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レジェンド  作者: 神無月 紅
のじゃ、襲来
952/3865

0952話

「……レイ? このような場所で一体どうしたのだ?」


 スティグマとの一件が終わってから十日程が経ち、ようやく士官学校の中が落ち着いてきた頃、レイは珍しく一人で士官学校の敷地内を歩き回っていた。

 レイに対して天の涙を使った犯人についてはまだ不明だが、それ以外の件は殆ど解決したということもあって、気楽に歩き回ることが出来るようになっている。

 幸い模擬戦の授業は三年、四年のSクラスとも午前中に終わっており、午後は完全に自由な時間だったので暇潰しに歩いていたのだが、そこで唐突に声を掛けられる。

 声のした方へと振り向くレイだったが、そこに警戒はない。

 その声は聞き覚えのある声だった為だ。

 そうして振り向いたレイの視線の先にいたのは、貴族の子息でもあるエーランドだった。


「そっちこそどうしたんだ? 今はまだ授業中じゃないのか?」

「いや、それが何だか急な用件があるということで、自習になってな」


 特に何かを隠しているような様子も見えないことから、別に授業をサボっている訳ではないと判断する。

 もっとも、エーランドのような人物が授業をサボるような真似をするとは思えない為、最初からそれ程疑っていたわけではないのだが。


「……そう言えば」


 お互いに黙り込んだ中、不意にエーランドが口を開く。


「うん?」

「いや、レイには以前私の面倒に巻き込んでしまったからな。一応報告しておこうと思う」


 そう言われたレイだったが、何を言っているのか分からないといった様子でエーランドへと視線を向け……やがて数秒後、ようやくエーランドと再会した時のことだと思い出した。


「ああ、あの時の……」

「もしかして忘れていたのか? あんなに大勢に襲われたような出来事を?」

「ま、そっちに色々とあったように、こっちでも色々とあったんだよ」


 エーランドに対して肩を竦めてみせたレイだったが、刺客ではあってもそれ程腕が立つ訳でもない集団に襲われるというのは、レイにとってそれ程大きな出来事ではなくなっていた。


(我ながら、騒動に好かれているよな。刺客に襲われたのを日常の出来事の如き記憶だとか。……まぁ、言い訳をさせて貰えば、そんな有象無象よりもその直後に出て来たスティグマ三人の印象が強過ぎたってのがあるんだろうが)


 何故か行く先々で騒動に巻き込まれてしまう自分の不運に小さく溜息を吐いたレイが、改めてエーランドへ向かって口を開く。


「それで、そっちはあれからどうなったんだ? 刺客に狙われたりは……してないんだろうけど」

「ふむ、よく分かったな。確かにあの日から刺客に襲われるようなことはない。その為に敷地の外に出ないようにしているのだし」

「……そうか」


 そう言葉を返すレイだったが、学園長のエリンデから刺客と思しき者達が士官学校の警備兵を殺したという話を聞いている以上、その言葉に素直に頷くことは出来なかった。


「クエント公爵には、つくづく感謝の気持ちを抱くしかないな」

「うん? 何でだ? いや、ここに匿って貰っているのは十分にありがたいんだろうけど」

「勿論それもある。だがそれよりも助かったのは、クエント公爵の力により私の命を狙っていた者が失脚したのだ。それも、爵位諸共にな」

「あー……なるほど」


 その言葉が何を意味しているのかというのは、レイにも理解出来た。

 それこそつい今し方レイが考えていた、士官学校に刺客を送りつけてきたのが影響しているのだろうと。

 次世代の人材を育てる為の士官学校に対し、刺客を送り込むような真似をしたのだ。エーランドの命を狙っているだけであればまだしも、そんな真似をすればロナルドが自分と敵対したと判断するのも当然だろう。

 今回の件を仕切っていた騎士がスティグマに半ば脅されて取った行動ではあったのだが、元々事情が事情だ。それを知ったからといってロナルドが手を抜く筈もない。

 その結果、エーランドの命を狙っていた組織は壊滅状態に陥っていた。

 そこからイモヅル式にエーランドの叔父まで辿り着き……その結果が、今エーランドが口にした結果だったのだろう。


(俺としては、出来れば聖光教の方を完全に消滅させて欲しかったんだけどな)


