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レジェンド  作者: 神無月 紅
のじゃ、襲来
916/3865

0916話

 厩舎での小さな騒動が終わり、セトと別れたレイとイスケルドの二人は職員寮へと向かっていた。


「セトだったか? てっきりレイと別れる時に駄々をこねるかと思ったが、素直だったな」


 離れた場所に見える職員寮へと視線を向けつつ告げるイスケルドに、レイは小さく肩を竦める。


「同じ敷地内ってのが大きいんだろうな。少し距離は離れてるけど、それは宿に泊まっている時とそう変わらないし。セトがその気になれば、いつでも俺のいる所に来られるってのもある」

「セトのことが殆ど知られていない状況で、グリフォンが敷地内を歩き回っているというのは、色々と不味いな。後でその辺を知らせておく必要が……」


 セトの扱いについて一人小さく呟いているイスケルドだったが、それもやがて職員寮へと到着すると終わる。


「さっきも見たけど、こうして改めて見ると迫力があるな」


 同じく歴史があるような場所には何度か足を踏み入れたレイだったが、それでも目の前の建物にしみじみと呟く。


(ま、ベスティア帝国の城を知ってるから、そんなに驚きはしないけど)


 帝都で何度か足を運んだ城に比べれば、目の前にある職員寮はそれ程驚くべきものでもない。


「そうでしょう。士官学校はそれなりに歴史のある学校ですから」


 そう言いながら、一人の男が職員寮の玄関から姿を現す。

 見た目は三十代程ではあるが、その体格はとても士官学校の教師とは思えない程に痩せている。

 骨と皮のみ……というのは多少言い過ぎだが、とてもではないが士官学校の職員を務めているようには思えない。


(いや、別に士官学校の職員でも、全員が鍛えられてる訳じゃないのか。事務職とか、そういう職員もいるんだろうし)


 それでもレイの中では士官学校の職員と言えば教官という思いが強かったので、どことなく違和感は拭えなかった。


「初めまして、レイさん。僕はサマルーン。今回レイさんの世話役をすることになります」

「世話役?」


 サマルーンと名乗った男の言葉に、レイはイスケルドの方へと視線を向ける。

 説明を求めるその視線に、イスケルドは当然と頷きを返す。


「俺は騎士団長という職務で色々と忙しい。今日は特別だがな。だからこそ、何かあった時にレイが相談する相手は必要だろう? それがこの男だ」

「イスケルドの言う通り、何か困ったことがあったら相談して下さい。全てに力になれる……とは言いませんが、それでも可能な限りの尽力はさせて貰います」

「そうか。じゃあ、何かあったらよろしく頼む」


 レイの言葉にサマルーンは笑みを浮かべて頷きを返す。


「ええ。僕としても大魔法使いとして名高いレイさんと一緒にいられるというのは、嬉しい限りですから」

「大魔法使い?」


 思いも寄らなかった敬称に、レイは一瞬何を言われたのか分からないと首を傾げる。

 レイ本人は、自分を魔法使いと認識していない為だ。

 当然だろう。身の丈以上の巨大な鎌を振るい、自分から敵に突っ込んで行くような者が自分自身を魔法使いと認識するのは難しい。

 レイ本人は、自分を魔法戦士として認識していた。

 それだけに、自分でも予想外のことを口にするサマルーンの言葉に意表を突かれたのだ。

 だがサマルーンの方はそんなレイの困惑を気にした様子もなく、嬉しそうな笑みを浮かべて言葉を続ける。


「そうですよ。敵軍勢を滅ぼす程の力を持つ炎の竜巻。どのような魔法構成で、どれだけの魔力があればそれ程のことが出来るのか僕には全く想像出来ません。他にも大量の魔力を消費するような魔法を次々と使えるという話も聞きますし。そして何より……」

