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レジェンド  作者: 神無月 紅
三年目の春
968/3865

0968話

 ギルドに入って来た途端に聞こえてきたその言葉は、レイの注意を引く。

 いつもであればそこまで注意を引くことはなかっただろう。

 モンスターとの遭遇というのは、辺境で起きるのはそう珍しいことでもないからだ。

 レイの注意を引いたのは、そのモンスターの名前がサイクロプスだったというのと、何より……


「ディーツか?」


 レイの口から、ギルドのカウンターで慌てて訴えている男の名前が出る。

 そう、そこにあったのは元遊撃隊のディーツの姿だった。

 前日にサイクロプスの討伐依頼を受け、灼熱の風と元遊撃隊の面々が共に出掛けたというのは聞いていたレイだ。

 それだけに、サイクロプスという名前と見覚えのある顔からその人物の名前はすぐに口から出た。


「え? その声は……隊長!? それにヴィヘラ様!?」


 ディーツが振り向いた先には、見覚えのある顔が二つ。

 それも片方は、とてもではないが気軽に接することが出来ない存在だった。

 慌てたようにカウンターの前からレイ達の方へとやって来ると、ここにレイがいるのが信じられないという表情を隠しもせずに口を開く。


「な、何でここに……?」

「いや、何でって言われてもな。ギルムは俺が本拠地にしている場所だぞ? いて当然だろ。それと、いい加減そろそろ隊長はやめてくれ」

「でも、隊長は隊長……じゃなくて! 隊長、いいところに来てくれました。手助けをお願いします!」


 まさに必死の形相とでも呼ぶかのような表情で告げてくるディーツに、レイはどうするか迷う。

 ただ、その迷いは助けるかどうかではなく、ヴィヘラやビューネをどうするかといった迷いだ。

 付き合いの長い灼熱の風の面々や、付き合いはそれ程長くないが、それでも一緒の部隊として同じ戦場を駆けた戦友だ。

 ……もっとも、同じ戦場を駆けたと言っても、レイはセトと共に部隊とは別行動をしていることが殆どだったのだが。


「取りあえず落ち着いて話を聞かせろ。ギルドの外まで聞こえてきてたけど、サイクロプスが五匹だって?」


 ディーツを落ち着かせるようにレイが尋ねると、即座に頷く。


「そうなんすよ。目撃されたサイクロプスは一匹って話だったのに、サイクロプスを見つけてみれば、五匹もいたんです」

「お前がこうしてギルムに戻ってきたってことは、戦闘になったって訳じゃないんだな」


 相変わらずの舎弟言葉とでも呼ぶべきディーツの言葉使いを聞きながら、その口に出た言葉を考える。

 もし戦闘になっているのなら、五匹のサイクロプスを相手にしては灼熱の風と元遊撃隊の面々だけでは勝ち目がない。そんな思いを込めて尋ねたレイに、ディーツは再度頷き返す。


「はい、サイクロプスが一匹……いえ、二匹までなら問題なく勝てるでしょうし、三匹でも戦いようによっては勝てると思うっす。けど、五匹もいては手が出しようがないので、取りあえず離れた場所でサイクロプスの様子を窺ってる最中っすね。俺はすぐに増援を呼んでくるようにミレイヌに言われて……」


 ヨハンナではなくミレイヌの名前が出て来たことに少し驚いたレイだったが、その二人以外の仲は意外と良好なのだということを思い出すと、それ程不思議でもないのだろうと判断して頷く。


「サイクロプスが五匹か。結構な戦力だな。……場所はどこだ?」

「ここからそう遠くない場所に川があるのは知ってるっすか?」

「知ってる」


 以前にモンスターの解体をやった川がレイの脳裏を過ぎる。

 詳しい話を聞くと、レイの予想は間違っていなかったらしい。

 その川を上流に遡っていった場所にある森の中にサイクロプスの集団がいるというディーツの説明に、レイは頷きを返す。

 そうして視線をヴィヘラとビューネの方へと向けるが、戻ってきたのは何の躊躇もない頷き。

 ヴィヘラにとっては敵と戦える絶好の機会であり、ビューネにとっては金を稼ぐには丁度いい相手であった。

 ビューネ一人ではサイクロプスに有効なダメージを与えることは出来ないが、レイやヴィヘラ、セトといった面々がいれば攻撃に関しては問題ない。


「行くんでしょう? 私は構わないわよ? 知らない顔でもないし」

「ん」


 レイの視線を向けられた二人は、やる気を漲らせてそれぞれに頷く。


「え? あ、その、ヴィヘラ様はありがたいんすけど……こっちの小っちゃいのもっすか?」

「ん!」


 小っちゃいのと言われたビューネが、不満そうにディーツへと視線を向ける。

 もっとも、基本無表情に近いビューネなので、その不満そうだというのをきちんと認識出来た者はレイとヴィヘラ以外にはいなかった。

 普段であれば、ヴィヘラはともかくレイはそこまでビューネの表情の変化を理解することは出来ない。

 だが、今のビューネはそんなレイでも理解出来る程に不満そうだった。


「安心しなさい。この子は私がエグジルにいた時に一緒にダンジョンに潜っていたのよ。実力に関しては問題ないわ。……攻撃力不足でサイクロプスに有効な一撃を与えるのはちょっと難しいでしょうけど」

