0926話
カクヨムがオープンし、私の作品も1話が投稿されている……筈ですので、興味のある方は見て下さい。
ミレアーナ王国の田舎から始まる、英雄を目指しながらも何故かテイマーの才能を持ってしまった少年の活躍を描く「リトルテイマー」は以下のURLからどうぞ。
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『え?』
レイの言葉を聞いた三年Sクラスの生徒達は、全員が今自分が何を聞いたのか理解出来ないとでも言いたげに、レイへと聞き返す。
もっとも、そうしながらも生徒達の視線はレイの横で体育館の床に寝転がっているセトへと向けられているのだが。
今日の午前中に四年Sクラスの生徒と思う存分遊んで――セトの視点だが――貰ってある程度は満足したのか、現在のセトは特に興奮することもなく寝転がっている。
もっとも、それは今レイが話をしているからでもあり、もし遊んでもいいと言われれば喜んで起き上がっただろうが。
ともあれ、三年Sクラスの生徒達が今考えるべきは、セトよりも目の前に立っている人物が口にした言葉だった。
つい最近この士官学校に教官としてやってきた、異名持ちのランクB冒険者。
多少なりとも増長しがちだった生徒達の意識を、折るどころか木っ端微塵になるまで砕いた人物。
攻撃を一度すら当てることが出来ず、心が折れそうになったのもそう昔の事ではない。
もっとも、レイがこの学校に来てからまだ五日程度しか経っていないのだが。
だが、逆に言えば五日……毎日一回は模擬戦の授業があるので、今まで五回も一方的に蹂躙されているのだ。
もしそんな目に遭っているのが自分達だけではなく、四年Sクラスの先輩達もレイに攻撃がかすりでもしていないと聞かされていなければ、完全に心が折れていただろう。
「だから、今も言った通り今日の模擬戦の授業はこの体育館じゃなくて、外でやる。正確には模擬戦じゃなくて雪合戦だな」
思考のフリーズ状態から、ようやくレイの言葉を理解したのだろう。
三年S組の生徒の一人が、恐る恐るとだが手を挙げて口を開く。
「えっと、その……すいません教官。私達は授業を受けに来たのであって、遊びに来た訳じゃないんですけど」
「当然それは知っている。……言っておくけど、ただの雪合戦じゃない」
その言葉に再び嫌な予感を覚えたのだろう。生徒達は眉を顰めてレイの言葉を待つ。
(この世界にも、やっぱり雪合戦はあったんだな。いやまぁ、普通に雪があれば思いつく遊びなんだし、あっても当然だろうけど)
グリンクに雪合戦の話を聞き、それがあるというのはきちんと確認してあった。
ただ、グリンクは雪合戦が……つまり遊びを模擬戦の代わりにやるというのに多少渋ったが。
それでもレイが説得すると、やがて渋々とだが折れることとなる。
「まず、この雪合戦の敵はお前達同士だ」
「それは……レイ先生と戦わなくてもいいということでしょうか?」
先程と同じ生徒が尋ねてくる言葉に、レイは頷きを返す。
「そうだな。俺とは戦わなくてもいい」
明らかに裏があると言わんばかりの言葉ではあったのだが、レイと戦わなくてもいいという言葉に、ここで下手に何かを聞けばもしかしてレイとの模擬戦をやらなければならなくなるかもしれない……という思いからか、その生徒を含めて口を噤む。
「ただし……その分雪合戦で最下位だったチームには、厳しい訓練が待っているからそのつもりでいるように」
『……』
その言葉に、多くの生徒達は悲しむのではなく納得の表情を浮かべる。
当然だろう。レイの訓練が厳しいのはこれまでで十分に分かっていた。
だというのに、本当に全員が楽しく雪合戦をやれるだけで終わる筈がないというのは、最初に予想出来ていた為だ。
「雪合戦のルールは簡単だ。それぞれにいつもと違って十人一組のチームを作って、グラウンドに陣地を作って貰う。そして、それぞれのチームには一本の旗を渡す。これだな」
そう言ってレイが取り出したのは、長さ一m程の木の棒に布が付けられている旗。
「この旗を倒されるか、奪われるかしたチームは負けだ。四十人いるから四チーム出来るな。最初にAチームとBチーム、次にCチームとDチーム、そして一回戦で勝ったチームが決勝を行い、最後に負けたチームが最下位を決める戦いを行う」
