0980話
レイがギルドの中に入ると、もうすぐ夕方になるということもあってそこには冒険者の姿が多くあった。
依頼をこなしてきた者達や、モンスターを倒してその討伐証明部位や魔石、素材を金に換えにきている者達の姿だ。
それでもまだ完全に夕方にはなっていないので、ここにいるのはまだ夕方過ぎ程に多くはないのだが。
報酬を貰った冒険者達の中には併設された酒場へと向かう者も多く、そちらの客も日中に比べると遙かに多い。
そんな大勢の中にレイがいれば、当然埋もれてしまう。
元々決して背が高い訳でもなく、ドラゴンローブのフードを被っていれば、レイがレイだと認識出来る者はそれ程多くない。
これでサイクロプスから逃げ出した元遊撃隊の面子が既にギルムに入っているとなれば、多少強引にでもレノラやケニーといった顔見知りの受付嬢の前へと向かったのだろうが、幸いギルムへとやって来たのは自分が最初だったとランガから聞いていた。
(この人混みはなぁ……これだから夕方とか朝方にギルドに来るのは嫌なんだよ)
受付嬢への列に並びながら、レイは内心で溜息を吐く。
そんなレイへと、周囲の冒険者は不思議そうに視線を向ける。
見た感じでは背が小さく華奢で、ソロで活動している冒険者にはとても見えない為だ。
もしかして誰かが列に並ぶのを面倒臭がってレイに押しつけたのか? と感じる者もいたが、それを口に出す者はいない。
他のパーティの問題に口を出すのはマナー違反な為だ。
余程酷い虐待の類がされていれば話は別だろうが、ただ並ばされているのを見るだけでは特に酷い虐待とも言えない。
フードを下ろしていればレイだと気が付いたのだろうが、この人混みでそんな真似をする気にはならなかった。
まさか自分がそんな目で見られているとは思いも寄らず、レイは周囲を見回す。
人数が多いのはもうどうしようもないので、少しでも自分の番になるまで暇を潰そうとした為だ。
そうして周囲を見回していたレイは、ふと幾つもある行列の長さがそれぞれ違うことに気が付く。
(何でだ?)
疑問に思ったレイだったが、その疑問はすぐに解ける。
何故なら、レイの隣の列に並んでいる冒険者の言葉を耳にした為だ。
「今日こそケニーを誘うぞ……今夜の食事には……」
「ばっか。お前いい加減に諦めろって。前ならともかく、今のケニーちゃんはそう簡単に食事に誘えたりしないって。それ以前にこんなに並んでいるのに食事に誘うとか、他の奴の迷惑になるだろ。寧ろケニーちゃんの印象が悪くなるだけだぞ」
「む、じゃあどうしろってんだよ」
「受付嬢がまだ忙しくない時に誘えば、迷惑にはならないんじゃないか?」
「いや、だって日中は俺達も依頼を受けて外に出てるだろ」
「それこそ、休日で依頼がない時とか」
その言葉が余程意外だったのか、冒険者は目を見開く。
「そっか。別に依頼を探してなくてもギルドに来てもいいんだな」
「いや、それは今更だろ。酒場とかにも良く来てるんだから」
聞こえてくる会話から、受付嬢の前に存在している行列の長さはその受付嬢の人気を表しているものだというのがレイにも理解出来た。
勿論行列が長ければそれだけ人気が高い……という訳ではない。
行列が長くても、それだけ素早く報告や換金の処理をしていけばそこまで行列は長くなる訳ではないのだから。
レノラやケニーの人気の高さについて考えていると、やがて列が進んでいきレイの番になる。
「……え? レイさん?」
目の前に姿を現した人物が自分の知っているレイであると理解したレノラが一瞬驚きの表情を浮かべるも、すぐに受付嬢としての態度へと戻る。
「正解だ。てっきり気が付かれないかと思ったんだけど」
笑みを浮かべてフードを下ろすと、そこにあったのは当然ながらレイの顔。
レイのすぐ後ろに並んでいた者達や、隣のカウンターで色々と手続きをしていた冒険者達が驚きの表情を浮かべる。
……当然、レノラの隣のカウンターのケニーも。
「もうそれなりに付き合いも長いですしね。それで、どうしました? 確かサイクロプスの件で森に行っていたと思うんですけど」
「ああ、そっちは無事に解決した。ただ、俺達が到着する前に報告にあった五匹以外のサイクロプスがいて、それに対処する為にミレイヌ達がギルムに人をやったんだよ。それをもういらないって知らせる目的があったんだけど……」
