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レジェンド  作者: 神無月 紅
のじゃ、襲来
954/3865

0954話

 士官学校での最後の授業を終えたレイは、身綺麗にしてから馬車へと乗り込みグラシアールの中を移動していた。

 馬車の側に、レイの相棒でもあるセトの姿はない。

 レイはセトを連れて行きたかったのだが、これから向かう場所がどこであるのかを考えると無理も言えなかった。

 セトもレイと一緒にいられなかったのは残念そうだったが、それでも模擬戦で身体を動かしたのである程度ストレスは発散出来たのだろう。大人しく厩舎へと戻っていった。

 ……自分のことで、あまりレイに無理をさせたくないというのもあったのだろうが。


「こうして馬車で移動するってのは久しぶりだな」

「うむ? レイ殿は馬車を使うことが少ないのか?」


 馬車の中で不意にレイの口から出た言葉に、レイの横に座っていたエリンデが不思議そうな視線を向けてくる。

 そんな視線に、レイは小さく笑みを浮かべて頷く。


「どこかに行く用事があっても、セトに乗った方が明らかに早いからな。馬車で移動するとなると、こうして俺だけで移動する時か、街中での移動とかだな」

「羨ましいのう。妾もセトに乗ってみたいのじゃ」


 エリンデの向かいに座っているマルカが、羨ましそうにレイへと視線を向ける。

 空を飛ぶというのがどのような体験なのか一度経験してみたいと思っているマルカだったが、当然公爵家令嬢でもあるマルカにそう簡単に空を飛ぶ機会が訪れる訳もない。

 もっとも、マルカくらい小さければセトでも何とか乗せることは出来るのだが、それはコアンがまず許さないだろう。


「いっそ竜騎士にでもなるか? ……マルカの場合、魔法が得意なんだから空飛ぶ魔法使いって感じでいいと思うけど」


 だからこそ、レイの口から出たのは半ば冗談に近い言葉だった。

 何となく思いつきで口にしたその言葉に、マルカは意表を突かれたように目を見開く。


「……お嬢様?」


 マルカの隣にいるコアンが、微妙に不安を抱きながら尋ねる。

 このような態度を取ったマルカをこれまでにも何度か見たことがあった為だ。

 そして、決まってそのような時は大きな騒動が巻き起こってきた。

 ……例えば、何故か供の者を殆ど連れずにギルムへと行った時のように。

 おかげでクエント公爵家はレイという人物との繋がりを得たのだが、それも結果論に過ぎない。

 そのせいで振り回されたコアンは、マルカに心酔していても大きな疲労を覚えたものだった。

 かつての苦労を思い起こしながらマルカの方へと視線を向けたコアンだったが、当のマルカはそんなコアンに気が付いた様子もなく真面目な表情で小さく呟きながら何かを考えている。

 馬車の中はそんなマルカの様子を最後に、誰が何を言うでもなく自然と沈黙に満ち……やがて目的地が見えてきた。


「これは……凄いな」


 そんな沈黙を破ったのは、レイ。

 視線の先にあるのが、かなり巨大な屋敷だったからだ。

 今まで見たことがある中で最も大きな建物といえば、ベスティア帝国の帝都にあった城だろう。

 その城に比べれば明らかに小さいのだが、そもそも屋敷と城では別物なのだから、レイの目には初めて見る大きさの屋敷だった。

 ギルムにあるダスカーの屋敷もそれなりに大きいが、それでも今レイの視線の先にある屋敷と比べるとどうしても小さく映る。 貴族街に建っていた屋敷とは比べものにすらならない。

