0905話
雲による途切れ途切れの月明かりの下で行われた戦いは、実に呆気なく勝敗が決する。
元よりレイ達の戦力はキープが用意した者達に比べて圧倒的に上だった。
そんな状況である以上、数だけが多いキープ達が負けるのは当然だろう。
「あああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
両腕を失い、あまりの激痛に泣き喚くキープ。
その両肩からは止めどなく血が流れ続けており、このままではそう遠くないうちに出血多量で死ぬだろう。
血を止めようにも、左右両方の腕の肩から先が存在していないのだから、今のキープに出来るのはただ激痛に泣き喚くことだけ。
フロンが警備兵を呼びに仲間の冒険者を走らせているが、それまで保つと思える者は誰もいない。
(早まったな。両腕を切断するんじゃなくて骨折で済ませておけば良かった。……ちっ、あっちの騎士達なら別に無理に治療する必要はなかったんだが)
自分の行為が軽率だったおかげで余計な手間が掛かってしまうと思いつつ、ミスティリングの中からポーションを取り出す。
ただし、そのポーションは決して高品質な物ではない。
腕を切断されたばかりの今の状態であれば、高品質なポーションなら腕を繋げることが出来ただろう。
だがそのようなポーションは当然非常に稀少であり、目の前で泣き喚いているキープを相手にその稀少なポーションを使う意義をレイは見いだせない。
もっとも今レイの手にあるポーションも、そこまで稀少ではなくてもある程度は高価な代物なのだが。
ポーションの瓶を開け、大雑把にキープの両肩へと振り掛ける。
すると、次第に両肩から流れる血が見て分かる程に少なくなった。
血を完全に止めるということは出来ないが、ある程度治療したことにより、警備兵が来るまでに死ぬということはなくなったのだろう。
「レイさんにしては、随分と慈悲深いっすね」
気を失っている男達が意識を取り戻さないように見張っていたディーツが、キープにポーションを使ったレイを見て少し驚いたように呟く。
レイは身内には比較的甘いが、その分一度敵対した相手に対しては容赦しないというのを知っているからこその言葉。
だが、そんなディーツに同じく気絶した者達の様子を見張っていたセルジオは、首を横に振る。
「このキープという男は今回の首謀者です。そうである以上、警備兵に引き渡すにしても生きているのと死んでいるのとでは大きく違ってきますから。それに、ここで殺してしまえば、下手をするとやり過ぎだとしてレイさんが責められるかもしれませんし」
「あー、まぁ、貴族っすからね。自分達が襲撃しようとしたのに、それを捕まえようとしたのに抗って死んだとかなったら、色々と言ってくるかもしれないっす」
貴族に対して嫌な経験でもあるのか、ディーツの口調には苦々しさが滲み出ている。
「ま、それでもこうして両腕を失った奴を見れば、色々と言ってくるかもしれないけど……その時はダスカー様に丸投げだな」
痛みや、両肩から流れている血が止まったことで安堵したというのもあるのだろう。いつの間にか気絶しているキープを眺めながらレイは呟く。
他にも、気絶はしていないがセルジオ達に散々叩きのめされた男達は呻き声を上げている。
だが、そんな男達に対して同情の目を向ける者はここには存在しない。
それどころか、自業自得だと冷たい目を向けている者の方が多かった。
「セトちゃん、今日は頑張ったわね。えっと……はい、こういう時だから温かい食べ物はもってないけど、こういうのならあるわよ。ご苦労様」
そんな中、既に倒れている男達に興味はありませんと言いたげに、ヨハンナは腰の袋から取り出した干し肉をセトへと与えている。
「グルルルルゥ」
嬉しげに喉を鳴らし、干し肉をクチバシで咥えるセト。
ヨハンナは嬉しそうに目を細めながらそんなセトを愛で、頭や首、身体といった場所を撫でる。
まだ意識を失っていない男達が逃げるのを警戒し、意識を失っている方は意識を取り戻さないのかを警戒し続けること、十分程。やがて大勢の足音が近づいてくるのに気が付き、レイは驚きの表情を浮かべて口を開く。
「へぇ、随分来るのが早いな。ま、夜もまだそんなに遅くないし、何より貴族街での騒動なんだから無理もないだろうけど」
「貴族ってのはいい身分っすね」
「ディーツ、思うところがあるのは分かるけど、ここでいらない騒動を引き起こしたくないぞ」
レイが窘めると、ディーツは小さく頭を下げるとそれ以降は特に口を開かず黙り込む。