簡単なトーナメント方式の説明をすると、レイは文句はないなと生徒達を一瞥する。
だが、その時にはもう生徒達は自分達のチームに誰を組み込むのか、どのような戦術を取るのかを視線で相談し合っていた。
「どうやらいいようだな。じゃあ、チームを決めろ」
レイの言葉に、皆が一斉に自分達のチームを揃えるべく行動を起こす。
その様子を見ながら、レイはセトを撫でる。
「随分と意地の悪い授業ですね」
そんなレイへと向かい、グリンクが声を掛けてきた。
当初はグリンクも模擬戦の訓練に雪合戦のような遊びをするというのには多少反対したのだが、それでも旗を用意してそれを取り合うか倒すかといったルールを入れることにより、集団戦の訓練になると判断したのだろう。最終的には受け入れた。
「そうか? そもそも、これは授業だからな。ただ遊ぶって訳にはいかないだろ」
「……そうですね」
視線をレイの撫でているセトへと向けるグリンク。
その目にはセトを怖がっている恐怖の色は存在していない。
普通であればグリフォンを相手にこれ程早く恐怖心を捨てるというのは出来ないのだが、それが出来る辺り、何だかんだとこの士官学校で模擬戦の教官を任されているだけはあるのだろう。
もっとも、セトがレイに甘えている光景を見れば、そこまで怖がる必要はないというのはすぐに理解出来るのだろうが。
セトを撫で、グリンクと会話を交わしている間にも着々とチームは決まっていき……最終的には数分と掛からずに全てのチームが決まる。
それを確認したレイは、早速各チームに旗を配って外へと向かう。
当然、セトも一緒にだ。
「グルルルルゥ」
降り始めた雪に、嬉しそうに喉を鳴らすセト。
自分も雪の中を駆け回りたいと喉を鳴らすが、レイはそれを止める。
「もう暫く待ってるんだ。後で思う存分遊ばせてやるから」
「グルゥ……」
レイの声に残念そうに喉を鳴らすセトだったが、それでも大人しくしているのはレイが約束を破ることはないと理解しているからだろう。
そんなセトの頭を撫でてから、レイはそれぞれのチームに適当にA、B、C、Dとチーム名を付けていく。
「最初はAとB、次はCとDで戦うように、攻撃は雪玉のみで、直接攻撃したり魔法を使ったりスキルを使ったりするのも全て禁止だ。雪が当たった者はそのまま退場となる。ただ、手で叩き落とした時のみは失格にはならない。失格かどうかは、俺が見て判断する」
単純ではあるが、それだけに分かりやすいルール。
魔法を使える者はそれに文句を言ったが、レイは聞き流して口を開く。
「制限時間は二十分。時間が過ぎてもまだどっちの旗も残っているようなら、生き残ってる人数の多い方が勝ちだ。陣地を作るのや、作戦を決めるのに五分やる。始め」
その言葉と共に、AとB両方のチームは一斉にグラウンドへと向かう。
旗を立て、それを守るように雪で壁を作り、あるいは城塞のように雪で自分達が身を隠す壁を作る。
五分程度では納得の出来るものを作ることは出来ないが、それでも何もないよりは大分マシなのも事実だった。
そして五分が経ち……
「時間だな。始め!」
ミスティリングの中から取りだした懐中時計を一瞥してから、雪合戦と名前の変えた集団戦の訓練が開始される。
もっとも、開始の合図が掛けられたからといって、すぐに両方が動き出す訳ではない。
試合時間が過ぎれば生き残ってる人数の多い方が勝ちなのだから、自分達の陣地に篭もって敵を待ち受けるという戦闘方法を選ぶのは当然だった。
また、最初の五分では十分に自分達の陣地を作れていないので、その補強という意味合いも強いのだろう。
その結果、試合が始まってからもお互いが動く様子はない。
「やっぱりこうなりましたね」
「そうだな。グリンクの予想通りだった。この選択も間違ってる訳じゃないんだけど……」
予想通りの展開であったためか、特に何を言うでもなくレイは成り行きを見守っていた。
そうしてお互いに旗を守る為に雪で壁を作り終わるが、それでも積極的に交戦は行われない。
懐中時計へと視線を向けると、既に雪合戦が始まってから十分が経っている。
時間を確認してから、レイは雪合戦をやっている者達へと向かって口を開く。
「このまま何も起きずに時間になったら、お互いに戦意不十分ということで、罰として模擬戦を行う。尚、その際の模擬戦の相手は俺……だけじゃなく、セトも一緒にだ。それを承知の上でそういう行動を取るのなら、それはそれで構わない」
