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レジェンド  作者: 神無月 紅
冬の生活
901/3865

0901話

 ダスカーの口から出た、勝負ありの声。

 その声が決闘場と化した場所に響き渡っても、周囲は静まり返っていた。

 決闘場の中にいた者達が歓声の声を上げたのは、レイがゼロスに突きつけていたデスサイズを離し、炎帝の紅鎧を解除して赤い魔力が姿を消してからだ。

 その瞬間、レイの放つ迫力と熱気によって黙り込んでいた者達の興奮が、一気に最高潮へと達する。


『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!』


 観客達の口から出る、雄叫びの如き歓声。

 本能的に分かっているのだろう。今自分達が見たのが、どれ程の高みにある者が使うスキルなのかを。


「な、なぁ、おい。今のレイを見た瞬間物凄い圧力を感じたんだけど……」

「あ、ああ。俺もだ。それに、レイを中心にして赤い空気? みたいなのがあったよな?」

「それは間違いない。多分レイのスキルなんだと思うけど」

「炎の魔法が得意だって話は聞いてたけど……あの赤いのも炎の魔法か? 実際、こうして離れてみている俺達も暑かったんだし」

「どうだろうな。けど、レイが得意なのは炎の魔法かもしれないけど、よく風の魔法とかも使ってるだろ? ほら、斬撃を飛ばすような形で放つのとか。それに、あの炎の竜巻だって風の魔法がなければ使えないだろ」

「……深紅のレイ、か。強いと言われているのは知ってたけど、まさか本当にこんな圧倒的な実力を持っているとは思わなかった。噂は普通誇張されて広がるものなのに、な」

「あー……うん、分かる。レイの場合は寧ろ噂の方が大人しい感じだよな」

「にしても、あのエリエル伯爵家の次期当主とかいう男、よくもまぁ、レイと決闘する気になったよな。しかも女一人の為に家の財産の半分を賭けて……」

「ふんっ、あの男がギルムに来てからの短い時間で相当騒ぎを起こしたんだ。少しは懲りただろうよ」

「いやいや、少しどころじゃないだろ。財産半分が消えるんだぜ? エリエル伯爵家の領地は経営出来なくなるんじゃないのか?」

「……それをもたらしたあの男は、間違いなく廃嫡だろうな」

「ああ、それは間違いない。けど、廃嫡にしてもこの決闘は既にエリエル伯爵家の名前で行われているんだから、反故にも出来ないだろ」


 そんな風に観客達の喋る声が周囲に響き、当然その声はキープの耳にも入る。


「負けた……? このエリエル伯爵家次期当主である俺が、あんな貧乏貴族に負けたのか? そんな……馬鹿なことが……」


 呆然と呟くキープ。

 ゼロスが負けたのが信じられないと、夢か何かなのではないかと周囲を見回すが、地面にへたり込んでいるゼロスの姿はそのままだ。

 周囲を見回すと、騎士達も自分から距離を取っているように見える。

 いや、それどころか嘲笑すら浮かべているように見えた。

 その嘲笑は完全にキープの思い込みだったのだが、今のキープがそれに気付く様子はない。

 そこまでして、ふとズボンが冷たいことに気が付く。


「何だ?」


 初めてその冷たさに驚き、視線を下へと向けると、そこに広がっていたのは染み。

 決闘の為に除雪した土には、キープの股間から流れた尿が広がっている。

 それに気が付いたキープは一瞬頭の中が真っ白になり……次の瞬間、フルトスによって強引に立ち上がらされる。


「それでは皆様、申し訳ありませんが我が主は少々身体の調子が悪いようですから一旦この辺で失礼させて貰います。ラルクス辺境伯、決闘の件につきましては、また後日こちらから連絡させて貰いますが、それでよろしいでしょうか?」

「う、うむ。そうだな。そうした方がいいだろう」


 ダスカーの目から見てもキープは恐怖の余り漏らしてしまい、しかもそれを自分で認められない為か茫然自失としている。

 このままではろくに話も出来ないだろうと判断し、ダスカーはフルトスの言葉に頷く。だが……


「キープ殿がどのようになったとしても、決闘はきちんと勝負がついた。そうである以上、この決闘の結果は正式なものとして法的にも扱われる。当然、その決闘に賭けた物もだ。それは理解しているな」