「あー……待て待て」


 まだ言い足りないと言葉を紡ぎ続けるサマルーンに、イスケルドは口を挟む。


「何ですか!?」

「……お前、本当に魔法のことになると熱くなるな」


 気安い、相手のことを良く理解しているその口調は、この二人が初対面や何度か顔を合わせた程度ではなく、しっかりとした知り合いであることを示していた。


「とにかくだ。熱くなっているところを悪いが、俺はそろそろ仕事に戻らなければならない。こう見えても騎士団長だから、色々と忙しいんだよ」

「そう言えばそうでしたね。全く、よくイスケルドのような人に騎士団長を任せようと思ったものです。クエント公爵も何を考えているのやら」

「俺は一応、これでも民衆から人気のある騎士団長様なんだがな」


 人気のある、という言葉を聞いたサマルーンは、溜息を吐きながら首を横に振る。

 それは、見ている者を苛立たせるという意味ではこれ以上ない程の仕草。

 事実、イスケルドは頬をひくつかせながらサマルーンへと視線を向けたのだから。


「いいですか? 体力馬鹿の戦士と趣深い魔力を使う魔法使いを一緒にするような真似はしないで下さい」

「ほ、ほう……随分と愉快な態度を取ってくれるじゃないか」

「愉快? そうですね。滑稽な見世物に参加させられている気分です。そうは思いませんか?」


 サマルーンは、魔法使いなら分かるでしょう? とレイへ視線を向ける。


「あー……俺はどちらかといえば、魔法を使う戦士というのが正しいからな。魔法使いのことまでは……」

「何故ですか! 魔法というのは、この世で最も神聖なる力! どこぞの脳筋どもの力とは違うのです!」

「……お前な、温厚な俺でも怒るぞ?」

「ふふっ。温厚ですか。……それは面白いですね」

「ほう、何が面白いのか俺にも分かるようにきちんと説明してくれ」


 何故か話しているだけで険悪になっていく空気に耐えられず、レイは口を挟む。


「イスケルドは色々と忙しいんだろ。サマルーンも俺を部屋に案内をするって話だったんだから、ここで無駄に時間を使わない方がいいんじゃないか?」


 何で自分が……柄じゃないのにと思いつつ、それでもレイは目の前でいがみ合っている二人へと向かって告げる。

 そんなレイの思いを理解したのか、それとも単純にこれ以上無駄に時間を費やすのが嫌だったのか、ともあれ二人は黙り込むとお互いに無言で見つめ合う。……いや、睨み合う。

 視線を逸らしたのは二人同時であり、お互いの息がこれ以上ない程に合っていることを意味していた。


「しょうがない。ここはレイの顔を立ててこの辺にしておいてやる」

「それは僕の言葉だよ。このままイスケルドがここにいれば、脳筋が感染するじゃないか」

「おいこら、勝手に人を脳筋扱いしてるんじゃないぞ」


 はぁ、と再び始まったやり取りに、レイは処置なしと言いたげに溜息を漏らす。


(それにしても、イスケルドって随分と色んな顔を持ってるんだな)


 先程からイスケルドを見ていて、レイが思ったことがそれだ。

 レイがグラシアールへとやって来たのを出迎えた時には、威厳溢れると表現してもいいような態度であり、レイを士官学校へと案内している時には若干気安い雰囲気があり、そしてサマルーンとのやり取りでは腐れ縁を相手にするようなやり取り。

 人は相手によって態度を変えるものだが、それでも分かりやすい程に態度が違うというのは見ていて面白いものがあった。


「ふんっ、覚えてろ。いつか思い知らせてやるからな」

「そっちこそ。いつまでも脳筋患者を出し続けるような真似はするなよ」


 お互いがそれぞれ、レイにとっては悪口にしか聞こえない言葉のやり取りを終えると、それで会話は一段落したのだろう。

 イスケルドがレイの方へと視線を向け、口を開く。


「では、俺はそろそろ行かせて貰う。後のことは、癪だがこの骨に任せてあるからよろしく頼む。言うまでもないだろうが、教官として鍛える以上は相手が貴族の子供だとか一般人だとか、そういうのは気にしないでくれ。そういう教育を受けてきた奴が騎士団に入ってくれば、そっちの方が迷惑だ」

