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レジェンド  作者: 神無月 紅
三年目の春
983/3865

0983話

 アジモフの工房へとやって来たレイとパミドールの二人は、目の前にある扉を叩く。

 相変わらず人の気配の少ない場所だけに、周囲にはノックの音がこれでもかと言わんばかりに響き渡っていた。

 だが、扉が開く様子はない。


「……ちっ、またか。研究に熱中してるのか、それとも単純に寝てるのか。どのみちこのままじゃ埒が明かねえな。レイ、扉を壊せ」

「は?」


 いきなり何を言い出すのかとパミドールに視線を向けるレイだったが、そこには何の冗談も含まれていない。

 極めて真面目に扉を壊すことを要求しているのは間違いなかった。


「いや、駄目だろ。仮にも人が住んでいる家だぞ? この扉を破壊しているところを警備兵とかに見られでもしたら、捕まってしまうし」

「大丈夫だ、この扉を壊すのは今日が初めてじゃないからな」


 その口調には、今まで何度か扉を壊しているというのを臭わせている。


「以前警備兵に見つかったことがあったけど、手伝って貰ったしな」

「……本当か? 警備兵が扉を壊すのを手伝ったって」

「ああ。……まぁ、あの時は扉を壊して中に入らないと色々と問題があったし」


 そっと視線を逸らして遠くを見つめるその姿は、何があったのかを聞けないような雰囲気を漂わせていた。

 一度会っただけではあるが、レイもアジモフの性格を多少ではあるが知っている。

 それを思えば、恐らくろくでもないことが起きたのは間違いないと簡単に予想出来た。


「ま、ともかくだ。その件があってからはアジモフの扉を壊しているのを見られても何も言われなくなった。……勿論誰がやってもって訳じゃなくて、俺とか他の数人くらいに限定されてるけどな。ってことで、やれ」


 視線を向けられたレイは、自分がやるしかないのかと溜息を吐く。


「グルゥ?」


 そんなレイの姿に、セトが喉を鳴らして視線を向ける。

 円らな瞳には、心の底からレイを心配する思いだけが伝わってきた。


「心配するなって。別に何でもないから」


 そっとセトの頭を撫でたレイは、扉に手を掛け……強引に家から剥がす。

 木を無理矢理裂くような音が周囲に響くが、周辺には殆ど人の姿はない。

 時々人が通っても、そこにいるのがパミドールだと知っている者にしてみれば『ああ、またか……』といった風に納得し、知らない者にしても強面なパミドールと関わり合いになるのは避けたいと思ってさっさと立ち去る。

 中には当然セトを知っている者もいたし、数は少ないがレイを知っている者もいた。

 だが、それ以上にこの近辺を移動している者達はここがアジモフの家であり工房であるというのを知っている為に、関わり合いを避けたいと思う気持ちが強かったのだろう。


「おい、アジモフ。いるな! まさか死んだりしてねえだろうな!」


 開いたドアからパミドールが入っていくのを見ながら、レイはセトの頭を撫でながら話し掛ける。


「じゃあ、俺とパミドールは中に行くから、誰か来ないかここで見張っててくれ。扉が開いたままだと、妙な奴が入って来かねないし」

「グルゥ!」


 セトの返事を聞き、家の前に寝転がるセトをそのままにしてパミドールの後を追うように建物の中に入り、レイはふとセトに話し掛けた時の自分の言葉が少し犯罪者に近かったように感じられた。


(いや、気のせいだよな。それに誰にも聞かれてないし、取りあえずセーフってことで)


 自分自身に言い訳をしながら建物の中を進み、以前通された部屋へと到着すると、そこではパミドールが呆れたようにアジモフの背中へと視線を向けていた。

 家の中に勝手に入られているというのに、アジモフは全く二人に気が付いた様子はない。

 気が付いた様子もないままに何をやっているのかといえば、レイの目からは怪しげな実験をやっているようにしか見えなかった。

 実際には怪しげという訳でもなく、錬金術についての実験をやっていたのだが、レイの目から見れば怪しげな実験以外のなにものにも見えない。

 そんなアジモフの後頭部を、パミドールの拳が襲う。

 もっとも本気で殴っている訳ではない。

 長年の鍛冶により鍛え上げられたパミドールの筋力は非常に強靱だ。

 それこそ冒険者に成り立ての初心者に比べれば、攻撃力という面では圧倒的に上だろう。

 実験に熱中しすぎてレイやパミドールが自分の後ろにいる事にすら気が付かなかったアジモフだったが、さすがに後頭部に拳を振り下ろされればそれには気が付く。


「痛ぅっ! 誰だ!」

「俺だよ、俺。それとレイ。……ったく、実験に集中するのはいいが、誰か来客があったら気が付けよな」

「……何だ、パミドールか。それとレイも。残念ながら槍はまだ出来ていないぞ。順調に進んではいるが、やはり一度折れた魔剣を槍に変えるというような真似はそうすぐには出来ない」


