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レジェンド  作者: 神無月 紅
三年目の春
958/3865

0958話

 その光景を見ていた商人は、最初何が起きたのか分からなかった。

 いや、理解はしている。正確には分かりたくないという意識の方が強いのだろう。

 馬車の護衛として雇ったヴィヘラとビューネという二人の女……正確には一人の女と一人の少女。

 ビューネの方は殆ど口を利かず、片言の言葉だけで意思疎通をするという珍しい人物ではあるが、それでも普通に意思疎通は可能だったし、何より腕が立った。

 そしてもう片方……ビューネの保護者のように振る舞っているヴィヘラは、その派手な美貌と男を挑発するような服装をしており、どうしても商人は目を奪われてしまう。

 これまで商人としてそれなりに多くの美人を見てきた男だが、それでも自分の人生の中で最も美しい女であるというのは否定出来ない事実だった。

 その上気安い態度で自分や他の者達にも接してくれる相手なのだから、好意を抱くのは当然だろう。

 その好意がヴィヘラの美貌から男女間の好意……恋慕へと姿を変えるのも、寧ろ自然な話だった。

 ヴィヘラに対して好意を抱いているのは、この商人だけではない。この馬車で共に旅をしている相棒の商人も同様であり、夜寝る時にはお互いその話で盛り上がったりすることも珍しくはない。

 多少気が早いが、このままギルムへと到着したら依頼という形ではなく、直接自分に雇われて欲しいと頼むつもりでもいた。

 その判断は決してヴィヘラの美貌だけで決めた訳ではない。ここまで何度かモンスターや盗賊といった者達に襲撃されたが、その全てを片手間に倒した技量は、護衛としても十分過ぎる程頼りになるものだったのだから。

 そして将来的には自分の妻となり、共に人生を歩んで欲しい。

 そんな思いまで抱いていたのだが、目の前の光景を見ればそれは儚い夢だったと悟らざるを得ない。

 護衛をして貰っている中で何度となくヴィヘラの笑顔は見てきたが、今自分の視線の先で浮かべているような笑顔は見たことがなかった。

 その笑みを向けられている相手が誰なのかを知っていれば、恋敵になれるとすらも思えない。

 直接見るのは初めてだが、グリフォンに乗っており、身の丈を超える大きさの鎌を持っているような人物が誰なのかというのは、商人である以上当然知っていた。

 ここ一、二年で一気に有名になった人物であり、去年のベスティア帝国との戦争ではこの人物だけでベスティア帝国軍を半壊させたとも言われる人物。

 深紅の異名を持つランクB冒険者、レイ。


(さよなら、僕の初恋……)


 商人は唇を重ねる二人からそっと視線を逸らし、自分の初恋があっさりと終わったことを悟る。

 そうして隣を見た商人は、そこで相棒が悲しそうな表情を浮かべているのが目に入り、今日の夜は二人で自棄酒を飲もうと決心した。

 そんな哀れな商人達をそのままに、ヴィヘラは嬉しそうな笑みを浮かべてビューネと共にレイとの再会に喜ぶ。


「それで、レイ。どうしてここに? 私を迎えに来たのなら嬉しいんだけど」


 口付けを交わして一応は満足したのか、ヴィヘラは何故レイがここにいるのかを疑問に思って尋ねる。

 それも当然だろう。春にギルムへ行くというのは前もって言っておいたが、それでもこうしてタイミング良く姿を現したのはヴィヘラの目から見ても考えられないことだったのだから。


(もし本当に私が来るのを悟ってここにやって来たのなら、運命というものかしら。……エレーナに怒られそうだけど)


 盗賊に襲われた自分を助けに来た白馬の王子様といった幻想を抱くヴィヘラだったが、幻想でしかない。

 そもそも盗賊に襲われたというのは事実だが、襲ってきた盗賊を返り討ちにして、向こうが逃げ出す素振りを見せると挑発してその足を止めるという行為をしていたのだから、ヴィヘラが姫役という配役には多少無理があった。