「……そう言われてもな。そもそも、俺がここで教官をやるのは春までだぞ? 早ければ二ヶ月……どんなに長くなっても三ヶ月はいない筈だ」

「分かってる。けど、お前みたいに強烈な奴が教官をやるんだ。なら、その影響は決して小さくないだろう。しかも……」


 そこで言いにくそうに言葉を詰まらせたイスケルドだったが、サマルーンが言葉を挟む。


「貴族に遠慮するようなことはしないんだから、教官や職員の方にも影響が出てくるのは間違いないだろうね」

「……そうだな、その結果を楽しみにしてる。サマルーンもしっかりと飯を食えよ」


 それだけを告げ、イスケルドは去って行く。

 その背を見ながら、サマルーンは面白くなさそうに呟く。


「ふんっ、食事さえきちんとしてれば元気だと思ってるんだからな。あの脳筋は」


 それでいながら、先程までと違ってどこか言葉が柔らかくなっているように感じたのは決してレイの気のせいではないだろう。

 だが、そんな雰囲気も数秒で消え去る。

 それこそ、今のは幻か何かだったと言わんばかりに。


「……失礼しました、レイさん。ついついあの脳筋と会うと、ああいう風になってしまうんですよ。それでは部屋に案内させて貰います」

「ああ、頼む」


 サマルーンに連れられ、職員寮の中へと入っていく。

 今は授業中の為なのだろう。殆ど人の気配はしない。

 そのまま階段を上がって二階へと向かう。

 階段を上がって、すぐの場所にある部屋。そこがレイの為に用意された部屋だった。


「さ、どうぞ」


 促されて中に入ると、ベッドや机、椅子、来客用だろうソファや水差しといった具合に必要な物は大体揃っている。


「へぇ……」

「どうですか? 一応それなりに用意したつもりなんですけど」

「ああ、問題ない。必要な荷物とか道具とかは大抵これに入ってるし」

「……そう言えば、レイさんはアイテムボックス持ちだという噂が……」


 レイが差し出した右腕に嵌められたミスティリングを見て、サマルーンは呆然と呟く。

 噂は噂であり、レイがアイテムボックスを持っているというのは全く信じていなかったらしい。


「アイテムボックスというのは素晴らしいですね。……うん?」


 レイの右腕のミスティリングへと熱烈な視線を向けていたサマルーンだったが、不意に視線を窓の方へと向ける。

 そこには、小鳥の姿があった。

 それだけであれば、警戒心が薄いただの小鳥だということで終わっただろう。

 事実、レイもその小鳥に多少の違和感――人がいるのに逃げ出そうとしない――はあったが、それだけだ。

 だがサマルーンはレイとは違ったらしく、その小鳥を見て小さく溜息を吐く。


「学園長ですか。……つまり、レイさんを連れてこいと?」


 誰にともなく……いや、小鳥へと向かって尋ねたサマルーンの言葉に、その小鳥は小さく頷きを返す。

 その上で、早く来いとでも言いたげに、足で何度も自分の立っている場所を踏みつける。

 それは、傍から見れば小鳥が地団駄を踏んでいるようにすら見えた。


「分かりましたよ、すぐに行きます。……申し訳ありません、レイさん。本来なら今日はもうゆっくりして貰って、明日学園長室にお連れするつもりだったのですが、学園長の方から催促が来てしまいました。よろしければ、これから学園長室に僕と一緒に来て貰えませんか?」

「まぁ、俺は構わないけど……使い魔か何かか?」


 エレーナが使用する竜言語魔法によって生み出された使い魔のイエロを思い出しながら尋ねると、サマルーンは溜息を吐きながら頷く。


「はい。学園長は魔法の技量はかなりのもので、時々こうして使い魔を使って職員に指示を出すんです。正直、慣れないって人もいるんですけどね」

「サマルーンは慣れている様子だけど?」

「ええ。こう見えても僕は魔法使いですし」


 若干得意気な笑みを浮かべるサマルーンだったが、レイから見ればこう見えてというよりも、そのままの外見で納得出来る。

 身体中に筋肉が満ちていたイスケルドと違い、サマルーンの身体は細い。

 とても近接戦闘が出来るような存在には思えず、杖を持っていれば典型的な魔法使いにしか見えないのは間違いなかった。


(それか、学者とかか?)


 イスケルドとのやり取りを考えれば、恐らく魔法使いだろうが……と思っていると、小鳥が早く来い、と言いたげに足音を立てる。

 それを見たサマルーンは、仕方がないと溜息を吐く。


「分かりましたから、そんなに急かさないで下さい。レイさん、行きましょう。学園長はどうにもレイさんと早くお会いしたいらしいので」


 その言葉に何か不満でもあったのか、再び小鳥は足音を立てる。


「……そうだな。使い魔ってのはちょっと興味深いし、話を聞いてみるのもいいかもしれないな」

「レイさんにはグリフォンがいるでしょうに」


 そう言いながらも、サマルーンはこれ以上学園長を待たせると面倒なことになると理解しているのか、レイを伴って職員寮を出るのだった。

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