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レジェンド  作者: 神無月 紅
のじゃ、襲来
911/3865

0911話

 その声が聞こえた瞬間、カウンター内部にいたギルド職員の全員……どころか、依頼書を見ていた数少ない冒険者までもがその声の主へと視線を向ける。

 その声の主が誰なのかを理解しているからこその行動。

 褐色の肌と白銀の髪。男を惹き付けて止まない美貌。

 それでいて、男好きのする身体を覆っているのは胸元が大きく開いたパーティドレスであり、深くスリットの入っている場所からは肉感的な太股が微かに見える。

 男であれば……あるいは女であっても色気に迷ってしまってもおかしくないだけの美貌を持つ女は、それでいながら目には高い知性の光があった。

 外側だけ美しい女というのは、それこそミレアーナ王国を探せば幾らでもいるだろう。

 だが、知性と美貌の両方を兼ね備えた女というのは数少ない。

 その数少ない女がこの人物であり、その尖った耳と褐色の肌は女がダークエルフであることの証明だった。


「ギルドマスター」


 その人物の役職をケニーが呟く。

 マリーナ・アリアンサ。ミレアーナ王国の辺境にあるギルムの冒険者ギルドのギルドマスターだ。


「ケニー、悪いけど彼女達を私の部屋に通して貰える? 話は私が聞くわ」

「……分かりました」


 色々と言いたいことはあったケニーだが、それでもギルドマスターであるマリーナにこう言われて逆らえる筈もない。

 そんなケニーの様子に小さく笑みを浮かべ、改めてマリーナはマルカへと声を掛ける。


「では、私のお部屋で話しましょうか」

「うむ。そうして貰えると、妾も助かるのじゃ」


 意見が一致し、マルカ、コアン、レイの三人はカウンターの中へと入っていく。


「レノラ、お茶をお願いね。それとレイが食べる分の軽食も適当に」

「はい」

「悪いわね。じゃ、行きましょうか」


 こうして、三人はマリーナに案内されて執務室へと向かう。






「座ってちょうだい」


 ソファへと座り、マルカ達へと声を掛けるマリーナ。


「うむ。……お主がマリーナか。以前来た時には会えず、噂でしか聞いたことがなかったが、どうやら噂の方が大人しかったみたいじゃのう」

「ふふっ、それを言うのなら貴方もそうでしょう? 風、土、光の三属性を操る天才少女で、ミレアーナ王国の次代の魔法を代表する者。冒険者の中でも貴方の名前は有名よ?」

「妾はまだまだ未熟じゃよ。その証拠に、レイにも勝つことは出来んしの」

「……そもそも、レイに勝てるような存在がそうそういるとは思えないのだけど。そんな人物が何人もいたら、それこそミレアーナ王国がベスティア帝国を一方的に蹂躙してるでしょうし」


 お互いに笑みを浮かべつつ、相手を褒め合う。

 そのまま数分程会話をしていると、やがてレノラが紅茶やサンドイッチといった軽食を手に部屋へとやってくる。


「ご苦労様。そこに置いていってちょうだい」

「はい。その……指名依頼の書類の方は、まだ作らなくてもいいんですか?」

「ええ。それはこっちでやっておくから、心配しなくてもいいわ」

「そうですか。では、失礼します」


 一礼し、レノラは執務室から出て行く。

 その際、レイへと心配そうな視線を向けていたが、それでも特に何か口に出すような真似はしなかった。

 そうしてレノラが部屋の中からいなくなると、マリーナはテーブルの上の紅茶を手に、足を組み替える。

 褐色の肉感的な太股がレイやコアンの目に触れるが、二人ともそちらに意識を向けるようなことはしない。

 それを残念に思った訳でもないだろうが、マリーナはマルカに向かって口を開く。


「さて、今回の国王派の件に関しては、こっちにも色々と情報が入っているわ。その件にレイを巻き込みたくないというのが士官学校の教官にしたいという理由なんでしょう?」

「ほう、さすがギルムのギルドマスターじゃな。耳が早い」


 感心したように呟くマルカだったが、マリーナは笑みを浮かべて首を横に振る。


「そもそも、エリエル伯爵家の件はギルムで有名ですもの。……その、色々と」

「……そうか」


 色々という言葉に含まれた意味を理解したのだろう。マルカはそっと視線を逸らす。

 自分の所属している国王派という派閥が、この街でどれだけのことをやらかしたのか。それを知っているからこその態度だった。


(もっとも、その色々があったからこそ、こうして父上達も行動に出たんじゃが)


