でもじゃないだろ。どれだけの実力を基準にしてるんだよ」


 自分を基準に考えるアジモフの言葉に溜息を吐き、改めてレイは口を開く。


「それで、あの鎚にはベスティア帝国の錬金術師の特徴が出てた訳だな?」

「ああ。もし良かったら、その特徴というか、錬金術について詳しく説明してもいいけど、興味ないだろ?」

「興味がない訳じゃないけど、でも、そうね。今はそんなことを聞いている時間はないでしょうね」


 ベスティア帝国の錬金術師が関わっているという話を聞いてから少し視線が鋭くなったヴィヘラの言葉に、アジモフは一瞬気圧される。

 基本的には錬金術こそが全てであり、相手の身分とかはどうでもいいと思っている性格をしているアジモフだったが、ヴィヘラの視線には感じるものがあったらしい。


「それで、本当に間違いじゃないのよね? 問題になってから、後で実はこの件にベスティア帝国は関係ありませんでしたとか言っても洒落にならないわよ?」

「それは間違いない。他の錬金術師に聞いても、多分同じような意見だろうな。……ただ、俺が言いたいのはあくまでもこれがベスティア帝国の錬金術師……正確にはベスティア帝国で錬金術を学んだ人物の作品だというだけで、今もベスティア帝国に所属している錬金術師かって言われれば、自信を持って頷くことは出来ない」

「ああ、そうか。ベスティア帝国で錬金術師になっても、別に今もベスティア帝国に仕えている必要はないのか」


 レイの口から出た言葉に、ヴィヘラは微かに安堵の息を漏らす。

 ベスティア帝国を出奔はしても、故郷に対する愛情を失った訳ではないのだろう。

 特に次期皇帝がヴィヘラを慕っているメルクリオである以上、尚のことその思いは強い。

 だが、そんなヴィヘラに対してパミドールの口から漏れたのは残酷な事実だった。


「けど、あの鎚は最近作られた物だぞ。それこそ一年経っていない……いや、もしかしたらここ一、二ヶ月程度でもおかしくない」


 腕利きの鍛冶師と紹介されただけに、パミドールの言葉はヴィヘラの心に重く響く。


「……そう。だとすれば、少し面白くない事態になりそうね」


 呟くヴィヘラに、レイも同意するように口を開く。


「あの鎚がベスティア帝国の錬金術師が作ったと聞いて、俺が思い出したのは内乱の時に戦ったロドスだ。考えてみれば、強力な再生能力を与えるとか、意思を奪うとか、似ている点は多いんだよな」

「つまり、兄上に仕えていた錬金術師がこっちに来ていると? 何の為に……というのは、聞くまでもないでしょうね」

「だろうな。自慢じゃないけど、あの内乱で俺の活躍は際立っていたからな」

「……内乱? それって去年ベスティア帝国で起きた? けどあんたは出奔してるんだろ? なのに内乱に関わってたのか?」


 パミドールの耳にも当然去年起きた内乱の件は届いていたのか、凶悪な顔で大きく目を見開いて尋ねる。


「ま、色々とあったんだよ。で、内乱で敵になった第一皇子は錬金術師を手に入れていて、話の流れから考えると恐らくその錬金術師が関わってるんじゃないかと思うんだが。どう思う?」


 アジモフに尋ねるレイだったが、尋ねられた本人は難しい表情を浮かべるだけだ。


「その辺を俺に聞かれても困るぞ。あの鎚はベスティア帝国出身の錬金術師が作った物に間違いないはない。けど、それが第一皇子の手の者かって言われても、分かる訳がないだろ」

「……それはそうか」


 エールを飲みながら告げられた言葉に、レイも思わず納得してしまう。

 ベスティア帝国の錬金術師というのは明らかであっても、その全てが第一皇子派として内乱に参加した訳ではない。

 そもそも内乱に参加しなかった錬金術師が何らかの原因でミレアーナ王国へとやってきた可能性も……と思ったところで、即座にレイは首を横に振る。


「そんな訳ないだろ。ベスティア帝国の錬金術師が偶然ギルムの近くにやってきて、偶然サイクロプスとかの大きなモンスターでなければ使えないようなマジックアイテムを作って、偶然それを赤いサイクロプスが手に入れて……って、何個偶然が重なればこんなことになるんだよ」


 偶然も三度続けば必然になると言われているが、今回の件は明らかに狙ってやったとしか思えないものがあるとレイには感じられた。


「不味いわね」


 そう呟いたのは、ヴィヘラ。

 当然、今その口から出た不味いという言葉は、料理ではなく現状に関してだろう。

 少なくてもレイにとってテーブルに並んでいる料理はどれも不味いとは言えないものであり、寧ろ美味いといってもいい。

 勿論大衆酒場である以上、美味いといっても極上の料理という訳ではないのだが、とにかく不味いと言われるような味ではなかった。


「錬金術師か?」


 一応、念の為に聞いてみたレイの言葉に、ヴィヘラは皿に盛られた蒸し野菜の木の実ドレッシング和えを口へと運びながら頷く。


「ええ。レイも知ってると思うけど、去年の内乱の結果メルクリオとミレアーナ王国の貴族派、中立派との仲は良好よ。……まぁ、父上の考え一つで大きく変わってしまうけど、どういう訳か今はメルクリオの好きにさせているようだし。けど、今回の件が本当にベスティア帝国の錬金術師が関わってるのだとすれば……」


 そこで一旦言葉を切ったヴィヘラだったが、それを聞いている者達にとってその続きを予想するのは難しい話ではなかった。

 長年敵対してきた相手が現在友好関係にある国へと悪意があるとしか思えない行為をする。

 その結果は、間違いなくミレアーナ王国とベスティア帝国の関係に悪い影響をもたらすだろう。


「ちょっとダスカー殿に話をしておいた方がよさそうね。……昨日の今日だけど」


 呟き、ヴィヘラは椅子から腰を上げ……


「レイ?」


 何故か自分に続いて立ったレイに、ヴィヘラは視線を向ける。


「ん」


 そんなレイに続き、ビューネもまた立ち上がる。


「ま、ヴィヘラには色々と世話になってるしな。それに、戦力は多い方がいいだろ?」

「ん」


 レイの言葉に同意するようにビューネも頷く。

 そんな二人の様子に、ヴィヘラは一瞬驚きつつもすぐに口元へと笑みを浮かべる。


「馬鹿ね」


 口ではそう言いつつも、ヴィヘラは喜びを露わにしていた。

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