 後ろを向いた時にいたパミドールとレイ、特にレイの姿にアジモフはてっきり苦情を言われるのかと思った。

 もっとも一冬程度の時間しか経っていないのだから、適当に手を抜いてもいいような仕事ならともかく、今回のように魔剣を……それも超の付く一流が使っていた魔剣を槍に打ち直すというのが相当に難しい仕事なのだというのは普通なら理解してくれるだろうという思いもあったが。

 特に魔剣は刀身が折れているのだから尚更だろう。

 錬金術や鍛冶を知っている者であれば自明の理ではあっても、レイにその辺の知識があるかどうかは分からず、だからこそ文句を言われるかもしれないと思っていたのだが……


「そうか、助かる」

「何?」


 完全に予想外のことを言われ、珍しくアジモフの表情には戸惑いが浮かぶ。

 当然だろう。今まで仕事を遅れて文句を言われたことはあっても、それで感謝の言葉を口にされたことは殆どなかったのだから。

 だからこそ、アジモフはレイの言葉に疑問を持つ。


「どういう意味だ?」

「実は、最近……いや、今日と言うべきか。ちょっとしたマジックアイテムを手に入れてな。で、そのマジックアイテムには結構いい能力があったから、出来ればそれを槍に組み込むことが出来ないかと思って」

「……ほう」


 数秒前の表情を一変させ、アジモフは興味深いといった表情を浮かべる。


「それは色々と興味深いが、どんなマジックアイテムなのかを聞いてもいいか?」

「ああ。俺もそれを見て欲しいと思ってここに来たんだ。パミドールに見せたら、多分不可能だって言われたから」

「何だと?」


 レイの言葉にパミドールへと視線を向けるアジモフ。

 その瞳に映っているのは、何を馬鹿なことを言っているといったものだった。

 だが、その視線を向けたパミドールは首を横に振る。

 自分が何を言っても、実際にあの鎚を見るまでは理解して貰えないだろうと。


(装飾品の類の、小さいマジックアイテムなら槍に組み込むことも出来るんだろうが、あの鎚じゃな)


 そもそも、普通の人間ではあのような鎚を使うことは出来ないのだから。

 自分に向かって何かを言おうとしたアジモフの機先を制するように、パミドールは口を開く。


「俺に何かを言う前に、実際にレイが得てきたマジックアイテムを見てみろ。それでお前がそれを槍に組み込めると判断したのなら、俺も何も言わねえから」

「……分かった。レイ、頼む」

「あー……そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、ここだとちょっと無理だな。もう少し広い場所じゃないと」

「広い場所だと?」


 尋ねてくるアジモフに、レイの隣でパミドールも頷き、口を開く。


「そうだな、レイの言う通りだ。ここだと狭すぎる。……確か、一応この家には裏庭があったよな? そこに行くぞ」

「ぬ。待て、それはどういう意味だ?」

「いいから行くぞ。人の話を聞くよりも実際に見た方が早い」


 そんなパミドールの言葉に、アジモフも不承不承頷きながらその場を立ち上がり、部屋を出て行く。


(全く、これでレイの持ってきたマジックアイテムがしょうもない物だったら承知しねえからな)


