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レジェンド  作者: 神無月 紅
のじゃ、襲来
918/3865

0918話

『ふむ、なるほど。クエント公爵領にある士官学校か。その話は私も聞いたことがある』


 毎夜の如く……というのは言い過ぎだが、それでも二日から三日に一度は対のオーブを使って行われている、エレーナとレイの夜の会話。

 ここ何日かはグラシアールへと向かって移動していたので、レイもエレーナと会話をするのは随分と久しぶりに感じていた。


「やっぱり有名なのか?」

『うむ。クエント公爵騎士団に有能な人物を多く輩出しているという話だ。ケレベル公爵領でも似たようなものがあるが、クエント公爵領程の規模ではないしな』


 エレーナの口から出た言葉に、この士官学校の規模を思い出して納得の表情を浮かべるレイ。

 実際、この士官学校の広さはかなりのものであり、多くの者がこの学校の生徒として存在しているというのは明らかだった。

 もっとも、レイ自身はまだ生徒を殆ど見ていない。

 学園長室を出た後はサマルーンに学園の施設を案内して貰ったのだが、サマルーンの配慮なのか、人の多い場所はあまり近寄らなかった為だ。

 それでも、ある程度の生徒は遠目に見たりもしたのだが。


『ここ数日連絡が来ないと思っていたら、それが原因だったのだな。……それにしても、また随分と面白いことになっている』

「騒動に身を置いている俺としては、そんなに面白いって訳でもないんだけど」


 小さく肩を竦めて呟くレイに、エレーナは柔らかい笑みを浮かべた。

 元々が凜々しい顔立ちのエレーナだけに、不意に浮かべる柔らかい表情には目を惹き付けられる。

 レイはそれを表に出さないようにしながら、口を開く。


「とにかくだ。春まではこの士官学校にいることになりそうだから、『戒めの種』の方は……」

『解除されるのが多少遅くなっても問題はないさ。それに、こう言うのもちょっと残念だが、私の方でも多少問題が起きていてな』

「問題?」

『うむ。貴族派の中で最近代替わりをした家があってな。その者が私にちょっかいを出してきている』

「……ちょっかい?」


 その言葉を聞いてレイの脳裏には二つの事柄が思い浮かぶ。

 即ち、エレーナを目障りに思って実力で排除しようと考えている者と、女としてのエレーナを求めているという者。

 特にエレーナ自身が非常に魅力的な存在である以上、後者の可能性は非常に高いというのは否定の出来ない事実だった。


『どうやらケレベル公爵家と縁を持ちたいらしく、何とか私の気を引こうとしている』


 そして、事実レイの心配は的中する。


「……へぇ」


 小さく呟かれたレイの声は、聞く者が聞けば間違いなく背筋に怖気が走るだろう迫力を放っていた。

 だが、そんなレイの呟きを聞いてエレーナが浮かべたのは、恐怖ではなく笑み。

 それも苦笑や引き攣った笑みといったものではなく、嬉しさに満ちた満面の笑みとでも呼ぶべきもの。


『ふふっ、心配するな。勿論そのような男に興味はないからな。その場で断っておいたよ』

「それで向こうが諦めてくれればいいんだけどな」


 ケレベル公爵という家の力、姫将軍の異名を持つエレーナ、そして男であれば誰であろうと惹き付けてやまないだろう美貌すらも持つ。

 更に、まだ知る人ぞ知るといった程度しか知られていないが、継承の祭壇でエンシェントドラゴンの力を受け継いでいるというものもある。

 それでいて独身で婚約者の類もいないのだから、野心を持つ貴族にとってはこれ以上ない優良物件でもある。

 その際、レイという存在が問題になることは殆どない。

 エレーナを狙っている者達にとって、レイというのは異名持ちのランクB冒険者であるというのと、貴族同士の婚姻は全く別の話だと考えている為だ。

 お互いに好き合っている者同士だということは、本人に聞かされても信じられないだろう。


『問題ない。元々ケレベル公爵家としても乗り気ではないしな。それに、もし向こうが妙な真似をしてくれば……その時、こちらも黙っている訳にはいかない』