レイの言葉に、レノラは慌てて近くにある書類へと手を伸ばす。
もしかして誰かがその件を処理したのではないかと、そんな思いからの行動だ。
元々今回のサイクロプス討伐の件では、本来単独行動するサイクロプスが纏まって行動しているという報告がディーツからされており、色々とおかしなところがあった。
それ故に、もしかしたら他の受付嬢がその報告を受けているのか……そんな思いからの行動だったが、レイはそんなレノラに待ったを掛ける。
「安心してくれ。ギルムに入る時にランガに確認を取ってきた。その件で報告に来た奴はまだギルムに到着していないらしい。セト様々だな」
「なるほど。……ええ、どうやらそのようですね。こちらで受けた報告にもまだその辺のことはないようですし」
一応確認の為、重要な用件の報告書へと目を通したレノラが安堵の息を吐く。
「それもあって、俺はこうして大人しく列に並んでいたんだしな」
「レイ君、それなら私の方の列に並んでもいいんじゃないの?」
レノラの隣で他の冒険者の相手をしていたケニーが、レイへと向けてそう声を掛ける。
それでもいつものように話し掛けてこないのは、まだ自分の前に並んでいる冒険者が多いからだろう。
レイがいるにも関わらず、暴走しないできちんと仕事をしているのは受付嬢としては当然の行為なのだが、それを見たレノラはケニーもようやく真面目に! と内心で自分のこれまでのことを思う。
胸とか、胸とか、胸とか、胸とか……
「きゃっ! ちょっ、ちょっとレノラ。何だってそんなに私を睨むのよ!」
受付嬢ではあっても冒険者な訳でもないケニーだったが、猫の獣人であるが故の野生の勘なのか、それとも単純に女の勘なのかは分からないが、レノラから殺気のようなものを感じ取る。
レイもまた、いきなり目の前のレノラの様子が豹変したのを見て驚きの表情を浮かべていた。
「あ、あら? ごめんなさいケニー。何だか今までのことを思い出したら自然と……」
「誤魔化せてない、誤魔化せてないわよ」
思わずそう口にするケニーだったが、冒険者の相手をしなければならず、それ以上は口に出来ない。
そうして自分の仕事に戻っていったケニーをそのままに、レイは仕切り直すようにレノラへと向かって口を開く。
「それでサイクロプスの件なんだけど、ちょっと気になることがあってな」
「気になる事、ですか? それはどのような……」
「普通のサイクロプスを統率していたと思われる赤いサイクロプスがいたんだ。こっちは多分希少種か上位種のどっちかだと思うんだけど……」
「サイクロプスの希少種や上位種ですか。それは確かに厄介ですね。……けど、レイさんが戦ったということは、当然倒したのでしょう? 希少種の魔石というのは珍しいですし」
レイが魔石を集める趣味があるというのをしっかり覚えていたのか、レノラは特に深刻そうな表情はない。
魔獣術に消費する魔石を確保する意味で魔石を集める趣味があるということにしていたのだが、それを覚えていたことにレイは驚く。
「ああ、いや。うん。そうしようと思ったんだけど、実はそのサイクロプスが妙なマジックアイテムの鎚を持ってたんだよ」
「……サイクロプスがマジックアイテムを?」
余程意外だったのだろう。レノラは若干の沈黙の後に繰り返す。
レイの後ろに並んでいた冒険者や、ケニーに依頼完了の書類を渡している冒険者、またケニーとは反対の冒険者といった者達もそれとなくレイの言葉に耳を傾けており、それぞれが表情に出す出さないは別として内心では驚く。
サイクロプスというのは物理的な攻撃方法に特化したモンスターであり、唯一使える魔力にしても単眼から衝撃波として放つという限定的なもの。
それなのにマジックアイテムを使いこなすというのは信じられることではなかった。
「何より、赤いサイクロプスは普通のサイクロプスよりもかなり大きかった。そしてマジックアイテムもその大きいサイクロプスが使うのに丁度いいって感じだったし。普通の魔剣とかならサイクロプスには小さすぎて使いにくいのに、その辺に少し作為的なものを感じたんだけど」
「そうですね。普通に考えればサイクロプスが、それも希少種や上位種といった風なサイクロプスが使いやすいようなマジックアイテムを用意するなんてのは出来ない筈です。だとすれば、レイさんが考えたような作為的なものというのは気になりますね」