 内心では不満を抱いていたが。

 それでもノイズの魔剣という代物を持っていたレイだ。持ってきたマジックアイテムも相応の物なのだろうというのは容易に予想出来た。


「裏庭、裏庭ね。……うん、確かにこれを見ると裏庭って表現はこれ以上ない程合っているように思えるな」


 アジモフの家の裏庭。

 そこは裏庭と呼ぶのも正直戸惑ってしまうような、そんな光景だった。

 春になっているというのも影響しているのだろうが、草が伸び放題になっており、冬に雪が降った影響でどこからともなく飛んできたのか、木の枝が何本も地面に転がっている。

 レイの中にある裏庭のイメージがちょうど目の前にあるような光景だった為に特に文句はなかったが、それでも若干思うところはあった。

 だがアジモフはそんなのは関係ないとレイへと視線を向け、口を開く。


「ほら、ここまでやって来たんだからもういいだろ。さっさとそのマジックアイテムとやらを見せろよ」


 アジモフの言葉にレイは頷き、パミドールの店で――正確には工房で――取り出した時と同じく、ミスティリングから鎚を取り出す。


「おわっ! ……これはまた……でけえな」


 レイの取りだした鎚が予想外の大きさだった為だろう。アジモフの口からは驚愕の声が出る。

 そんなアジモフに対し、パミドールはどことなく共感の笑みを浮かべていた。

 パミドールもいきなりこの槌を目にした時には驚いたのだから、同じような思いを抱く相手がいるのは嬉しいのだろう。


「ああ。見ての通り、巨大だ。サイクロプスの希少種か上位種が使っていたのを、倒して手に入れた」


 そう告げ、レイはアジモフに鎚の能力を説明していく。

 雷が出るという話でアジモフは興味を引かれ、使用者に強力な再生能力をもたらすという話で食い入るように鎚を見つめ、使用者の身体に根を張って意思を奪うと聞き、眉を顰める。

 周囲の者達からは色々と危険な人物と見られているアジモフだったが、マジックアイテムに対する感性は一般的なものなのは間違いなかった。


「それで、この鎚をどうしたいって?」

「最初この鎚の一部を溶かすなりなんなりして、頼んでいる槍に使って貰おうと思ってたんだけど……パミドールにそれは無理だって言われたんだよ。で、アジモフならどうかと思って持ってきた」

「なるほど。まぁ、パミドールがそう言いたくなる気持ちは分からないでもねえな。ただ、それはパミドールが鍛冶師としての視点から考えているからだ。俺の技術があれば、多少手間は掛かるが何とか出来る」


 気楽に告げるその言葉に、パミドールが眉を顰めて口を開く。


「おい、やってみて駄目でしたって訳にはいかねえんだぞ? これだけのマジックアイテムだ。幾らレイが使いにくいからって、駄目にするってのは……」

「ふふん。それが凡人の意見ってところか。ま、その辺は俺に任せておけ」


 自信に満ちた言葉を発するアジモフに、レイは確認するように言葉を続ける。


「本当に出来るんだな?」

「ああ。……ただ、さっきも言ったが、それなりに手間暇が掛かる仕事になりそうだ。報酬として、この鎚の使わなかった部分を貰いたい。ああ、勿論俺が貰うからってマジックアイテムを使うのに鎚を少ししか使わないとか、そういうことはしないから安心してくれ」


 アジモフの言葉に、レイは視線をパミドールへと向ける。

 それは本当か? と尋ねる視線。

 その視線を向けられたパミドールは、アジモフの言葉に驚きの表情を浮かべつつレイに頷きを返す。

 口では色々と偉そうなことを告げるアジモフだが、錬金術に関しての才能は本物で、そこに嘘はないと知っている為だ。


「分かった。じゃあその鎚に関しては全面的に任せる。それと、何か足りない素材があったら言ってくれ。可能な限り集めてくるから」


 レイの口から出た言葉は、決して嘘ではない。

 セトという存在がいる以上、その素材が多少離れた場所にあってもすぐに取りに行くことが出来る。

 得てして稀少な素材というのは、辺境を始めとして人のあまり寄りつかない場所に存在することが多く、それを入手する為には強力なモンスターと戦う覚悟も必要だ。

 だが、レイにとってはそんなモンスターを相手にするのは寧ろ稀少な魔石を入手することにも繋がり、寧ろ願ったり叶ったりだった。


(そう言えば、ダンジョンで手に入れた魔石も吸収してなかったな。色々とあってすっかり忘れてたけど。……いや、サイクロプスの魔石は吸収出来るのか? セトが戦闘に参加していれば吸収出来る筈だけど、……ヴィヘラ達が帰ってきたら、その辺をちょっと聞いてみるか)


 何かスキルを習得出来るのか楽しみにしていたレイだったが、ふとアジモフの呟きが耳に入ってきた。


「それにしても、ベスティア帝国の錬金術師が何だってこんなマジックアイテムを作ったんだ?」

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