 聖光教の件を考え、レイの口から溜息が漏れる。

 スティグマの一件があり、当初はこれでミレアーナ王国から聖光教が一掃されるかも……という期待を抱いていたレイだったが、その期待はすぐに失望へと変わった。

 去年の迷宮都市エグジルに続いての騒動ではあったのだが、そのような真似をしてもどういう訳か聖光教に対する討伐の類は全く起きなかったのだ。

 それこそミレアーナ王国の中でも最大勢力を誇る国王派の重鎮の本拠地でこれだけの騒ぎを起こしておきながら、だ。

 勿論それはレイにとっても看過出来ることではない。

 だが、ロナルドがコアンを通して送ってきた手紙によると、聖光教はミレアーナ王国の中でもかなり深い位置にまでその根を伸ばしているということだった。

 寧ろ、スティグマと呼ばれる聖人がこの都市で死んだことが問題視されているという話まで出てくれば、レイの目から見ても今のままではどうしようもないというのは理解出来る。


(このままミレアーナ王国が聖光教に飲み込まれたら……ギルムを出て他の場所に本拠地を移す必要もあるか)


 レイが本拠地としているギルムは辺境という地にあり、ダスカーの辺境伯という爵位もあってかなり独自性が強い。

 それでもミレアーナ王国に所属している領地であり、街であるというのは変わらない。

 そうである以上、ミレアーナ王国が聖光教により浸食されるようなことになれば、その影響はどうしても受けざるを得ない。


(確か、向こうの世界でも中世とかに宗教が国を乗っ取るとか何とかあったよな。……あんな感じか?)


 そうなってしまえば、聖光教という存在が大敵として認定している自分はどう考えても最悪の結末しか迎えられない、と。

 いっそ逃げるのならベスティア帝国に逃げるか、それとも話だけは聞いていたがまだ一度も行ったことのない魔導都市オゾスに向かうか。あるいはそれ以外の国という選択肢もある。

 そんな風に暗い考えの中でも脳天気に明るい未来を考えていたレイだったが、ふと隣にいるエーランドが自分を呆れたような目で見ているのに気が付く。


「人と話をしているのに考えごととは……私が相手だからいいが、普通の貴族相手にそんな真似をすれば相手の印象が下がるぞ? 下手をすれば無礼討ちに……いや、レイを相手にそんな真似をする者がいる筈がないか」


 エーランドの脳裏を過ぎったのは、無礼討ちにしようとして武器を抜いた貴族が、逆にレイの手で殴り飛ばされている光景。

 いや、殴り飛ばすという程度で済めば御の字なのだろう。下手をすれば命に関わるかもしれないのだから。


「……気をつけろよ? 本当に気をつけろよ?」


 その言葉は、レイを心配して出た言葉……ではなく、レイの手に掛かりかねない貴族を心配しての言葉だった。

 レイへと迂闊に手を出した為に国王派の貴族が減るというのは、エーランドにとっても嬉しいことではないのだから。

 特にここ暫くは自分の命を狙っていた叔父のように、綱紀粛正により貴族としての立場すらなくなってしまう者も少なくない。

 そんな風に国王派の貴族が減っている中で、更に貴族の数が減るというのはエーランドにとっても決して他人事ではなかった。


「うん? まぁ、元々俺は貴族と関わること自体……うん、いや、そうだな」


 言葉を濁すレイに、エーランドは本気で心配そうな視線を向ける。

 そんな視線を向けられたレイは、そっと視線を逸らす。

 本人は貴族と関わるのをあまり好んでおらず、関わりたいとも思ってはいないのに、何故か貴族と関わることが多いという事実を全力で記憶の彼方へと投げ捨てながら。


「とにかく、私の件は片付いた。迷惑を掛けてしまったから、そのことは一応知らせておこうと思ってな」

「……報酬はきちんと貰ってるんだから、気にする必要はないと思うけどな」


 エーランドが襲われた日から数日後、エーランドはレイを尋ねて報酬を渡している。

 そうして報酬をしっかりと得ているのだから、レイにとってはエーランドがそこまで気にしている理由が分からなかった。

 もっとも、そうして気にされるのは決して悪い気分ではないのだが。


(貴族の中にもこういう奴がいるから、全ての貴族が滅べ! とはいかないんだよな)