レノラがレイの言葉に納得したように呟く。
「だろ? 一応その辺を報告しておいた方がいいと思って。そのマジックアイテムも持ってきてるけど、どうする? 見てみたいって言うんなら出してもいいけど」
どこにそのマジックアイテムが? ということはレノラの口からは出ない。
当然レイがアイテムボックス持ちであることを知っている為だ。
「じゃあ、お願い出来ますか? ギルド職員の方で調べてみれば何か分かるかもしれませんし」
「それは構わないけど、ここだと狭いぞ? 赤いサイクロプスが持ってただけあってかなりでかいし、重い。それこそここで迂闊に出せば床に被害が出るかもしれないくらいには。……ああ、それとこのマジックアイテムは一応俺が倒した赤いサイクロプスが持ってたんだから、俺のってことでいいんだよな? ギルドに提出しないといけないとかになると、ちょっと困るんだけど」
「どこの誰が作ったとも分からないマジックアイテムを使うというのは……いえ、それは普通でしたね」
レノラの困ったような言葉に、その場にいた冒険者の殆どが頷く。
勿論錬金術師が作ったということがしっかりと分かっているマジックアイテムを使うのが最善なのは事実だが、マジックアイテムというのは基本的に高い。
普通の長剣に軽く魔力を込めた程度の、魔剣とも呼べないような魔剣の類であれば話は別だが、きちんとした魔剣ともなれば相応の値段はする。
だからこそ由来が不明なマジックアイテムであっても、得た者は嬉々として自分の物とすることが多い。
……呪いの類が掛けられている可能性もあるのだが。
また、ダンジョンで入手するようなマジックアイテムは作成者が誰か分からないという最たる物だろう。
それでもマジックアイテムを見つけた者にとっては一攫千金の好機でもあり、当然のようにそれを自分の物にする。
「そうだな。それに、俺がそのまま使う訳じゃないし」
「そうですよね。サイクロプスが使うのに丁度いい大きさのマジックアイテムなんですから、それをレイさんが使うのはさすがに無理が……」
「いや、使おうと思えば多分使えると思うけど、そこまでして使いたいとは思わないんだよ。そもそも俺は鎚を使ったことなんかないし。それなら有効利用した方がいいだろ?」
「有効利用、ですか? その、もしよければ聞かせて貰っても?」
レノラの言葉に頷こうとして、周囲の注目を集めているのに気が付く。
それどころか、普段は賑やか極まりない筈のギルドの中が、静まり返っている。
酒場の方では相変わらず騒いでいるので、完全な静寂という訳ではないが、ギルド側にいる者の殆どは……それこそカウンター内のギルド職員までもがレイの言葉に注目をしていた。
この状況で自分がどうマジックアイテムを使う気なのかを口にすれば、そのお零れを狙う者が多いだろうと判断し、取りあえず話を誤魔化すべく肩を竦める。
「それは秘密ってことにしておくよ。ただ、上手くいけば色々と面白いことになるかも。それが出来るかどうかは別として」
既にあるマジックアイテムを材料の一部として、別のマジックアイテムを作る。
普通に考えればかなり無理がありそうなことだったが、それを言うのならノイズの魔剣を槍に変えるというのも同じようなことだった。
もっとも、今回の鎚の場合は魔剣と合成するという意味で難易度は高いのだろうが。
(それに、もしあの鎚の一部だけをマジックアイテムの材料に出来るのなら、相当数のマジックアイテムを作ることが出来る筈だ)
五m近い身長のサイクロプスが手に持っても小さく見えない大きさの鎚。
当然それの質量はかなりのものであり、一部を削ったりして槍を作る材料にしても十分な効果がある……といいなというのがレイの希望だった。
「……分かりました。ただ、その鎚は見せて欲しいので、そうですね。ちょっとギルドの倉庫の方に来て貰えますか? そこでなら人目に晒されることがないまま鑑定することが出来ると思いますし。あ、勿論レイさんが良ければですが」
そんなレノラの言葉に、レイはすぐに頷く。
マジックアイテムの材料にするにしても、どのみちあの鎚に問題がないかどうかというのはきちんと調べておく必要がある。
それをギルドの方でやってくれるというのであれば、寧ろ願ったり叶ったりだった為だ。