 レイの言動や持っているのがデスサイズという巨大な鎌であることを考えると、こちらもまた白馬の王子様というのは難しいだろう。


「どうしてって言われてもな。本当に偶然通りかかっただけってのが正しいな」

「偶然に? ……どこかに行ってたの?」

「ああ。冬の間にちょっと依頼を受けて、グラシアールっていう所の士官学校の教官をやってたんだよ」

「……また、随分と予想外な展開ね」


 また何かしたんでしょう? といった視線を向けてくるヴィヘラにレイが返したのは、曖昧な笑み。

 実際ギルムで起きた決闘騒動がなければこんなことにはならなかったと思うのだが、それでももう起こってしまったことは仕方がない。

 そこまで考え、ふと聖光教についての件を思い出す。

 自分が大敵として狙われたのであれば、共に行動したヴィヘラやビューネといった面々もまた狙われてもおかしくないのでは、と。

 そのことに気が付き、レイが口を開こうとしたのと、近くにいたビューネがレイのドラゴンローブの裾を引っ張るのは殆ど同時だった。


「ん!」


 いつものように短く告げたビューネが指さしたのは、地面に倒れている盗賊達。

 死んでいる者も何人かいるが、その殆どが意識を失って倒れているか、意識はあっても動けない状態となっている。

 盗賊を放っておいてイチャつくな! と言いたいのだろうビューネの言葉は、正論でもあった。

 痛みで動けないような者は、時間が経てばまた動けるようになる。

 レイ、セト、ヴィヘラ、ビューネといった者達がいる以上、身体が動けるようになっても何かが出来る訳でもないだろうが、万が一という可能性を考えない訳にもいかない。


「そうね、じゃあ取りあえず盗賊達を縛っておきましょうか。……ああ、そうそう。私達はあの商人の人達の護衛をしてギルムまで行くつもりだったんだけど、レイはどうする?」

「……どうすると言われてもな。特に何か用事がある訳でもないし、良ければそっちに同行するよ」


 士官学校の教官についての依頼は一応ギルドを通しての指名依頼という形にはなっている。

 だが、そこには政治的な事情も存在しており、色々と融通を利かせることは難しくない。

 例えばレイとセトがギルムに戻るのに多少時間が掛かるといったように、だ。


「そう? じゃあお願いしてくるからちょっと待っててくれる?」


 レイが同行するというのが嬉しかったのだろう。ヴィヘラは馬車へと向かって走って行く。

 その際にヴィヘラの着ている薄衣が春の風に揺れてその肉感的な肢体をレイへと見せつけたのだが、レイはそっと目を逸らして見なかったことにする。


「ん!」


 そんなレイのドラゴンローブを引っ張るビューネ。

 盗賊の方を指さしているのを見れば、何を言いたいのかはすぐに分かった。


「セト、俺は盗賊を縛るから、一応周囲の見張りを頼むな」

「グルゥ!」

 

 レイの言葉にセトが鳴き、それを見たビューネは表情を殆ど変えないながらも、少しだけ目元を緩める。

 ビューネもセトに対してはエグジルの経験を経て愛着を持っており、セトが変わっていなかったことに対する嬉しさもあるのだろう。


「じゃあ、ビューネ。取りあえず生きている盗賊を縛っていくぞ」

「ん!」


 ミスティリングから取り出したロープを出して告げるレイに、ビューネもすぐに我に返って頷く。

 そうして気絶していたり、ダメージによって動けない盗賊を選んではロープで縛り上げていく。

 盗賊達の何人かは、何とか隙を突いて逃げようと考えている者もいた。

 だが見張りを頼まれたセトがそんなことを許す筈もなく、またダメージが酷い為にろくに動けず、結局はレイとビューネによって縛り上げられていく。

 そうしている間に、話をつけたのだろう。ヴィヘラが嬉しそうな笑みを浮かべてレイの方へと近寄ってくる。


「どうだった? ……って、その様子を見ると聞くまでもないか」

「ええ、基本的には問題ないそうよ。向こうもレイのことは知ってたみたいだし。ただ、ちょっと話してみたいらしいから、行ってきて貰える? こっちの方は私がやっておくから」

「分かった」


 ヴィヘラの言葉に対し、レイは寸分の躊躇もなく頷く。

 普通であればヴィヘラを心配するような言葉が出てもおかしくはないのだが、レイとヴィヘラの場合はお互いの性格や能力を十分に分かっている為だ。

 持っていたロープをヴィヘラに渡したレイは、少し離れた場所にいる馬車へと向かう。

 そこで待っていたのは、二十代半ば程の男が二人。

 片方は人の良さそうな表情を浮かべており、もう片方は若干不機嫌そうな表情を浮かべている。


「俺に用事だと聞いたけど?」

「はい。何でも僕達の護衛に加わってくれるという話ですが……その場合、ギルムまでの短い間ですが共に旅をすることになります。そうである以上、貴方の人柄を知っておく必要があるかと思いまして」