その言葉を聞いた瞬間、雪合戦をやっていた両チームが一斉に動き出す。
レイの口から出た今の言葉が、決して口だけのものではないということを理解していた為だ。
これまで行われてきた授業の中で、レイがやるといったことは全てきちんとその通りに行われてきた。
例えそれが一般的に見てどんなに馬鹿らしいことであったとしても、レイがやると言えばやる。
それを理解していたからこその行動。
お互いがたっぷりの雪玉を持って、敵へと向かっていく。
ある程度の距離が縮まったところで、臨時の盾として雪で壁を作る。
勿論お互いが相手にそんな真似をさせたくないということで、それを阻止しようとして雪玉を投げるが、お互いにこの三年Sクラスにいる以上、三年の中では精鋭と言ってもいいだけの実力を持つ。
しかも攻撃方法は弓矢という訳ではなく、素手で投げる雪玉。
当然その速度はそれ程速くはなく、壁を作りながらでもあっさりと回避可能だった。
雪が散らつくという悪条件も重なっているのだろうが、お互いに決定打を与えられないままに時間が過ぎていく。
勿論全員が無事という訳ではない。
ちょっとした油断や、雪に足を取られて滑ったり、降ってきた雪が眼に入って視界を塞がれたりして雪玉に当たるものはそれなりにいる。
それでも結局はそのまま時間が過ぎていき……
「そこまで!」
レイの口からその言葉が出た瞬間、Aチームの生き残りは八人、Bチームの生き残りは六人と、勝利の女神はAチームへと微笑む。
「やったぁぁぁぁあっ! 勝ち抜いたぞ! 取りあえずこれで最下位だけはない!」
「やったわ、やったのよ! 私達は生き延びたわ!」
Aチームの生徒達が喜びに叫ぶ。
そして、勝者のAチームと正反対なのが敗者のBチームだった。
「ああああああああああっ、嘘だ嘘だ嘘だ!」
「落ち着け! 最下位にならなければいいんだ! まだチャンスはある。次の戦いで勝てばいいんだ!」
「そ、そ、そ、そうよ。お、落ち着きなさい。そんなに動揺しれれば……」
「取りあえず、お前が落ち着け」
自分達が次の雪合戦……否、戦いで負ければどんな目に遭うのかを想像し、顔色を青くして悲嘆に暮れるBチームの生徒達。
そんな悲喜こもごもな様子を見ながら、レイは視線をC、Dチームの方へと向ける。
「よし、A、Bチームは端に寄れ。次はC、Dチームだ」
レイの指示に従い、それぞれが自分の取るべき行動を取る。
雪が降っているグラウンドの中、向かい合う二十人の生徒達。
それを見ながら、レイは大きく叫ぶ。
「試合、開始!」
その言葉と共に両チームが取ったのは、旗を持った人物と護衛の一人のみを除いて一斉に前へと出ることだった。
ただ時間切れを狙うような真似をすれば手痛い罰があると、試合で理解した為だろう。
そのまま一気に雪を握って相手へと投げつける。
中には自分で雪玉を投げず、作ることだけに専念している生徒もいる。
(随分と効率的に動けるようになったな)
感心したように内心で呟くレイだったが、もしそれを生徒達が知れば大きな声で『あんたのせいだ!』と叫ぶだろう。
もしくは、あんたのおかげとなるか。
どちらになるのかは不明だが、それでもレイが理由でこのような行動を取っているのは間違いない。
「くそぉっ! 勝つ! 俺達は絶対に勝つ! 負けてなるものか!」
「安心して負けなさい! 大丈夫、ここで負けてもまだもう一試合あるから!」
「そう言うなら、お前達が負けろよ!」
「くたばれえええええっ!」
「死ねやおらぁっ!」
「負けてたまるか、たまるか、たまるか、たまるかぁっ!」
雪合戦をやっているとは思えない、殺伐とした雰囲気の中で行われている戦いは、雪玉製造に専念している生徒のいる、Dチームが有利に進めていた。
一人、二人、三人、四人、五人と減っていくCチーム。
勿論Dチームの方も無傷ではない。
何人かが既に雪玉に命中して脱落している。
特に相手の人数が減ってきたからといって、旗を直接攻撃しようと回り込んだ者達が、次の瞬間には集中攻撃を浴びて脱落していた。
そうして時間が過ぎて行き……
「よし、二十分。そこま……」
そこまで。そう言おうとしたレイが、殆ど反射的な動きで身体を捻る。
同時に、どこからともなく飛んできた矢が、一瞬前までレイのいた空間を貫き、雪へとその鏃を埋めるのだった。