「は! その旨、忘れずに知らせることをお約束します」

「……そうか。ならいい。下がれ」

「失礼します。……おい、行くぞ!」


 目の前で起きた出来事が全く信じられないという表情を浮かべていた騎士達へと叱咤の声を掛け、キープを引き連れたフルトスはその場を後にする。

 騎士達も我に返ると、慌ててその後を追う。


「全く……幾ら何でも漏らすとか……国王派の貴族の恥晒し以外のなにものでもない」


 ギルムに派遣されている国王派の貴族が忌々しげに呟く。

 ギルムというのは、中立派の中心人物でもあるダスカーの治める地であり、同時に辺境でもある。

 つまり、いつ何が起きても全くおかしくないのだ。

 それこそ、群れを成したモンスターが襲撃してくるという可能性もある。

 そんな場所に派遣されるのだから、国王派の貴族にしても、貴族派の貴族にしても、度胸のある者が基本的に選ばれるのは当然だろう。

 ……もっとも、度胸がある分余計に傍若無人な振る舞いをする貴族も多かったのだが。

 勿論中にはそこまで度胸のない者もいる。

 それでも先程のキープのような、見苦しい真似をする者はいなかった。


「それに比べると……あのレイを間近で見たというのに、ああやって立ち上がれるゼロスとかいう男は立派なものだな」


 貴族の一人が呟いた言葉に、周辺にいた他の貴族達は立ち上がろうとしているゼロスの方へと感心した視線を向けていた。

 そんなゼロスへと向かい、レイが新月の指輪を嵌めながら口を開く。


「さて、お前はこれからどうするんだ?」

「あん? どうするって、何がだ?」


 ハルバードを手に呟くゼロスは、レイが何を言っているのか分からないと首を傾げる。


「何がって……お前、俺に負けただろ。そうなれば、エリエル伯爵家にとってお前は破滅をもたらした張本人だ。下手をすれば、刺客を送られるぞ?」

「はっ、あんな奴が送ってくる刺客程度なら、俺にとっちゃ雑魚だよ、雑魚。お前さんみたいな化け物がいれば話は別だが。……いないよな?」


 自分で喋っていて不安になったのか、確認するように尋ねてくるゼロス。

 だが、レイにもその辺の詳しい事情が理解出来る訳ではないので、返せるのは小さく肩を竦めるという行為だけだった。


「ふむ、心配ならいっそ別の街に向かってもいいかもな。王都辺りは当然国王派の目が厳しいから、どこか田舎にでも行ってみたらどうだ?」


 そう声を掛けてきたのは、二人のやり取りを見守っていたダスカー。


「別の街、ですか」


 ゼロスが首を傾げて尋ねる。

 ゼロスはこのままアブエロへと戻るつもりだったのだ。

 ギルムにいるという選択肢もあったが、恋人がいるアブエロを離れたくはない。

 それだけに、ギルムでもなくアブエロでもない、別の街に行ってはどうかというダスカーの言葉は完全に予想外だった。


「あのキープは特に問題はないだろうが、遅かれ早かれエリエル伯爵家の関係者がギルムに来ることになるだろう。その時、下手にお前さんが姿を見せれば、アブエロだろうがギルムだろうが、向こうにしては面白い筈がない」

