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レジェンド  作者: 神無月 紅
三年目の春
981/3865

0981話

 レノラはこれから受付で忙しくなるということで、別のギルド職員に連れられてギルドの倉庫へと出向いたレイは、一応周囲に誰もいないのを確認してから、ミスティリングからサイクロプスが使っていた鎚を取り出す。

 音もなく、いきなりレイの隣に現れたその鎚は、当然のように今の状態のレイでは持てずに地面へと柄が倒れ込む。


(……あれ? もしかしてこれって、柄の部分が下になって出て来たりしたら、命の危機だったんじゃ?)


 地面に倒れて大きな音を立てている鎚の柄を見ながら、ふとレイの中にそんな疑問が過ぎる。

 実は命の危機だったのかもしれない事態を乗り越えたレイだったが、それを表に出さずにギルド職員へと……マジックアイテムの鑑定について高い能力を持っている目の前の人物に視線を向ける。


「それで、これが赤いサイクロプスが使っていた鎚だけど」

「……これが、ですか。うーむ、確かにこうして見るとかなりの品のようですな」


 五十代程の、胸の辺りまで白い顎髭が伸びている男が感心したように呟く。


「触ってもいいですかな?」

「あー……どうだろうな。ちょっと待ってくれ」


 ギルド職員の言葉にそう返し、そのままレイが自分で人差し指を伸ばして鎚へと触れる。

 一体何をやっているのかと不思議そうな視線を向けてくるギルド職員だったが、レイが触れた柄からは初めて柄に触れた時のようにその意思を乗っ取るような行為は存在しない。


(本当にあの時の一件でこの鎚の中にあった意識のようなものが消滅したのか? だとすれば嬉しいんだが……いや、過信は禁物だな)


 そっと手を離したレイは、ギルド職員へと向かって口を開く。


「実は、この鎚を使っていた赤いサイクロプスは、最終的にこの鎚に意識を乗っ取られるような感じになってたんだ。意識がない状態で、身体の中に木の根のようなものを張り巡らされて鎚に操られる感じでな」

「なっ!?」


 レイの言葉に、鎚の近くで興味深く様子を見守っていたギルド職員は背後へと跳び退る。

 その動きは、とてもではないが実戦を知らない者の動きではなく、それなりに腕に覚えのある人物であるということの証明でもあった。


(辺境のギルド職員……それもマジックアイテムに高い知識を持っている者だとすれば、それもおかしくはないか)


 ギルド職員の身のこなしに少し驚きながらも、レイは安全を証明するように鎚の頭の部分へと触れる。


「安心してくれ。もし使用者を操る能力がそのままなら、こうして触れている俺も鎚に操られてしまうだろ。それ以前にアイテムボックスの中に収納することも出来なかっただろうし」

「……なるほど。触れた相手を操るのであれば、そうなりますな」


 レイの言葉にひとまず安堵はしたのだろうが、それでも迂闊に鎚へと近づくようなことはしない。

 これは別にレイの言葉を信用していないという訳ではなく、マジックアイテムに対して高い知識を持っているだけに、どうしても慎重にならざるを得ないというのが理由だった。

 男も意思を持つマジックアイテムというのは何度か知り合いから聞いたことがある。

 直接見るのはこれが初めてだが、知人から聞いた話ではその手のマジックアイテムの殆どは呪われているといってもいい程、所有者に悲劇的な最期を迎えさせていた。

 勿論全てがそんな結末を迎える訳ではない。

 男が聞いた中でも、マジックアイテムに宿る意思とその担い手が協力関係にあるというのは最善の結末の一つだろう。

 だが、それはほんの少数に過ぎず、殆どのマジックアイテムに宿る意思というのは持ち主に悲劇をもたらす。

 だからこそ目の前にある鎚が本当に安全で安心なのかを、男はしつこいくらいに警戒せざるを得なかった。


「そこまで心配する必要はないと思うんだけどな。この鎚が俺を乗っ取ろうとした時に、俺の持つ魔力によって逆に意思を上書きされた……って感じだから、もう鎚の中に意識は残ってないし」

「すいませんが、それをこの目で見ていない以上は完全に安心するということは出来ないんですよ」


 申し訳なさそうに頭を下げてくるギルド職員に、レイもそれ以上何を言うでもなく頷きだけを返す。


(本職がこうやって警戒しているんだから、多分……いや、間違いなくこのマジックアイテムは危険な代物なんだろうな)