それからすぐに警備兵は姿を現す。
「よし、気絶している奴等は全員連れていけ! お、レイ。やっぱりお前だったな。ダスカー様から話は聞いてたけど、それでもここまで大きな騒動になるとは思わなかったぞ」
現場に駆け付け、指示を出してからレイへと小さく手を挙げて声を掛けてきたのは、レイにも見覚えのある顔だった。
警備兵の中でもそれなりの地位にある男。
その挨拶に手を挙げて挨拶を返しつつ、レイは不思議そうに首を捻る。
「てっきりランガが来ると思ってたんだけど、違ったんだな」
「あー……本来ならそうなんだが、ランガ隊長はダスカー様に呼ばれてちょっとな」
「もしかして、また何か面倒が起きてたりするのか?」
嫌そうな表情を浮かべるレイに対し、男は笑みを浮かべて言葉を続ける。
「安心しろ、別に何かあった訳じゃない。どっちかって言えば、レイ達にとっては嬉しい知らせだろうよ。お前が今日やった決闘で、そこの坊ちゃんの家の財産の半分をシスネ男爵家が貰うことになっただろ? それを速やかに行う為にだ」
「……警備隊の隊長が出てくる仕事だとは思えないけど」
「シスネ男爵家はギルムから動くつもりはないらしいからな。財産に関しては領地や鉱山といった代物じゃなくて金やマジックアイテム、美術品なんかの簡単に運べる物で受け取るつもりらしい」
その言葉を聞けば、何故警備隊の隊長でもあるランガが呼ばれたのかを想像も出来る。
想像が出来るからこそ、レイは目の前の男に対してジト目を向ける。
「普通そういうのの護衛の仕事は、冒険者だったり傭兵だったりが引き受けるんじゃないのか? それが何だって警備隊が?」
「エリエル伯爵家ってのは、そこのキープってのを見れば分かるようにかなり傲慢な家らしい。で、そんな家だから当然相当貯め込んでいる訳で……その護衛としてランガ隊長率いる警備兵を派遣するってことになったらしい。シスネ男爵家の方からの要求もあったらしいし」
「……まぁ、両方が納得済みなら、俺としては文句はないけど」
エリエル伯爵家の財産の半分を持ってくるのだ。当然そうなればエリエル伯爵家の方でも揉めごとが起きる可能性が非常に高い。……いや、確実と言ってもいいだろう。
その財産を引き取るのには、当然エリエル伯爵家でも混乱する筈だ。
当然だろう。財産の半分を賭けるというのは、当主の許しも得ずにキープが勝手に行ったことなのだから。
本来であれば、嫡子であろうともそんな真似は出来ないし、どうとでも言い逃れは出来る。
だが嫡子として登録されている以上、キープの言葉には責任が発生する。
その上で更に法的に処理をされているとなれば、言い逃れは出来ない。
出来ないのだが……その財産を引き取りに行ったのが冒険者であれば、エリエル伯爵家側でもどうとでも出来る手段があった。
それをさせない為にムエットが頼ったのが、ダスカーだった。
ダスカーも、その頼みを受ければ得られるメリットは大きい。
報酬や、堂々と他の貴族領を見ることも出来るし、中立派としての影響力拡大も期待出来る。
こうしてお互いの利害が一致し、ランガがエリエル伯爵領へと派遣されることになった。
「そっちの話はそれでいいとして、だ。こいつらはシスネ男爵の屋敷を襲おうとしたんだろ?」
既に分かっていることではあったが、それでも確認のためにレイへと尋ねる男。
その言葉にレイは頷きを返す。
「ああ。詳しい話はこいつらに聞けば分かる」
「そうか。貴族の屋敷を襲おうとしたんなら、そっちの貴族や騎士はともかく、あっちの集団は奴隷落ちだろうな。どうする? レイが受け取るのか?」
「いや、俺はいい。……そうだな」
視線をフロンへと向けたレイだったが、ただでさえ男達に対して嫌悪感を露わにしていたフロンだ。これ以上関わるのは絶対に嫌だと、鋭い視線をレイへと向ける。
次にレイが視線を向けたのは、地揺れの槌を肩に担いでいるブラッソ。
しかし、下手にブラッソに金を預ければ、全てが酒代になるのではないかという思いがあり、最終的にはセルジオへと声を掛ける。
「セルジオ、奴隷に関しての交渉はお前に任せる。きちんとここにいる全員に分割してやってくれ」
「私がですか? まぁ、皆がいいというのであれば構いませんが……新参の私が仕切っても構いませんか?」
セルジオが、元遊撃隊以外のメンバーへと視線を向けて尋ねる。
その言葉に最初に口を開いたのはフロンだった。
「ま、いいんじゃねーの? レイの知り合いなんだし、おかしな真似はしないだろ」