 人の良さそうな男の方がそう告げると、それを遮るように不機嫌そうな男の方が口を開く。


「正直なところを言わせて貰えば、あんたの評判は決していいものだけじゃない。まぁ、いいものも結構あるのは事実だけどな。その辺を考えると、ヴィヘラさん達みたいに全幅の信頼を置くことは出来ないんだよ」

「それは否定出来ないな」


 そもそも、レイは盗賊を好んで襲うというような真似を幾度となくしてきたし、貴族と敵対したこともあり、ギルムでも屈指の実力を持っていたアゾット商会と揉めたことすらもある。


(……あれ? そう考えると俺って実は結構……いや、かなり危険な存在なのか? 傍から見ると絶対に関わり合いになりたくないと思っても仕方がないような……)


 ふと自分が行ってきたこれまでの行動を思い返したレイは、こんな風に警戒されても当然なのでは? と、寧ろ納得してしまう。


「そうか。分かって貰えたようで何よりだ。……ま、一介の商人である俺達にこんな風に言われても暴力を振るったりしないのを考えれば、噂ってのが大袈裟なのかもしれないけどな」

「だから言っただろ? ヴィヘラさんの知り合いなんだから、そこまで警戒する必要はないって。それに異名持ちの冒険者なんて、普通なら僕達に雇える筈もないんだからいい機会だよ」

「……お前がそう言うんならいいけどよ」


 不機嫌な方の商人はそう告げると、それ以上は不満を口にしない。

 本音を言えば、レイと一緒に行動したくはなかった。

 一目惚れに近いヴィヘラがレイに向けている視線を考えると、ここからギルムまでの期間が苦痛でしかないと思えた為だ。

 自分の好きな相手が、その恋人とイチャつく光景を目の前で見せられる。それは、半ば精神的な拷問に近い行為なのだから。

 せめてもの救いは、二人の商人のどちらもまだヴィヘラに対して想いを伝えていなかったことだろう。

 もし想いを伝えていれば、どうしようもなく居心地が悪くなったのは間違いない。


「そうか。じゃあ、短い間だけどよろしく頼むな」


 そんな商人二人の思いに全く気が付いた様子のないレイは、そのまま商人に背を向けると盗賊達を尋問しているヴィヘラの方へと向かう。


「……いいんだな?」

「ああ。勿論だよ。今更何を言っても意味はないだろう? なら、彼の……深紅の異名を持つ冒険者に護衛をして貰った方がまだ多少の元は取れるってものさ」

「お前、何気に図々しいよな」

「そうかな? ま、初恋は実らないって言うしね。このくらいはいいんじゃないかな?」


 商人二人はお互いにお互いの失恋を茶化すように告げながら、ヴィヘラに対する想いを自分の中へと封じ込めるのだった。






「どうだ? アジトの場所とかは吐いたか?」

「ええ。優しく尋ねたらすぐに教えてくれたわよ」


 笑みを浮かべて告げるヴィヘラだったが、縛られている盗賊達の近くに手や足の形でめり込んでいる地面があるのを見れば、ヴィヘラが言う優しくというのがどのような行為だったのかを想像するのは難しくはない。

 もっとも、レイにそれを咎めるつもりは一切ない。

 視線の先で縛られている盗賊達がこれまで行ってきただろう行為を考えれば、ヴィヘラの言う通り優しい……いや、優しすぎる尋問だったと思うからだ。


(もっとも、警備隊に引き渡されれば改めて尋問されるんだろうし、その時にどんなに厳しい尋問になるのかを考えれば哀れにしか思えないけどな。その後は奴隷だろうし。……自業自得だろうけど)


 自分達の未来に待っているのがどんな待遇なのかを悟っているのだろう。落ち込んだ様子で俯いている盗賊達を一瞥すると、ヴィヘラに向かって口を開く。


「それでアジトの場所は? まぁ、今回襲われたのはヴィヘラ達なんだし、分け前を寄越せとは言わないけどな。……あ、でも最初に攻撃した時に使った槍が壊れたから、その補充くらいはさせてくれると助かる」

「槍なら盗賊達が使ってたのがあるでしょ?」


 ヴィヘラの視線の先には、その言葉通り盗賊達が使っていた槍が地面へと落ちていたのだった。

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