 そんな風に考えながら、レイはギルド職員が懐から取り出した腕輪や首飾りを身につけているのを眺める。

 話の流れから考えて、恐らく意識を乗っ取らせないようにする為のマジックアイテムなのだろう。

 ただ、同時に意識を乗っ取るという能力を完全に防げるのではなく、身につけた者の抵抗力を上げるような能力なのだろう……というのも、想像出来たが。

 レイの見ている前で、男は人差し指を伸ばして鎚へと触れ、すぐに離す。

 そんなことを何度か繰り返し、ようやくレイの言葉が本当だと理解したのだろう。次には指ではなく掌で、そして柄の部分を握り、といった具合にどんどん鎚へと触れる手が大胆になっていく。


「なるほど。随分と複雑な過程を経て生み出されたマジックアイテムのようですな。聞いた話によると、雷を放つ能力と使用者に強力な再生能力を与えるという二つの能力を持っているとか。……どちらか片方でもかなり高い能力を持った錬金術師ではないと作ることは不可能でしょうが、それを二つ、ですか」


 柄の部分に触れ、鎚の部分に振れ、その両方を確認するようにそっと撫でる。

 どのような魔法金属が使われているのか、どのような過程でこの鎚が作られたのか、マジックアイテムを作る上での錬金術師の癖のようなものは残ってないか。

 それらの情報を少しでも見逃さないように詳しく調べて行くギルド職員の様子を、レイは少し離れた場所で眺めていた。

 すると、不意にギルド職員の男がレイの方へと視線を向けてくる。


「すいませんが、レイさん。この鎚の地面についている部分を確認してみたいので、引っ繰り返して貰えませんか?」

「これを? ……まぁ、いいけど。引っ繰り返すくらいなら、今のままでも出来るだろうし」


 頷き、地面に倒れている鎚の柄へと手を触れ、そのまま持ち上げていく。

 鎚その物を持ち上げるのではなく、頭の部分は地面に置いたまま柄の部分だけを持ち上げる。

 そうして柄の部分を先程とは反対側へと倒すと、今までは土に触れていた部分が空気に晒された。

 ギルド職員の男は、レイが鎚から離れるや否や再び鎚へと近づき、調べ始める。


「なるほど、向こう側とこちら側は敢えて対称にはしていない、のですか。これだけのマジックアイテムを作る技術を持つ者が、左右対称に出来ないというのは普通ありませんしな。だとすれば、何故魔力の伝導率を崩して……それが二つの効果をサイクロプスでも使えた理由? うん? この鎚をマジックアイテムにする時の特徴的な痕跡は……いや、しかし……」


 何かを見つけると呟き、その呟きにより自分の意見を発展させていく。

 そんなギルド職員の呟きを見ていたレイだったが、二十分程が経つといい加減暇になってくる。

 錬金術師や鍛冶師の類であれば興味を持つ者もいるのかもしれないが、レイの場合はそのどちらでもない。

 そうである以上、こうして見ているだけだというのは暇以外のなにものでもなかった。

 それでもギルド職員の男に話し掛けなかったのは、この鎚がどこから来たのかが気になっていた為だ。

 サイクロプスが使えるような武器がそうそうその辺に転がっている筈もない。

 だとすれば、間違いなく誰かが作ったとみるのが自然なのだが……


(だからって、マジックアイテムをサイクロプスに与えるなんて真似、普通はしないだろ)


 そんな風に考えていると、不意にギルド職員の男が呟くのを止めて何かを黙って考えているのに気が付く。

 呟きから思考へと、次の段階に移ったのだろうと判断していたレイの前で、やがて男は不思議そうに首を捻り始める。


「どうしたんだ?」


 ここにいたってようやく声を掛けたレイに、男は頭を掻きながら口を開く。


「その、ですね。この鎚が作られたのはそう昔のことではないというのは間違いなさそうです。それも、かなり高い技術で作られています。ですが……どうしてもそんな風にして作り上げた貴重なマジックアイテムをサイクロプスに与える理由が考えつかないんですよ」