「ん!」


 ヴィヘラに抗議するように告げたビューネは、得意としている長い針を取り出す。


「そうね、サイクロプスの目にこれを刺すことが出来れば有効な一撃にはなるかしら。……もっとも、その分かなり暴れることになるかもしれないけど」

「一撃を与えなくても、牽制出来れば十分だろ。……じゃあ、二人も一緒に行くってことでいいんだな?」


 確認するように尋ねるレイに、ヴィヘラとビューネの二人は再度躊躇いなく頷く。

 ここが辺境のギルムである以上、今日の案内に出掛ける際にヴィヘラもビューネもそれぞれ武装したまま出掛けている。

 その為、一旦夕暮れの小麦亭まで戻らなくてもそのまま応援に向かえるというのも大きい。


「分かった。なら俺はギルドの方に応援に向かうってのを一応言ってくるから、ヴィヘラ達はすぐに出発する準備に掛かってくれ。馬を借りることが出来る場所は……」

「俺が知ってるんで、すぐに案内してきます。俺の馬もここまで全速力で走ってきたので、休ませる必要がありますし」


 レイの言葉を遮るようにしてディーツが告げる。

 ギルムに来てから半年も経っていないディーツだったが、それでも冒険者として活動する上で必要な店がどこにあるのかというのは知っていた。

 特に馬の貸し出しをやっている店は、冒険者として活動する上では必須ともいえる店だ。

 去年の内乱の報酬として馬車や馬を貰った元遊撃隊の面々だったが、それでもいつ馬を借りることになるのかは分からない為、しっかりと店の場所は確認していたのだろう。


「分かった、じゃあ頼む。正門前で待ち合わせだ」


 短くそれだけを告げ、レイはそのままギルドのカウンターへと向かう。

 日中である為、ギルドの中にいる冒険者の数は少ない。

 だからこそ、レイは特に並ぶ必要もないままレノラのいるカウンターへと行くことが出来た。

 五匹のサイクロプスという言葉をディーツが発していた時点でギルドや酒場にいた冒険者の注目を集めていたレイ達だったが、すぐに援軍として出発する準備をする為にヴィヘラ達がギルドを出て行ったので、自然とその注目はレイへと集まる。


「レイさん、話は聞こえてましたけど本当に行くんですよね?」


 確認するように尋ねてくるレノラに、レイは頷く。


「灼熱の風と、俺がギルムに連れてきた奴等が纏まってサイクロプスと戦いになるみたいだからな。一匹ならまだしも、五匹もいると聞けば放って置く訳にはいかないだろ。手続きは……」