 もっとも、それは当然だろう。視線の先にあるのはクエント公爵の屋敷であり、ダスカーの……ラルクス辺境伯とは文字通りの意味で爵位が違うのだから。


「うん? ああ、大きいのが良いことということでは決してないのじゃがな。自分の家を移動するのに馬車を使うようなのは、面倒でしかない」

「……馬車……」


 その言葉に、改めてレイは屋敷へと視線を向ける。

 屋敷の大きさを考えれば、歩いて移動するのに時間が掛かるというのは理解出来た。


「まぁ、あんなに大きければな……」


 レイのイメージとしては、自分の家が建っている敷地を移動するのに車を使うようなものだろうか。

 ともあれ、そんな屋敷に意識を奪われている間にも馬車は進み、門へと到着する。

 クエント公爵の屋敷だけあって、その門を守っている人材は一流と呼べる者達だった。

 マルカが顔を出せばそれだけですんなりと中に入ることが出来、やがて敷地内に幾つも建っている屋敷の一つへと到着する。


「ついたぞ。さて、レイ。妾は父上を呼んでくるので、お主はメイドとエリンデと共に部屋で待っておれ! 行くぞ、コアン!」

「ちょっ、お嬢様。待って下さい!」


 馬車を開けるとすぐに走り去ったマルカをコアンが追う。

 この場に残されたレイとエリンデの二人は、どちらともなく視線を交わすと馬車から降りる。

 そこには、当然のようにメイドがレイとエリンデを待っていた。


「レイ様、初めまして。私はメイドのキャミーと申します。今回、レイ様とエリンデ様のお世話をすることになりました。短い間ですが、よろしくお願いします」


 メイド服に身を包んだキャミーという女は、二十代半ば程か。クエント公爵家に仕えているだけあって、清潔感があり、顔立ちは非常に整っている。


「よろしく頼むよ、キャミー」


 エリンデは顔見知りなのか、気軽にそう言って歩き出す。

 レイもそんな二人の後へと続き、建物の中へと入っていくのだった。






「へぇ……」


 キャミーに案内された部屋を一瞥すると、レイの口から感嘆の声が漏れる。

 部屋の中には幾つもの絵画が飾られており、また幾つもの家具が存在していた。

 その全てがここで待つ者の目を楽しませるに十分な代物で、事実レイはその光景に目を奪われている。


「レイ殿がこの部屋に案内されるということは、クエント公爵も随分とレイに気を使っているんだろうね。違うかい?」


 ソファへと座ったエリンデがキャミーへと視線を向けて尋ねると、キャミーは笑みを浮かべて淹れ立ての紅茶をテーブルの上へと置きながら口を開く。


「私はお二人をおもてなしするように言われただけですので」

「ふーん。……レイ、あまりキャミーに気を許さないようにね。彼女はこう見えても元ランクB冒険者だ」

「あら、もう随分と昔のことですから、そこまで警戒することはないと思いますが」

「そうかい? ま、私はクエント公爵に雇われている身だし、心配することはないと思うけどね。レイは気をつけた方がいい」


 そう告げたエリンデだったが、レイはその言葉に特に驚いた様子も見せずに軽く頷くと、再び部屋の鑑賞へと戻っていく。

 レイの目から見ても、目の前で自分達の世話をしているメイドはかなりの力量を持っているのは感じ取れた。

 別にレイはクエント公爵と敵対している訳ではない以上、特に警戒する必要はないだろうという思いが強い。

 そんなレイの姿に、キャミーは少し驚きの視線を向ける。

 敵対していなくても、普通であればキャミー程の腕を持つ者が近くにいれば、どうしても警戒はしてしまうものだ。

 だが、レイがキャミーの正体を知っても、それを気にする様子は殆どない。

 勿論完全に無関心という訳ではなく、最低限の意識は向いているのだろう。それでも、それ以上の意識は向けていなかった。


(何かあってもどうにでも出来ると思っているから、でしょうか。……その辺が私と同じランクBであっても、違うところなのでしょうね。ランクBの到達が限界だった私と、ランクBが通り道でしかない異名持ちの人。少し嫉妬してしまいますね)


 内心の考えを表には出さず、客室では穏やかな時間が過ぎていく。

 そんな時間が二十分程経った頃、レイは部屋に近づいてくる数人の足音に気が付き、遅れてキャミーやエリンデがそれに気が付く。


「どうやら来たようだね。もう少し時間が掛かると思っていたのだけど」


 紅茶をテーブルの上に置いたエリンデが呟くのと同時に扉がノックされ、少しの問答の後で部屋へと入って来たのはクエント公爵家当主、ロナルド・クエントその人だった。

 その脇には護衛としてだろうイスケルドの姿もあり、マルカとコアンの姿もある。

 また、部屋の外には他にも何人かの気配があった。


(騎士団長自らが護衛ってのは、人手不足なのか? ……いや、スティグマの件を考えると寧ろ当然か)


 自分の考えで納得するレイだったが、実はイスケルドの警戒する対象に自分が入っているとは思いも寄らない。

 今はレイとクエント公爵家は友好的な関係だが、そもそもレイは中立派と見なされている。

 また、レイ個人も国王派とは色々と因縁がある以上、イスケルドとしてもレイを警戒しない訳にはいかない。

 ……もっとも、レイと接していればそんな考えが馬鹿らしいと思えるし、何よりレイにクエント公爵を自分から害するつもりはないのだが。


「待たせたか? すまんな、少し仕事が押していてな」

「いえ、少し待つくらいは何でもありません。それで……」

「うむ、分かっておる。……今日までの約二ヶ月、ご苦労だった。お主のおかげで士官学校の生徒達も良い刺激を受けたと聞いている。また、模擬戦における技術も今までより大分上がったと。こちらの都合で呼びつけてしまった訳だが、感謝している」