 レイの脳裏を何人かの親しいと表現してもいい貴族達の顔が過ぎる。

 それはエレーナであったり、ダスカーであったり……ミレアーナ王国の貴族ではなく、既に皇籍も捨てているがヴィヘラだったりした。

 それ以外にも何人かの貴族の顔が浮かんでは消えていく。


「そう言われても、これが私の性格なのだから仕方がないだろう。……それで、だな。その……」


 何か言いにくそうにしているエーランドに、レイは不思議に思いながら口を開く。


「どうした?」

「その、だな。……図々しい頼みだというのは分かっているし、必要なら幾らか報酬も払う。だから……私とも模擬戦をやってくれないか?」

「随分とまた唐突な話を持ってくるな」

「……駄目、か?」


 懇願するような……とまではいかないが、それでも頼んでくるその視線に、レイはどうするか迷う。

 だが、今の自分が士官学校の教官という立場である以上、例え担当以外のクラスの人物からの要望であっても、出来るだけ答えた方がいいだろうと判断する。


「分かった。幸い今はどこのクラスも体育館を使っていなかった筈だ。行くぞ」

「あ……ああ!」


 エーランドも、自分が無理を言っているのは分かっていた。

 レイとの模擬戦というのは、本来であれば幾ら金を払ってでもやりたいと思う者が多い。

 それを、多少の縁があっても無理を言って模擬戦をして貰うのだから、若干後ろめたい思いを抱くのも当然だった。

 レイが刺客と戦った時の動きを見ていれば、その強さがどれだけのものかは理解出来る。

 ……いや、正確には自分よりも遙かに強いというのは理解出来るが、その差がどれ程あるのかというのは理解出来なかったのだが。

 その強さを自分も得たい。これから自分も貴族として生きていくのだから、強さはどうしても必要だった。

 特にそれが士官学校出の貴族として戦場に立つことが確実であるのなら。

 拳を握り締め、エーランドは先に行ったレイの後を追って体育館へと向かう。






「はぁ、はぁ、はぁ……」


 レイとエーランド以外は誰もいない体育館に、荒い息の音が響く。

 当然その音を出しているのは床に座り込んでいるエーランドで、レイはいつも使っている模擬戦用の槍を手にしてただ黙ってそんなエーランドを見ていた。

 そのまま数分が経ち、ようやくエーランドの呼吸が整ってきたところでレイが口を開く。


「来い、続きだ。自分から模擬戦を望んだんだ。まさかこの程度で終わりはしないだろう?」

「と、当然だ!」


 息は何とか整ったものの、足が微かに震えたままのエーランドは模擬戦用の長剣を手に立ち上がる。

 勿論足が震えているのはレイに対して恐怖を抱いているからという訳ではなく、疲労からくるものだ。

 模擬戦を始めてからまだ十分も経っていないのだが、それでもエーランドの身体は疲労しきっていた。

 普段であれば、十分戦った程度でここまで疲労はしない。

 しかし、レイが相手となれば話は違った。

 何気ない攻撃の一振りが、とてつもない威力を持っているのだ。

 最初にエーランドがレイの槍の一薙ぎを長剣で防御した時は、文字通りの意味で身体を吹き飛ばされてしまい、何が起きたのかも理解出来なかった。

 技術云々以前に、圧倒的な身体能力の差が根底にある。

 レイがどれだけの実力を持つのかは、刺客との戦いを近くで見て知っていた。また同じSクラスということで三年、四年の先輩達から話を聞いてもいた。

 だが、見て聞いて……それでも自分で実際に体験するのとでは大きく違う。

 自分に向かって振るわれるレイの槍をまともに受けず、弾くのでもなく、回避へと専念する。それでいて、どうしても回避しきれない一撃は受け流す。

 そんな風に何とかレイの攻撃を耐えながら、レイが時折見せる攻撃の隙を突くかのように長剣の一撃を繰り出し……だが、その一撃もレイの振るう槍によって容赦なく弾かれる。


「隙があるのと、隙を意図的に作って見せているのは大きく違う。敵を自分の思い通りの位置へと攻撃させる為には便利な方法だが、それにあっさりと引っ掛かるような真似はするな。注意深く観察しながら戦え。迂闊に相手の手に乗れば……」


 一旦言葉を止めたレイに、嫌な予感がしたのだろう。エーランドは必死に弾かれた長剣を手元に戻し……次の瞬間、何が起きたのかすら分からないまま、その身体は空を舞っていた。

 感じた衝撃による痛みもあるのだが、何をどうしてそうなったのかは分からない。

 それでも大人しく床へ叩きつけられるのはごめんだと、何とか空中で体勢を立て直そうとして、無様にではあるが背中から床に叩きつけられるのは何とか回避することに成功する。

 床の上を何度となく転がるその姿は、貴族であると言われても信じる者は少ないだろう。

 それでも気絶せずにすんだエーランドは、足をよろめかせながら立ち上がる。

 そうしてレイへと長剣を向け……再び跳び掛かるのだった。






 レイはこうした日々を過ごしながら、時間は経ち……やがて、教官の契約が終了する日がやってくる。

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