 その言葉と共にエレーナが浮かべた笑みは、非常に好戦的なものだ。

 それこそ、本来であればヴィヘラが浮かべるのが似合うだろう笑み。

 もし何かを血迷ってその男がエレーナと既成事実を作る為に襲い掛かったりした場合、その男は色々な意味で後悔することになるだろう。

 それが理解出来たレイは、話題を変える為に口を開く。


「そう言えばイエロはどうしたんだ?」

『うん? 夕食を食べ過ぎたらしくてな。今は眠っている』


 話題を変えたいというレイの思いを察したのだろうが、エレーナは特に何を言うでもなく、それに付き合う。

 エレーナにとっても、レイの前で他の男の――特に結婚に関しての――話をこれ以上したくないという思いがあった為だろう。


「そうか。セトも今頃は厩舎で眠ってるんだろうな」

『士官学校だと、どのような食事が出るのだろうな? 従魔……それもレイの従魔だということであれば、期待してもいいのだろう? 特に今回の場合、レイが国王派のゴタゴタに巻き込まれた形になった訳だし』

「どうだろうな。職員寮の食堂で出た食事は、普通のものだったけど」


 もっとも、レイの舌は決して味覚に鋭いという訳ではない。

 いや、アルコールの類を好まないのを考えると、お子様舌と表現してもいいだろう。

 ……その割りには、山菜のように子供が好まないようなものを好んで食べたりもするのだが。


『レイのことだ、恐らく料理を大量に食べたのではないか?』

「それは否定しない」


 自分のことを見透かしてくるエレーナだったが、その言葉を聞いているレイは不思議と嫌な思いを抱かない。

 これが他の人物からの言葉であれば、恐らく話は違ったのだろうが。


(多分、こういうのが気の置けない相手って言うんだろうな)


 レイは、エレーナと出会ってからの今までをしみじみと考える。

 それが表情に出たのだろう。対のオーブの向こう側で紅茶へと手を伸ばしていたエレーナが、不思議そうに口を開く。


『レイ、どうかしたのか?』

「いや、ちょっとな。エレーナと会ってから随分と長い時間が過ぎたように思えるけど、実際はまだ数年くらいだと思って」

『……ふむ。そうだな。私もレイと出会ってからは随分と経つように感じる。それこそ……いや、何でもない』

「どうしたんだ? 途中で止めるなんてエレーナらしくないが」

『うるさい。たまには私にも調子の悪い時がある』


 薄らと頬を赤く染めながら告げるエレーナの様子に、レイは軽く首を傾げる。

 いつも話しているエレーナであれば、このような態度を取らない筈……と思った為だ。

 もっとも、レイにとって乙女心というのは、この世界で最も理解出来ないものの一つだ。

 これ以上無理に尋ねれば、それが巡り巡って自分に不利な状況になるだろうというのは容易に想像出来た。

 だからこそ、レイは先程に引き続き再び話題を変える。


「国王派は今回の件で綱紀粛正を進めるって話だったけど、貴族派の方はどうなんだ? 俺の個人的な感覚で言わせて貰えば、綱紀粛正が必要なのは貴族派の方も同様なんだが。いや、中立派が完全に安心出来るって訳ではないのは分かってるけどな」


 突然変わった話題だったが、それを聞くエレーナの表情は微かに憂いを帯びる。

 自分の父親が中心となっている貴族派に、どのような貴族がいるのかを良く理解している為だ。

 それこそ貴族派という名前が悪いのか、自らが治める民に対して強権的に振る舞う者が後を絶たない。

 勿論上層部の方ではその辺りをきちんと理解している者も多く、横暴な振る舞いをしている者は少ない。

 ……少ないということは皆無という訳ではなく、それはつまり上層部でも相変わらず貴族の特権意識に凝り固まっている者がいることを意味しているのだが。


『国王派がこのような手段に出た以上、こちらも何らかの手を打たなければならないのは確かだろう。そうでなければ、国王派と違って貴族派は自浄作用がないと言われかねん』

「なるほど。そこを攻撃手段にする訳か。……まぁ、それでもあれだけの醜態を国王派が晒したってのは間違いのない事実なんだから、そうそう勝手な真似は出来ないと思うけどな」