それは、もしお前が妙な真似をすれば、レイの評判にも傷が付くと暗に告げていた。
「ええ、その辺は安心して下さい。まさかレイさんの名を貶めるようなことは出来ませんから」
周囲には乱闘の跡が残っているというのに、全くそれを感じさせない笑みを浮かべてセルジオは頷く。
キープや騎士達、引き連れていった男達が捕まっている頃、夜のギルムを移動している馬車があった。
決して急いではおらず、何か予定が狂って夜に移動している……という風に装っている馬車の御者台に座っているのは、空から雲に隠れて降り注ぐ月明かりの下でも、見て分かる程に太っている男。
「ひぃ、ひぃ、ひぃ。……全く、この私が馬車の御者なんて真似をすることになるとは思わなかった」
慣れない様子で馬を操るのが、普段殆ど身体を動かさないフルトスにとっては大変なのだろう。冬の夜で雪が散らついているというのに、その弛んだ顔には汗が滲んでいる。
いや、汗を掻いているのは馬を操るのに慣れていないからという理由だけではないのだろう。
今、フルトスが操っている馬車の中には、多くの金銀財宝が入っている。
その多くは、エリエル伯爵家がギルムに用意した屋敷から持ち出したものだった。
キープは既にシスネ男爵家を襲っている筈であり、事実貴族街の中を抜け出した時には微かな喧噪が聞こえてきていた。
貴族街の見回りをしている冒険者のルートも、フルトスは独自の情報網で得ていた為に冒険者達に見つかることはないままに貴族街を抜け出し、現在はギルムの街中を馬車は進む。
「後はこのまま暫く街中に身を隠して、騒ぎが収まってからギルムを抜け出せば……」
自分のこれからの人生は、間違いなく薔薇色だ。
そう思ったフルトスは、息を切らしながらも手綱を握る。
「それにしても、思ったよりも速度が出ないな。やはり荷物を詰め込みすぎたか?」
元々決して体力の高くない自分が、何度も馬車と屋敷を往復して金銀財宝の類を詰め込んだのだ。
それだけにこうして馬の歩みが遅いのには苛立ちを覚えるが、同時に馬車の中に入っているお宝がそれだけ大量にあるということでもあり、嬉しさを覚える。
「出来ればもう少し欲しかったが。いや、欲張り過ぎはよくな……え?」
喋っている途中で、何かの音が聞こえたかと思った次の瞬間、軽い衝撃を感じたのと同時に、いつの間にか自分の胸から何かが生えていることに気が付く。
「これは……棒? 何故このようなものが……げふっ」
喋っている途中で、喉から込み上げてくる何か。
「げほっ、ごほっ」
咳き込み、喉からせり上がってきたものを吐き出すと、それは真っ赤な……血。
それを理解したその瞬間、フルトスは激痛に襲われる。
「ああああああああああっ!」
胸から感じるその痛みは、まさに自分の命を削っているかのような、そんな激痛。
「ぐふっ、ごふっ!」
更には吐き出される血は止まることなく増え続け……
「な、何で……」
フルトスは何故自分が死んだのかも分からないままに、そのまま御者台から地面へと転げ落ちる。
不運だったのは、御者台とそれを引いている馬の間へと転げ落ちたことだろう。
馬車の中には大量のお宝が乗っており、その重量で車輪がフルトスの死体を踏み潰し、だがその死体を乗り越えることが出来ずに、フルトスの血と肉と大量の脂で滑り、馬車は地面へと横転する。
「ヒヒヒヒヒィンッ!」
馬車を牽いていた馬が悲痛な叫び声を上げるが、それを聞く者は近くにはいない。
「……おい、どうする? 馬車はあのままでいいのか?」
遠くから馬車の状況を見ていた男が、構えていた弓を降ろしながら隣にいる相棒へと視線を向けて尋ねる。
だが、男は特に何を感じた様子もなく口を開く。
「構わない。俺達が命じられたのは、あのフルトスとかいう豚を仕留めることだけだ。上としては国王派の恥晒しを生かしておく必要はないって判断なんだろう」
「そうか。……あの馬車の中にはお宝が入ってるんだろ? そっちはそのままでいいのか?」
「ああ。ここで下手に馬車を荒らせば、物盗りの犯行に思われる。これは国王派の粛正と見なされないといけないらしい」
「ふーん。貴族ってのは色々と大変なんだな」
微かに月明かりがあっても、夜に馬車で移動している相手の心臓を狙って、更に三百m近く離れた場所から一矢で標的を射貫いた男は、自分のやったことが当然だと言いたげに軽い口調で言葉を交わす。
「それよりも早く行くぞ。すぐに警備兵が来る。見つかるのは面白くない」
「あいあい」
それだけを告げ、二人の男は夜の闇へと紛れるように姿を消すのだった。