「いえ、特に必要はありません。……レイさんの実力なら心配はいらないと思いますが、武運を祈っています」

「レイ君、気をつけてね。今回の依頼って、元々サイクロプス一匹しか確認されていなかったのに、ここにきて急に五匹とか……多分、何かがあったんだと思うから」


 レノラの隣のケニーがレイにそう告げてくる。


「ああ、忠告はありがたく受け取っておくよ。ま、五匹いるって言ってもサイクロプスだ。多分何とかなると思う」


 レイがサイクロプスと戦った経験があるというのは、以前それとなく話したことで覚えていたのだろう。

 また、サイクロプスのランクがCで、レイのランクがBだというのも影響していた。

 ベテランと呼ばれるランクCとランクDだが、同じベテランであってもランクCとランクDというのは大きく違う。

 言わば、ランクCモンスターは基本的にランクCパーティが互角に戦える相手であり、ランクDモンスターは個人でどうにかなるという違いがある。

 ランクCは一流に近いベテランであり、ランクDは初心者に近いベテラン……といったところか。

 勿論何事にも例外というのは存在する。例えば高ランク冒険者にも関わらずソロで――セトという相棒がいるが――活動しているレイのような存在だ。

 一般の冒険者に比べて規格外と呼べるだけの能力を持ち、だからこそケニーやレノラも多少心配をしながらも増援に向かうというレイを止めることはなかった。


「お願いします」

「レイ君のことだから心配いらないと思うけど、油断しちゃ駄目だよ」


 そんなレノラとケニーの言葉に小さく頷き、レイは踵を返してギルドを出て行く。

 ギルドの中にいる冒険者は、嫉妬や憧憬、喜び、悲しみ、怒りといった複雑な感情の視線をレイの背へと向ける。

 冒険者として、やはりレイという見かけとは裏腹の力を持つ人物は注目せざるを得ない相手だった。






「グルルルルゥ!」


 ギルドを出たレイを真っ先に迎えたのは、当然のようにそこにいるセト。

 つい今し方ヴィヘラとビューネが急いでギルドを出て行ったのを見て、何かあったのだろうというのはすぐに理解出来た。

 いや、そもそもセトは人間よりも鋭い五感を持っているのだから、ギルドの中でサイクロプスの討伐依頼に対する援軍を探しているディーツの叫びが聞こえていてもおかしくはない。

 セトを愛でようとして集まってきた者達も、セトの気配が唐突に変わったのには気が付いたのだろう。しつこくセトと遊ぼうとする者は何も分かっていない子供くらいしかいなかった。

 その子供も、親や近くにいた大人が言い聞かせるようにすれば、しつこくはしない。

 誰にも邪魔されることなく立ち上がったセトは、ギルドから出て来たレイを迎える。


「聞こえてたみたいだな」

「グルゥ」


 当然、と喉を鳴らすセトにレイは笑みを漏らしながらその頭を撫でる。

 阿吽の呼吸とでも表現出来る程に自分の意思を汲んでくれるセトの存在がありがたかった。


「じゃ、正門前まで行くか」

「グルルゥ!」


 その場にいた人々は、レイとセトがこれからどにに行くのかは分からない。

 それでも、ここで邪魔をしてはいけないというのは理解していた。


「セト、頑張れよ」

「セトちゃん、今度取っておきの肉を食べさせてあげるから元気で帰ってきてね」

「何するのか分からないけど、セトなら大丈夫だろ」


 周囲から掛けられるそんな声に、セトは嬉しそうに喉を鳴らす。……その理由の大半は取っておきの肉という言葉だったのだが。

 そして周囲から掛けられる声の大半……より正確にはほぼ全てがセトへと向けられたものであり、ギルムでのセトがどんな立場にいるのかというのをしっかりと現していた。

 レイに対する言葉が殆どなかったのは、やはり普段の行いの結果なのだろう。

 ともあれ、そんな風に声を掛けられながらもレイとセトは正門へと向かって進む。


「セト、聞いてたと思うけど、今回の敵はサイクロプス。しかも五匹だ。ランクCモンスターが五匹となると、ミレイヌやヨハンナ達だとちょっと荷が重い。俺達も急ぐぞ」

「グルゥ!」


 セトに取ってもミレイヌやヨハンナは親しい相手だ。

 その二人が危険だと知れば、当然見捨てる気はない。

 春ということで、いつもより人の多い道をすり抜けるように走って行く。

 当然セトのような身体の大きい存在が走っていれば驚くような者も多いが、走っているのがセトだと理解すると驚くと同時に微笑ましいものでも見たかのように、手を振って応援すらしていた。

 中にはギルムに来たばかりでセトの存在を知らない者もいるが、そのような相手には周囲の者達があれは従魔で危険はないと教える。

 そう言われても慣れない者にとってはグリフォンを間近で見るというのはそれだけで大きな衝撃なのだが、それも辺境故のことだと言われれば納得せざるを得ない。

 ……他の国の辺境でグリフォンが街中を走っている光景を目にすることが出来るのかと言われれば、誰もが素直に頷けはしないのだが。

 とにかく街中を走って正門へと到着すると、そこには馬に乗っているディーツとヴィヘラ、そしてヴィヘラの前に抱かれるようにして乗っているビューネの姿があった。

 三人が乗っている二頭の馬と、何かあった時の為の代え馬として更に二頭。

 しっかり調教した馬を選んだのか、セトの姿を見ても驚く様子はない。


(サイクロプスとの戦いの場に向かうんだから、当然か)


 内心で呟くと、既に街を出る手続きをしていた三人に続くようにレイもまた素早く手続きを済ませる。

 他に手続きを待っている者もいたのだが、サイクロプス討伐の為の援軍として向かうという話をするとすぐに譲ってくれた。

 親切心もあるが、自分達が街道でサイクロプスに襲われるような危険を少しでも減らす為という思いもあったのだろう。

 そうして手続きを終えると、レイはランガに軽く礼の言葉を告げてギルムの外へと出るのだった。

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