「それで刺客を放つ、と?」

「さて、その辺は運だな。ギルムにやってくる奴が忠誠心厚い人物なら、もしかしたら送ってくるかもしれない。けどお前にとっても危険は少ない方がいいんじゃないか?」

「俺だけの問題ならそうでもないんですけどね」


 ダスカーの言葉に少し考えたゼロスだったが、やがて溜息を吐いて上を向く。

 冬の天気とは思えない程に眩しい青空が広がる中、ゼロスの心中だけは決して晴れてはいなかった。


「ああ、面倒な。何だってこんなことになったのやら」

「いや、それはお前が何も考えずにああいう奴の依頼を受けるからだろ」


 自業自得だ、と言わんばかりにレイが呟く。


「はっはっは。まぁ、そう言うな。取りあえずこの祭りの間は部屋を用意したから、そこで疲れを取ってくれ」


 ダスカーの言葉に、ゼロスは助かったと息を吐く。

 炎帝の紅鎧を展開したレイと向かい合っていた時間はそう多くはない。

 だがその短時間で、ゼロスの気力は大きく消耗していた。

 今でこそ平気なように見せてはいるが、このまま続けて誰かと戦闘をしろと言われれば、まず無理だろうというのがゼロスの正直な気持ちだった。

 そんなゼロスに比べると、レイは特に疲れた様子も見せずにダスカーに首を振る。


「いえ、祭りを楽しみたいですから俺は遠慮しておきます。それに……」


 言葉を止め、喜んでいるムエット、バスレロ、アシエの三人へと視線を向ける。

 確かに今日の決闘は勝って、これでアシエがキープに奪われるということはなくなった。

 だが、相手はあのキープだ。

 決闘に賭けていた、エリエル伯爵家の財産の半分。それを大人しく渡す気になるとは到底思えなかった。

 決闘前に何度かシスネ男爵家を襲撃し、失敗している。

 だが、本当に後がないと知ってしまえば、それで諦める相手でもないだろう。

 事実、ムエットとバスレロの二人が死んでしまえば、賭けに関してはなかったことになる。

 正確には受け取る相手がいなければ、賭けもなくなるという方が正しい。

 だからこそ、牽制の意味を込めてわざわざ新月の指輪を外し、自分の存在を強烈に焼き付けたのだから。

 キープの部下に魔力を感じる能力がある者はいないとしても、貴族の中にはその手の能力を持っている者を雇っているのは確実だろう。

 そこから話が流れ、無駄な行動をしなければいいんだけどと思いながらレイは口を開く。


「少しの間、シスネ家の護衛に付こうと思っています。幸い、俺にはセトもいるので、誰かがこっそり近づいてきても大丈夫でしょうし」


 レイが自分の名前を呼んだのが分かったのだろう。セトは喉を鳴らしながら、レイの方へと近づいてくる。

 突然間近にグリフォンが姿を現したことに驚くゼロスだったが、セトはそんなゼロスには構わずに嬉しそうに喉を鳴らしながらレイへと顔を擦りつける。

 敵対した相手ではあったが、セトがゼロスを嫌っている様子はない。

 少なくても、ロドスを嫌っていた態度と比べると雲泥の差と言ってもいいだろう。


「あー、セトちゃん行っちゃ駄目!」


 決闘が終わるや否や、早速セトを撫でていたヨハンナが名残惜しそうに叫び、追いすがるように手を伸ばしていた。


「ちょっと、ヨハンナ! あんたばっかり何してるのよ!」


 そんなヨハンナへと声を掛けたのは、ミレイヌ。

 いつも通り後ろにエクリルとスルニンの二人を引き連れ、ヨハンナに対して弾劾の声を上げる。

 数日前に半ば決闘に近いやり取りをした二人だったが、それでも結局勝負は付かず、現状維持ということになっていた。

 純粋な実力ではミレイヌの方が上なのだが、その差を縮めたのがレイの特訓を長期間受けていたことによるものだったり、ヨハンナ曰く『セトへの愛』なのだろう。


「何よ、別に私がセトちゃんと一緒にいて何か問題がある? 寧ろそれが自然な出来事でしょ!」

「そんな訳ないわよ!」


 キャットファイト……と呼ぶには、ミレイヌやヨハンナから吹き出る怒気は大きい。

 それでも殺気までいっていないのは、そんな真似をすればセトが悲しむと理解しているからだろう。


「グルゥ?」


 事実、レイへとじゃれついていたセトは、睨み合っているミレイヌとヨハンナへと視線を向けると、どうしたの? と小首を傾げる。


「な、何でもないのよ。ちょっとヨハンナと話していただけ。喧嘩なんかしてないから、安心してちょうだい」

「そうそう。私とミレイヌは仲がいいんだから」


 お互いに仲がいいというのをセトに見せつけるように握手をしつつ、お互いに笑みを浮かべる。

 ……もっとも、お互いに相手の手を握り潰そうと思い切り力を込めていたりするのだが。


「あー……うん。悪いけど、俺とセトはそろそろ祭りを楽しみに行こうと思うんだけど」

「あ、じゃあ私が案内してあげる」

「ちょっとミレイヌ、割り込まないでくれる? 案内なら私がするに決まってるじゃない」

「あら、こういうのは早い者勝ちでしょ? さ、セトちゃん。行きましょうか。ついでにレイも」


 ついで呼ばわりされたレイは苦笑を浮かべるが、ミレイヌの背後にいるスルニンが申し訳なさそうに頭を下げているのを見て、気にするなと首を横に振る。


「そうだな、じゃあ行くか。……ああ、ヨハンナ達は出来ればもう暫く護衛を続けてくれないか? 一応祭りを見て回って、妙な動きをするような奴がいないかどうか調べて行くから」

「……しょうがないですね。確かにあの様子を見る限りだと、向こうがどんな手段を使ってくるか分からないですし。それに雇われている以上、しっかりと働かせて貰います」


 若干不承不承ではあったが、頷くヨハンナ。

 その近くにいたレントは、どこか安堵したようにレイに感謝の視線を向けてくる。

 ヨハンナに一目惚れし、何とか口説き落とそうとしているレントだったが、そのヨハンナはセトに夢中でもある。

 本人がこれまであまりそういった色恋沙汰に興味がある訳でもなかったので、レントに向けられている好意も男女間の好意ではなく、仲間同士の好意だと認識していた。

 そんなヨハンナを口説く上で最大の障害は、やはりセト。……そしてミレイヌだろう。

 セトは言うに及ばず、ミレイヌもヨハンナと会えばライバル心を剥き出しにして、いがみ合う。

 そんな女の戦いは、レントにとってはヨハンナが関係していたとしてもあまり触れたくない代物だった。

 ……もっとも、そんなミレイヌとヨハンナの愛情が全開で向けられているセトだが、そのセトの一番はレイであるというのは変わらないのだが。

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