「……本当に最近作られたのか? 例えば、どこかの遺跡なりなんなりで、偶然落ちていたマジックアイテムを拾ったという可能性は?」

「それは多分ないと思います」


 レイが予想していた以上にきっぱりと断言してきたのに驚くが、男はそんなレイに対して説明を続ける。


「詳しいことは技術的なことになるので大雑把に説明しますと、このマジックアイテムを作る為に使われた技術の中には、近年……それも数年程前に確立されたものが用いられている場所があります。全てがそうな訳ではありませんが、多分ここ数年……下手をすれば数ヶ月以内に作られた物で間違いないかと」

「……どこの誰がそんな面倒な真似を?」


 サイクロプスにマジックアイテムを与えるというのは、言うのは簡単だが実際にそれをやるのは難しい。

 そもそもサイクロプスは人間を餌としか見ておらず、迂闊に近づけば……それもレイの目の前にあるような巨大な鎚を何らかの手段で引っ張って行けば、食われるだけだろう。

 そこまでして、何故サイクロプスにマジックアイテムを渡すのか。そして何より……


「俺が倒したサイクロプスは希少種か上位種で普通のサイクロプスとは違ったけど、だからってマジックアイテムを使えるとは限らない訳だろ?」

「そうですな。ですが普通のサイクロプスでも単眼から魔力を衝撃波として放つことが可能になっています。それが希少種や上位種ともなれば、当然魔力の扱いに長けていると考えても不思議はないのでは?」

「可能性はあるな。ただ、それはあくまでも可能性だ。どうせマジックアイテムを与えるのなら、サイクロプスのように魔力の扱いが決して得意というモンスターじゃなくてもいいだろ? そうなればこんなに巨大な鎚を作る必要もなかったんだし」

「……その辺はこちらではちょっと分かりませんな。ですが、気になるのは事実です。少し調べるようにギルドマスターに進言してみましょう。……では、この鎚はもうしまっていただいて結構です」


 ギルド職員の男の口から出た言葉に、レイは少し驚きの表情を浮かべる。

 見るからにこの鎚に対して強い興味を抱いているように見えたので、もう少し執着するのかと思っていた為だ。

 そんなレイの表情を見て取ったのだろう。男は少し恥ずかしげに口を開く。


「あはは。本音を言えばもっとじっくりこの鎚を見ていたいというのはあるんですけどね。ですがそうするといつまでも見ていそうになるので、この辺で止めにしておきたいんです」

「……分かった。それで本職の目から見て。この鎚に危険は?」

「恐らく大丈夫だというのが正直なところですな。恐らく、と付けなければならないのは私の実力不足ですが。けどレイさんから聞いた話が事実であれば、この鎚にあった所有者を操るといった能力は既に消滅している可能性が高いでしょう。マジックアイテムというだけあって、良くも悪くも魔力が関係してくることも多いですから」

「なるほど。……うん? じゃあもしかして、俺の場合は呪われた……というか使用者を操るような能力を持ったマジックアイテムを使おうとすると、その意思を破壊することが出来るってことか?」


 ふと気が付いたように尋ねるレイに、ギルド職員の男は意表を突かれたように目を見開く。

 その辺のことは全く考えていなかったと、そんな思いがレイにも読み取れた。

 だが、すぐにその意表を突かれた表情は眉を顰められる。


「そう、ですね。可能性としては十分にありますが、個人的にはあまりお勧めしません。マジックアイテムと一括りに呼んではいても、その中にはつい最近作られたような物があれば、逆に古代魔法文明の遺産のようにとんでもなく古い物もあります。特に古代魔法文明の遺産のような代物で意思を持ち、使用者を乗っ取るようなマジックアイテムには特に注意が必要でしょうね」


 レイの目を見ながら告げる言葉は、真剣に心配をしているからこそ出る言葉だった。

 サイクロプスが使っていた鎚のような珍しいものを見せてくれたから好意的だという理由もあるが、何より男の危機感を煽ったのは、もしレイがマジックアイテムに意識を奪われるようなことにでもなればどうなるのか。

 広域殲滅魔法を得意とするレイだけに、下手をすればギルムが焼き払われても不思議ではない。

 そんな背筋が冷たくなるような想像を何とか押さえながら、ギルド職員の男はくれぐれも迂闊に呪われたマジックアイテムには手を出さないようにレイへと告げるのだった。

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