 それでもギルムで国王派が肩身の狭い思いをしているというのは、マルカにとっては歓迎出来ることではない。

 中立派の動きを知らせる情報収集、辺境故の稀少なモンスターの素材の入手、辺境だからこそ集まってくる強い冒険者のスカウトと、その他諸々の、ギルムでやるべき国王派の仕事が軒並みやりにくくなってしまうのだから。

 幸いマルカのような子供にまでそんな態度を向ける者はそれ程多くないし、コアンのような存在がいる以上は迂闊な真似は出来ない。

 だが、ギルムにいる他の国王派の者達が肩身の狭い思いをしているのは事実だった。


「ともあれ、じゃ。妾としてはレイをこの冬の間だけでも教官として士官学校に迎え入れたい。その間にこちらで手を打つ。どうじゃ? ギルムで妙な騒ぎを起こされるより、そっちの方がいいのではないか?」

「それは否定出来ないわね。いつもならギルムで妙な真似は出来ないのに、と言えるんだけど」


 マリーナは紅茶のカップをテーブルに置き、物憂げな瞳を浮かべる。

 そこで言い淀む理由は、レイにも分かった。

 現在、ギルムの警備隊を纏める立場にいるランガはエリエル伯爵家へと向かっている為に不在となっている。

 勿論警備兵が無能揃いという訳ではない以上、そう簡単に街中で騒ぎが起きる訳ではないが、それでも警備兵の動きが多少――あくまでもランガがいる時と比べてだが――なりとも落ちているのは事実だ。


「じゃろう? ならば問題はあるまい?」

「いえ、色々と問題はあるでしょう? そもそもの話、冬の間グラシアールで士官学校の教官をやるにしても、今日ギルムを発って明日着くって訳にはいかないんだから。普通でも二十日程度は掛かる筈よ? 更に、今は冬で雪が降っているのを考えると、一月は掛かると思うのだけれど」


 マリーナはそこで一旦言葉を止め、執務室の窓へと視線を向ける。

 窓の外では、雪が降っていた。

 レイ達がギルドへとやって来た時に比べると、明らかに強くなっている雪。


「それだけの時間を掛けてグラシアールに到着して、その後教官をやるとしても……殆ど時間がないと思うわよ? それこそ一ヶ月……長くても二ヶ月程度。それだけの時間で士官学校の生徒がレイに何かを教われると思う? そもそも、レイが初対面の相手に何かを上手く教えるということは難しいと思うのだけど」

「その辺は心配いらない」


 マリーナの言葉に正面から言い返すマルカ。

 その態度はマリーナにとっても意外なものだったのだろう。答えを促すように視線を向ける。


「ギルドマスターの言う通り、普通であればグラシアールまで二十日程度は掛かる。じゃが、それが普通でなければ? 馬車はマジックアイテムとして作り出された代物であり、それを牽く存在も馬ではなくテイムされたモンスターじゃ。事実、妾がグラシアールからギルムへとやって来るまでに掛かった時間は十日じゃったぞ? それも、雪の中を進んで、じゃ」


 どうじゃ、とその小さな胸を張るマルカ。

 自慢をしているのだろうが、傍から見るとその光景は子供が虚勢を張っているようにしか見えない。

 マルカの後ろに控えているコアンもそれは理解しているのだろう。珍しく少し困った様子で口を挟むかどうか迷っている。

 だが、そんなコアンを置いてマルカは言葉を続ける。


「それに、じゃ。いざとなったらレイをセトに乗せて先にグラシアールまで向かわせるという手もある」

「いや、それはどうなんだ」


 レイが思わず突っ込む。


「む? 何か不満かの? 空を飛ぶセトであれば、それこそ曲がりくねった道を無視出来るし、山を越える事も出来よう。間違いなく妾と馬車で行くよりも早いと思うのじゃが」

「空の上というのは寒いのよ? しかも今は冬。それこそ遭難してしまうじゃない」


 そう告げるマリーナだったが、レイはそれに首を横に振る。


「そっちは問題ない。このドラゴンローブは温度を一定に保つという能力があるし、俺も寒さには弱くないからな」


 そもそも、ゼパイル達が生み出した身体だ。それにドラゴンローブがあれば、真冬の雪山でも普通に過ごすのは難しい話ではない。

 グリフォンのセトも、その程度の寒さでどうこうなる程に弱くはないし、寒さという点では問題がなかった。


「では、何が問題なのじゃ?」

「まず第一に、俺がそのグラシアールとかいう街? いや、クエント公爵の本拠地なら都市か? ともかくそこに行っても信用して貰えるかどうかだな。俺とセトだけなんだから、確実に怪しまれる」

「それは妾が手紙を書けば問題ないじゃろう。そもそもグリフォンを連れた冒険者というのはレイくらいしかいないのじゃから、レイにすり替わるという真似も難しいじゃろうし」