 厳しい顔付きのままで告げてくるロナルドだったが、本人はこれでいて喜んでいる……というのは、以前マルカから聞いた話だ。

 感情が表情に表れにくいというのは、貴族として過ごすのであればいいのかもしれないが、こういう時には相手に誤解を与えかねない。


「俺の方こそ、色々といい経験をさせて貰いました」


 それは決してロナルドに対する追従ではなく、レイの本心からの言葉だった。

 これまでレイが訓練を付けてきた相手は、基礎が完全に出来ているとは言えないバスレロや、既に一定以上の実力を持っていた元遊撃隊の面々だった。

 そのような者達に比べると、士官学校の生徒達はある程度の基礎は出来つつも、元遊撃隊の面々のように一定以上の実力を持っている訳でもない。

 丁度バスレロと元遊撃隊の中間に位置するような存在だった。

 そう考えると、今はともかく将来的に何らかの糧になるのでは? と、レイが思うのも当然だろう。


「そう言って貰えると助かる。……さて、まずは早速だが報酬の件を済ませよう。確かお主の希望は火炎鉱石だったな?」

「はい。知っての通り、炎の魔法やスキルを得意とする俺にとって、火炎鉱石は色々と使い勝手のいい素材なので」


 既にレイの代名詞とでも呼ぶべき存在になった炎の竜巻……火災旋風。

 それを知っているだけに、ロナルドもレイの言葉を聞き、素直に納得する。


「今回はこちらの不手際でお主にも色々と迷惑を掛けた。以前にも言ったと思うが、その件の迷惑料の意味も込めて、報酬は多めにさせて貰った。……入ってこい」


 ロナルドがそう告げると、四人の男達が部屋の中へと入ってくる。

 全員が身長二mを超えており、身体には見て分かる程の筋肉がついていた。

 そして、それぞれが一人一つずつ高さ一m程の樽を持っており、その樽が床へと置かれる。


「公爵様、これでよろしいでしょうか? ただ、かなりの重さなのですが……」

「構わん。あの者に掛かれば、この程度の重さなどどうということもないだろうからな」


 自分達の力が侮られたのかと思ったのか、四人の男の代表が一瞬だが不満そうな表情が浮かんだ。

 だが、ロナルドを相手にそんな表情をいつまでも浮かべていられる筈もなく、その表情はすぐにいつものものへと戻る。

 そんな男達の様子だったが、ロナルドがその様子を見逃す筈がない。

 このまま不満を溜め込ませたままにするのは良くないと判断し、男達がいる前でレイへと声を掛ける。


「これが報酬となる、火炎鉱石三樽だ」

「……樽は四つあるようですけど?」

「うむ。そちらはお主と知り合えた記念や、マルカが迷惑を掛けた分の品だな」


 ロナルドの口から出た言葉は、レイの意表を突く。

 元々は火炎鉱石を二樽というのが報酬だった筈だ。

 だが、それがスティグマの襲撃を許してしまったということで三樽になったのだろうが、そこへ更に火炎鉱石以外の代物を貰えるとは思っていなかった。


「いいんですか?」

「貰ってくれれば、こちらとしても嬉しい。……そのもう一つの樽の中に入っているのは、風雷鉱石となる。それなりに珍しい物だが知っておるか?」

「……はい、勿論。そんな物まで貰えるとは思ってませんでしたが」


 火炎鉱石が炎の魔力が込められた鉱石であれば、風雷鉱石というのは風と雷の二つの魔力が込められた鉱石だ。

 火炎鉱石という名前は火とより強い炎の属性が込められた鉱石なのだが、別々の属性が込められた魔法鉱石というのはより希少価値が高く、利用範囲も高い。


(火災旋風に巻き込めば、恐らく風の魔力で火災旋風そのもののがより大きくなり、更には雷の魔力で雷を纏ったりもする……と思う。それに、当然鍛冶師や錬金術師に持ち込めばマジックアイテムの材料にもなるし。……そう言えばノイズから奪った長剣を槍にってのはどうなったんだろうな。ギルムに戻ったら顔を出してみるか)


 そんな予想をしながら、レイは樽の方へと近づいていく。


「満足して貰えたようで何よりだ。では、納めて欲しい」

「はい、ありがとうございます。これ程の物が貰えるとは思いもしませんでした」


 ロナルドへと言葉を返しながら、樽へと触れてはミスティリングの中へと収納していく。

 樽を運んできた男達はその様子に大きく目を見開きながら驚き、先程のロナルドの言葉に納得の表情を浮かべる。

 こうして報酬の引き渡しが終わり……残る行事はこの日の夜に行われる送別会のみとなるのだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 読み返してて ん? ってなった点が 強いメイドさんが20代半ばの時点で元Bランクってことは20代前半、公爵家に雇われるまでのルートを考えると10代後半時点でBランクに到達してたって事に…
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