『甘いぞ。貴族というのは相手の弱みに付け込むのが上手い。だとすれば、こんな絶好の機会を見逃すと思うか?』

「それを言うなら、国王派の方が弱みは多いだろ?」


 今回、国王派が綱紀粛正を図ろうとした原因は、言うまでもなくレイとの一件が原因だ。

 正確には、メイドを強引に連れていこうとしたのが発端だった。

 それもメイドに一目惚れしたという理由ではなく、単純に自らが慰み者にしようとして。

 その上であれだけの騒動になり、これ以上ない程の恥を掻いたのだ。

 その辺を突かれれば、国王派の貴族はどうしようもないだろう。

 そんな思いで告げたレイだったが、エレーナは首を横に振る。


『国王派、という言葉を理解しているだろう? 向こうは最終的には国王陛下を出すという手段も使える。……もっとも、そんな真似ばかりをしていれば皆に愛想を尽かされるから、そう簡単に出来ることではないがな』

「けど、今回はそのそう簡単な出来事ではないというのに当て嵌まると? ……だろうな」


 疑問を口にしながらも、レイはすぐに自分で納得してしまう。


『そうなる。……とにかく、春からはお互いに色々と忙しくなりそうだな』

「ああ。ヴィヘラもギルムに来るって言ってたし……間違いなく大きな騒ぎになる」


 帝国の元皇女というだけでも騒ぎになるには十分な話題性を持っているというのに、ヴィヘラはその外見が非常に派手だ。

 人の――正確には男の――目を惹き付けてやまないだろう体型に、踊り子や娼婦と見紛うような薄衣を服としている。

 何も知らず、強さを見抜けないような冒険者が、ヴィヘラに挑んでは返り討ちになる光景がレイにはまざまざと想像出来た。


(色気という面でマリーナと比べればヴィヘラも負けてないんだけど、向こうはどっちかと言えばしっとりとした大人の色気って感じなんだよな。……まぁ、そういうのに詳しくない俺の感想だから、恋愛の達人とかになれば話は別かもしれないけど)


 マリーナはしっとりとした色気、ヴィヘラは攻撃的な色気だろうと考えていたレイだったが、ふと気が付けば対のオーブの向こう側ではエレーナが据わった視線を自分に向けているのに気が付く。


「どうした?」

『……別に何でもない。ただちょっと嫌なことを思い出しただけだ。それより、レイが教官として模擬戦をやるんだったな? あまりやり過ぎないように。レイが本気で戦ったりすれば、生徒達の自信がへし折れるからな』


 先程までとは違い、今度はエレーナが話題を変えてきた。

 それを理解しながらも、この状況で下手な口を出せば悲惨な未来が待っているように感じ、レイはその話題に乗る。


「俺もそこまでやるつもりはないさ。ただ、問題は士官学校に通ってるのは基本的に俺よりも年上なんだよな。年齢で相手を過小評価するような奴ってのは、どこにでもいるから」

『ふふっ、そうだな。特にレイは身体も小さい。フードを降ろさなければ、それこそ生徒に間違われてもおかしくないな。そしてフードを取れば……』

「侮られる、と」


 自分の顔が決して強面ではないことは、レイが一番理解していた。


(まぁ、不細工な顔になるよりはこっちの方が良かったのは事実だけど。それに、この身長で強面の顔になったりしたら、それはそれでバランスが悪いし。……ゼパイルも、何だってこんな身長とか顔とかにしたんだろうな。最高傑作だなんだって言うのなら、せめて二十代くらいにしてくれれば良かったのに。そうすれば、エレーナと並んでも見劣りしなかっただろうし)


 何を思ってこのような姿にしたのかは分からなかったが、それでもゼパイル達の技術の結晶なのだから、とレイは不満を胸にしまいこむ。


『もっとも、レイが実力を見せればすぐに逆らうような者はいなくなるだろう。セトを一緒に連れていくというのもいいな。第一線で活躍している者でもセトを見れば怯むのだから、士官学校の生徒は言うまでもないだろう?』

「そうだな。何も知らない奴にとっては、セトは恐怖の象徴でしかないからな。……本性はあんなに人懐っこいのに」

『ふふっ、グリフォンなのだから無理もない。どうしたって人は先入観に影響される。セトがどれ程人懐っこいのかというのは、実際に触れてみなければ分からないさ。……敵に対して容赦しないというのはセトも主人に似ているがな』

「それは否定出来ない事実だ。セトは特にそうしたいと思ってそういう風にしている訳じゃなく、殆ど本能的なものだろうけど」


 夜が更けていく中……レイとエレーナはそれから一時間程対のオーブを使って会話を交わし、束の間の逢瀬を楽しむのだった。

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