「……門番がマルカの筆跡とかを理解出来るのかどうかはともかく、それは効果がありそうだな。もう一つの問題は、俺が初めて行く場所に上手く到着出来るかってのがあるな。それこそ、さっき言ったように街道を外れて近道するようなことになれば……」


 言葉を濁す。

 地図の類があれば、街道を通って移動するのは難しい話ではない。

 だが、街道も何もない場所……例えば山のような場所を通っていくとなると、どうしても土地勘のようなものが必要になってくる。

 これが冬以外であれば、街や村の外に出ている狩人や冒険者といった者達に聞くことも難しくはない。

 だが生憎と今は冬で、外に出るような者達は少ない。

 そんな中で無事に目的地に辿り着けるかと言われれば、レイは首を傾げざるを得なかった。

 特にレイの場合は盗賊退治で意図せぬ寄り道をすることも多い。

 それが、一度も行ったことのない街へ、地図がない状態で行けるかと言われれば……


「多分無理だな。地図でもあれば、セトに乗って街道沿いを飛んでいけるから話は別だけど」

「あるぞ」


 レイの言葉に、マルカがあっさりとそう告げる。


「あるのか?」


 地図というのは非常に稀少な代物で、それこそ機密に近い。

 それがあるというのだから、レイがマルカの言葉を疑ってしまっても仕方がないだろう。


「うむ。可能であればレイにはセトと共に先行して貰う予定じゃった。そうである以上、地図は必要になると思ってな。父上から持たされたのじゃ!」


 凄いだろう! と再度胸を張るマルカ。


「つまり、それはクエント公爵も承知の上ということ? クエント公爵領とその周辺の地図を?」

「うむ。それだけ父上は今回の件を重く見ているということじゃな。ただ、勿論この地図を盗んだり、誰かに見せたり、ましてや売ったりした場合、相応の処置を取るということじゃ。……コアン」

「はい」


 マルカの言葉に、コアンは懐から折り畳まれた地図を取り出す。

 だが、それはまだレイへと渡されない。


「この地図は、レイさんがきちんと依頼を受けてからお渡しすることになります。まず大丈夫でしょうが、これをレイさんが悪用した場合、お嬢様が大変苦しい立場に置かれてしまいますので、くれぐれもご注意下さい」

「……でしょうね」


 コアンの言葉にマリーナが頷く。

 自領の詳細な地図というのは、それだけの重みを持っている。

 それを見ず知らず……とまではいかないが、自分の一族の関係者でもなんでもない者へと貸すのだ。

 もしその地図を悪用した場合、クエント公爵がレイに対して断固とした態度を取るというのはマリーナにとっては当然だった。

 それこそ、真っ正面から戦っても勝ち目がないと知りつつ、それでも軍を興すくらいはしかねない。

 それ程の覚悟を持って地図をレイに預けるのだ。

 そこには、レイに対する信頼……がある訳ではなく、マルカの目に対する信頼の方が強い。


「では、これで問題はないな? レイは妾の依頼を受けるということでいいのじゃな?」

「レイがそれでいいと言うのであれば、私としては文句はないわ。どう?」

「問題ない。報酬も魅力的だし」

「……報酬? レイがお金に困ってるとは思えないし、だとすると……」


 レイの口から出た報酬という言葉に数秒考え、すぐにレイの趣味を思い出したのだろう。

 自分がレイに無理な依頼を頼んだ時も、その方法を使ったのだから。


「マジックアイテムを報酬に?」

「む? 惜しいが外れじゃ。正解は火炎鉱石じゃよ」

「火炎鉱石? ……ああ、なるほど」


 レイが深紅という異名を得ることになった、その理由。

 レイの奥の手でもある、炎の竜巻。

 その炎の竜巻に火炎鉱石を使えばどうなるかというのは、マリーナもすぐに理解出来る。


(凶悪なんて程度じゃないわね)


 少し心配になったマリーナだったが、それでも指名依頼としての形式が整っており、依頼を受けるレイが納得してるのならということで納得する。


「じゃあ、レイはいいのよね?」

「ああ。春までには終わるんだろ?」


 確認の意味を込めて視線を向けるレイに、マルカは頷きを返す。


「うむ。それは問題ない。父上も時間を掛ける訳にはいかぬしな。……じゃがお主、妙に春に拘るの。何かあるのか?」

「ああ。春になったら色々と用事があるんだよ」


 レイの脳裏を過ぎったのは、『戒めの種』を解除する為に会いに来るエレーナと、エグジルからやって来るだろうヴィヘラの姿だった。

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